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黒刃のルーサー  作者: はじめアキラ
15/22

<15・きゅうだんする。>

 相変わらず、ルイーズの部屋はあの甘ったるい匂いがして好きじゃない。紅茶を出されたら、多少非難されても断ろうと思っていたが、幸いというべきか彼女は“たかが召使い”に紅茶を入れてやるつもりはないようだった。こちらとしては手間が省けて幸運だったと思うべきか。

 とにかく、何か追及されたら多少不自然でも逃げなければ。警戒心バリバリで、ティムはテーブルの向かいに座る彼女を見つめた。ルイーズの部屋の構造そのものは、ルーサーのそれとそっくりである。ただ、本がなくて演劇のポスターが目立つことと、丸テーブルの横に置かれているのが木の椅子ではなくふわふわのソファーであるということくらいか。本人に勧められたのでなければ、こんな居心地の良いソファーに座る機会などなかっただろうなと思う。――今はとてもじゃないが、その座り心地を堪能できる状況にないわけだったが。


「回りくどいのが苦手だから、ストレートに言うわ」


 ルイーズは、無表情のまま口を開いた。


「貴方……私のこと嫌いよね?」

「……そう尋ねられて、イエスと答えるとでもお思いで?」

「あら、律儀ですこと。いいのよ、別にそんなことは。元々私が……あんたに限らず、みんなに好かれていないことくらい知ってるんだもの。他の執事たちに訊いたんじゃなくて?私とルーサーの関係」

「…………」


 チャールズは、どちらかといえば自分の味方であるはずだ。というか、可能な限りルイーズと関わりたくないというのが本当のところか。ルイーズに多少、ティムに話した内容をツッコまれてもそのまま全てを語ることはしないはずである。そもそも、ルイーズのことを“病気だと思っている”なんてこと、召使いの口から言えるはずがないのだから。


「私は、ルーサーを愛しているの。何故なら私が生まれた時から……ルーサーだけが、唯一私を肯定し、認めてくれた存在だったから」


 ほんの一瞬、ルイーズの眼に慈しみに似た光が宿る。それはあまりにもささやかで、それこそ消え入りそうな明かりのようなものであったけれど。


「でもって、私は同じだけルーサーを憎んでいる。わかる?……周囲は同じ顔の私達を比べてばかり。ルーサーのことばかり評価して、ルーサーを持ち上げて私を下げることばかり言う。いくら双子の片割れで、私の唯一の味方と言っても……それで憎まずにいなさいなんて、無理なことだと思わない?だから私はいつも引き裂かれそうな気持ちになるの。あの子を愛することと、憎むこと。どちらも常にできていなければ、私は私じゃいられない。こんな苦しみ、どうせ貴方にはわからないのでしょうけどね」


 まるで、自分が被害者だと言わんばかりの態度だ。ティムは黙って、膝の上で拳を握りしめるしかない。




『ご両親は気付かれていないだろう……が、薄々何かおかしいことくらいは察しているかもしれないな。それでも何の対処も講じないのは、ルーサー様があのような状況下にあっても表面上は変わらず勉学に励まれ、優等生であること。そして何より、ルイーズ様が昔よりもずっと落ち着いた状態を保たれていることだ。恐らくは全てのストレスを、ルーサー様に向けることによって』




『お前が言いたいことはわかる、ティム。しかしな……ルイーズ様の“病”を治す方法が、現代の医学にはないのだ。この国でも古くから存在する名家、アンヴィル家の恥となるようなことはあってはならない。旦那様と奥様も苦しいのだよ』




 確かに、ルイーズに同情する点がないわけではない。

 過剰なまでに、好き嫌いが多い性格。他者に迎合できない性質は、一種心の病と呼んで差支えないものであるのかもしれなかった。適切な治療と、周囲の理解、付き合い方次第では改善する余地もあるのかもしれない。極論を言えば、戦争で手足をなくしたり、病気で体が動かなくなって障害を抱えるようになってしまった人たちと同じ類なのかもしれなかった。彼等の意思を尊重しつつ、少しでも健全な生活を送れるようにサポートする。本当は、ルイーズにもそういった配慮が必要であったのかもしれなかった。

 でも。

 彼女になんらかの病があったとしても――だからって、人を無遠慮に傷つけていい理由にはならないはずである。

 無理を通して我儘に付き合わせ、ルーサーに迷惑をかけてきただけではない。まさか暴力と薬によって洗脳し、未来永劫支配しようだなんて度が過ぎている。ルーサーは確かにルイーズと双子だが、何もルイーズの人生を永遠に縁の下から支え続けるために生まれてきたわけではないのだ。




『まさにその通りなんです。……男性のことを、そういう目で見たことがなかったのも確かなんですが。よくよく考えてみれば僕は女性相手でも、恋心というものを抱いたことがないんですよ。女性に対して可愛いな、とか綺麗だな、って思うことはあるんです。でもなんとなく、遠慮をしてしまうというか。それ以上踏み込んでしまったらいけない気がするというか。……お姉様にも申し訳ない気がしてしまって』




『?……弟が姉より先に、先走ったことをしてはいけないでしょう?お姉様のプライドが傷つくてはないですか』




 彼は深層心理で、ルイーズより先に、ルイーズより上の幸せを手にするようなことなどあってはいけないと刷り込まれてしまっている。そして、折檻の事実を表層上の記憶からは消されていても、心のどこかで違和感を感じているのではないか。本当は、何もかも納得できているわけではないのではないか、と感じるのだ。

 例え、ルイーズがユリシーズと幸福な結婚ができたところで、だ。

 ルイーズの存在は、このままでは永遠にルーサーの後ろについて回ることだろう。それこそルイーズがユリシーズと、何か一つでも失敗や気に食わないことがあったら最後、その時ルーサーが付き合っている恋人がいても強引に別れさせるくらいのことはさせかねない。自分より幸せな弟を、この女が許すとは到底思えないからだ。

 そこで、ルーサーが逆らう意思さえ持てないというのなら。

 それは人の尊厳を、保たれているなどとどうして言えるのか。


「……そのために、ルーサー様が苦しんでも構わない、と?」


 思わず、絞り出すように告げれば。ルイーズはふん、と鼻を鳴らして言った。


「違うわよ。ただ、私達は双子で、二人で一つ。苦しみを二人で分かち合うのは当然のことでしょう?」

「その理屈なら、ルーサー様の喜びもあなたは分かち合うべきでは。ルーサー様とユリシーズ様が婚約して幸せになれるというのなら、それを応援し一緒に幸せを感じるというのが筋でしょう」

「ルーサーはそんなこと望んでないでしょ?あの子は私とユリシーズ様でうまく行ってほしいんだから、私はその望みを叶えてあげなくちゃ」

「その件だけではありません。ルーサー様に好きな人ができないように、先回りして妨害してきたんでしょう、貴女は!」

「あら、姉より先に弟が恋人なんか作っていいはずないじゃない。私はあの子にマナーと節度を教えてあげただけよ」


 ああ言えばこう言う。ティムは本気で頭痛を覚えた。というか、自ら妨害してきたこともあっさりと認めた。本気で、己が悪いことをしてきたとは思っていない様子である。


――話が通じる気がしねえ。


 正直、話していてここまで疲れる相手だとは流石に想っていなかった。これがいわゆる“人間の言葉が通じない”というやつだろうか。

 苦しみを分かち合う。その言葉だけ聞けば綺麗だ。でも実際、ルイーズがやっているのは“お前の幸せは認めないけど、私の苦しみはお前が受け取れ”というあまりにも一方的なものである。


「そんなもの……っ」


 あまりにも、身勝手だ。


「そんなもの、愛なんかじゃない……!」


 相手は一応、まがりなりにもとはいえ屋敷の主の一人。それでも、これだけは言わなくちゃいけないと思っていた。


「あんたは、結局自分が可愛いだけだ。ユリシーズ様のことも、ルーサー様のことも愛してなんかない!自分を愛してくれる人が可愛いってだけだろう!!」


 最初は、彼女はせめてユリシーズ相手には本当の恋をしたと思っていたし、弟に対しても家族としての愛情はちゃんと持っているとばかり思っていたのだ。

 でもこれは。こんなものを愛と呼ぶのは、あまりにも歪み過ぎている。一人の人間としても、ルーサーの友人としても、絶対に認めるわけにはいかない。


「貴方のような下民に、私とルーサーの崇高な愛がわかるだなんて思ってないわ。頭の出来が違うって可哀想よね」


 そしてルイーズは、徹底的に己が間違っていることは認めるつもりがないようだ。ただひたすら、己の考えを理解できない連中が“イカレている”と考えているらしい。

 そうすることで、己のプライドを守ってきたのだとしたら、あまりにも哀れとしか言い様がないが。


「質問を変えるわ。……貴方、この間誰から誰への郵便を出していたのかしら」

「え?」

「馬車で私とルイーズが一緒に家に帰る途中、ルーサーが歩いていた貴方に声をかけた日があったでしょ?あの時お父様の手紙を出してきたと言っていたわよね、貴方は。……でもお父様に確認したら、あの日貴方に郵便なんか頼んでいないと言うのよ」

「!」


 思わず息を呑んだ。まさか、そこから違和感を覚えられるとは思ってもみなかったからだ。


「友人や家族に手紙を出していました、なんて言い訳は通用しなくてよ。貴方が天涯孤独の身であることは私もよく知ってる。あの雨の日、労働者達の宿を追い出されて一人彷徨っていた貴方を、優しくてお人よしのルーサーが保護した日。私も全部話は聴いているんですからね。両親は過労で死に、兄弟はいない。顔見知りと呼べるのさえ、貴方を宿から追い出した労働者達だけ。貴方に手紙を出すような相手なんかいないわ」


 どう言い訳すればいいのか。想定していなかった油断と隙に動揺するティム。ルイーズはそんなティムをよそにさらに畳み掛ける。


「そうそう、もうひとつ。……私のバラ園には誰にも入るなと言ってあるはずなんだけど、この間足跡が残ってたのよね」

「足、跡?」

「そうよ。トクサネバラを栽培している通路のあたりには、ちょっと特殊な土を使っているの。水分を多く含み、普通の腐葉土よりもずっと柔らかい土なんだけど……あれは最初は踏んでもふわふわした土の感触があるだけなんだけど、時間差でゆっくりと与えられた衝撃を反映する性質があるのよね。つまり、足跡があとから浮かび上がってくるの。面白いでしょう?」

「!」


 流石に、そんなことは知らなかった。ルイーズのバラ園に侵入した時、足跡などの痕跡が残らないようにかなり注意を払ったのである。だが、特殊な土の存在など、植物の栽培やその土に関して知識のないティムが知っていたはずがない。盲点だった、完全に。


「男物の靴。それも、お父様やお父様のお客様たちのような高級な革靴じゃない。召使が使う、安物の靴だわ。そして……もし執事長のチャールズあたりなら、もっとサイズが大きいはず。あの靴の大きさ……まだ少年と呼んで差支えない年齢だわ。そして、該当者は一人しかいない」


 あとはもう分かるわよね、と。仮面を貼りつけたような虚無の表情で、ルイーズは言った。


「トクサネバラのエリアを抜けた奥に咲いている花は一種類のみ。……ねえ、ティム。貴方……私の、ナナリーローズの花畑で、一体何をしていたのかしら?」


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