3.毒霧のひみつ
当時の特筆すべき出来事といえば……今これを読んでくれてる皆さんはプロレスをご覧になったことがあるだろうか。そしてプロレス技の中に〝毒霧〟なるオリエンタル戦法があるのをご存知だろうか。
口から緑や赤など色とりどりの毒液を霧状に噴射して攻撃するもので、アメリカで1980年代に活躍したザ・グレート・カブキさんが元祖とされる。で、このカブキというリングネームから派生した東洋的な佇まいの選手をカブキレスラーと呼ぶこともある。
勘十郎さんは珍しくメキシコ育ちでその血脈に加わった選手であり。当然、毒霧攻撃も身につけていた……僕はその〝材料〟を買いに行ったことが一度だけあった。
一般的に毒霧の成分は不明とされており、様々な説がある。色んな液体を調合したものであるとか、食紅だとか。そして勿論というべきか当の本人たちがその秘密を明かすことは無い。僕も最初は何を買いに行くのか全く分からず、ただ「ちょっと買い物に行こう」と誘ってくれたので深く考えずに付いて行った。
道々また色んな話をしていたのだが、いつもの店や市場に行く道と違う角を曲がったことに気が付いた。出かけるといっても治安や土地勘の問題で同じ場所ばかりだったから、普段見ている景色よりも開けた空の青さが印象的だった。多分、いつものスーパーマーケットに向かう道を反対側に曲がって行ったと思う。交差点を渡ると、次の交差点の突き当りが来たことのないアーケード付きの市場だった。スペイン語で市場のことをメルカドと呼び、つまりマーケットのスペイン語読みだ。
スーパーマーケットもスペル・メルカド。メルカドとは要するに日本の市場と商店街を足したようなものだ。東京のアメ横とか、大阪なら奇貨屋白昼夢さんがあるブランドーリ布施みたいな感じに近い。天井は、やや低めで壁と同じく白い。
そこにも肉屋、八百屋、雑貨屋、菓子屋、ジューススタンドに花屋などがひしめいていて、肉と野菜と果物とお香とお菓子とジュースと花の匂いが足元にとごんで人の流れで攪拌され天井付近まで濃密に漂っていた。
間口の大きな、沢山の箱と樽のようなものが並ぶお店の前で勘十郎さんが立ち止まった。うわー、何があるんだこれ、なんだろうあれ、と興味津々でしげしげ見ているうちに注文を済ませて品物が出てきて、支払いも済んだ。
「さあ、帰ろう。11ペソでタコスでも食べようか」
「はい!」
踵を返した勘十郎さんの手に茶色い紙袋があった。
その中身が実は……ということだった。だが未だに、あれが何だったのか僕は知らない。改めて聞いたこともない。聞くべきじゃないと思っている。
最近あまり使わないけどメキシコ時代は時折噴射していたようで、ある時に先輩方が夜中に帰ってきたことがあった。バスで何時間もかかる遠くの会場まで行って、試合をして、シャワーもなくトンボ返り。ハードな一日がやっと終わる。みんな疲れ切っている。僕ら練習生は留守番で、玄関に並んで出迎える。選手が入るたびに
「お疲れ様です!」
「お疲れ様でした!」
と声をかける。すると一人の先輩の顔が緑色になっている。メキシコにも毒霧を吹く悪い奴がいるもんだ、しかしそのまま帰ってきたのか……大変だなあ、と思った矢先、すぐ後ろに居た勘十郎さんの口元が緑だ。
「いやアンタかい!!」
と思わず突っ込みそうになったのをぐっと堪えた佐野君であった。
事程左様に、初対面以来ずっと僕は同室の先輩である勘十郎さんに可愛がっていただいていたし、僕も勘十郎さんと一緒にいられて楽しかった。練習には厳しいけどそれ以外は至って優しい、穏やかな人だ。もっとも当時の先輩方はわりとみんな同じで、威張ったり、まして理不尽なシゴキなんてなかったと断言する。じゃなきゃ20年以上も、あの時のことを大事に思い出したり書き連ねたりはしない。でも、僕の方に根性が足りなかった。
だんだんと自分の理想と現実が折り合わなくなって、思うように手足は動かず何かしても裏目に出て…しまっている気がしてならなかった。引き留めてくれる人は何人も居た。今も現役の先輩や同期。そしてもちろん、勘十郎さんも。
「ホントは辞めるっていう奴なんか、こんなに引き留めて説得なんかしないぞ。あっそう、で終わりなんだから……」
とまで言ってくれたのはツトム・オースギさんだ。オースギさんは忘れてしまったかもしれないけど、僕はずっと覚えている。一緒に買い物に連れ出してくれたり、アイスクリームをおごってくれた堀口ひろみさん、CHANGOさん。厳しいながらも何かと面倒を見てくれた大原はじめさん、親身になってくれたアミーゴ鈴木さん、今はマスクマンの先輩は勘十郎さん不在の時よく声をかけてくれたし部屋に顔を出してくれた。
オカダ・カズチカさんがまだ平仮名だったころ、メガマートに行ったり日本食のお店に行ったりもした。同期の花岡君に言われた
「佐野君プロレスやめてどうするの、俺プロレスやめたらやることないよ」
という言葉も、未だに覚えている。
それでも僕は、あの国を去った。夢だけ街角に置き去りにして。




