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黒刃のルーサー  作者: はじめアキラ
5/22

<5・しかられる。>

 流石にこの展開は予想の斜め上過ぎるだろう。ルーサーは混乱しながらも、ただただ険しい顔の両親と向かい合うしかなかった。

 自分と姉が入れ替わったことが二人にバレる。その可能性は、残念ながらないとは言い切れないことだった。こう言ってはなんだが、いくら見た目が同じでも自分と姉は性格が違いすぎるからである。初日の己のような振る舞いがどこまで姉にできるか、はあまり信じてはいなかったのだ。だから、予想外なのはこうして二人に説教されていることではない。その、バレた経緯と両親の対応、である。


「既にルイーズは叱ったがな」


 姉はルーサーをひっぱたいた後、泣きながら部屋に戻ってしまっていた。妙に早く終わったお見合いといい、ユリシーズとの間に何かがあったのは火を見るより明らかである。


「いくらなんでも、お見合いで入れ替わりをするとは何事だ。お前だって、非常識なのはわかっていただろう。先方に失礼だとは思わなかったのか。一体何でルイーズに買収されたんだ」

「買収なんて、何も……」

「そうでないなら、お前は昔から姉に甘すぎる。私達だって馬鹿じゃない。ルイーズの入れ替わりを受けることで、いつも貧乏くじを引かされてきたのはお前だろう」


 父の顔は厳しいが、どうやらその半分はルーサーを心配してのことらしかった。事実、彼女のワガママを聴くたび、名誉が傷つく結果になるのはほぼほぼルーサーの方だからである。あのシスコンめ、なんていらぬ噂を立てられていることも知っている。

 それでも姉の言うことを聴いてしまう、その理由。実のところルーサー自身にも、その最たるところがわかっているわけではないのだった。


「……姉、ですから。しかも、双子の。どうにか役に立ちたいと思ってしまうんです。……申し訳ありません」


 どうにか絞り出せたのはそれだけだった。両親は明らかに納得していない顔だったが、それ以上追及するつもりはないらしい。深くため息をついて、母が口を開いた。


「もう一度言うわ、ルーサー。貴方は、ユリシーズ様に失礼を働いた責任と取る必要があります。次回以降のお見合いは、ルイーズではなく貴方が行きなさい」


 そう。ルーサーが“予想の斜め上”と思ったのは、このことだった。何故自分が、と思わずにはいられない。どうやらルイーズとの入れ替わりが、どういうわけかユリシーズにバレたということは想像がつく。それでエーメリー子爵家に激怒され、関係を断たれるというのならそれも無いことではなかっただろう。

 しかしそれが何故、男であるルーサーにお見合いに出ろと言う結果になるのか。確かに、今のこの国では同性婚も不可能ではない。そして、子供が出来ない夫婦というのは異性の夫婦同士でもあることであり、養子を取って家督を継がせるのであれば同性夫婦でも一応問題ないのは確かなことだった。

 だがそれは家の“血”が繋がらないことも意味している。血の繋がりをどこまでも重視する貴族は未だ少なくない。ルーサーの感情以前の問題で、エーメリー子爵家が、それを良しとするとは到底思えないのだが。


「謝罪をして来いというのなら理解できます。しかし、何故僕に“お見合い”に参加しろということになるのかがわかりません」


 ルーサーが正直に疑問を口にすると、母はこめかみを押さえて告げた。


「ええ、私達とて耳を疑ったわ。……しかしこれは、先方の希望なの。貴方がお見合いしてくれるのなら、今回の入れ替わりは不問にすると」

「え?」

「今日は食事のあと、ユリシーズ様のご希望でルイーズがご自宅の庭園を案内して貰ったのだけど。そこで少しルイーズと話しただけで、ユリシーズ様はお気づきになられて……こう言ったらしいのよね」




『やはりそうだ。……貴方は誰です?最初の日、私と心を交わした相手は君ではない』




 ルーサーは青ざめた。話した内容というのは、恐らくまた小説の話とかそのへんだろう。ユリシーズと話が合うように、この一カ月は姉にひたすら本を読ませ、テーブルマナーを叩き込む日々だった。姉は心底嫌がったが、それでも愛しい人の心を射止めるために彼女なりの努力をしていたことをルーサーは知っている。物語を暗唱するまでではなくても、簡単な議論を交わすことができるくらいには多くの物語を頭に入れてお見合いに臨んだはずだった。

 だが。

 そもそもルーサーとルイーズでは、考え方が大きく違う。

 ひょっとしたらルイーズは、初日のルーサーとは全く異なる考えを口にしてしまい、それでルイーズに違和感を覚えさせてしまったということではないだろうか。


「ルイーズは必死で誤魔化そうとしたようだけれど、ユリシーズ様が今日のお見合いを早々に打ちきって来てね。それで私達は早々に家に帰って来たというわけ。……驚いたわ。私達でさえ、貴方たちの入れ替わりを見抜くことは難しいのに」

「そ、そんな……」

「ユリシーズ様は、初日の“あなた”のことを本当に気に入ってらっしゃったみたいなのよ。生まれて初めて、心から思いが通じ合える相手に出逢えたと、そうまで思われていたそうなの。それなのに、顔がそっくりな別人が来たのでとても混乱したと仰られたわ。……そして、もう一度。“あなた”に逢いたいとおっしゃったのよ」

「僕が、男であることは……」

「勿論、伝えたわ。それでもあの方は頑として、貴方ともう一度会うことを希望すると言って聞かなかったのよ」


 頭の中がぐるぐるのごちゃごちゃで、考えがちっともまとまらない。確かに、最初のお見合いに日。想像以上にユリシーズと話が盛り上がってしまったのは確かである。ルーサー自身、この人と友人になれたら毎日楽しいだろうなと思ったのも事実。だからこそ、姉のお見合いが成功して欲しいと心の底から願っていたというのに。

 彼が自分達の入れ替わりに早々に気づいた挙句、男でもいいからルーサーとお見合いしたいと言い出すのはどういう了見で、どういう心情なのか。正直、さっぱりわからないし、予想もできなかったことだった。外見で一目惚れしたならば、ルイーズでもいいはずだろう。あのちょっとした議論が、会話が、彼にとっては世界を決めるほど重要なものだったということなのだろうか。


――い、いや。それよりも、それよりも……!


 自分をひっぱたいた時の、姉の鬼のような形相を思い出す。




『全部全部、あんたのせいよ!あんたが悪いのよ!!』




 十六年間、一緒に過ごしてきた魂の片割れ。確かに自分よりずっと荒い気性をしていることは知っていたが、あそこまで本気で怒った姉を見たのは初めてだった。もし一緒にいたティムが止めてくれなかったら、もっと殴られていたかもしれない。

 お前が入れ替わってくれと頼んだのではないか、という理不尽さを感じないわけでもなかったが。それ以上に、そこまで姉に嫌われてしまったという事実がルーサーにはショックだった。一体具体的にはどういう理由から、ユリシーズに入れ替わりがバレたのかもわからないから尚更に。


「……僕に」


 ルーサーの性自認は、あくまで男性だ。いくら顔が女顔で、女装してバレないからといってもそういう趣味があってしていることではないのである。だから、恋愛対象として、男性を含んだことはなかった。ユリシーズには好感を持っているが、それはそれ、あくまで友人としてという話である。

 しかしそれ以上に、ルーサーを動揺させたのは。


「僕に、ユリシーズ様と結婚しろ、と?」


 お見合いをするということは、その果てに婚約があるということである。本当にそうなったら、何が起きるか。きっとルイーズは一生自分を許さないだろう。彼女は本気でユリシーズに恋をしていたようだった。その恋を、よりにもよって双子の自分が横からかっさらうだなんて。プライドの高い彼女が、そんな己を許容するとは到底思えない。

 一生口もきいて貰えなくなるかもしれない。

 いや、それ以上にこれ以上怒らせてしまったら、どのような仕打ちをされることになるか。


「ルイーズは、お姉様はどうなるのです。お姉様は本気で、ユリシーズ様のことが好きで……だから……」

「そう思うなら、最初から入れ替わりなんかしてはいけなかった。自分でもそれはわかっているでしょう?」

「……っ!」

「本当に結婚することになるかどうかは、先方のご意向次第としか言いようがないわ。でも、こちらは最低の無礼を働いてしまい、それを許してもらわなくえはいけない立場であることを忘れないように。向こうが望むなら、貴方の“婿入り”も考えるべきよ。例え相手が同性で、同階級の家であってもね」


 父は何も言わないが、言わないということはつまり母と同意見ということなのだろう。二人の意見は、けして間違ってはいない。バレてしまった以上、少しでも関係悪化を防ぐ手を打ち、向こうの意向に沿うように動くのは当然のことである。

 わかっている。次回の“お見合い”を断る手段を、己が持たないということは。でも。


「ルーサー……」


 両親が部屋から出て行ったところで、ティムが恐る恐るといった様子で戻ってきた。ベッドに座り込んだままのルーサーを見かねてか、声をかけてくる。


「お前、大丈夫かよ。顔色真っ青だぞ」

「てぃ、ティム……」

「そりゃ、男とお見合いしなくちゃいけないなんて、大変なことになったとは思うけどさ」

「違う。そこじゃない」


 ああ、彼もまたわかってはいないのか。ルーサーは首を振った。


「ユリシーズ様をもし僕が本当に射止めてしまったら。お姉様はどうなるんです。お姉様に嫌われてしまったら、僕は……」


 その言葉に、ティムは何を思ったのか。彼は眉をしかめただけで、それ以上何も言わなかった。ただ、ルーサーの隣に座り、背を撫で続けくれたのである。

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