出発前夜
―――10月19日 シャックルトン月基地
月では慌ただしく、帰還船の準備が行われていた。
帰還船の出発が20日と決まったからだ。
トーマスが帰還するという噂を基地内に流した結果、帰還船について尋ねてきたクルーはわずか4名だけだった。
しかも「自分も帰還したい」などではなく、他のクルーが心配で「帰還させた方がいいのではないか?」という相談ばかりだった。
名前が挙がったクルーには、アリサとレオンが面談を行い、結果帰還人数は1人しか増えなかった。
最終的に帰還船で地球に帰るのは、トーマスとミラー、アリサが健康状態を見極めた5人と合わせて8名となった。
「アーク7のような大型宇宙船で、来るときは6名、帰るときは8名とは・・・なかなか勿体ない使い方だな。」
フィリップはレオンからもらったメンバー表を見ながら苦笑する。
「皆と話してみたところ、地球で生き残った人類のために働くという使命感が強いですね。
あとは、若干名ですが・・・地球に戻っても、自分の国に帰れるかどうか分からないことも、帰ることを疑問視してるようですね。」
レオンがクルーと面談した結果を伝えると、フィリップは親指と人差し指で顎をこねる。
口を左右に数回動かし、レオンを見る。
「使命感が強いのは大歓迎だが、悲観的思考はあまり感心せんな・・・」
「実際、移動手段が馬かラクダでは、海は渡れませんし・・・」
「海か・・・海の脅威に関しては、現状未知だからな・・・」
「そうですね・・・海渡りを試した・・・
そういう事案は現状ひとつもありませんね・・・」
レオンはタブレットの情報を探してみるが、見つからない。
「一つも試してないからなのか、全滅しているからなのか・・・?」
フィリップはモニターの青い地球に視線を移し、ジッと見つめた。
(・・・海を渡ることが出来なければ・・・
人類の結束は・・・できないのではないか・・・?)
不安と疑念が混じった考えが頭に浮かび、背筋が凍るような気がした。
―――
クルーラウンジでは、時間的に手の空いているクルーが集まり、明日の帰還船に乗るクルーの送別会が行われていた。
送別会と言っても、アルコール類はない。
ただ、いつもより人が集まるだけだ。
トーマスはアリサに寄り添われ、久しぶりに人前に現れていた。
髭が長く伸びて、一目ではトーマスと判断できるクルーは少ないだろう。
ラウンジの端に立っているが、誰も声をかけてこない。
「ふふふ・・・だれもトーマスに気づきませんね。」
アリサが両手でカップを持ち、紅茶をすすりながら笑う。
トーマスは壁にもたれながら、カップに視線を落とす。
「・・・お、オレは・・・もうクルーじゃない・・・
し、仕事のできない・・・食って・・・寝るだけの男だ・・・
き・・・気づいて・・・欲しくもない・・・」
「・・・・・・・トーマス・・・」
アリサは心配そうにトーマスの肩をさする。
サムがラウンジにやってくる。
ラウンジの様子がいつもと違うことに気づく。
「おっ、そうか!
送別会やるって連絡入ってたな。」
サムはラウンジを見回す。
人だかりができている場所には、今回の帰還船に乗るクルーが中心にいるのが見えた。
壁際にいるアリサに気づく。
「ん? アリサ・・・隣にいるのは・・・だれだ?
・・・あんな奴いたっけ・・・?」
目を細めて髭面の男をよく見ると、ハッとする。
「え! XO!!」
ラウンジにサムの声が響いた。
その声にラウンジにいるクルー達がサムを見る。
サムはトーマスへ近づいていく。
トーマスは肩で顔を隠すような動作をして、後ずさりした。
アリサはサムの方へ移動し、両手を広げてサムを止めようとする。
しかし、サムはアリサの肩の上から顔を出し、トーマスに声をかける。
「XO! 久しぶりです。」
トーマスは震えている。
「サム、ちょっと! やめなさい!」
「え? なんすか?」
「あなた、少しは空気読みなさい! トーマスは病人なのよ!」
「え? 挨拶もダメなんで?」
「様子を見ろっていうの!!」
そう言って、脛を蹴った。
「あいてっ!!」
サムは脛の痛みで足を上げる。
そして、トーマスを見つめ、その様子に驚く。
「え・・・XO・・・?」
「・・・・・・オレは・・・もうXOじゃ・・・ない・・・」
トーマスは目線を合わさずに、小声でサムに返した。
アリサはトーマスに近づいて、背中をさする。
「トーマス・・・部屋に帰りましょうか?」
トーマスはコクリと弱々しく頷く。
「じゃあ・・・行きましょう・・・」
アリサはトーマスをラウンジの入口へと背中を軽く押していざなう。
サムの前を二人が通っていく。
「えっ! XOー!」
サムが戸惑いながら声をかけるが、トーマスは振り返らない。
「オ、オレ・・・いえ、私は、あなたの毅然とした姿を尊敬してます!
今はそんな状態かもしれませんが、それでも私は尊敬してます!
この基地が電源を失った時、あなたの的確な指示が! 全員を鼓舞する声が!
どれだけ、クルーを力づけたか!・・・・・・必ず戻ってきてください!」
サムがそう言うと、ラウンジにいた他のクルー達が声をかける。
「私もそう思います! 必ず復活すると思っています!」
「XO! お疲れさまでした!」
「お元気で! XO!」
アリサは首を回してラウンジのクルーを見つめる。だが、トーマスは歩みを止めなかった。
視線をトーマスに戻して声をかける。
「・・・みんな、あなたのこと気づいていたみたいね・・・」
トーマスは肩を震わせ、目を手で覆っていた。
そして、ゆっくりとラウンジを後にした。
トーマスとアリサの姿が消えると、ラウンジはゆっくりと静まる。
誰もがラウンジの入口を見つめていた。
そこにミラーが入ってくる。
「なんだよ? なに見てるんだ?」
全員がこちらを見ていたので、ミラーは驚きながら問いかけた。
サムが答える。
「XO・・・トーマスが来てて・・・
ついさっき、帰ったよ・・・」
「ああ、それでか・・・ちょっと風貌変わってたろ?」
「最初、まったくわかんなかった・・・」
「本人の気持ちは知らんが、
ヒゲのトーマスも、割といいと思ってるんだがな~」
そう言ってミラーは笑う。
「そういや、シミュレーションは終わったんで?」
「ああ、終わったよ。 なかなか覚えるの大変だったよ。」
ミラーは眉を細めながら、目を伏せて首を振る。
「これで晴れて船長っすね。」
「ああ・・・あとは帰るだけだ。」
ミラーは目を開け、拳を顔の前で握った。
そして、出発の20日がやってくる。




