<7・えんりょする。>
ルーサーとユリシーズの関係は、けして悪いものではないようだった。お見合いというよりは、ほぼほぼ友人同士で交流を深める会になってしまっているようではあったが。
「僕も、ユリシーズ様のことが嫌いなわけではないんですよ。むしろ話も合うし、友人としてなら少しでも長くお付き合いしていきたい方だと思います。価値観が一致しているので、それこそ仕事上のパートナーとしてやっていくのも悪くはないんでしょうね」
ただ、と。
いつもの読書の時間にそれとなく突っ込んで訊いたティムに、ルーサーは顔を曇らせた。
「向こうは本気で、僕のことを伴侶にと望んでいるようなのです。本当に僕のことを、恋愛対象として好きになった、と。だから、僕が納得するまで正式な婚姻を結ぶつもりもないし、それこそ結婚した後での夫婦の営みのようなものもけして強要はしないと……まあ同性同士ですしね」
「出来た人じゃねえか。本当に相手のことを思ってないと、そこまでのことは言えねえよ」
「僕もそう思います。だからこそ、申し訳ない気持ちがあるんです……二重の意味で」
二重の意味。ルーサーが、何を指してそう言っているのかは明らかだった。ティムとしては複雑な気持ちでいっぱいになる。
一つは、ユリシーズが己を恋愛対象として思ってくれているのに、自分はそうではないという点だろう。自分が知っている限りでは、ルーサーの恋愛対象は女性限定であったはずだ。そして、思いつく限り初恋も済ませているかどうかも怪しいところである。
勿論彼も貴族の子息であるし、結婚に必ずしも恋愛感情が伴わないということは最初から納得済みではあっただろうが。
「恋心ってやつが、よくわかんねーとか?」
「ティムにはほんと、何でもお見通しですねえ。隠し事なんてちっともできないってかんじ」
ルーサーは苦笑気味に肩をすくめた。
「まさにその通りなんです。……男性のことを、そういう目で見たことがなかったのも確かなんですが。よくよく考えてみれば僕は女性相手でも、恋心というものを抱いたことがないんですよ。女性に対して可愛いな、とか綺麗だな、って思うことはあるんです。でもなんとなく、遠慮をしてしまうというか。それ以上踏み込んでしまったらいけない気がするというか。……お姉様にも申し訳ない気がしてしまって」
そこで、何故姉の名前が出てくるのだろう。ティムは眉をひそめる。薄々察していたが、彼と姉の関係は時折妙に近いといか、その割に壁があるというか、違和感を感じずにはいられないのである。
「何でルイーズ様の名前が出んの?」
自分は兄弟がいたこともないし、そもそも普通の家族というものがちゃんと理解できているかと言われたら大分微妙ではある。ひょっとしたら双子というものは、時に他の親兄弟よりも特別な関係を持つものなのかもしれない。
そういえば、以前読んだSF小説には“超能力を持つ双子”の話があったような。双子同士で、テレパシーを送り合うことができるという設定であったはずである。遠くにいても、相手に危険が迫ると本能的に察知できるとか、なんとか。確かに、産まれる前は一つの腹に一緒に収まっていた関係である。見えない繋がり、というものを完全に否定するつもりはないのだけれど。
「双子だろうと、お前とルイーズ様は別人じゃん。なんで恋人を作るのに、ルイーズ様の許可が必要なんだよ」
「許可、というか。お姉様より先に恋愛をしたり、恋人を作ってはお姉様の立つ瀬がないというか」
「いや、双子だから。多少どっちかが先に恋人作ったところで、どうってことはないだろうよ。競争でもしているのか?」
「?……弟が姉より先に、先走ったことをしてはいけないでしょう?お姉様のプライドが傷つくではないですか」
ずっと感じてきた違和感が、はっきりと形になった瞬間だった。恋人を作るのも、幸せになるのも姉の方が先で当たり前。普通、そんな考えに至るものだろうか。
これが、姉のことを超絶に溺愛しているシスコン弟だというのならまだ話は理解できるのである。実際、二人の姉弟仲が悪いとまでは思っていない。ただ、ティムの目から見れば――ルーサーのみと仲が良いのでフィルターがかかっていないと言い切るつもりはないが――いつもルーサーが、ルイーズに一方的に搾取されているように見えてしまうのも事実なのだ。
例えば、今までしょっちゅう入れ替わりに協力してきたこともそうである。
いくら姉が押しの強い性格だからといって、彼は少々ルイーズの頼みを無条件で聴きすぎているような気がしてならないとは思っていたのだ。何か、見返りがあってそうしているというのならまだわかる。けれどティムが知る限り、ルーサーが姉の頼みを聞くのはあくまで“断ると面倒くさいから”でしかない。何か、代わりに姉からプレゼントをもらった、便宜を図って貰ったという話も聴いたことがないのだ。
「おねーさまのプライドがどうとか、そういう問題じゃないんだよ。お前の気持ちはどうなのかっていう話」
複雑だ、とティムが感じたのはこっちだ。
彼は異常なほど、姉に対して遠慮がある。しかもそれが、おかしいことに気づいていない。
「ひょっとして、お前がオンナノコのことを好ましいって思うたびに、オネーサマに邪魔されてきたんじゃないだろうな?」
「邪魔だなんて、そんなことは」
「目、逸らしたな。心当たりゼロじゃないんだろ」
「……そ、そんなことは」
段々と、頭痛を通り越して寒気がしてくる。明らかに動揺した様子のルーサー。本当に嘘がつけない男だ。これは、姉に明白に恋人を奪われたことがあるわけではないが、恐らく繰り返し“自分より先に彼女を作ったら許さないから”と釘を刺されてきたということなのではないだろうか。
だから、彼は恋愛がわからない。
恋心に発展するよりも前に、姉の影がチラついて妨害されるがゆえに。目の前の女性と姉を見比べて、姉に“嫌われない”ことを選んでしまうがゆえに。
「……ユリシーズ様と真正面から向き合えないのも、ルイーズお嬢様に悪いと思ってるからだろ。ルイーズお嬢様の恋路を、意図せずして自分が邪魔した形になっちまってるからって」
ルーサーは何も言わなかった。しかしその沈黙こそ、肯定の意に他ならない。ティムはため息をついた。これはもはや、お人よしなんてレベルではないのではないか。
「あのさあ、そもそも入れ替わりを依頼してきたのはルイーズお嬢様だよな?お前は嫌だつったろ。それを無理に押し通してきて、自分の第一印象上げるために頑張ってくれって。そう言われて、お前は言われた通りにしただけじゃん。責められるのがまずお門違いだっつーの」
「それは、そうですが」
「それにさ。お前は、お嬢様の婚約がうまくいくようにって、自分の時間削って頑張ってたじゃんか。ユリシーズ様が好きな本をお嬢様にも勧めたし、それにユリシーズ様がどういった理想を描いている方なのかもちゃんとルイーズ様にお伝えしてたろ。それなのに、階級社会を肯定してアンダークラスを奴隷にすればいいみたいなこと言ってさ、もろにユリシーズ様の地雷踏んだ馬鹿は誰だよ。完全に自業自得じゃねえか。それで嫌われたからって、お前に当たるのは絶対おかしいし、俺は友達としてお嬢様のことが許せねえよ。俺が言ってること、間違ってるか、ああ?」
「ティム……」
思わず、早口でまくし立てていた。本来ならばもっとルーサーは、ルイーズに対して怒りを感じるべきところであるはずである。
それなのに、彼が責めるのは自分のことばかり。
彼は一番根っこの部分に“姉に嫌われたくない”という気持ちが強すぎるのである。いくら双子でも、十六歳でそこまで姉の眼を気にするのは、正直異常なのではないか。
「俺には」
思わず。ティムははっきりと、口にしていた。
「お前が、ルイーズお嬢様に洗脳されているようにしか見えないんだけど?」
「――っ!」
ぎょっとしたように、顔を上げるルーサー。これは本当に自覚がなかったのか、とティムとしては呆れるしかなかった。いや、果たして本当に“呆れていていい”レベルの話でもあるのかどうか。
「そ、そんなことあるはずがないじゃないですか!」
明らかに動揺した様子で立ち上がるルーサー。
「確かに、僕はお姉様に嫌われたくないとは思っています。でも、双子ならそれは当然のことだと思いませんか?僕達は運命共同体とも言うべき存在です。片方なくして、もう片方は存在できないんです。そして、その中でも僕は弟。姉の傍で支えていくのは、産まれた時からの宿命ではないのですか?」
「って、それお姉様に繰り返し言われてきたんじゃないのか?いつでも自分を立てるように、自分の後ろに控えているように、自分の望みは全部叶えるようにって」
「で、でも!お姉様だって、いいところは……!」
「あのさ、ルーサー!」
悪いのは、彼ではない。だからあまりきつい物言いがしたいわけでもなかった。それでも思わず声を荒げたのは、そうでもしなければ自分の本気が伝わらないと思ったからに他ならない。
ルーサーは知るべきだ。己はもっと、大事にされて然るべき存在であるということを。
「お前、何度も俺に話したよな。お姉様に、学校でいじめられた時助けてもらったことがあるとか、医者までおぶって連れていって貰ったことがあるとか」
『あれで、いいところもあるんですよ、お姉様。正義感も強いし、勇気があるし。……本当は僕とお姉様は、性格が反対だった方がうまくいったのかもしれませんね。お姉様と違って僕は頭でっかちで、ちっとも運動ができませんから』
「でもさ、俺、結構小さな時からお前と一緒にいるけど……やっぱりそのエピソードに心当たりがねえんだ。それとなく、執事とかメイドの先輩に聞いたけど、みんな知らないっていうんだよ」
「て、ティム……」
「なあ、ルーサー」
彼の顔色が、みるみる青くなっていく。ちらり、と覗いた袖からは、明らかに真新しい青痣が見えた。ああ、舌打ちしなかった自分を褒めたいほどだ。
「その事実。本当に、過去にあったっていうのか?」
遅かったのかもしれない、でも。
きっと遅すぎるなんてことは、ないはずなのだ。まだ、自分達は。




