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黒刃のルーサー  作者: はじめアキラ
11/22

<11・たよられる。>

「痛っ」


 思わず手首に痛みが走り、ルーサーは声を上げた。馬車の振動で思わずドアに手をぶつけたのである。


「あら、どうしたのルーサー?」


 一緒に帰らないと嫌!としつこく主張してきたため、隣にはルイーズが座っている。もう高校生なのに一緒に帰らなくてもと思うが(そもそも家は学校からさほど遠いわけでもない。ルーサーは馬車に乗らずにゆっくり散歩しながら帰る方が好きなのだ)、いい年して本気の駄々を捏ねられてはたまらない。最近ご機嫌斜めなことが多かった姉が、せっかく少し元気になってきたのだ。ここでそれを挫きたくはなかった。何より、姉に頼られるのは悪い気がしないのである。


「いえ、ちょっと手首が痛くて。この間転んじゃったんですよね」


 そう、確か――階段から落ちたのだ、自分は。シャツの袖を捲ってみると、思いの外酷い青痣になってしまっている。これはまた“誤解”を招きそうだ、とルーサーはため息をついた。つい先日、ティムにあらぬ疑いをかけられてしまったばかりである。もっと日頃から足元に気をつけようと思った矢先にこれだ。まったく、自分はおっちょこちょいでいけない。


「もう、ルーサーってばドジなんだから!」


 ルイーズはからからと笑っている。


「もう少し運動した方がいいわよ。私の弟なんだもの、貴方にだって素質はあるはずなんだから」

「体を動かすより、本を読んでる方が好きなんですよ僕は」

「それがどうしても理解できないのよ。家に閉じこもってるなんて時間がもったいないわ。もっと外に行かなくちゃ!」


 こういう話を聞いていると、自分とルイーズは本当に真逆なんだなと思う。彼女は“家に閉じこもっているのは時間の無駄”だと思っている。もっと外に行って陽の光を浴びないと健康でいられないでしょ、ということらしい。

 が、そもそもルーサーとして、外に行くのが嫌なわけではないのだ。ただ、彼女とは逆に“外に行っている時間が勿体無い”と考えてしまうというだけなのである。外に行っている間は、家にたくさん買い込んだ本を読めないし、辞書を片手に新しい言語を勉強することもできない。そして、本を読みながら自分なりの考察を書き出して新たな世界を広げることも、その世界をティムのような友人と分かち合うことも。

 例外として図書館に行くことだけは嫌いではないのだが、姉からすると徒歩数分の図書館に行くのは“お出かけした”扱いにならないらしい。そもそもあんな文字ばっかりの空間にいるだけで目眩がして倒れそうだと言われてしまった。本当に、ルーサーとルイーズは双子なのに似ても似つかないと思う。

 だからこそ、割れ鍋に綴じ蓋だったのかもしれないが。

 ルイーズが、双子の片割れはちゃんと自分を必要としてくれている。それはルーサーにとって、数少ない誇りの一つであるのだ。


「今は、女性で貴族であっても仕事を持つ人が増えてきた時代よ。活発に動いて、性別に拘らない幅広い視野を持つ人間こそ必要とされるべきだわ。そのためには知識より、体力と根性が必要よ。貴方は私を見習うべきね!」


 ふふん!とルイーズは誇らしげに胸を張った。


「と、いうわけで。二週間後のお見合いはよろしくね」

「本当に入れ替わりするつもりなんです?あんなにお父様とお母様に叱られたのに」

「勿論よ。貴方だって、私の恋を応援してくれてるんでしょう?ユリシーズ様に相応しいのは私の方だって思ってくれてるんでしょう?」

「それはそうですけど……」


 ユリシーズをまた騙すなんて、申し訳なさすぎる。ちくり、と罪悪感がルーサーの胸を刺した。彼は本気でルーサーのことを好きでいてくれるようだし、ルーサーも友人としては彼のことを非常に好ましく思っている。婚約者として――が正しいかどうかはともかく、出来ればもう傷つけたくないし嘘をつくようなこともしたくないのである。

 ただ。

 忘れてはいけないことは、ここで姉の頼みを断るとまた面倒なことになるということだ。


「本当は悪いことをしているって、そういう意識は持ってくださいよ、お姉様。それからちゃんと、自分自身の力でユリシーズ様に認められる努力をしてくださいね。本を読むのもユリシーズ様の思想に合わせるのも嫌なら尚更です」


 そして、一番優先するべきは、ルイーズの幸せ。

 彼女がユリシーズと結ばれれば、自分もきっとユリシーズと良き友人として付き合っていける。何より彼女が幸せにならなければ、自分は幸せを掴む権利を得られないのだから。

 だってそう、自分たちは双子で。ルイーズは自分の、姉なのだから。


「勿論!わかってるわよー」


 しつこいんだから!と唇を尖らせる彼女は可愛らしい。ついつい、ちょっとツンケンした態度くらいは許してしまいそうになる。苦笑しつつ、ルーサーか窓の外を見た時だった。


「おや?」


 見覚えのある藍色のローブを着た少年が、とことこと並木道を歩いている。思わずルイーズは窓から身を乗り出して声をかけた。


「ティム!そんなところで何をしてるんです?」

「!」


 声をかけられたティムは、どうやら酷く驚いた様子でつんのめった。その手に持った鞄を落としそうになり、慌てて持ち直している。


「ルーサー……様!す、すみません、ちょっとお使いが!」


 だから敬語は、と言いかけてルーサーは気付いた。そうだ、今は御者といるしルイーズもいる。彼らは執事見習いのティムが屋敷の家族であるルーサーとため口で話すのを良しとしていない。二人だけの時のみ、暗黙の了解で見逃されているだけだと知っている。


「お使い?買い物帰りじゃないみたいですが」


 ティムは屋敷に向かって歩いていたし、鞄の中に買い物した品が大量に詰まっている様子でもない。ティムは少し考えてから、郵便を、と告げた。


「旦那様の手紙を急ぎ出してきたのです。内容までは存じ上げませんが」

「あ、そうだったんですね。お疲れ様です。ティムも乗ります?馬車」

「わかってて訊いてるでしょルーサー様。結構ですよ、叱られたくないんで」


 そういうつもりではなかったんだけど、と思いつつも、背後から視線を感じて何も言えなくなるルーサー。


「この馬車は私とルーサーでいっぱいでしょ」


 しれっと呟くルイーズ。二人乗りどころか、両親も含めて四人は乗れるのだが、と呆れるしかない。身分なら何やらを彼女は少々気にしすぎである。屋敷の家族が許可を出したなら、別に馬車に一緒に乗り合わせるくらいどうということはないではないか。


「また時間があったら僕の部屋にきて下さいね、ティム。また新しい本を買ったので」


 ルーサーがそう告げると、ティムは何故か少しだけ泣きそうな顔になって頷いたのだった。


「……そうですね。また」




 ***




 ルーサーの態度は、どこまでも普通だった。あの夜からそれとなく腕の痣の理由を訊くも、本人は転んだの一点張り。それも、嘘を言っているつもりなど一切無いと言うような素振りである。本人が自分が受けている仕打ちを本気で自覚していない、しび可能性がますます強くなってしまった。これは、放置しておけば本当に――ルーサーが命を落とすまで、状況は変わらないかもしれない。

 ティムは意を決して、ルイーズの育てている薔薇園への侵入を試みた。二人が学校に行っている時間を狙って、自分がルイーズの部屋で見つけた白い花弁の元を見つけようと考えたのである。幸い、ティムが見つけた花びらにはいくつか特徴があった。細長い菱形のような形の花びらで、中心にうっすらと一本ピンクの線が入っている。そして、あの蜂蜜を薬臭くしたような匂い。時間さえかければ、元の花の名前を知るくらいはできるかもしれない、と。

 結果。


――ナナリーローズ……それがあの花の、名前。


 ルイーズは律儀に、すべての花壇に花の名前を書いた立て札を作っていた。花びらの特徴が合う唯一の花が、そのナナリーローズだったというわけである。あとはこの花がどんな効果を持ち、同時にどうすれば花の効果を打ち消すことができるのかを調べるだけだ。

 問題はひとつ。ティムは植物に関してあまりにも疎いということ。ルーサーの部屋にも植物図鑑のようなものはなかった。単純に彼があまり花に興味を持たなかったからである。仕事もあるし、執事見習いの給料で高い資料を買い漁ることもできない。とすると、あとはこの花に関して詳しく知っていそうな人に話を聞くくらいしか、方法はないだろう。

 というか、別の意味でもその人の力を借りる必要があるのだ。ルイーズとルーサーは、再び入れ替わりを目論んでいる。次のお見合いの日に、彼らの状況をよく知らないユリシーズがもしルイーズだと見抜いて拒絶するようなことがあれば――ルーサーがどんな目に遭うかわかったものではないのだ。


――貴族なんかに頼るなんて……と思うけど。でも、俺を助けてくれたルーサーだって貴族だ。そのルーサーが、友達になりたいって思ったような人ならきっと……!


 馬車からルーサーに声をかけられた時は肝を冷やしたが、きっとバレてはいないだろう。ティムがまさか、ユリシーズに手紙を出してきたなんてことは。


――後は、賭けるしか、ない……!


 ティムは、気づいていなかった。

 この選択が己の運命をも、大きく変える結果になるなんてことは。



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