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黒刃のルーサー  作者: はじめアキラ
19/22

<19・いつわらない。>

 その夜。

 ルイーズの大事な大事なバラ園は、何者かの手によって灰になった。夜中に誰かが、ピンポイントでその付近にだけ火を放っていったのである。周囲にはチクサ油の臭いが充満していた。燃えやすいが延焼しにくいその特性をよく理解していた何者かが、バラ園のビニールハウス内にのみ油を撒いて火を放ったということらしい。

 換気窓は全て閉じられていたようだ。火は密閉されたハウスの中のみ荒れ狂い、焼き尽くしていったのである。明らかに知識のある者の犯行――教養のない下民の仕業とは到底思えなかった。

 そもそも金目的の犯行ならば、火だけ放って何も盗んでいかないのはおかしく、そもそも他の植物に目もくれずルイーズのバラ園だけ焼いていくのも奇妙な話である。


――よくも、よくも私の大切な花達を!!


 こいつらを育てるために、どれだけ金と手間暇をかけたと思っているのか。召使い達が片付けをするのを横目で見ながら、ルイーズはぎろりとルーサーを睨んだ。


「ルーサー。あんた、何か知ってるんじゃないでしょうね?」

「何かって?」

「いくら夜のこととはいえ、屋敷の庭に侵入して、私のバラ園だけ焼いていったのよ。行きずりの強盗なわけないじゃない」


 暗に、犯人は身内にいるのではと水を向けると。ルーサーはため息をついて首を振った。


「なんで僕がそんなことを?だいたい、力仕事が苦手なのは知ってるでしょう」


 ルーサーは、自分に嘘をつかない。ルイーズがそう躾けて来たのだから間違いないはずである。素直に答えたくない素振りをして口ごもることはあっても、最終的にはいつだって真実を口にしてきた。夜に受けてきた折檻について覚えてはいなくても、本能的に恐怖は染み付いているからだろう。

 その彼が、躊躇うことなく“自分ではない”と言った。ならば、その言葉は本来信じても問題ないはずなのだが。


――胸騒ぎがするわ。


 ティムを殺してバラバラにし、園の一角に埋めたばかりだった。このタイミングでの放火。ティムが何か布石を打っていたのでは?と疑うのも当然の流れだろう。

 一応彼の部屋に怪しいものがないかは確認しているし、余計な伝言やおかしな薬がないことも調査はしている。ルーサーの様子も今までとなんら変わりはない。彼が余計なことを何一つする前に始末できた、と信じたい気持ちはあるのだけれど。


――念の為、というのもあるわ。確認は、しておくに限るわよね。


 お見合いまで既に明後日に迫っているが、ここは念には念を入れておくべきか。今夜ルーサーを部屋に呼び出そうと決めるルイーズである。

 鞭で打って、踏み受けて、殴って。そうすれば、ルーサーが自分に吐かない情報など一つもない。自分は彼の姉なのだから。自分達は二人で一つの双子なのだから。

 そう。


――ルーサー。ルーサー。可愛い可愛い私のルーサー。愛してるわ。貴方だけは絶対、嘘なんかつかないわよね?


 それで自分の思い通りにならないことなど一つもない。

 ルーサーは生まれた時から自分のもので、自分が彼をそのように育てて来たのだから。




 ***




 幼少期のことは思い出したくないし、語りたいとも思えない。幼い頃のルイーズはどこまでも弱くて、自分で自分が嫌いだった。何故ならルーサーに出来ることの殆どが自分には出来なかったからである。

 親戚に紹介されるための、会食の席。大人しく席に座って静かにしていろというのが、ルイーズには拷問に近かった。テーブルの下で足をバタつかせては叱られ、暇をどうにか持て余そうとテーブルクロスの端を引っ張っては叱られ、足を閉じて座れだの静かにしていろだのと要求される。最終的にはあまりの苦痛に耐えかねて泣き出すと、両親はそれを恥ずかしく思ってかますます強くルイーズを叱り、それに怯えてルイーズがさらに泣くという始末だった。

 そんな時、ルイーズが落ち着く魔法をかけてくれるのはいつもルーサーであったのである。彼は黙って椅子から降りると、ルイーズの手を引いて両親に告げるのだ。


『ぼくに、まかせてください』


 理に適わないことばかり要求し、苦痛ばかりを強いる両親と違って、ルーサーは非常に頭が良かった。ルイーズを一旦廊下に連れ出すと、頭を撫でて落ち着かせてくれたのである。

 そして泣きながら訴えるルイーズの言葉を一つも否定せず、ただただ手を握って聞き続けてくれたのだった。


『なんで、なんで?お腹すいたのに、ずっとお父さんとお母さんはおはなしばっかり!ごはんもでないのになんで座ってないといけないの!くるしい!もうやだ!』

『そうだね』

『ごはんたべられないなら、それまでお外で遊びたい!ルーサーとおにごっこしてたいー!』

『ぼくもやりたいなあ。あ、でもあんまり本気で追いかけないでね。お姉様は足が早いから、すぐ追いつかれちゃう。いつもかけっこで、みんなに負けたことないもんね。アベンガネの木にはどうやって登るの?ぼくもやってみたけど、足がすべっちゃってぜんぜん登れないんだよ』

『え?……えっと、それはね……』


 そして、それとなくルイーズが好きな話題に持っていって、自然と涙が引っ込むように仕向けてくれるのだ。そして、最後にはルイーズが頑張れる、とびきりの魔法をかけてくれるのである。


『席、隣にさせてもらおう。で。隣同士でぼくとお姉様でゲームをするのはどう?』

『げーむ?』

『うん。じっとしてても、つまんなくないようにするゲーム』


 ルイーズが退屈から暴れていることに気づいて、それを少しでも紛らわせる方法を考えてくれた。向かい側に座っている親戚たちに、自分達の手元は見えない。だからテーブルの下でこっそりお互いの手を触って、掌に文字を書くというゲームをしたのである。そして、それを小声であてっこするのだ。

 ルーサーの“ゲーム”は効果覿面だった。それ以降、そのゲームをすることによってルイーズは長時間席に座り続けることが出来るようになったのである。両親は下ばかり見ている姉弟に少々渋い顔をしていたようだが、それでも泣いて暴れられるよりマシと思ったのかそれ以上注意されることはなかった。

 賢くて、運動以外は何でも出来るルーサーは、ルイーズにとって世界の全てであったのである。困った時、悩んだ時、辛い時。ルイーズが頼るのはいつもルーサーだった。ルイーズが頼めばルーサーはどんなこんな悩みも真摯に受け止め、必ず解決策を見つけてくれた。そんなルーサーのことがルイーズは好きで、好きで――心の底から大好きだったのである。ひょっとしたら、弟に向ける感情としてはやや行き過ぎているかもしれないと思うほどに。

 少しずつ、その歯車が狂っていったのはいつからだろう。

 ある夜両親が話している様子を、偶然ドアの前で立ち聞きしてしまったのである。


『ルーサーは凄い子ね。もう中等部でやるような数式が分かるそうなのよ。体育の成績だけは少し残念であるようだけど……勉強でいうなら、学年トップを外れたことがないんですって』


 母は誇らしげにルーサーのことを語っていた。父もだ。


『そうだな、あの子は凄い子だ。それだけじゃない、いつもお姉さんの面倒を見ているし……学校でも頼られているらしいじゃないか』

『小さな子供達に、お兄ちゃんお兄ちゃんと慕われてるんですって。よく図書室で勉強を教えてあげてるそうよ。先生より話がわかりやすい、なんてココット家のお嬢様は言ってたらしいわ』

『そうかそうか。流石はルーサーだな』


 大好きな兄が褒められていて、嬉しくない筈がない。ルイーズも自慢したい気持ちでいっぱいだった――そう。




『それに比べて、ルイーズはほんと駄目ね……また学校の子に怪我をさせたらしいわ』




 母の。

 そんな言葉を聞いてしまうまでは。




『ルーサーの唯一の欠点は、なんでもかんでも姉を優先させてしまうことだわ。あの子が、ルイーズがルーサーの人生の足を引っ張らないか、私は不安で仕方ないのよ』

『おい、よせ。流石にそんな言い方は』

『何よ、自分だけいい人のフリしないでよ。貴方だって本当は思ってるんでしょう!?』


 泣き出しそうな母の声は、そのままルイーズを突き刺すのに充分だったのである。




『この家に、ルーサーが二人いたら良かったのに……!』




 そう。皮肉にも、この時までルイーズは気がついてなかったのだ。己がどれほど両親に疎まれ、嫌われているのかという事実に。

 確かに客観的に見て、優等生と呼ばれるのはルーサーの方だっただろう。そしてそのルーサーを、ルイーズ自身頼りにしてきたのは否定できない。でも。運動神経は自分の方がいいし、そのルーサーはいつだってルイーズのことを認めてくれている。きっと両親も、ルイーズの出来ないことも個性の一つとして受け止めてくれているとばかり思っていたのに。

 ルイーズはその時も、泣きながら部屋に帰り、ルーサーに見つかって慰められた。けれどその日は、その日だけはいつも優しいルーサーの言葉を真正面から受け止めることができなかったのである。表向きは笑って自分に接してきた両親が、自分をあのように疎ましく思っていた。ルイーズではなく、ルーサーが二人いてくれた方がいいと思っていたのだ。ならばルーサーも、同じように自分を嫌っていない保証が何処にあるのだろう。長男として、両親に愛される優等生として、ルイーズにも優しく接しているフリをしているだけではないのか。

 何より。

 もしルーサーがいなければ。自分と双子でなければ。何でも出来る天才児でなければ――比べられることもなく、両親もありのままの自分を受け入れてくれたのではないかと。そんな考えが、どうしても拭い去れずにいたのである。


『お姉様。お父様とお母様がなんて言っても、僕はお姉様の味方だからね』


 ルイーズを抱きしめながら、ルーサーは言った。自分のせいで、自分の存在のせいでルイーズが苦しんでいるのをわかっていながら、ぬけぬけといつも通りの言葉を吐いたのだ。




『そんなに自分を卑下しないで。もっと、自分を好きになろうよ、お姉様』




 その言葉を聞いてルイーズは。ルーサーを愛しているのと同じくらい、彼を心から憎んだのだ。全部お前のせいのくせに。お前がいるから自分がこんなに苦しいのに、比べられるのに。本当はお前だってルイーズのことを蔑んで、腹の底では笑っているのではないのか――。


――いいわ。あんたがそう言うなら、その通りになってあげるわよ。


 ルイーズは思った。お前の望み通り、自分は自分を肯定してやると。


――私は何も悪くない。悪いのはあんたと、この腐った世界の方なのよ!


 そしてどこまでも、彼の本心を試し続けてやろうと思ったのだ。自分を裏切らないかどうか。自分の味方というその言葉が本当に真実かどうか。

 自分を守るふりをして見下してきたのであろう彼を、自分が逆に支配してやる。そう、どんな手段を使ってでも。


――あんたが悪いのよ。そう、これは正当な復讐。私こそが正義なんだから。


 支配の手段が。暴力とドラッグによる洗脳に変わるのは――さほど時間がかからなかったのだ。



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