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黒刃のルーサー  作者: はじめアキラ
13/22

<13・ぎろんする。>

「真の愛とはなんであるのか。……昔から永遠のテーマですよね」

「俺、そういう哲学っぽいの苦手ー」

「安心してください、僕もです」


 ベッドにひっくり返ってティムが呻くので、ルーサーは苦笑気味に返した。二人きりの時間は完全に無礼講、もとい立場は一切気にしなくていいと言っている。ティムが本気で疲れている時は、自分のベッドで眠ることも許しているルーサーだった。


「ですが、“レスレイドの微笑み”を読み解くのであれば、この問題へのアプローチは避けて通れません。……この物語がハッピーエンドであるかバッドエンドであるのかは、この“愛”をどのように解釈するかによって変わってくるのですから」

「むー……」


 この物語は、レスレイド姫と仕える騎士であるジュリアスの恋が主軸となっている。傾いていく国と滅びゆく世界で、愛を貫く二人の波乱万丈な人生を描いた物語なのだ。レスレイド姫はやがて魔法の才能を発揮し、二人は力を合わせて国を脅かす隣国やモンスター達と戦っていく。しかし強い魔法の力と不安定な情勢の中、次第にレスレイド姫は心を病んでいくのだ。己を守る為、ジュリアスがひっきりなしに怪我をするから尚更である。

 物語の終盤、ジュリアスは命を落としてしまう。ジュリアス本人は姫を守って死ねることを誇りに思っていたが、レスレイド姫は愛する騎士が自分のせいで死ぬことに耐えられず、彼を生き返らせてしまった。そして、このままこの世界で生きていれば、永遠に地獄の苦しみを味わい続けるだけだと苦悩するようになってしまうのだ。

 レスレイド姫に蘇らせられたことで、ジュリアスは人あらざる存在に変わってしまった。己は人間として死にたかったのにと嘆くジュリアスを、レスレイド姫は遠くに浚って牢屋に閉じ込めてしまうのである。そして、二人は国を捨て、滅び行く世界の片隅でひっそりと暮らす。それが、この物語の結末なのだった。


「そもそも、この難しい話を今回のテーマとして持ち出してきたのはティムでしょう。そこで頭抱えてないで、一緒に考察しなくては」


 ぐったりしているティムに、ルーサーはやや呆れて声をかけた。


「つまり、二人で何もかも捨てて、世界が滅ぶまで生きるというエンディングをどう定義するかということです。レスレイド姫がジュリアスを愛しているのは言うまでもなく、そしてジュリアスも姫のためならばいくらでも命を賭けられるほど彼女を愛しています。拷問されても折れることなく、姫の居所を吐かなかったくらいですからね」

「そうだな。根性ある騎士だと思うぜ」

「ええ。並大抵の覚悟ではないでしょう。しかし、その上で……この結末は、彼の最も望むところではないのは確かなのです。愛する人と共にいるとはいえ、自由を奪われて監禁されているわけですから」


 つまりここで自分達が問うべき疑問というのは、“愛ならばどこまで許されるのか”“どこまで同意なくしても逢と呼べるのか”といったところだろう。ティムもそのあたりを疑問に思ったからこそ、今回の議題として持ってきたはずである。

 ちなみにこの手の問題では、作者が己の考えを滲ませていることが多いということである。つまり、“いろんな解釈ができるとは思うけど作者的にはハッピーエンドorバッドエンドです!”という主張をそれとなく発信していることも少なくないということだ。それはあとがきに書いてあることもあるし、文章全体でそう読み解ける場合もある。この点は他の作品でもよくあることで、作者が“絶対的正義”として扱っているキャラクターが共感を呼べない行動をしたにも関わらず誰からも責められなかったりすると、たびたび読者批判を招いたりするのだ。過激な読者は、場合によっては派手なアンチと化して作者に大量のクレームという名の手紙を送りつけたりもするらしい。はっきり言って、想像すればするほどなかなか恐ろしい世界である。

 今回の“レスレイドの微笑み”に関しては、作者の考えはあまり滲んではいないように思う。ただし、あとがきで作者は当初タイトルを“レスレイドの嘲笑”にしようとして、編集からの指摘で微笑みに変更したのだと書いていた。嘲笑とは。その字の通り、相手を見下して嘲り嗤うことを意味している。ヒロインにつけるには、あまり印象の良い言葉ではないだろう。ゆえに、どちらかというと作者はこのエンディングをバッドエンドと定義しているのでは?というのが多くの読者の通説ではあるようだった。


「……俺の意見を言うなら」


 ひょこっ、と上半身を起こして、ティムが言った。


「やっぱりこの結末を、ハッピーエンドと言うのは無理があるんじゃねえかなと思う」

「姫が同意なく、ジュリアスを監禁しているからですか?」

「まあ、やっぱりそこだよな。……生き返らせたことに関しては、同意を得られる状況じゃなかったし……大切な人を救いたいと思うのは当然のことだ。それで結果的にジュリアスが人間じゃない存在になってしまっても、姫を過剰に責めるのは難しかったと思う。でも……その後の行動に関しては、やっぱり同意しかねるかな。例え、姫に“心の病気があって、ある程度同情の余地がある”としても」


 伸びをすると、ティムはベッドから降りて靴を履いた。自分達の国では、眠るときと風呂に入る時以外は靴を脱がないことが一般的である(ルイーズのように、眠るときでさえうっかり靴を脱がずにベッドに上がって叱られている人間も時々いるが)。よそでは、家の中を裸足で歩くのも珍しくない国もあるのだとか。きっと床がよほど衛生的なのだろう、と思うルーサーである。我が家は毎日メイドや執事たちが掃除をしてくれてはいるが、それでも靴で歩き回る以上完全に綺麗なまま保つというのは困難なのだ。どうしても、泥汚れなどは落ちずに残ってしまうこともある。


「二人が生きる国が、いよいよ隣国に追い詰められて滅びようとした時。切羽詰まっていても、二人にはまだ二人きりで語り合う時間があったことは示されている。だから、今後のことを相談する時間は十分あったんだ。そして、大きく考えがすれ違った。レストレイド姫は、国を守りたい気持ちよりも圧倒的にジュリアスと生きていきたい気持ちが強かった。だから、どんな状況だろうと国と心中するつもりはなかったし、二人で城から逃げて亡命しようと言い出したわけだ。でもジュリアスは違った。自分を雇ってくれた亡き王様お妃様に恩があったし、何よりこの国を愛していた。逃げるならお姫様一人で、自分は命を賭けて最後まで国を守りきるのが筋の通し方だと思ってたわけだな」


 彼はそのままとことこ歩くと、窓際に置いたカップをソーサーで掻きまわした。インスタントの中では美味しいと貴族の間で評判の“コノコーヒー”である。何でもいいものが手に入ったし自分も気に入ったので、是非ルーサーに飲んで欲しいというのだ。コノコーヒーは粉を入れたあと、少し日の光を当てると渋みが消えて美味しくなるという話はルーサーも聴いたことがある。ティムもその通り実戦してみたということらしい。


「二人の道は、そこで別たれてもおかしくはなかった。けれどどうしても折り合いがつかなかった結果、お姫様は強引に、ジュリアスに魔法をかけて遠い国へと連れ去ってしまったわけだな。国も、それまでの地位も全て捨てて。レスレイド姫が、あまりにもジュリアスを愛しすぎていたがために」


 喋りながらも、ティムは手を止めない。二つのカップに、ミルクやら砂糖やらをいろいろ入れて調整しているようだ。


「ジュリアスは姫の選択に絶望しながらも、魔女と呼ばれるようになった姫に従い、生涯を共にすることを決めた。否、監禁されてるからそうするしかなかったわけだけど。……俺は、ジュリアスの意思を無視したレスレイド姫の選択を肯定するのは、やっぱりできないなって思う。そもそも、姫は本当にジュリアスを愛していたのか?“自分を愛してくれるジュリアス”を愛していただけではないのか?だって、本当に相手を愛するってことは、相手の信念や誇りを蔑ろにしないってことだろう。自分のずっと守ってきたものを無理やり捨てられて、騎士として剣を持つこともできなくなって姫様と世界の片隅で暮らす……それが、ジュリアスの幸せだとは思えない」

「そう、かもしれませんね」

「そうだ。勿論、一番愛する人と、平和に暮らせるならそれでいいじゃないかって意見もあるのはわかってるぜ?でも、そもそも平和や愛の定義なんて人それぞれじゃねえか。愛する人を戦場で守ることができることが、ジュリアスにとっては長年積み上げた己のアイデンティティだった。姫様は、愛を大義名分にしてジュリアスからそれを奪っちまったわけだ。……俺は、やっぱり自分勝手だと思う」


 ティムはコーヒーカップの片方をルーサーに差し出して来た。彼も苦いものは苦手だったはずなのに、最近コーヒーにハマっていると聞いて驚いたものである。そのティムが飲めるものなら、自分もきっと大丈夫なのだろう。信用の上で一口飲んでみたルーサーは、想像していたよりずっとマイルドな口当たりに驚かされた。香りはまさにコーヒーそのものだが、味は苦さも渋さも極力まで抑えられている。ミルクと砂糖を入れてくれたから、というのもあるだろうが。


「……思ったより美味しいですね、これ」


 ルーサーが言うと、そうだろ!とティムは破顔した。明らかにほっとした様子なのが笑えてしまう。どうやら、気にいられなかたらどうしようと思っていたらしい。


「で、話の続きなんだけど。……愛ってのはやっぱり、一方通行じゃいけねえと思うんだ。もし本当にジュリアスを愛してるっていうなら、レスレイド姫はジュリアスの命だけじゃなく、心も守る努力をしなくちゃいけなかったんじゃないかな。全てを捨てさせた上で、鍵をかけた檻に閉じ込めておくなんてあんまりがすぎるよ。本当に愛がある相手なら……その関係は、対等じゃなくちゃいけねえ。これは、姫様のためにもなってない」


 姫様のためにもならない。その言葉が、ちくりとルーサーの胸をさした。彼はきっと、自分とルイーズのことを言っているつもりはないのだろう。でも、少しだけ引っかかるものを感じてしまったのも事実である。

 ルイーズのために、何でもできることはしなければと思ってきた。どれほどワガママでも、呆れても、一度は断っても。結局その望みを叶えてしまう自分は、ひょっとしたら相当甘いのかもしれない、とも。それでも、彼女を本当に“愛せる”人間が自分だけなのなら、きっとそうしなければいけないのだと。

 でも、もしかしたら。そうやって彼女の望みをなんでも叶える行為は、ルイーズのためにもなっていなかったということなのだろうか。


「……僕は」


 いつもなら、もっと簡単に出るはずの答えと言葉が、出てこない。コーヒーをちみちみと啜りながら、ルーサーは考える。まとまらな感情を、舌先で転がしながら。


「僕は、その。……ジュリアスにも非はあった気がしてなりません」


 どこかで、ブーメランが突き刺さっている。

 その痛みを無視しながら、ルーサーは言う。


「相手の意思を奪ってでも、望みを叶えるのは正義ではない。……ジュリアスはレスレイド姫が魔法の力を得る前に、恋人としても忠臣としても……それを彼女に教えるべきだったのでしょうね」


 二人が幸せなら、それはハッピーエンドだろう。

 でも、この物語の二人は、果たして“二人とも”本当に幸せに終わったのだろうか。


「取り返しのつかない結果になる前に、教えなければいけないことはある。……甘やかすことは、優しさではないのだから」


 ああ、少し、口の中が苦くなってきた。

 突き刺さる棘に気づかぬフリをして、ルーサーはそっと瞼を閉じたのだった。

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