代償の意味
辺りに広がった水蒸気が、朝の空気に冷やされ徐々にキラキラと消えていく。
ガンバヤルは歯をガチガチと鳴らし、目の前にある切れたガナの二の腕を見つめていた。
視線を地面に落とすと、ガナの千切れた左手が転がっていた。
「はあーっ! はあーっ! はあーっ!」
息が苦しかった。
自然とできる状態じゃなかった。
自分で意識しないと、息を吸い込めなかった。
「バ、バヤル・・・だっ、大丈夫か・・・?」
ガナは馬上からガンバヤルに声をかける。
ガンバヤルは蒼白の顔でガナを見る。
「が、ガナ・・・腕が・・・」
「・・・だっ、だい、大丈夫だ・・・バヤル、ここ平気か?」
ガナは左手で指そうとするが、腕がないことに気づき、
右手で自分の頭の左側頭部をトントンと叩く。
ガンバヤルが右手で自分の左側頭部を確認する。
手で触ると、不思議な感覚があった。
触った後、手を確認すると、焼けて縮れた毛が手のひらにくっついていた。
もう一度同じ場所を手で探る。
痛みはなかった。
ただ、ざらざらとした焼けた毛だけの感触がした。
「お、オレは大丈夫・・・が、ガナは・・・へ、平気なの・・・?」
歯をガチガチと鳴らしながら震える声で尋ねた。
レーザーで焼かれた腕は、その場で内部まで焼かれ、血すら出ていなかった。
「ああ・・・患部は熱いが・・・なんとかな・・・」
そう言って、左腕を持ち上げ自分で確認した。
「嫌な匂いがするな・・・」
肉の焼けた匂いと血などが焼けた匂いが鼻をついた。
ガンバヤルは、地面に転がる腕を抱き上げる。
「こ、この腕・・・つながらないの?」
ガンバヤルの目はグラグラと大きく揺れていた。
「ああ・・・切断じゃないから無理だな・・・」
その答えにガンバヤルの目から涙がとめどなくこぼれた。
「ガ、ガナ・・・ごめん・・・ぼ、僕が・・・ガナの指示通り・・・できなくて・・・」
ガナは自分自身が倒れそうな体を耐えるように、ガンバヤルの頭に右手を置く。
「大丈夫だ・・・平気だ・・・バヤル、気にするな・・・」
「・・・・・・い!」
「・・・おーーい! ・・・ガナーー! ガンバヤルーー!」
声が聞こえ、ガナは顔を上げる。
ガンバヤルは、その声は耳に入らない様子で、ガタガタと震え続けている。
馬が湿地の土を跳ね上げながら走ってくるのが見えた。
どうやらハサルの指示で、二人の無事を確認する為にやってきた様子だった。
「おーい! 大丈夫かー! 一体何があったーー?」
対岸にいた隊は約800メートルほど離れていたため、
こちらで何が起きたのかまったくわかっていなかった。
「おーい! が・・・な・・・・・・」
近づいてきて、ガナの腕に気づき言葉が詰まった。
はあ~~~~っ!!
ガナは大きく息を吐き、自分の胸を叩く。
腕の鈍痛のような痛みと熱が、気持ちを逆に落ち着かせた。
「オレは大丈夫だ! 出血はなさそうだ・・・それよりバヤルを頼む。」
やってきた隊員がそばにいるガンバヤルに視線を移す。
ガナの腕を抱え、ガタガタと震えていた。
隊員の一人が馬を降り、ガンバヤルの傍に寄り、肩を叩いて顔を覗き込む。
「ガンバヤル! おい! しっかりしろ!」
ガンバヤルの目はずっと震え、隊員の声が届いていなかった。
「バヤル!!」
ガナが怒鳴った。
その声にガンバヤルがビクッ!と体を震わせ、目の震えが止まった。
「そんな腕抱いてないで、その辺に捨てておけ!」
「え・・・?」
「狼が食べてくれるだろ・・・オレの腕は祖に戻るんだ。」
ガナはふらふらと揺れる頭を、右手で鞍を強く握って耐えながら、そう言って笑った。
ガンバヤルは、スローモーションのようにゆっくりと腕を地面に置いた。
手がなかなか離れなかった。
「バヤル、早くしろ!」
その声で手が離れた。
何度も何度も振り返り腕を見ながら、馬の背に乗る。
ガナは振り返りもせず、慣れない右手で手綱を握り、体をフラフラとさせながら歩を進めていく。
それを見て、ガンバヤルの瞳が揺れる。
「ぼ、僕のせいだ・・・僕が・・・僕が・・・」
―――
水が少ない湿地帯を通り、対岸へとショートカットする。
馬の脚が重くなり、上下動が激しくなり、ガナはゆっくり歩くように指示を出す。
「ツッツッ」
馬は耳を回し、歩く速度を落とした。
慣れない右手の乗馬に額に汗が流れる。
左腕の残った部分で、額の汗を拭うと、目の前に手が無くなった現実をガナに突きつける。
「くそっ!!」
―――
隊に戻ってくると、ハサルが左腕の無くなったガナを見て、眉をしかめた。
「な、なんてことだ・・・
お、おい! だれか・・・だれか治療を頼む!!」
しかし、ハサルは隊の出発準備中だった。
ガナの所へ行きたかったが、行けるタイミングではなかった。
隊はテントを片付けているところだった。ガナはその中を進んでいく。
皆がガナとガンバヤルを見つめて立ち尽くしていた。
ガナは馬を止めて、少し青ざめた。
しばらく固まっていたが、集まってきていた隊員に声をかける。
「すまん、馬の頭を押さえておいてくれ・・・」
「お、おう。 ま、まかせろ。」
隊員はガナの馬へ走り寄ると、動かないように頭を押さえる。
馬を動かすこと自体は問題ではなかった。
声と脚で動く馬なら、片手でも十分に従う。
だが、降りるとなると話は別だ。
片腕がない状態ではわずかに揺れただけで、その方向へ落ちる予感がした。
しかも、初めての動作。
目を閉じ、深呼吸する。
「ガナ、ちょっと待て。」
頭を持っている隊員がガナを止める。
ガナはその声で目を開けた。
「おい、誰か! ガナの降りる方向を補助してくれ!」
見ていた隊員が二人ほど駆け寄ってくる。
「どっちに降りる? いつも通り左側か?」
その声が、ガナは少し安心した。
「右は慣れてないから、いつも通りだな」
「わかった。」
馬の左側に二人は並んで、両手を広げる。
「いいぞ。」
ガナは手綱から手を離し、鞍の前の方をつかむと、深呼吸して右の鐙を外して馬の左側へと回す。
いつもであれば左手で流れる体を支えるが、右手では肩が回らず、右足が地面に届かず後ろへ倒れ掛かる。
「うおっ!」
その体を後ろ側にいた隊員が受け止めて転ぶことはなかった。
「ふう~~~っ」
隊員とガナが大きくため息をついた。
隊員の目の前にはガナの無くなった腕があった。
そして、焼かれたその匂いでショックを受けた。
「ガナ・・・その・・・なんと言えばいいのか・・・」
ガナが受け止めてくれた隊員を振り返ると、視線が自分の腕に向かっているのが分かる。
体勢を立て直し、フラフラだが自分の足で立つ。
「ああ、大丈夫だ。 気にするな。」
ガナは自分のことより、後ろにいるガンバヤルが気になっていた。
見ると、ガンバヤルは馬に乗ったままうつむいていた。
「おい、バヤル! 早く降りろ。」
「・・・・・・。」
その声にガンバヤルは顔をあげて、馬から降りようとする。
右足を地面につけ、左足を鐙から抜くと、そのまま後ろに倒れ込んだ。
ドサッ!
その動きにガナは駆け寄る。
「バヤル、どうした? やっぱり頭に当たってたのか・・・?」
ガンバヤルは肩を震わせていた。
そこにハサルが作業を終わらせ、走ってやってくる。
「いったい、何があったんだ?」
「ドローンにやられた。」
「なぜ? 馬に乗ってたんだろ?」
その言葉にガンバヤルの体がビクッとなる。
「ぼ、僕のせいです・・・僕が馬から離れて・・・
ガナが・・・僕をかばって・・・」
ガンバヤルは、乾燥した土を強くつかんで震える。
その姿をみたガナは、ガンバヤルの頭にこぶしを落とした。
ゴン!!
その衝撃にガンバヤルは頭を上げた。
左側にガナがいた。
「いいか、よく聞け!
あのままではバヤル、オマエは死んでいた!
だが、オレの腕一本で、オマエは生き延びた!
お前の命と、オレの腕、どっちの方が重いと思ってるんだ!?
勘違いするなよ!」
ガンバヤルは、ガナの顔をまっすぐ見つめた。
ガナは右手で左肩をポンポンと叩く。
「オレの腕は、お前を守ったんだ・・・守れて本当に良かった。」
ガナはそう言って、にこりと笑った。
ガンバヤルは、ガナの右手を両手で取る。
そして、震えながら言葉を絞り出した。
「ガナ・・・ありがとう・・・」
そして、叫ぶように泣いた。
その声がモンゴルの荒野に響いていく。




