一線の代償
湖畔付近での一夜が明ける。
昨夜の冷え込みはとても強かった。
ガンバヤルがテントの外に出ると、地面の表面に薄い霜が残っていた。
踏むと、乾いた土の下でわずかにバリバリと砕ける音がした。
湖の水面は静かで、黒い湿地の部分だけが、まだ夜の冷たさを抱えている。
風は弱く、隊の焚き火から上がる白い煙が、まっすぐ空へ伸びていった。
ガンバヤルは自分の馬を連れて用を足しに行く。
小高い丘に登ると、周囲には、夜のあいだに動いた小さな獣の足跡が残っていた。
野ウサギか、キツネか。
「肉・・・食べたいな・・・」
丘の上から湿地を見下ろす。
隊がテントをはる場所の対岸側には渡り鳥が羽を休めていた。
「あれ、狙えるんじゃないか?」
ガンバヤルは急いでテントへと戻った。
ちょうど、隊では食事を配っているタイミングだった。
ガンバヤルは馬から降りると、手綱を杭に括り付け、ガナの元へと走り寄る。
「ガナ!」
スープを受け皿から直接飲んでいたガナは、皿を口から離してガンバヤルを見る。
「どうした~? なんかあったか?」
「対岸に渡り鳥が来てる! 狩りに行っても良いかな?」
「・・・・・・・・・。」
ガナはその言葉に少し考えこんだ。
「ねえ、ダメかな? 保存食じゃなくて、新鮮な肉が食べたいと思わない?」
ガナは少し不安だった。
鳥を狙うには、馬は使えない。
馬に乗った状態では、丸見えで警戒されて近づくことすらできないからだ。
だが、ドローン対策として馬から離れることは許されない。
しかし、独り立ちしたばかりの少年が、狩りをしたい気持ちがよく分かった。
「条件がある。」
ガナはガンバヤルの方を向いてそう言った。
「え? なに?」
「馬から降りないなら、行ってもいいぞ。」
「わかった。」
ガンバヤルは嬉しそうに頷いた。
「ちょっと待ってろ、ハサルの許可を取ってくる。」
そう言って、ガナは立ち上がり、ハサルの所へと向かった。
―――
しばらくして、ガナが戻って来る。
「許可は取ってきた、だが出発までの1時間だけだ。」
そう言ってガナはいたずらっぽく笑った。
絶対失敗すると思っていたからだ。
ガンバヤルは馬車に一度乗り込み、革製の弓袋と矢筒を持って出てきた。
口が半分開いた弓袋を馬の鞍の右側に吊るし、左側に矢筒を吊るした。
そして、ガンバヤルは馬の背に跨った。
ガナも自分の馬に跨る。
その行動に、ガンバヤルが驚く。
「もしかして、ガナも来るの?」
「一人で行かせると、約束破って馬から降りそうだからな。」
そう言って、笑う。
二人は馬を走らせ、対岸を目指していく。
それを隊のメンバーが「なにごとだ?」という感じで見送った。
―――
この日、風は弱かったが、それでも風下側から湖を回り込んで、対岸側へと来ると、
馬の速度を落とし、ゆっくりと歩を進めた。
ガナはガンバヤルの後ろ50メートル付近についてニヤニヤしながら見ていた。
ガンバヤルは弓袋から弓を右手で取り出し、左手で矢を取り出し、鳥がいる水辺へ静かに近づく。
だが、馬の背に乗ったガンバヤルは鳥からは丸見えで、見えた瞬間警戒され、どんなに音もなくゆっくりと近づいても、ある距離まで近づいたところで、
バサバサバサ……!
バシャバシャバシャッ!
大きな羽音と水しぶき音を立てながら水面を走り、鳥は飛び立ち、
離れたところへと着水した。
とてもじゃないが、弓矢の射程距離まで近づくことはできなかった。
それを後ろでガナが笑っていた。
ガンバヤルは振り返り睨みつける。
「分かってて、この条件つけたね!!」
「ちがう、ちがう、それはドローン対策だ。
これは本当だ。」
ガナは両手を広げてそう言った。
ガンバヤルはガナの言うことは、正しかったので、それ以上は言わず、狩りを続けた。
渡り鳥はガンバヤルをバカにするかのように同じ距離を保とうと、近づいては離れ、近づいては離れを、何度も繰り返した。
時計を見てガナが言う。
「バヤル! あと10分だぞ~! もういいかげんあきらめろ~!」
「あと一回!」
ガンバヤルはそう言うと、鐙の左側を短くし、右側を長く調整する。
「ん?」
ガンバヤルが何か鐙を調整しているのに気づき、笑っていた顔が真剣な表情に変わる。
「何する気だ・・・?」
「ごめんな、キツイだろうけど、ちょっとだけ我慢してくれよ。」
ガンバヤルはそう言って馬の首をポンポンと叩き、
鞍の出っ張りを、膝の裏でつかむと、左手で馬の首をつかみ、だらりと伸びた右の鐙を踏んで体を落下しないようにした。
上半身を馬の首の下へと入れる。
「よし、チャーッ・・・」
ガンバヤルがそう言うと、馬はバランスを取りながら歩を進めた。
鳥は馬の姿を見つけ、一瞬ビクリと反応したが、背に人間が乗っていないのを確認すると警戒を解いて、水面に頭を突っ込み、水草を食む。
ガンバヤルの目に鳥の姿が映る。
(ホーッ。)
小声で馬に止まれの合図を出す。
馬はその場に停止した。
ガンバヤルは左手を放し、矢を構えた。
体を支える右足がブラブラと揺れ、上半身にその振動が伝わる。
(くそ・・・狙いが・・・定まらない・・・)
そこで、ガンバヤルは右足の鐙を外し、左足だけで馬にぶら下がった。
上半身は耐え切れず、地面に近い所まで頭が下がったが、揺れは止まった。
ビッ!!
次の瞬間、ガンバヤルから矢が放たれた。
放った後、地面に落下する。
矢は鳥の首の付け根に刺さり、水面にしぶきを上げる。
鳥は警戒の声を上げて、群れに危険信号を送り、全羽がものすごい音を響かせ飛び立った。
その光景を見たガナは、口を押さえブルブルと体を震わせていた。
「なんてこと、考えやがるんだ・・・」
転んでいたガンバヤルが勢いよく起き上がる。
そして、射止めた鳥を確認する。
水辺に浮かぶ鳥を見つけ、腕を振り上げて喜ぶ。
「やったぜ~~~!!」
そして、相棒の首に抱き着き感謝する。
「オマエのおかげだ~~~最高の相棒だ!」
ガナは喜ぶガンバヤルを見て、目を伏せ首を振る。
「なんてえ、才能だよ・・・末恐ろしいな・・・」
そして、目を開けてガンバヤルを見て驚いた。
ガンバヤルが、歩いて射止めた鳥へと近づいていた。
ガナは慌てて、馬を走らせる。
「バヤル! ダメだ!」
そして、周囲を警戒しながら見回す。
ガナの目に降下するドローンが映った。
「バヤル!! ドローンだ!! 戻れ!!」
その声に、鳥の首を手に持ちながら、ガンバヤルが振り返る。
視線上にドローンが見えた。
頬に脂汗が流れ、手に持つ鳥を落とした。
ドローンのカメラにガンバヤルの姿が映り、照準が合わさる。
キィーーーン!
レーザーのチャージ音が響く。
発射しようとした瞬間、馬に乗ったガナがカメラに入ってきた。
ドローンは馬を避けるように右へと機体を滑らせ照準をずらし、レーザーを発射した。
ガナはガンバヤルをかばうように左腕を伸ばした次の瞬間。
ジッ!!
レーザーはガナの腕を焼き、左腕が宙を舞う。
左腕を抜けたレーザーは、ガンバヤルの左側の髪の毛をかすめ、水面に着弾する。
ジャアアーーーッ!!
レーザーに焼かれた水がものすごい水蒸気を上げながら、
水面を凄まじい勢いで走った。
対岸にいた隊が、その激しい音と水蒸気に気づく。
ものすごい水蒸気が発生し、向こうの様子はまったく確認できない。
「な、何事だ!?」
ハサルが水蒸気を見つめると、ドローンが飛び去っていく光景が見えた。
ブーン……
ドローンの音は遠ざかって行く。
「おい! 誰か見てたやついるか!?」
ハサルは右へ左へ体をひねって隊員に確認する。
だが、誰も答えなかった。




