止まったキャンプ場
ツェリンは、背中を少し右に捻り、背中で風を受けるような体勢をとり、
右手でロープを手繰り寄せつつ、左手に大きめの輪を作っていく。
「はあ・・・はぁ・・・はあ・・・はっ・・・」
口元に飛んでくる砂をこびり付けながら、荒い息で歩を進めていく。
口の中がジャリジャリ…と嫌な感じがする。
時折、唇を舌で舐めとり、唾で砂を吐いた。
「くそ・・・・・・50メートルが・・・こんなに長いなんて・・・」
先ほどより、風が強くなっていた。
視界は10メートルほどしかなく、流れる砂に義足が取られ、踏ん張っておかないとどこかへ飛んでしまいそうだった。
砂煙の中に茶色い塊がツェリンの視界にうっすらと見えてきた。
「ああ・・・やっとついた・・・か・・・・はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
ツェリンはノルブの荷に手を伸ばすと、水筒を取り出し、口に含んでうがいをする。
そのあと、ジョーの所へ移動した。
伏せていたジョーが頭を持ち上げて、ツェリンを見上げる。
「ジョー、さっきのはオマエの合図で間違いないかい?」
その問いに、ジョーはしっぽを砂地に何度も叩きつけた。
ツェリンはその様子に笑った。
「オマエはホントすごいよ。」
そう言って、頭を撫でた。
「よし! 行こう! みんな立って!!」
ツェリンがそう言うと、ジョーが1回吠える。
「ヴァォン!!」
その声に風上を向いていた馬たちの耳が回り、ゆっくりと立ち上がる。
「良い子たちだ・・・さあ、ペマの所へ行こう!」
ツェリンは、手に持っていたロープを結ぶと、ノルブの荷に突っ込む。
そして、青いロープを手繰りつつノルブの手綱を引いていく。
ジョーはソナムの手綱を咥えて、その後をついていく。
激しい風と、その風によって発生する砂嵐が苦しめる。
だが、あれほど嫌がっていた馬たちは素直にツェリンの後をついていく。
たまに、ツェリンは後ろを振り返り、馬たちの様子を確認する。
ノルブの首筋をさすって声をかける。
「もうちょっと頑張って、きっとペマが見つけた場所で休めるから・・・」
ノルブは「心配するな」と、言うように首をツェリンに絡めた。
「ぶはっ・・・ノルブ・・・ありがとう。」
そう言って、ノルブの首をパンパンと叩いた。
ロープを手繰りつつ進むと、砂煙の中に何かが見えてきた。
「あの影はなんだ?」
ツェリンは目を細めて、確認する。
砂煙の中に見える影は横に広がっていた。
近づくと石が積み重ねられた壁だった。
「こ、これは・・・」
「こっちこっち!!」
ペマがツェリン達を呼ぶ。
壁の切れ目から壁の中へと入っていく。
そこで初めて、一行は平静を取り戻すことが出来た。
ツェリンが壁の中を確認する。
壁は四角ではなく、いびつだが円を描くような形だった。
高さは2メートル近くあり、この強風の中でも普通に息ができた。
壁の中には、小さなコンテナを利用した店舗があった。
地面に高さ30センチのブロックを敷き詰め、その上に乗っていた。
コンテナの壁に穴が開けられドアが設置されていた。
光の取り込み用の小さな窓が設置されている。
ツェリンがその小窓を叩いて確認する。
「強化プラスチックみたいだね・・・」
壁には固定用の鉄のリングが複数打ち込まれていた。
ツェリンは、馬たちをそのリングにつないでいく。
ペマは、馬たちの荷を下ろし、鞍を外す。
「やっと休めるね・・・お疲れさん。」
そう言いながら、砂のこびりついた体をブラッシングしていく。
ツェリンは、店舗の入り口の前の足場に座り、ふ~~っと息を吐いた。
「なんとか生き延びたね・・・」
そう言いながら、服に入り込んだ砂を落としていく。
そして、店舗を見ながら口を開いた。
「ここって、キャンプ場の受付店舗っぽいね。」
「キャンプ場?」
ブラッシングを終えた、ペマが荷物を持って近づいてくる。
右側にはジョーがついている。
「夏場にインドの方から四駆や大型バイクで、砂漠や荒れ地を走りに来る物好きがいるんだよ。 その連中向けのキャンプ場さ。
店舗の中に、薪やら水のタンクが大量にあるから、間違いないね。」
「薪!?」
ペマは窓を覗き込む。
ワイヤーで一束にまとめられた薪がずらりと積まれていた。
その横にはポリタンクの水が棚に並んでいる。
「薪なんて贅沢品が・・・あんなに・・・」
ツェリンが笑う。
「今日は贅沢に使えるよ。」
そう言うと、立ち上がって店舗のドアを開ける。
ペマはドアをくぐると、薪を一束持ち上げる。
「すげえ~!! これ燃やしていいの?」
「この薪ストーブで使えるよ。
コンテナは防寒弱いけど、
久しぶりに暖かい寝床が作れそうだね。」
店舗内の隅っこにレンガで囲われた薪ストーブがあった。
ツェリンはストーブの正面扉と灰扉を開けて中を確認する。
中は綺麗に掃除してあった。
暖かくなってきた時期に掃除したままなのだろう。
「中はきれいだね。 これなら煙突もきれいに掃除されてるだろうな・・・
多分、7月までは営業してたんだろうね・・・」
「・・・7月・・・・・・」
「客が来なくなったんだろう・・・だから、臨時休業の看板を出したんだ。
・・・皮肉だよね・・・おかげで私たちは助かった・・・」
「うん・・・・・・大事に使わせてもらおう・・・」
ペマはそう言って、薪のワイヤーを解いた。
―――
店舗の中は、薪ストーブの炎で淡く照らされている。
ジョーはストーブのすぐ近くで暖をとるように寝っ転がっている。
床に敷かれたレンガが温められ、床暖房のようにポカポカだった。
薪ストーブの上では鍋に入れた水がクツクツ…と沸騰している。
ゴオゥーーーッ!!
店内に外の風の音が響いた。
ツェリンがドアを開けて、店舗へ入ってくる。
ドアの傍で、体を叩いて砂を落としている。
「何してきたの?」
「うん? ああ・・・馬たちを薪ストーブ側につなぎなおしたんだ。
この施設、ちゃんと考えられてるね。
このコンテナ、薪ストーブ側が壁に近いんだ。
しかも、コンテナの後ろ側に、外の壁から壁がコンテナ側へ伸びてる。
ストーブの周りのレンガが、コンテナの鉄板に熱を伝えて、
コンテナと壁の間で渦を巻くようになってたよ。」
「?」
ペマはツェリンの説明がよくわからず、首を横に傾げた。
ツェリンは苦笑しつつ、詳しく説明した。
「えっとね・・・こぶしがコンテナとすると・・・ここに壁があって・・・」
左手のこぶしに右手を立てて壁を表す。
「この壁の上を季節風がこう流れると、コンテナに当たった風がここで渦を巻くんだよ。
この部分が、そこのストーブの後ろの壁で・・・」
左の親指と人差し指の部分をさすり、ストーブの後ろの壁を指さす。
「そこの壁から熱が外に伝わって、馬をつないだ場所の寒さを和らげるんだよ。」
「へえ~~」
「多分、この時期はこの季節風が頻繁に吹くんだろうね。
だから、2メートルもの壁を作って、風よけにしてるんだ・・・」
ツェリンはそう言うと、コンテナの天井を見上げた。
―――
ペマは腕時計を見る。
時間はPM3時10分だった。
窓の外では、砂嵐が続いている。
「今日はもう無理だね・・・」
ペマがつぶやいて振り返ると、ツェリンが沸騰した鍋を別の鍋に分け、水を足していた。
「嵐が収まっても、進める距離は限られるよ・・・
今日は諦めた方がいいだろうね。」
そう言うと、ズボンを脱ぎ義足を外す。
「ほら、ペマも義足を外しな。」
ペマは頷き、椅子に座るとズボンを脱いでいく。
ツェリンは湯にタオルを浸し、ゆるく絞って、ペマに渡す。
「ありがと。」
タオルを受け取り、太ももの断端部にタオルで優しく包んだ。
「おふう~・・・」
それを見て、ツェリンも自分の足をタオルで包んだ。
「明日、今日の分も移動しないとだね。」
ペマがそう言うと、ツェリンが眉をひそめてボソリとつぶやく。
「晴れると良いんだけど・・・」
「また、そういうことを言わないでよ!!」
ペマはツェリンのつぶやきに突っ込む。
「あはは、ごめん、ごめん。」
―――
次の日の朝。
季節風はまったく収まっておらず、ペマは小窓から外を眺めている。
そして、振り返りツェリンを見る。
「もう!! ツェリンがまたあんなこと言うからだよ!!」
ツェリンは頭を掻きながら笑う。
「ごめん、ごめん。 もう絶対言わないから!」
だが、この風は三日間収まらず、足止めを食らうことになった。




