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黒刃のルーサー  作者: はじめアキラ
10/22

<10・かたられる。>

 これが己のエゴであるということくらい、ティムにもわかっていた。例え己がルーサーの親友を自負していて、きっとルーサーも自分のことをそう思ってくれているだろうと知っていたとしても、だ。

 それでも己はアンヴィル子爵家の使用人であり、ルイーズとルーサーはその長女と長男である。主人と使用人、乗り越えてはいけない境界線はあるだろう。そして見てみぬフリをし続ければ、きっとこれからも自分は安全にこの家で仕事を続けていけるに違いない。例え、その果てにあるものがルーサーの無惨な末路であったとしても。


『そうか、お前は気づいてなかったか』


 執事頭のチャールズは、白くなった頭を掻きながら苦い顔で告げた。既に齢六十を超えていながらも、筋骨隆々の若々しい肉体を保ち続けている御仁てある。退役軍人であるという話を聞いたこともあるし、時にはアンヴィル家の護衛も務めることがあることをルイーズは知っている。

 その男が、ルイーズとルーサーの歪んだ関係を知っていた。


『知ってたなら何で、何もしないで黙ってるんですか!』


 それを聞いて、ティムが激高するのも当然のことだろう。使用人とはいえ、彼は長年この家に努めた大ベテラン。メイド頭と並んでルーサーの両親の信頼も厚いはずだった。彼が進言すれば、いくらそれが突拍子もない話であっても旦那様と奥様が無下にするとは思えないというのに。


『旦那様たちは知らないんでしょう、このこと!ルーサーがあんな目に遭ってるのに、それを無視しておくなんて!!』

『これには非常に複雑な事情があるのだ。……そもそも、お前はルイーズ様とルーサー様がお生まれになってすぐの時からこの家にいるわけではないだろう』

『それが何かっ……』

『ならば知らないはずだ。……あのお二人が、元々どういった状況であったのかを』

『!?』


 チャールズは語った。見目は瓜二つと言っていいほどそっくりだった、ルイーズとルーサー。しかし、二人の違いは両親から、そして周りの使用人たちの目から見てもすぐに明らかになったのだという。

 ルーサーは、男の子にも関わらず話し始めるのが非常に早かった。記憶力も良く、理解力も優れている。幼少期にはもう大人が読むような難しい本を読み、難解な計算もこなしていたという。いわば、天才児にも近いほどの才能を秘めていたのだ。しかも性格も勤勉で、幼いながら空気を読むスキルに長け、それでいて品性も優れた逸材。運動神経こそあまり良くはなかったものの、将来はこの国の政治を背負って立つ人物になるのではと周囲から早々に期待をかけられていたそうだ。

 一方ルイーズは――悲しいことに、弟とは内面的に似ても似つかない少女であったという。物覚えが悪いどころか集中力がなく、すぐに癇癪を起こして泣き喚く。両親の言うことも聞かず、マナーや常識を学ばず、じっとテーブルに座って話を聞くことさえまず困難。我儘し放題、ほっとけば庭も廊下も走り回ってドレスを汚すような娘。両親は完全に扱いかねて、ほとほと困り果てていたのだそうだ。


『しかしそんなルイーズ様が、唯一大人しくなる瞬間があった。……ルーサー様に窘められた時だ』


 幼少期のルイーズとルーサーの関係は、今とは真逆だったという。ルーサーはいつもルイーズを守るように動いていて、そんな彼をますます周囲は尊敬したのだそうだ。ルイーズはルーサーに甘えていつもべったりだったが、彼に甘えている時は彼女も問題行動を起こさない。次第に、ルイーズのことは弟に任せるのが一番だと、そういう空気が家の中でも広まっていったのだとチャールズは言った。

 だが。そんな平穏も、長くは続かなかったという。何故ならばルイーズはけして、頭の悪い娘ではなかったからだ。勉強が出来ないのは覚えられないからではなく、覚えたくないだけ。彼女が興味を持った歌劇に関しては、尋ねれば簡単に全セリフを諳んじて見せた。ファッション関係の知識や、植物の知識も豊富に蓄えた。ただ、病的なほど好き嫌いが多くて妥協ができないだけ――そんな少女が、己と弟に向けられた信頼の差に気づくのも、時間の問題だったのだろう。

 プライドの高い彼女は、己がどこまでも弟に劣っていると、そう見做されていることが耐えられなくなった。次第にルーサーへの我儘が助長されていったという。ルーサーがその殆どを断らないから余計に。


『気付けば……お二人の関係はあのようなものになっていた』


 苦虫を噛み潰したような表情で、老いた執事は告げる。


『ご両親は気付かれていないだろう……が、薄々何かおかしいことくらいは察しているかもしれないな。それでも何の対処も講じないのは、ルーサー様があのような状況下にあっても表面上は変わらず勉学に励まれ、優等生であること。そして何より、ルイーズ様が昔よりもずっと落ち着いた状態を保たれていることだ。恐らくは全てのストレスを、ルーサー様に向けることによって』

『そ、そんな!でもそれじゃ、ルーサーは!!』

『お前が言いたいことはわかる、ティム。しかしな……ルイーズ様の“病”を治す方法が、現代の医学にはないのだ。この国でも古くから存在する名家、アンヴィル家の恥となるようなことはあってはならない。旦那様と奥様も苦しいのだよ』


 それは結局の所、ルーサーを生贄にしているのと何が違うのだろう。ティムがもう少し短気な性格であったなら、その場でチャールズのことを殴っていたかもしれない。彼が全て悪いわけではないとしても、友達として許せないことはあるのだ。そもそも彼らの選択は、ルイーズのことさえ救ってはいないではないか。

 誰にも咎められず、歯止めがきかない状態で助長され続けた結果――今のルイーズとルーサーの状態があるのだとしたら。この結果は、この家そのものか招いたことに他ならないのではないか。


――他の使用人たちも、旦那様や奥様でさえ、アテにできないってことかよ……!




『そうよ。もう一度入れ替わればいい。今度は、私が“ルーサー”としてお見合いに行けばいいのよ。いいえ、むしろ“ルーサー”として結婚してしまえばいいわ。ねえ、それでいきましょう。貴方は次のお見合いの日から、私に代わって“ルイーズ”になるの』




『ええ、ええ、名案だわ。だって、先方は“ルーサー”に夫婦としての関係を求めないとまで言ってきているんでしょう?人前で服を脱がなければ、私達の入れ替わりがバレることなんかないわ。だってお父様とお母様でさえ、見た目で私達を見分けることなんかできないんだもの。ええ、それがいい。そうしましょう!そして、私がユリシーズ様に“お受けします”と一言言えばいいのよ』




 ルイーズとルーサーが交わしていた会話は、一字一句覚えている。ルイーズは今度こそユリシーズの心を射止めて自分のものにするために、再びお見合いの席でルーサーとの入れ替わりを実行するつもりでいるようだ。あの様子だと、ルーサーもそれを快諾してしまっていると見える。

 もし彼が折檻の事実をはっきりと覚えていないのなら、表向きは断るような素振りを見せても、結局は引き受けてしまうだろう。もう二度と入れ替わりはやらない、というその約束もなかったことにして。

 次に入れ替わりが発覚すれば、本当にこの家の名誉に傷がつくどころでは済まないに違いない。いや、ただ彼らが叱られるだけならまだいい。思い通りにならなかった結果――ルイーズが今度こそその鬱憤をルーサーで晴らさないとは思えなかった。それこそ、もしユリシーズにはっきりと“お前なんか眼中にはない”的なことでも言われた暁にはどうなるか。

 本当の本当に、ルーサーがルイーズに殺されてしまうこともあり得るのではないか。


――ざっけんな!そんなこと……そんなこと絶対にさせられっかよ!!


 双子が学校に行っている間に、ティムは掃除の名目でルイーズの部屋に忍び込んだ。チャールズもティムの本心に気づいていたはずだが、それでも見てみぬフリをしてくれたあたりまだ人としての心があったということだろうか。

 赤い絨毯が敷かれた豪奢な部屋は、構造こそルーサーの部屋とよく似ている。しかしルーサーの部屋とは違い、ルイーズの部屋に本らしきものは殆どなかった。学習用の机の上にいくつか参考書と辞書が転がっているばかりである。代わりにあるものは、クローゼット一杯のドレスと、大好きな演劇や歌劇のポスター。それから――ドレスの影に隠すように仕舞われていた、革製の鞭やナイフ、警棒の類い。


――どこかにあるはずだ。何か……ルーサーを洗脳している何かが!


 この部屋にはまだ薄っすらと、あの夜に嗅いだ香りが残っている。蜂蜜に妙な薬臭さを足した匂い。その匂いの元が、部屋のどこかにきっと存在しているはずである。


「!」


 箒でベッドの下を探っていたティムは気がついた。箒の先に、白い花びらのようなものがくっついていることを。


「……ひょっとして……?」


 ティムはそっとその花びらを摘み上げる。そして再び、ベッドの下に頭を突っ込んだのだった。

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