風の中の小さな炎
10月中旬となり、モンゴル地方は青々とした草原は、迎える冬に向けて大地は金色へと移り変わりつつあった。
空気は澄み、乾燥した空気は、空の色を青から紺碧へと変え、大地の金色との対比が美しい情景を映し出していた。
モンゴルキャンプ地は様相を変えていた。
スフレンの息子のビレグが殺されたあと、キャンプ地は月からの情報を元に構造を作り変えていた。
牧草地と人間の営みを分けていた柵は形を変え、ゲルの周囲を囲う様にキャンプ地全体を円周の形で囲み、動物たちの種類によって8つに分割させていた。
丁度、バームクーヘンを8等分に切り、
さらに層を作るように、外側から動物エリア、人間エリア、動物エリアと配置し、
中心の穴の部分に人間エリアを設け、NOBUNAGAが攻撃できないように強化させていた。
そして、そのバームクーヘンは、牧草を求めてトール川に沿って少しずつ西へ西へと移動していく。
(ドローンは東からやってくる。)
そんな噂が、キャンプ地を西へと向かわせる。
今はウランバートルから西へ約100キロの位置にキャンプ地はあった。
そして、“奇跡のキャンプ地”と呼ばれた、モンゴルのキャンプ地に人々が日々集まり、
わずか一か月で、15万人の大キャンプ地へと成長していた。
ただ、その成長速度の速さに、キャンプ地は生活状態を危うくさせていた。
モンゴルの人達は、馬やラクダを使って狩猟ができるのだが、集まるだけの“ただの避難民”は、そんなことはできない。
また、移動するキャンプでは、農業ができないという問題が人々を不安にさせていた。
―――
ガンバヤルの父バトが、ゲルの入り口から外へと出ようとしている。
ゲルの中で母親を手伝っていたガンバヤルに声をかける。
「ガンバヤル! 私は、いつも通り炊き出しをやるから、
お前は弟たちに乗馬の練習をさせなさい。」
「はい、父さん。
じゃあ、今日もフスレンおばさんの所に行ってくるよ。」
バトがガンバヤルを見つめた。
ビレグの死から一か月が経ち、フスレンはずいぶんと元気になった。
だが、まだ息子を失ったショックは簡単には消えない。
バトは、フスレンに乗馬を教えさせることで、ビレグのことを忘れる時間が作れるのではないかと考え、子供達を預けていた。
「・・・フスレンを頼む。」
ガンバヤルはバトの声に、頷いて答えた。
「ほら、ボル、サルール。 今日も馬に乗る練習に行くよ。」
「うん。」「あ~い。」
次男のボルは走ってゲルを飛び出していく。
ガンバヤルは、末っ子のサルールの手を取りゲルを出て行った。
―――
フスレンは自分のゲルの横に積み上げた木箱の上に座り、遠くを見つめていた。
大きくため息をついて、両手で顔を覆う。
そして、静かに肩が震えた。
並んだゲルの影からボルが走ってくる。
「スフレンおばさ~ん!!」
スフレンは慌てて顔を拭った。
一度、鼻をすすって、走ってくるボルを見た。
「ボル! 今日も元気じゃないか。」
ボルが並んでいる木箱にジャンプして乗る。
「早く馬に乗れるようになりたいからね!」
ボルはそう言って笑った。
遅れるようにガンバヤルがサルールの手を引いてやってくる。
「おはようございます。ほら、サルールも挨拶して。」
サルールは手を上げて、スフレンに拙く挨拶する。
「はよーごじゃいまつ!」
スフレンは膝を折って、サルールの目線に合わせて挨拶を返す。
「よくできました。 おはようサルール。」
笑いながらサルールの頭をなで、抱きかかえる。
そして、近くにつながれた馬の背に乗せた。
「ここをつかんどきな。」
スフレンは鞍の前の盛り上がった部分を指さすと、サルールは鞍の前の部分をつかむ。
馬の手綱をほどき、自分も円形の鐙に左足先を差し込み、サルールの後ろに跨った。
そして、手綱を両手で持ち、サルールを両腕で囲う。
「サルール、落ちないようにちゃんとつかまっとくんだよ!」
「あい。」
スフレンが、「チュウ!」と言うと、馬が勢いよく走りだす。
サルールの髪が風になびくと、笑顔になって手を離す。
「こら、サルール!
ちゃんと手でつかんどきな。」
慌てて、鞍をつかむ。
その姿を見て、スフレンの口元が緩んだ。
見下ろす小さな頭を見ていると、小さかった頃のビレグを思い出す。
末っ子のビレグは、スフレンが45歳で産んだ子だった。
歳を取ってからの育児は、愛情が本当に深かった。
スフレンの瞳が揺れると大粒の涙があふれ、頬を伝う。
その涙が、馬の疾走する風で、黄金の大地へと飛んでいった。
草原へと消えていくサルールとスフレンを見つめるガンバヤル。
「兄ちゃん!」
ボルの声にガンバヤルが振り返る。
ボルはすでに馬に跨り、馬を前後に細かく動かし、早く!と伝えている。
ガンバヤルは、繋がれている馬の手綱をほどき、足先を鐙に差し込み、馬に跨った。
「鐙の調整は自分でやったのか?」
「うん。見て覚えた。」
ボルは今年“ナーダム”で騎手デビュー予定だった。
それが、NOBUNAGAによって、今年の開催はなくなってしまった。
その為、馬の扱いはほぼマスターしていた。
「兄ちゃん! 競争しようぜ。」
17歳と7歳、その体重差にガンバヤルは渋い顔をした。
「長距離はダメだ。 短距離ならいいよ。」
「じゃあ、トール川のあの木をぐるっと周って、ここに戻って来るってのは?」
ボルの言ったコースは、まっすぐに川に向かって走り、
木で360度向きを変えて、今いる場所に戻るというコースだった。
「もう一回ターンを入れたいな・・・」
ガンバヤルは、木の周辺を首を振って確認する。
「あの岩がいいな。」
岩を指さして、そう言った。
「木で曲がって、岩で曲がって、ここでゴールってことだね。」
ボルがそう言うと、ガンバヤルが口を開く。
「ただし・・・木は必ず反時計回りだ。 それで、右ターンと左ターンの複合になる。」
ガンバヤルの説明にボルが納得する。
「分かった。 でも、合図はオレでいいよね?」
その問いにガンバヤルは笑う。
「いいぞ。」
そう答えた瞬間にボルがスタートの合図を出して走り出す。
ガンバヤルはその狡さに笑いながら、スタートする。
先行するボルは、両手で手綱を持ち、お尻を浮かせて前傾姿勢で乗っていた。
それに対し、ガンバヤルは左手に手綱、右手で鞍を持つスタイルだった。
ガンバヤルは途中で、地面に刺さった木の棒を、上半身を地面へと近づけながら右手でつかんで手に取ると、鞍に押し当てながら走る。
最初の木でボルが木に近い距離を周った。 だが、ガンバヤルは馬の首を曲がる方向とは逆方向へ押し、木とは距離を取り、次に馬の首の右側を押して、速度を落とさないように木を周る。
一気に距離が縮まる。
ボルが岩を時計回りに回る瞬間、手に持った棒をボルの馬に向かって投げる。
棒は馬の鼻先を通過すると、馬は一瞬たじろいで足を鈍らせる。
岩を曲がったガンバヤルは、あっという間にボルの馬を抜いてゴールした。
ガンバヤルが馬を止め、遅れてゴールするボルを迎え入れる。
「良い作戦だったぞ。」
「悔しい~~~~。」
ボルは天を仰いで悔しがる。
ガンバヤルは笑いながらボルを見て言う。
「満足したか? ほら、スフレンおばさんを追うぞ。」
「ぐっ・・・」
ボルは何か言いたげだったが、必死で考えたフライング案で負けたので諦めた。
二人は馬の向きを変えて、スフレンが向かった方へと追いかけていく。
―――
スフレンとサルールは、キャンプ地から余り離れないように、時計回りに走っていた。
馬の疾走に喜ぶサルールと警戒するスフレンがいた。
時折馬を止め、周囲を警戒する。
スフレンはドローンを見つけ、体が固まる。
喉が渇き、つばを飲み込んだ。
「・・・・・・ドローン・・・」
逃げるように再び走り出す。
動き出した馬にサルールが手を放して喜ぶ。
その動きにスフレンが馬を止める。
体を傾けて、サルールを後ろから覗き込む。
「サルール・・・手を離しちゃダメだって言っただろ?」
サルールはビクッとして挙げた手を、バッと勢いよく鞍へ戻す。
「ごめんチャイ、チュフレン・・・」
スフレンは謝るサルールの頭をポンポンと軽くたたく。
「離さなきゃ大丈夫だよ。」
「スフレ~~ン!」
遠くから声が聞こえて、スフレンが馬の向きを変えて、声の方を振り返る。
ボルを先頭に、2頭の馬が駆けてくる。
サルールがやってくる二人に喜ぶ。
「ニィーニー!」
「早かったね。」
「今日はボルが一回だけで満足したんで。」
「めずらしいね~、負けず嫌いのボルが一回だけのレースで終わらせるなんて。」
「だって、兄ちゃんに勝てそうなアイデアが出ないからさ~」
ボルは、馬を回す動作をさせながら、悔しそうに口を尖らせながらそう言った。
「ほー、正攻法では勝てないことを理解したのかい。
ボル、それは良い傾向だよ。」
スフレンがボルをほめる。
「だって、兄ちゃん馬の操作上手いからさ~
ただ、走るだけじゃ勝てないんだよ。」
「成長したねえ~。
ガンバヤルとアンタは、10年の差があるんだから簡単には勝てないよ。
毎日乗って練習するんだね。」
スフレンがそう言って笑った。
「わかったよ。」
ガンバヤルは東の空を見ている。
それに気づいたスフレンが馬を隣に寄せる。
「いますね・・・」
「ああ、通常運転だね。」
「父さんの話だと、キャンプの形を変えて、外へ人だけが出てこないので、
今後“何か対策してくるんじゃないか”って言ってました。」
「確かにそれはあるね。」
「あと、人が急激に増えすぎているってのも気にしてます。」
「それは会議の議題でも出てるよ。
今後、食料が足らなくなりそうなんだよ。」
そこへボルが馬を横に歩かせて寄せる。
「また、難しい話?」
「いや、ドローンを見てるんだ。」
「どこ?」
ガンバヤルが右手で指さす。
「あそこだ。」
ボルがその方向をジッとみる。
「アイツが・・・・・・」
ボルが馬をスフレンの馬のそばへ寄せる。
「スフレン、オレ戦士になって“ビレグ兄ちゃん”の仇とるから!」
ボルの言葉にスフレンが驚く。
「サルールも~」
サルールがスフレンを見上げて言う。
「あんた達・・・」
スフレンはボルとサルールに腕を回して抱く。
「ありがとうね・・・」
スフレンの肩が小さく震えている。
ガンバヤルはそれを見つめて、もう一度ドローンを見た。
黄金の大地を風が東に向かって吹き、ザアーッ!という音がドローンへ向かって響いていった。




