遠ざかる山並み
モンゴルの夜が明けていく。
波打った東の地平線がくっきりと浮かび上がり、馬車の幌、テントの色が蘇っていく。
キャラバン隊は無事に夜を乗り越えることができた。
夜の間に二回ほど不穏な音に動物たちが騒ぎ警戒したが、キャンプの形状が功を奏したようで、何事も起きなかった。
馬たちが起き上がり、辺りは徐々に賑やかになっていく。
馬の嘶きや鼻を鳴らす音に、目を覚ました者たちが、テントからパラパラと出てくる。
馬やラクダの食事を準備する者、朝の食事を準備する者。
キャラバン隊は徐々に動き出していった。
ガンバヤルがテントから出てくると、自分の馬の手綱を解き、草原の方へと歩き出す。
キャラバン隊から離れたところで用を足し、馬に草を食ませる。
馬が草を食むあいだ、持ってきたブラシで馬の背をブラッシングしていく。
「今日も頼むぞ。」
そう言って、ブラッシングを続けた。
―――
馬の食事が終わり、ガンバヤルはキャラバン隊へ戻ると、
トヤとガナが、エルデネサント隊のリーダーのハサルと話をしているのが見えた。
「おはようございまーす。」
ガナがガンバヤルの声に反応して手を挙げる。
トヤが話しているハサルの肩を叩き、言葉をかける。
「じゃあ、そういうことでガナを頼む。」
「分かった。」
ハサルはそう言うと、別の男の方へと歩いて行き、話を始めた。
何かを身ぶり手ぶりで説明している様子だった。
様子を見ていたガンバヤルのもとへ、ガナがやって来て尋ねる。
「バヤル、朝飯は食ったのか?」
「まだ。 馬に食事させてたんで・・・・・・」
「早く食べてこい! もうあと少しで出発するぞ!」
「は、はい。」
ガンバヤルは食事を作っているテントへ走っていく。
昨夜と同じ、揚げパンと乾燥肉のスープだった。
食事の分配を受け取りながら、配膳係に尋ねる。
「もしかして、ずっとこれ?」
「エルデネサント隊は、ほぼこれだな。
合間に狩りでもできれば、豪勢な食事にはなるとは思うけどな。」
そう言って、配膳係の男が笑った。
「鳥でも狙ってみようか・・・」
そう言って、揚げパンをかじる。
「おお、頼む。
移動しながら狙えたら狙ってみてくれ。」
ガンバヤルは咀嚼しながら、グッドサインを出して離れた。
―――
食事を終え、出発準備をしているエルデネサント隊へと駆け寄る。
ガンバヤルは農作業隊のはずのガナが、
馬に跨りエルデネサント隊に加わっているのを見つけた。
「あれ? ガナ・・・なんでここに? 農作業隊はあっちですよ。」
ガンバヤルは指さして向こうを示す。
「ここで問題ない。 オレはエルデネサント隊の一人とチェンジしたんだよ。」
「え? そうなんですか?」
そう言って、農作業隊の方を振り返る。
トヤが農作業隊をまとめ、指示を出しているのが見えた。
そんな時、隊の前の方からハサルの声が響く。
「出発するぞぉ~!」
声が響き、前方の馬車が動き出していく。
ガンバヤルはもう一度振り返る。
農作業隊が隊列を組み、トヤが先頭の馬車へと移動していくのが見えた。
「おい、バヤル! 行くぞ!」
ガナの声がして前を向くと、自分の担当する馬車が動き出していた。
ガンバヤルは馬を操作して、馬車の左サイドへと歩かせていく。
もう一度、左側を振り返る。
農作業隊の列が左へと伸びていくのが分かった。
エルデネサント隊と農作業隊の予定の日程表が違う。
ガンバヤルは、この別れを少し寂しく感じていた。
―――
農作業隊と別れたエルデネサント隊の目の前には、標高が200メートルほどの山が連なっていた。
緩やかな上り坂が続き、隊はその山の麓を抜けていく。
見上げるような山ではないが、このような地を訪れたのはガンバヤルにとって初めてだった。
なだらかな斜面が伸びる景色を何度も何度も見回した。
その様子に気づいたガナが声をかけてくる。
「どうしたバヤル? こんな小さな山、珍しいか?」
「うん・・・山をこんな間近で初めて見たよ。」
「そうか・・・初めて見たのか・・・
狩りに出れば、これぐらいいつでも見れるぞ。」
「本当かい?」
「ああ・・・・・・」
ガナは弟のビレグを思い出していた。
歳の離れたビレグを初めて狩りに連れて行ったのは、6年ほど前だった。
その時、ガンバヤルと同じように初めて見る風景に驚いていた。
ビレグとガンバヤルが重なり、涙がこみ上げた。
上を見て、瞬きをこらえ、涙がこぼれないようにする。
ズズッ!と鼻をすする。
「ちくしょう・・・あいつのせいだ・・・」
ガナの目はドローンを見つめていた。
昨日と同じように、上空からこちらを見下ろしていた。
「ドローンがいるぞ!」
ガナが叫ぶと、リーダーのハサルが答える。
「分かった! 打ち合わせ通り、ドローンが降下してくるかを見ておいてくれ!
みんなも聞いてくれ! ドローンが降下してきたら防御体勢を取ってくれ!」
「わかった!!」
ハサルの命令に、エルデネサント隊の全員が答えた。
全員がドローンを確認しながら、隊は進んでいく。
発見から20分ほど経った頃、ドローンは東へと消えていった。
隊の緊張が解ける。
ハサルが馬を下げ、ガナの方へ寄ってくる。
「なあガナ、昨日も20分ぐらいじゃなかったか?」
ガナはその問いに目を細めて昨日のことを思い出す。
「・・・・・・どうかな? 発見した時間がはっきりしないんで、わからんな。」
「オレが思うに、あいつ活動時間あるだろ。」
「そうだろうな・・・音の感じからして、絶対内燃機関じゃない。
そうなると、バッテリーってことになる。
だとすれば、電池切れの前に帰投する。」
「それが20分ぐらいなんじゃないかと思う。
次見つけたら、計測も頼む。」
「分かった。」
そう言って、ハサルは一番前の馬車に戻っていった。
「すごいね。」
二人の会話を聞いていたガンバヤルが、馬車の向こう側から感心するように言った。
「何がだ?」
「だって、あのちょっとの時間で、そこまで予測するなんて・・・すごいよ。」
「いいか、ガンバヤル。
敵を知るということは、とても大事なことだ。
狩りも同じだ。
相手を知って、初めて狩りが成功する。
覚えておけよ。」
「はい。」
いつしか、見ていた山並みは後方へと過ぎ、いつも見慣れた景色が続いていた。




