落ちる影
―――10月16日 モンゴル
モンゴルのキャンプ地では翌日、キャラバンが急ピッチで編成されていった。
避難民の協力は、驚くほどスムーズに進む。
避難民の中から農作業に従事できる者を募る案内を流すと、次々と手が上がっていった。
その数は数千にものぼり、「何もしない」と決め込んでいた長たちは、苦笑するしかなかった。
何もせず、ただ一日をやり過ごすことがどれほどの苦痛か・・・・・・
皆が痛感していたのだ。
だが、馬車の数が圧倒的に足りず、志願者全員を運ぶことはできない。
それに、人間だけを特定の一箇所に集中させると、外敵や災害に対するリスクも高まる。
そのため、農業経験のある者を選別し、さらにその中から体力のある者を選び、最後は抽選で決めることとなった。
エルデネサントへのキャラバン参加者は、同地から逃れてきた避難民を中心に選出された。
最終的に20台の馬車が用意され、2つのキャラバン隊に分けられることになった。
結局、出発の準備だけで、16日は暮れていく。
―――10月17日
モンゴルの黄金の大地が明るく太陽に照らされ、気温が上がっていく。
キャンプ地の一番外側でキャラバン隊が出発の準備を進めていた。
馬たちのいななきや鼻を鳴らす音が響き、馬の肌から湯気が立ち上る。
そして、ガヤガヤとした騒がしい声があちこちから上がっている。
キャラバン隊に参加する者たちが、馬車に馬を2頭ずつつないでいく。
今回の食料調達計画では、ドローン対策として動物の壁を作った。
馬車1台につき左右に一頭ずつ馬を配置し、
後方対策として、馬車の後方に2頭ずつラクダを手綱で繋ぎ引くこととなった。
そのため、2つのキャラバンで、馬は80頭。
荷運び用のラクダが40頭。人員は140名に及んでいた。
キャラバン隊の周りは見送りの人だかりができていた。
そのキャラバン隊にガンバヤルとスフレンの息子2人も参加していた。
ボルがキャラバン隊の横を走ってくる。
「兄ちゃん!」
ボルの声にガンバヤルが振り返る。
「ボル、ちゃんと馬の練習しておけよ。」
「うん。わかってる。
でも、僕もキャラバン隊に参加したかったなあ~」
「ははは、ボル。
オマエの歳じゃ、参加できんよ。」
一つ後ろの馬車から声がして、ボルが振り返る。
「あ、トヤおじさん。」
トヤが頭を肩の方へ落とす。
「おじさんはやめろ! まだ結婚したばかりだ!」
「ははははは、結婚した男はおじさんなんだよ。」
馬車の向こう側から笑い声がした。
「ガナ! うるせえぞ!」
ボルが少し下がって馬車の向こう側を見ると、そこにはガナがいた。
「ガナおじさん!」
ガナがボルの言葉にこめかみがピクリと動く。
「未婚の男におじさん言うな!」
「ははは、7歳からしたら、みんなおじさんだな。」
トヤがそう言って笑いながら馬に跨る。
それを見て、ガンバヤルも馬に跨った。
「そろそろ出発?」
下からボルが声をかけてきた。
ガンバヤルはボルを見下ろす。
「そうだ、そろそろ時間だよ。 危ないからボルは下がってな。」
そう言って、ボルの頭をポンポンと手のひらで軽く叩いた。
ボルは寂しそうな顔をして、二歩後ろへさがった。
エルデネと長たちがキャラバンを見送りに出てくる。
その中にバトやスフレンもいた。
エルデネが隊に向かって大声を出した。
「頼むぞ! ドローン対策はしたが、効果は分からない。
無理はせず、気を付けていけ!
もし攻撃を受けそうだったら、先へ進まず引き返すんだぞ!」
先頭の馬車が動き出す。
馬車がギシギシと音を立てる。
前の馬車に続き、他の馬車も動き出した。
馬の足音、馬車のきしむ音が次第に大きくなっていく。
ボルは遠ざかるガンバヤルを見て声をかける。
「兄ちゃん! トヤおじさん! ガナおじさん! 頑張ってね!」
ガンバヤルは振り返らず、手を上げて振った。
キャラバン隊が出発すると、見送りに来た人たちはキャンプの中へと帰っていく。
ボルは、キャラバン隊が見えなくなるまで、そこから動かず見送っていた。
―――
モンゴルの平原の道は、道と言ってもただ同じ場所を通って踏み固められた、未舗装路だ。
今は荷が載っていない馬車なので、抵抗も少なく、順調に先へと進んでいた。
でこぼこした道が、馬車の軋み音を頻繁に鳴らす。
そして、時折開いている穴のようなへこみで、ガタン!と大きく揺れ、荷台に乗る民間人の驚きの声が、幌の内側から聞こえる。
馬車の左側を守るガンバヤルはキョロキョロと空を見回していた。
その動きに気づいたトヤが声をかけてくる。
「おい、バヤル! どうした?」
ガンバヤルは振り返って言う。
「ドローンが見当たらなくて・・・・・・」
「馬車の向こう側なんじゃないか?
ガナ! そっちからドローンは見えるか?」
トヤは馬車の右側にいるガナに声をかける。
「ん? いや、見当たらんな。」
ガナの声が返ってきた。
トヤが振り返って隊の後ろを確認する。
後ろで騎乗している男が首を振って返した。
(珍しいな・・・・・・ドローンは大抵の場合、ついて来てたはずだが・・・
こんな大人数の確認をしないとは思えないんだが・・・)
トヤは姿を見せないドローンに不気味さを感じていた。
―――
正午を迎えた頃、キャラバン隊に薄い影がちらちらと隊全体を包む。
その不思議な影が気になった隊の一人が上を見上げた。
太陽のまぶしさに目を細め、太陽を隠すように腕をかざして空を覗きこむ。
空に何かが浮かんでいるのを見つけた。
「何だ、あれ・・・?
おい! 空にいる、あれ、見えるか?」
指を差してそう言うと、近くにいた者達が確認するように空を見上げる。
キャラバン隊に動揺が走った。
隊の後方が急にあわただしく騒ぎ始めた。
ザワザワする声に、トヤが後ろを見ると、全員が上を向いていた。
見上げると、何度も見ていたあの黒い点があった。
ドローンだと確信する。
「ドローンだ!! 停止しろ!!
騎乗している者は、馬車に寄せろ!」
トヤが叫ぶ。
キャラバン全体に緊張が走り、隊は停止して、
馬車の両サイドの馬は馬車に寄せた。
草原には風がなく、一帯に音はなかった。
時折、馬に緊張が伝わったのか、ブルルッと鼻を鳴らす。
自分の呼吸音だけが幌に反射され、やけに聞こえる。
トヤは馬車の幌に顔を寄せながら見上げる。
この初めての状況に、汗がほほを伝う。
(ドローンのやつ、なんで上から・・・? 隊が長い列になってるせいか?
太陽が近いせいで、双眼鏡が使えない・・・一体上空で何してんだ?)
10分ほど上空を旋回した後、ドローンは姿を消した。
「ドローン・・・諦めたみたいだね・・・」
ガンバヤルがつぶやいた。
トヤは目を細め、太陽を見る。
「くそっ! 太陽が出てなかったら気づかなかったぞ・・・嫌なことしやがる・・・・・・」
バン!
トヤは苛立ち、寄せていた馬車のサイドボードを叩いた。
ドローンが消えてから数分後、キャラバン隊はドローンが見えないことを確認し、警戒を解く。
トヤは馬を馬車から離し、キャラバン全体に伝える。
「もう大丈夫だ。 隊を整列しろ!」
トヤがそう言うと、張り詰めた空気がほどけ、通常状態へと戻っていく。
「よし、進むぞー!」
「前進!」
隊は再び進み始めた。
―――
出発して6時間ほど経った頃、道は直進と左へ分かれていた。
トヤが地図を確認する。
「どうやら、ここのようだな・・・左に曲がった先に放置された農家がある。
6時間で30キロほど進んだ計算だな・・・・・・」
「途中、ドローンが出なければもうちょっと進めたんだろうが・・・」
ガナが地図を覗き込みながら言った。
「そうだな・・・予定より遅い・・・
夕方までまだあるが、ここで一泊しよう。
キャンプ時のNOBUNAGA対策を確認した方が良いだろう。」
トヤがそう言うと、ガナが周りの隊のみんなに伝える。
「ここで、キャンプするぞ。
打合せ通りのキャンプ地を作ってくれ!」
ガナがそう言うと、全員が馬から降りて、テントを馬車から下ろし、準備を始めた。
馬車につないだ馬を解放し、外周に円を描くように杭を打ち、馬をその杭につないでいく。
円の中にテントを張り、さらに円の中央にT字型の鷹受けを設置し、鷹匠の鷹を据えた。
「これで効果があると良いのだが・・・・・・」
食事は簡易食で済ませる。
隊の食料はほぼ、農作業チーム用の物だった。
理由は農作業時間が読めないからだ。
保存食の揚げパンと干し肉を鍋で茹で、肉の入ったスープに戻した物だった。
それを食べながら、隊全員がわずかな自由時間を過ごす。
まだ、日の入りまでは1時間以上ある。
ビレグが殺されてから、狩りに出た日の夜が長くなった。
ドローン対策の為に、個人行動が難しくなったからだ。
常に動物と一緒にいるという大変さを身に染みてわかった。
今回は一人につき馬一頭ではない。
その為、トイレに一人で離れることもできない。
その対策として尿袋を用意した。
今回のキャラバン隊が全員男になったのもそのせいだった。
太陽が少しずつ地平線へと傾き、オレンジ色が次第に強くなり、草原の黄金が赤く染まっていく。
トヤはその光を背中に受けながら、揚げパンをスープに浸して食べる。
「ガナ、オレと同じ農作業隊だが、エルデネサント隊と入れ替わってくれないか?」
ガナが飲んでいたスープから口を離し、顔を上げてトヤの方を見ると、まぶしそうな顔をして尋ねる。
「なぜ?」
「バヤルが心配でな・・・・・・道程が向こうの方がキツイ。
こっちは明日には農家の家に到着するが、向こうはまだまだ先だ。
バヤルをこっちの方に入れてもいいが、本人が納得しないだろうからな。
どうだろう?」
ガナがスープを一口すする。
再びトヤを見て言う。
「そういうことなら、いいぜ。
アイツ、100キロ越えの旅は経験ないようだしな。」
「すまんな。」
「かまわんさ。 スフレン母さんにもバヤルのことは頼まれてるしな。」
そう言って、揚げパンを力一杯噛み、引きちぎる。
そして、長い夜がやってくる。
キャラバン隊の緊張した一日が終わった。




