表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒刃のルーサー  作者: はじめアキラ
18/22

<18・だきしめる。>

 暗闇の中、ひらすら穴を掘り続けた。スコップを振り上げ、土に突き刺し、ひたすら掘り返す作業を繰り返す。こんな肉体労働、自分に向いてなどいない。それでもルーサーがやらねばならなかった理由はただ一つ。此処以外に“思い至る場所”がないからだ。


「はぁ、はぁ、はぁっ……!」


 きっと、今の自分は人に見せられないような顔になっている。ひょっとしたら、姉が怒った顔とそっくりなのかもしれない。――当然か、自分達は双子なのだから。逃れようなく、魂を分けた片割れであるのだから。




『ルーサーへ』




 ありきたりな言葉で始まった、一通の手紙。

 少々癖のある、それでも綺麗な文字だった。本人はひたすらルーサーを褒めたが、実際勤勉だったのも一生懸命だったのもティムの方である。ルーサーが教えたことをスポンジのように吸収し、文字の読み書きを覚えた。初めて絵本が読めた時は、二人で手を取り合って喜んだ記憶がある。

 自分達の間に、血の繋がりはない。

 顔も似ていない、階級も境遇も何もかも違う。

 でも自分達は、まぎれもなく家族だった。親友というより、彼こそ自分にとって“魂の弟”に他ならなかったのだ。




『この手紙がお前のところに届いているということは、俺は多分もうこの世にいないってことだと思う。

 言っておくけど、俺は死にたいわけじゃない。でも、そうなる可能性は考えなくちゃいけない立場にあったってことだ。ああ、今書いてても思う。本当は、コレがお前の目に届くことなく、ゴミ箱行きになってるのが一番なんだよなって。そうなってるのが普通のはずだよなって。

 まあチャールズは凄く律儀だし、俺に何事もなくても当面は持ったままにしてくれそうだけど』




 彼はいつも、当たり前のように自分への感謝を口にした。この家に拾ってくれてありがとう、文字を教えてくれてありがとう、そして物語の世界を教えてくれて人生を楽しいものにしてくれてありがとう、と。

 でも本当は。感謝しなければいけないのは、ルーサーの方なのだ。

 今でこそ並み程度の体力はあるが、幼い頃は体が弱く、家に閉じこもっていることの多かったルーサーである。話し相手になってくれる同年代の男の子の存在が、どれだけ心強かったかしれない。思えば自分の両親を死に追いやった貴族を憎んでいるはずなのに、彼は最初からルーサーに対してはかなり心を開いてくれていたように思う。病弱なルーサーを哀れに思ったのか、拾ってくれた恩を忘れるべきではないと思ったのかは定かでないが。

 外で遊び回る姉を羨ましそうに見ていた時、励ましてくれた存在がいた。

 熱で魘された時、眠らず看病してくれた存在がいた。

 ああ、そうだ。どうして、どうして自分は思い違いをしていたのだろう。無理をして学校に行き、着いた途端ぶっ倒れたルーサーを。雨の中おぶって、病院まで連れていってくれたのは姉ではない。それら全て、ティムがしてくれたことではないか。門の前でいじめっ子たちに囲まれていた時、迎えにきて蹴散らしてくれたのもティムで。それでその子供達に叱られて叩かれても、堂々と胸を張って鼻を鳴らしていたような強い子も彼で。それら全部を、自分は姉がしてくれたことのように思い込んでいたように思う。

 そりゃあ執事たちに尋ねても“そんな出来事あったか?”になるだろう。召使であり、親友であるティムがそうやって自分を助けてくれることなど日常茶飯事で、まさかその一部がルイーズの功績にする代わっているなんて誰も思わないからだ。

 ルイーズが、人生で何一つ自分にしてくれなかったとは思わない。

 それでも、自分が彼女を肯定するためによりどころにしていた行為の殆どは、彼女がやったことではなかった。そのように、思い込まされていたことだったのだ。




『ルーサー。俺は、お前がルイーズ様に洗脳されているという証拠を突き止めた。ルイーズ様のバラ園の、ナナリーローズという花だ。国の許可がなければ販売できない、麻薬の原料になるような花をお嬢様はこっそり栽培している。多分旦那様や奥様も知らないだろう。それを使ってお前に幻覚が見せて、洗脳させていた。コーヒーと、一部の薬を使うことで症状を改善させていくことが可能で、だからお前にしばらく薬とコーヒーを飲ませて様子を見ようとしてるんだけど……この手紙を見る頃、少しはお前の眼も醒めてたりすんのかな。そうだといいな。……洗脳されて、恐怖を刷り込まれていることにも気づかずに何でも言うこと聴かされて、八つ当たりじみた折檻をされて。そんなの、愛でもなんでもない。お前の人生を、あの人に滅茶苦茶にされたくない』




 ずきり、と腕が痛んだ。ランプに照らされた微かな光の中、浮かび上がる己の白い腕。そこにくっきり刻まれた、赤紫の痣。自分は、転んだせいだとずっと主張してきたが、実際その記憶があったわけではなかった。ただ、眠っている間にベットから落ちたとか、寝ぼけて階段から落ちたくらいしか心当たりがなかっただけである。この傷は、姉の折檻によってできたものだとティムは言う。その事実を、ルーサーが何も覚えていなくても。


――でも。本当は、何かおかしいって思っていた。こんな傷、転んで出来るものじゃない。


 痣は打ち身というより、蚯蚓腫れに近い。そもそも本当に転んだのなら、こうも手首と上半身にばかり傷があるのはおかしい。足をまったく捻ってもすりむいてもいないというのは奇妙なことだろう。――わかっていたのに、見ないフリをした。しようとした。恐らくは、姉に疑いを向けることを無意識に恐れていたがゆえに。




『ユリシーズ様はもう、お前の状況を知ってる。お前が姉貴に、次のお見合いの日に入れ替わるように言われてることも。……でもユリシーズ様が何かを知っていても知らなくても、そんなの成功するわけないってことはお前も気づいてるよな。お前とルイーズ様は根本的に違う。顔は同じでも、何もかも違うイキモノだ。ユリシーズ様がそれを見逃すはずがないし、受け入れるはずもない。……婚約がうまくいかなければ、今度こそお前はルイーズ様に殺される。俺は、その前になんとしてでもお前の洗脳を解いて、お前を助けたいと思った。でも』




 痛みを堪えて、再びスコップを地面に突き指す。ざくり、と砕けるような音と共に土が崩れる。そう深くはないはずだ。なんせ、いい加減な姉のことなのだから。




『ルイーズ様は頭が悪いわけじゃない。ひょっとしたら、俺がやっていることに気づくかもしれない。……家をこっそり追い出されるだけかもしれないけど、あの人の性格上自分の人生の邪魔になると思った人間に容赦はしないだろう。俺は殺される可能性がある。だからこの手紙をチャールズに託した。……俺の部屋に残しておけばお前が見つけたんだろうけど、その前にルイーズ様が探索して見つけてくる可能性があったから却下した。……お前が今、これを無事に読んでくれているなら、最低限の目論見は成功したってことかな。もし、俺が殺されて埋められるなら多分……誰も来ないとお嬢様が思っている、あのバラ園のどこかだと思う』




 汗と一緒に、涙が滲む。ルイーズは、一度眠ったらよっぽどのことがないと目覚めない。昼間に学校を抜け出して屋敷に戻ってくるより、深夜に作業したほうが余程安全だ。というか、後処理を考えるなら使用人達の眼も盗んだ方がいい。ルーサーは手紙を読むと、スコップを担いで慌てて庭へと飛び出したのである。皆が寝静まったところで、姉のバラ園を調べるために。

 ナナリーローズ、という花は確かに存在していた。そしてその手前に、不自然に花が存在しないエリアがある。土の色が変わっており、明らかに何かを埋めたのが分かるような状態だった。信じたくない、信じられない。そんな気持ちで今、ルーサーはスコップを振り上げている。そこに、殺された親友が埋まっているかもしれないがゆえに。


「……ごめんなさい」


 悔しさと、悲しさと、不甲斐なさ。涙と一緒に、謝罪の言葉が零れ落ちる。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 自分は、彼の家族だった。親友であり、兄でもあった。

 それなのになんたるザマか。姉に洗脳されてるんじゃないかという彼の言葉を信じず、あまつさえ一人で危ない目に遭わせ、こんな形で死なせてしまった。

 守れなかった。ひ弱で非力な自分が、それでも人生を賭けて守るべき唯一無二の存在だったというのに。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」


 ぽろぽろと土に落ちる生ぬるい雨。どれほど痛かっただろう。どれほど怖かっただろう。どれほど寂しかっただろう――こんな冷たい土の中、誰にも見つけて貰えずに。




『俺は、頭が悪いから……気の利いた言葉は言えないし、お前が本当にどうするべきなのかなんてわからない。でも、これだけは願ってるんだ。誰かに、何かに縛られたりせず、幸せに生きて欲しいってこと。……結婚するかどうかはともかく、ユリシーズ様はすげえいい人だし信頼できるって俺も思ったよ。俺がいなくなったら頼って欲しい。きっと、お前がどんな状況になっても助けてくれると思う。お前が間違ったことをしたら叱ってくれ、お前が正しいことをしたら応援してくれる。……それが、それこそが本当の愛だと俺は思う。だからやっぱり俺は、“レスレイドの微笑み”のレスレイド姫の選択も、それを甘んじて受けたジュリアスの選択も、本当の愛とは違うって考えかな』





 かつん、とスコップの先が何か硬いものに当たった。心臓が跳ね上がる。ランプを穴の中に向けつつ、そっと土をよけていく。

 見えてきたのは、複数の小さな麻袋だ。




『どんな結果になっても、俺は後悔しない。あ、でもお前が救われなかったらやっぱり未練になると思うから、俺のことを少しでも考えてくれるなら……お前はちゃんと報われてくれよな。……大好きだぜ、ルーサー。できれば百年後くらいに、こっちに来いよな』




「……あの、ですね」


 その袋の一つに、そっと手を伸ばす。思わず呟いた声は、みっともないほどに掠れている。


「百年、とか。いくらなんでも……長すぎ、でしょ……。無茶言うんじゃないですよ、馬鹿、ティム……!」


 袋の中から、見慣れた明るい髪が僅かに覗いている。ルーサーはそれを抱きしめ、嗚咽した。

 自分達は一体何をどこで、こうも致命的に間違えてしまったのだろうと思いながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ