出会い
――― 10月20日
翌朝山を越えると、雪がうっすらと積もった平原へと景色が変わった。
冷たい北風が吹き、馬車の幌がバサバサと音を立てる。
「今日は風が弱くて助かります。」
御者がそう言うと、ハサルが尋ねた。
「ここは風が強いのか?」
「はい・・・高い木がないんで、風の強い日は馬車がかなり煽られますよ。」
ハサルは周りを見回す。
山は低く、そこには広大な平原が続いていた。
「・・・たしかに障害物がまったくないな・・・」
ハサルはそう言って、帽子の耳当てを下ろした。
「見えてきました。」
御者が指をさす。
その指さす方向を見ると、カラフルな屋根や壁がかすかに見えた。
「なんとか無事に到着できたな・・・」
安堵で大きく息を吐くと、風に白い息がザアーっと伸びた。
―――
地平線の先に数本の電柱と、揺らめく煙突の煙が見えてくる。
それがエルデネサントの中心地だった。フェンスや門があるわけではない。
ただ、草原の中に不意に人工の四角い建物が混じり始めた。
近づいていくと、馬車の音に気づいた住民たちが家から顔を出して、こちらを確認する。
「どこかに止めてくれ。」
ハサルは住人だったという御者にまかせる。
御者は頷き、エルデネサントの舗装路の近くでゆっくり速度を落とし停止させた。
「向こうにソム長の家があります。」
御者が指さして説明する。
「案内してくれるか?」
「はい。」
御者は馬車を他の隊員に任せ、御者台から降りた。
ハサルは馬から降りると、隊員の一人についてこいと合図を送り、
手綱を引きながら御者の後についていく。
御者はソム長の家だという柵を開けて中へ入っていく。
ハサル達はその柵の外で立って待つことにした。
辺りの家を確認する。
家や柵はまったく傷を負ってはいないようだった。
「よく無事に生き残ったもんだ・・・」
ガチャッ!
家の中から御者と、ソム長と思われる人物が出てきた。
二人は冷え切った空気の中、凍えた指先で銀のボトルをやり取りする。
ハサルがモンゴルの挨拶を交わす。
「安らかですか?」
「安らかですよ。道中は平穏でしたか?」
この問いに、ハサルは少し声が詰まる。
だが、礼儀に従って答える。
「平穏です。 家畜たちは健やかですか?」
その挨拶にソム長の男は、目を伏せ苦笑する。
事情はすでに聞いているからだ。
「ツォクトだ。 ここのソム長を務めている。
避難キャンプから食料を求めて来たとか聞いたが?」
「ハサルです。
はい、そうなんです。
キャンプ地に避難民が集まりすぎて・・・今年の冬の備蓄が足りなくなりそうなんです。」
「どんなものが欲しいんだ?」
「メインは小麦粉など粉物です。 他は、保存できる野菜があれば・・・」
「ふむ・・・・・・」
ツォクトは顎に手をあて、首を少し傾げて考える。
「そうだな・・・ここの備蓄は渡せないが、
この先・・・幹線道路にある店の物なら持って行っていいぞ。」
指をさしながらハサルに説明した。
「み・せ・・・ですか?」
「ああ・・・7月以降・・・
観光客が来なくなって、店を経営していた連中は店にすら来なくなった・・・
車で通っていたから、生きてるかどうか・・・わからんがな・・・」
ハサルは、道中で見た破壊された車を思い出し、眉間にしわを寄せた。
「店舗は数店舗ある。 集めればかなりの量があるんじゃないか?
この寒さだし、根菜も大丈夫だと思うぞ。」
「そうですね・・・探してみます。」
ハサルはそう言って、後ろの隊員に指示を出す。
「聞いてた内容をみんなに伝えて作業してくれ。」
「分かりました。」
隊員はそう言って、馬車へと戻っていった。
「じゃあ、私も戻りますね。」
御者もその後をついていった。
ハサルは二人の動きを見つめていると、ツォクトが尋ねる。
「道中、ドローンに狙われたとか?」
その問いに、ハサルは顔をツォクトへ戻す。
「・・・え、ええ・・・何度か監視されてました。
そして、昨日の朝、馬から離れた隊員が攻撃を受けて、かばった隊員が左腕を失いました。」
「やはり、そうなるのか・・・」
ツォクトはそう言うと、自分の家の柵の中にいる家畜を見つめる。
「ですね、動物を壁にする方法で、攻撃できない状況を作れます。
今回の旅で、予想が確信に変わりました。」
ビュウッ!
冷たい風が二人を襲った。
二人は肩をすぼめる。
「中で話そう。 今後、この村も色々方針を考えなきゃならん。
分かっていることを色々教えてくれるか?」
ツォクトは後ろの家を親指で指して言った。
「はい、良いですよ。」
馬を柵の中に放すと、二人は家のなかへと入っていった。
―――
カチャッ、カチャッ……
ガラガラガラ……
舗装路になり、蹄鉄が路面に当たり硬質な音を立て、馬車の車輪は軽く前へと進む。
村のすぐ先に幹線道路があった。
ツォクトが言った通り、幹線道路にはガソリンスタンドと店舗が複数建ち並んでいた。
馬車は三角屋根の店舗が並ぶサービスエリアの駐車場へと入っていく。
その音に、野放しの犬たちが尻尾をふりながら集まってくる。
隊の一人が全員に言う。
「手分けして、この中から食料を探してくれ!!」
「了解!」
馬に乗った隊員たちが馬から降り、手綱を引いて店舗へとばらけていく。
ガンバヤルはきょろきょろと店舗を探す。
「あれにしようかな・・・」
隊員は近い所から探しに入っていくので、遠い所へ行くことにした。
赤レンガで作られた建物だった。
建物全体が柵に囲まれていたが、家畜や馬たちはいなかった。
入り口柵は大きく車が入れるサイズだった。その柵を開いて、中へと入っていく。
馬の手綱をテラスの木製の柱に結ぶ。
「ちょっとまってて。」
そう言って、首をポンポンと叩くと、建物の入り口へと歩いていく。
ドアを開けて入ると、中にはずらりと木製のテーブルが並び、団体客用にテーブルがくっついている場所もあった。
厨房へと入ると、ガンバヤルが違和感に気づく。
「・・・なんだ、これ?」
クンクンと匂いを嗅ぐ。
厨房を見渡し、周囲を探るが誰もいなかった。
厨房の大きなテーブルに乗った鍋の蓋を開ける。
「・・・やっぱり・・・・・・」
鍋の中には調理された料理があった。
その鍋に指を突っ込んですくうと、匂いを嗅いでから舐める。
「腐れてない・・・だれか・・・いるんだ・・・」
厨房を出ると、客室と矢印で示された方へ進んでいく。
「ここ、レストランだけじゃなく・・・宿泊できるんだ・・・」
壁に部屋番号の案内があった。
手前のドアから調べて行く。
だが、どのドアも鍵がかかっている。
「どれも鍵がかかってるな・・・」
一番奥の部屋に来ると、外へと出るドアがあった。
「ここからも外へ出れるんだ・・・」
そして、最後の部屋のドアノブを回すと、スッ…とドアが開く。
「・・・!!・・・(開いた)・・・」
あまりの出来事に小声になる。
ドアを全部開けて、その奥を見つめると、ベッドに足が見えた。
ゆっくりと部屋の中へ音を立てないように入っていく。
ベッドには灰色のツナギを着た無精ひげの男が寝ていた。
もう一つのベッドには防寒用の白と灰色の迷彩ウエアが脱ぎ捨てられ、テーブルには、鍋に入っていた料理を食べたと思われる汚れた皿と、水の入ったピッチャーが乗っている。
ガンバヤルは緊張しながら、男の肩をポンポンと叩き、
「こ、こんにちは・・・」
男はビクッとし、あわてて体を起こすと、壁にへばりついた。
「うわっ!!」「わあっ!!」
お互いが驚く。
「こ・・・こんにちは・・・」
再びガンバヤルがあいさつをする。
男はベッドの窓枠に置いた眼鏡に手を伸ばし、それをかける。
「・・・モンゴル人?」
その男は目をパチパチさせ、ガンバヤルの服装を確認してつぶやく。
「はい。モンゴルのキャンプ地から来たガンバヤルです。
あなたは・・・ロシア人?」
その問いに男の緊張が解け、ベッドに座り直す。
「オレはカザフスタンから来た『ナジ』だ。」
「カザフスタン!? そんな遠くから? どうやって?
ああ・・・7月以前の観光客?」
「違う・・・つい3日ほど前にここに着いた。
移動手段はEVバイクだ。」
「EVバイク・・・? ドローンは襲わなかったんですか?」
「ドローンは大きな音を出さなければ気づかない。
EVのモーター音なら、近くにさえいなければ気づかないようだな。
あとはライト点灯させないで、夜の移動が重要だ。
昼間だと、光学センサーで見つかる可能性がある。」
「夜にライトつけないでって・・・そんな無茶な・・・」
「ああ、それはな・・・」
ナジは床に置いてあるバッグに手を伸ばし、中から暗視ゴーグルを取り出す。
「これがあれば暗闇でも道路があれば走れる。」
そう言って、頭に装着すると、カメラ部分を上に跳ね上げる。
「それって・・・?」
「暗視ゴーグルだ。」
「ナジって・・・軍人・・・?」
「軍人じゃない、軍関係の研究所員だ。
だから、色々便利な道具を持っている。」
そう言って、ベッドに置かれた防寒用のウエアを指さす。
ガンバヤルはそのウエアに視線を向ける。
「これが? 普通の服じゃ?」
「そいつは、雪山用の軍の備品だ。
肌を出していない限り、赤外線センサーには映らない。」
「へえ~・・・スゴイ・・・
でも映らないとどうなるの?」
ガンバヤルの反応と問いで、理解していないことが分かり、ナジが少しがっくりする。
知識の差があることを納得して詳しく説明しなおす。
「・・・これは予想なんだが・・・
ドローンは光学センサーと赤外線センサーで人間を識別している可能性が高い。
この服でオレの姿を見ようとしても、人型には見えないだろうな。」
「人型? それは・・・どういう・・・?」
「NOBUNAGAは、『人間を認識して』攻撃判断しているんじゃないかと、
オレは思っている。」
「認識・・・」
「ああ、ドローンが人を襲うところを何度か見て思ったんだが、
攻撃前に一旦停止する『間』がある。」
ガンバヤルはナジの言葉に昨日の朝のことを思い出した。
「あ・・・あの時・・・確かに止まってた・・・
そうか・・・僕を認識してたんだ・・・」
そう言って、レーザーがかすめた側頭部を押さえる。
その様子にナジが尋ねる。
「なんだ? 何かあったのか?」
「い、いえ・・・昨日ドローンに襲われたので・・・
その時、止まってたなと・・・」
「おいおい、少年!
襲われて生きてるってどういうことだ?」
ナジは立ち上がって、ガンバヤルの両肩をつかんで、確認するように体を左右に傾けて調べる。
ガンバヤルは昨日の朝の出来事を説明した。
ナジはベッドに座ると、それを黙って聞いている。
―――
説明が終わるとナジが口を開く。
「――なるほど・・・動物の壁か・・・
そうやって、君たちはこの村までやってきたんだな。
しかし、NOBUNAGAは人間以外を本当に殺したくないんだな・・・
そんな盲点があったとは・・・これは新たな発見だぞ、少年!」
そう言って、ガンバヤルの肩を叩く。
「ナジはどこを目指しているの?」
「ラジオで『奇跡のキャンプ地』の話を聞いてな。
つまり、君たちのキャンプ地を目指していた。」
「僕たちのキャンプ地を?」
「ああ、NOBUNAGAが攻撃しない理由を知りたくてな。
しかし、すでに君から答えを得てしまった・・・
さて・・・どうするか・・・」
そう言って、ナジは腕を組み考え込んだ。




