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黒刃のルーサー  作者: はじめアキラ
12/22

<12・そうだんする。>

 有りがたいことに、ユリシーズはティムと会うことを快諾してくれた。彼は子爵、自分は別の家に使える執事見習い。圧倒的下の階級であるにも関わらず、門前払いしないでくれたことを心から感謝したいと思う。勿論、あのルーサーの“友人”であることだし、彼の思想も聞き及んでいるので会って貰える可能性はそれなりにあるとは思っていたのだが。


「……そんなことになっていたとは」


 エーメリーの家にバレるのもまずいということを察してくれたのだろう。彼とは、貴族の子供達が遊ぶ高級住宅街にある公園で逢うことになった。今日は天気もいい。アオイフジの藤棚の下のテーブルで、のんびりとお茶を飲むのもオツなものである。この国の人間らしく、彼もまた紅茶にはとことん拘りがあるようだった。下々の民であるティムにもしっかりと紅茶を振舞ってくれた。甘すぎず、優しい香りのするお茶は少し明るい色味をしている。残念ながらティムにはお茶の知識がないのでなんの茶葉かはわからなかったが、それでも美味しいと感じた。茶葉のみならず、きっとユリシーズの腕もいいのだろう。


「申し訳ない。私も何も知らなかったもので」

「いえ、いいのですユリシーズ様。そもそも、ルーサー様が自覚さえしていないことを、まだ数回逢っただけのユリシーズ様が察知するのは難しいでしょう。お恥ずかしいながら、何年も共に、友人のように過ごしている私でさえ気づいていなかったことなので」


 ああ、自分で言っていても胸が苦しくなる。

 あの折檻が始まったのは、ここ最近のことではないはずだ。どうして自分は、ルーサーが“洗脳”されていることに気づかなかったのだろう。下手をしたら、自分がこの屋敷に努めた時にはもう始まっていたのかもしれない。何が親友だと、己を責めるのは当然のことだった。――たとえルーサー本人がそう望まなかったとしても。これがティムのエゴだったとしても。流石に、見過ごすなんてことはできないのである。


「……私の、ルーサー様への気持ちは既にお伝えした通り。私は、本気でルーサー様を婚約者として迎え入れたいと思っています。性別さえも飛び越えて、私はあの方の考え方に、聡明さに心から惚れこんだのです」


 ゆえに、とユリシーズは続ける。


「私に出来ることなら、何でもしたい。……次のお見合いの時、ルイーズ様が入れ替わっていることに気づいても気づかぬふりをして、婚約関係を結ぶこともできましょう。ですが……それは自分の心に嘘をつき、かつルーサー様の意思を無視することに他なりません。同時に、本当の意味では誰のことも救わない、一時凌ぎにしかならない選択でもある。ティムさん、貴方の願いはそんなことではないのでしょう?」

「……そうです」


 流石、ルーサーが見込んだ男は違う。察しがよくて助かる。


「俺は、ルーサー様を助けたい。そのためにはまず……あの洗脳を解いて、ルーサー様自身の本当の心を取り戻す必要があると思うんです。ルーサー様がルイーズ様を守りたい、弟として支えたいという気持ちは嘘ではないでしょう。だからこそ……このような関係は間違っている。洗脳され、支配されるのではなく。お二人はどこまでも人間として、対等な立場であるべきなんです」


 なんとなく、ティムにもわかってきたことがある。何故両親が、ルーサーではなくルイーズに“この家の長子”としての教育を施し続けてきたのか。恐らく、自分達の眼に見えていたものと実情は違う。上の子だから、家督を継ぐ者だからということを繰り返しルイーズに伝えることによって、両親はルイーズを少しでも“責任感のあるまともな人間”として教育しようとしてきたのではないか。

 ルイーズは、天よりも高いプライドの持ち主だ。

 双子とはいえ先に生まれた自分が、家督を継ぐ役目から外される。それによって誇りを傷つけられ、自暴自棄になって暴走されたら何をしでかすかわからない。何故なら“異常に好き嫌いが多い”だけで、実際頭が悪いわけではなく、運動神経にいたってはルーサーどころか多くの同年代の子供達を凌ぐ才能を秘めている。本気でそれらの才覚を振り回されたら、どれほどのトラブルに発展するかわかったものではないとでも考えたのだろう。

 ひょっとしたら、今回のルイーズとユリシーズの婚約、を本当は誰より望んでいたのはご両親だったのかもしれないと思う。ルイーズがユリシーズに認められて“嫁入り”してしまえば、堂々と弟のルーサーに家督を継がせる大義名分が立つからである。性格的にも能力的にも、家を引き継いで一族を引っ張っていく役割が向いているのは圧倒的にルーサーの方であるのだから。


「洗脳を解くためには、ルーサー様がどのような形で“呪い”を受けているのかを知らなければいけません。……俺は、ルイーズ様の部屋と、ルイーズ様がご自分で育ててらっしゃるバラ園へ足を運びました。ルーサー様の様子がおかしかった夜に嗅いだ匂いが、まだルイーズ様の部屋に残っていて……こんな花が」


 ルイーズの部屋で見つけた“花びら”数枚は、押し花にして保管していた。それをユリシーズに手渡しつつ、ティムはその名前を告げる。


「俺の調べが正しければ……多分これは、“ナナリーローズ”という花だと思うのです。ルイーズ様のバラ園に、同じ花がありました。……この花が、ルーサー様の状況に関わっているのではないかと思うのですが」


 勿論、ティムにそんな詳しい植物の知識なんぞがあるわけではない。これと同じ花をルイーズの庭園で見つけて、そこに立てかけられていた立札を信じただけなので、実際の花の名前は間違っている可能性もあった。そもそも、いくらルイーズが花に詳しいからといって、彼女も人間である以上勘違いというものはあるのである。立札の位置が、たまたまズレていたなんてこともままある話だ。


「……確かにこれは、ナナリーローズで間違いないと思います」


 しかし、どうやらティムの心配は杞憂だったようだ。しばし手帳に挟んだ“押し花”を眺めていたユリシーズは、やや険しい顔になって言う。


「これを、ルイーズ様の庭園で見つけたのですね?」

「はい。……そもそも、ルイーズ様はご自分のバラ園は、どんな使用人も家族も近づけさせないことで有名でした。誰かが近づくとそれはそれは酷い癇癪を起されるので、俺も遠目からしか見たことはなかったのです。全部ご自分で世話をされなければ気が済まない、と。……このナナリーローズの花は、ビニールハウスの奥まったところに大量に栽培されていました。これがどんな花なのか、ユリシーズ様はご存知なのですか」

「ええ、まあ……」


 彼はティムに押し花を返しながら言った。


「ナナリーローズの花の栽培は違法ではないですが、厚生局に申請して特別な許可が必要だったはずです。正確には、鉢植え程度のサイズのみ無許可で栽培することができます。……かなり大量に栽培されていたとなると、残念ながら違法である可能性がありますね」


 マジかよ、とティムは思わず空を仰いだ。あのルイーズが、そんな面倒な申請だのなんだのをしているとは到底思えない。そもそも、彼女がそのような厄介な薔薇をそだてているなんてこと、家族さえ誰も知らないだろう。ひょっとしたら執事メイドの一部は気づいていて見て見ぬフリをしているかもしれないが、見た目だけならちょっと甘い香りのする綺麗な花(名前を見なければ薔薇ということもわからないだろう)でしかない。そんな違法な植物だなんて、知識がなければ考えもしないはずである。


「ナナリーローズは花びらを乾燥させて粉末状にし、蜜として混ぜることで……薬を作ることができるんです。ほんの僅かな量なら、鎮静剤や睡眠導入剤として使うことができます。味もやや甘いので、子供でも飲みやすい薬として人気がありますね」

「なるほど。……でも法で規制されているということは、当然デメリットもあるのですよね?」

「はい。……実はこの薬は、国に指定された麻薬の一種でもあります。医者に処方された少量を使うだけなら人に害はないのですが、これが一定量を越えたり、恒常的な使用となると……強い幻覚作用や、自白剤としての作用を発揮する、と。痛みなどの間隔を麻痺させ、酩酊感を与えるので精神的に依存してしまい病院に担ぎ込まれる患者が後を絶たないそうなんです。幸い、身体的な依存症状は軽いので……もしルーサー様が知らずに使われているだけなら、脱却する方法もあるのではないかと」


 やはり、あの花にはとんでもない代物だったらしい。ふと、ティムはルーサーが不思議がっていたことを思い出した。


『そういえば、お姉様は変なところで律儀なのですよね。とても怒っていても、必ず僕に紅茶を出すことは怠らないんです。お姉様と紅茶を一回も飲まなかった日はないんじゃないかと思うくらい。……ガサツだなんだと言われているお姉様ですけど、紅茶の腕は天下一品なんですよ。そこは見習いたいと思います。お姉様が入れてくれるお茶は本当に美味しくて……どんな茶葉なのかは全然教えてくれないんですけどね』


――ひょっとして、これか?


 彼を折檻していた時は、その薬を粉末状にして散布するなりしていたのかもしれないが。ひょっとしたら普段は、紅茶に混ぜてルーサーに摂取させていたのかもしれない。

 確かに、少し違和感はあったのだ。紅茶を入れるのが上手いというのはいいとして、怒って相手を呼び出した場面でも欠かさずお茶を入れ続けるというのはどういうこだわりなのだろうと。ルイーズの性格ともあまり合致していない。何か理由があるのかもしれないと思ったが、もしやそれが麻薬を摂取させるためであったとしたならば。


「……脱却させるには、どうしたらいいのでしょう?」


 依存症が軽いならば、打つ手もあるはずである。縋るような気持ちでティムが尋ねると、ユリシーズは頷いてくれた。


「あります。……あまりにも問題が多かったので……中和剤の開発が、数十年も前から進められてきたのです。現在は、意外なものが効果を持つと言われていますよ」

「意外なもの?」

「コーヒーです。苦味が強いのでこの国では紅茶と比べて不人気ですが、牛乳や砂糖などと混ぜて飲むとかなり飲み口もまろやかになりますよ。苦味の強くないコーヒーも売ってますし、なんでしたら私からいくつかインスタントのものを差し上げますが、いかがでしょう?」

「ほ、本当ですか!?」


 重症患者向けの中和剤もあるが、それよりも重要なのは少しずつ体内に蓄積したナナリーローズの成分を中和させていくことなのだという。ルーサーは洗脳状態にはあるものの、ルイーズに関する思考のみは至って正常であるように見える。ならば、まだそこまで重度の依存症ではないはずだ、とユリシーズは言った。


「コーヒーを毎日飲んで貰って、ついでに中和剤を少しずつ混ぜていくのがいいと思います。……中和剤に関しては薬局に行けば買えるので……今から一緒に行って買ってきましょう」

「あ、ありがとうございます、ユリシーズ様!」


 喜びのあまり思いきり立ち上がりすぎて、思わずつんのめってしまった。ぱっ!とアオイフジの花びらが舞いあがり、思わずくしゃみが出てしまう。ああ、せめてティーカップが倒れなくて良かった、と思っていると、くすくすとユリシーズが笑う声がした。


「ああ、やはり私の眼に狂いはなかった」


 彼は心から嬉しそうに眼を細めて言ったのだった。


「あの人は。ルーサー様は……このような思いやりのある友人を持った方だった。しかも、身分の壁をも飛び越えて。……やはり私は、あの方とこの国を変えていきたいものです」


 他人との関係は時として、どんな言葉よりもその人の人となりを示す鏡となる。誰だっただろう、そんなことを言っていたのは。あるいは本に書いてあったことだろうか。

 ティムは少し恥ずかしくなって、どうにか掠れた声でお礼を言ったのだった。――自分もこの人とは仲良くなれそうだと、そんなことを思いながら。


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