4.空の導き
「…んんぅーー。」
ゆっくり身体を伸ばす。カーテンの開けられた窓からは薄い日差しが楠木を照らしているのが見える。少しの寒さが和らいだ。
「あっジゼル、起きたの?」
澄んだ声が届く。私はこの代で一番ツいてると思う。
「おはようノエル。」
「おはよう。」
"癒し"を具現化した様なこの子と寝起きを共にしてるんだもん。
『マレイン』に入ってから二週間が経った。最初は一六三人の他人の中でそわそわしていたけど、大体の人も覚えて広く感じてた敷地内が庭の様に思えてきた。一週間くらい前にチームが別けられて、同時に部屋替えも行われた。チーム内の同性はなるべく同室にするのだ。
クレアは五人チームの紅一点な為、同じ状況の子と併せられていたけど、人間関係を心配する様な概念があの子には無いから心配はいらない。
心配なのはチーム内の方だ。クレアの事を上手く扱ってくれるかな。そう心配して部屋替えの後、チームを覗きに行った。彼女は素質には恵まれているから、腐らせたら勿体無いもん。そしたらびっくり。似た者同士の集まりだった。リーダーのオーシンが苦労するのだろうな。
「ん?なんかジゼル今日顔パンパンじゃない?」
「はあ?うるさい!そういうのは言わないでおくものでしょ。」
「…また始まったよ。」
私はと言うと、一六四人中二位の成績を残した人のチームに入った。彼は嫌がったけどみんなに推されて折れたから、リーダーも彼だ。
「だからニコルはモテないんだよ。」
「あ!俺のポテト食うなよ。品が無いな。」
「二人とも、止めなよ。」
ノエルに咎められたので口を閉じた。こういう時ウィルとチャバは何も言わない。ウィルはリーダーなのに。て、怒られたい訳じゃないけど。
「そう言えば、今日は何をするの?」
チャバは朝食を食べ終わったみたいだ、早い。午前七時に食堂へ集まるのが私達の常だった。修練は大体八時から始まるから。班ごとに取り組む修練に身を入れる為、余裕を持って集まる。そして他愛ないやり取りや真剣な話を交わす。そうやって結託を強めていく。
「ああ。まず第一教習室に集まるらしいよ。半数ずつじゃなくて全員。ケレイブ先生が付くって。なにか話し合いをするらしい。」
チャバの質問に答えたのはウィルだ。毎夜、すべての修練が終わった後にリーダー達は先生の所に集められる。その日の反省とか、これからの指針とか、次の日の予定とかなんかを伝達されるのだ。ウィルはあまり教えてくれないけど、もしかしたらちゃんと聞いてないのかもしれない。
「なにかって?」
今度はノエルが聞く。
「それは教えられてない。…ケレイブ先生の事だからロクなもんじゃないよ、きっと。」
ウィルはそう答えた。ウィルはなんだか色んなものを軽視するところがある様に思う。それは先生だったり修練だったり、仲間だったり。彼はなぜマレインに入ったんだろう。
特殊能力者だから。そう言われればそれまでなんだけど、ここに入る人達は自分の可能性の広がりを期待してる上昇志向な人か、特殊能力者だと発覚して親や周りに強引に入れられた人か、大体どっちかだと思ってたから彼がここにいる事自体が変な感じがする。
でもきっと考え過ぎだ。ウィルは頑張らなくても強いから、そうやって育ったから、どこかで頑張るって事を忘れて来ちゃったんだ。…きっと。
窓が開いている。冬だというのにマレインに来てから、寒いだなんて一度も感じる事がなかった。この都市は中心に向かうに連れて気候が穏やかになる。コンコルディアでの常識だ。主要棟の正面外縁にはポインセチアが真っ赤に色付いている。盛期は過ぎたけれどそんなことは関係ないと、活き活き燃えていた。本当に美しい物は咲く場所を選ばない。時期やタイミングなんかにも打ち勝つんだ。私もそういう風になろうと、昨日決意したんだ。…って。
「あああーー!!」
突然叫んだ私を気障りだとみんな目を細める。だけどそれに申し訳ないと思う余裕は今はない。
「どうしよう!」
「どうしたの、まず。」
厄介そうに一番に目を細めたウィルから面倒くさそうに問われると一人ぼっちになった様な気分になった。
「あ、ごめ…。EMO、部屋に置いて来ちゃった。」
「…はぁ。行っておいで。」
待ってるから。ウィルがそう言ってくれたので急ぎ足で向かった。『EMO』とは一冊の手帳の事だ。私が去年まで通っていた学園で言う日誌みたいな物で、修練で頑張った事とか得意な事とかこれからどこを伸ばしてどういう風になりたいだとかそう言ったものを記す。初等部の間、月に一度これを先生達に提出しなくちゃいけなかった。EMOはチームで一冊だから毎週交代で。私達は五人チームだから正確には月に一度ではないのだけど、とにかく今日が期限だった。たまたま私の番がイリヤ先生に見てもらう週だったから、期限いっぱい使って自己アピールや意思表明を一生懸命書いた。なのに置いてくるなんて。
私のバカ。反省しながら廊下を曲がると男の子達が何人か見えた。左棟には女部屋しか無いのに何してるんだろう。
「おいクレア!てめぇ…ふざけんなよ!」
一人が扉を叩き叫んでいる。
「ティメン。そんな大きな声出さなくても…。」
「あ?じゃあオーシン代われよ。」
「おーい、クレアー。朝だよー?」
「んなんじゃ起きねぇよ!」
会話が聞こえて合点がいった。彼等はクレアのチームで、いるのはクレアの部屋の前だ。やっぱり彼女に振り回されているらしい。
「諦めよう、オーシン。これも今日だけとは限らない。チーム行動が取れないまま評価は下がり、落胆されて見向きもされなくなる。それが俺達の運命だ…。」
ブリットが暗い顔で言っている。黙っていればかっこいいのに。先生達よりも、初日にキャーキャー言っていた女子達の落胆の方が明らかだった。
距離も近づき、どうしたのと声を掛けようとした。聞かなくてもわかるけど。でも声は出なかった。後ろで待っていたうちの一人がおもむろに進み始めたので不意を突かれたのだ。
「え?ゴーチェどうしたの。」
彼は扉にくっ付いていたオーシンを避けると把手に触れる。あんな子、クレアのチームに居ただろうか。
「あ!オーシン!どうしたの?」
遮る様に声が出た。だって女の子の部屋に入ろうとするなんて。それが出来ないから立ち往生してたんじゃないのか。
「ジゼル!…ちょっと助けてもらえない?」
オーシンはホッとしたみたいに返してくれた。ゴーチェ、と呼ばれた彼は少し私を睨んでいるみたいだ。
「クレアが部屋から出て来なくって。まだ起きてないのかもしれない。見て来てくれないかな?」
「寝てても引きずって来てくれ!」
「こらティメン。」
頼むよ。オーシンに困った顔で見られたら誰だって引き受けるだろう。元々そのつもりだ。
「任せて。」
そう答えて扉に手を伸ばした途端、衝撃と共に視界が遮られる。気持ち勢いよく開けられた扉は目の前にいた私を打った。
「あ、おはようオーシン。」
勿論悪びれた様子を見せる事はないクレアが出て来たのだ。扉を閉めて私を見つけると、どうしたのジゼル。もうここはあなたの部屋じゃないよ。なんて言ってくる。彼女に怒るなんて無駄だとわかっているからただただ空しい。
「ゴーチェおはよう。」
「うん。」
さて、本当に彼は誰なのだろう。以前クレアの様子を見に行った時は気付かなかった。いやいなかった筈だ。私、クレアは四人チームなんだと思ってたのだから。綺麗な顔をした少し幼い男の子。クレアも、二人共、何も考えてない様な表情は変わらないけど波長が合うのか、居心地の良さそうな空気が漂う。案外クレアにはいいチームなのかもしれない。
「クレア?七時に食堂って言わなかったっけ。」
オーシンが問う。このチームを私達と似たような時間に食堂で見かけるのはよくあった。
「うん。でも、起きたらお腹が空いていなかったから。部屋でのんびりしてたの。」
「意味わかんねぇよ!少しは申し訳なさそうにしろ!ああ、もう遅刻すんぞ!」
クレアのとんちんかんな返しにティメンが怒鳴る。当然の怒りだろう。けれどクレアには伝わらないのだろう。ああ私もウィル達を待たせているんだった。急がないと。
「クレア、後で話そう。引き止めてごめん。ありがとうねジゼル。」
オーシンがそう言ってくれたから心が晴れる。先に行くのも悪いと言うので少し待ってもらって一緒に教室まで走った。屋内で駆けている事を先生に見つかり咎められたけど、マルクス先生だったのですぐ許してくれた。…こんなアクシデントも悪くないかもしれない。
集合の時間は即ち事の開始の時間なのだと認識している。つまり、その時刻には全ての準備が終了してなくてはならない。招集が掛かればその時刻に余裕を持って到着し、整えてきた精神をまた、万全の状態にと整える。
集合時間ぎりぎりにその場へ着けばいいという問題ではない。遅刻なんて以ての外。特に集団の尾に付いた彼は次席を取得した筈だ。皆の手本に成るべきなのに。息を絶え絶えにする処を見ると走ってきたのではないか。まさか、この神聖な棟内を。
「おっ、揃ったな。さー始めるかー。」
だからこの男はいけ好かない。先輩として尊敬はしているが、ケイル教官はルーズ過ぎる。己にも他にも。批難の意を込めて教官を見ても彼には届かない。避ける事も受け流す事も得意とするその性格もわたしは好く事ができない。
然し入構式当日以来に目にする彼の制服姿は風格ある教訓者のそれだった。私には無い物。襟に付けた物もそうだ。ケイル教官が何故功翼章を受けたのか理解できない。伸びたくせ毛は気持ち程度に抑えてあってもだらしがない。醸す態度は何処までも緩慢だ。彼が勤しんだ経験など持っているのだろうか。
「さぁーて。今から何するのか、みんな気になるよねー。」
伸び伸び話し始めたのに、皆が口を閉ざし教官を見つめている。実は私も聞かされていない。いつも半数に分けて講習を行う所を、総勢集めて会談するのだとしか。
「みんなにはマレインに対する認識を統合して貰おうと思ってね。こっちから伝えたい事もあるし、話し合いの場を設けました。」
漠然とした事をヘラヘラ話しても伝わる筈がない。つまり、どういう事だろう。
「んーじゃあまず連絡事項。実は中枢でも、改変しないかって話があってね。まあ班分けで気付いてるかもしれないけど、なんと!文科系能力者は実践修業を受けない事になりました。」
パチパチパチ。一人で手を叩くケイル教官。反応の悪い衆人を気にする素振りは無い。文科系能力者。代表する処は景観写実の絵師だろうか。記憶保存や計算能力、マレインの運営は彼等が担っている。要は人並み外れた才能の持ち主だが、マール討伐には向いていない、軍人としては常人より劣る。そんな特殊能力者の事だ。
「一応、希望者がいれば勿論訓練を受けられるから、そういう人は申告するよーに。」
今期の文科系能力者と認められた生徒は三十六人。彼等の多くがマレインを出ても技術職に就くのだから賢明な変革だろう。義務についてなど議論が交わされた様だが、間接的に果たしているという結論に至った。 人には適材適所が有る。
「と。まーね。これから色々変わって行きましょうって事。古い習慣に囚われないで、合理的に自由に、変えるべきことは変えていこうと。まずこれだけ聞いて、なにか意見ある?」
教官が話を止めると続いたのは沈黙だった。そこで恐る恐る挙手したのはアンドリュー=ライトだ。
「修練で、ニガテなことはやらなくてもいいですか?」
聞いて呆れた。なんて稚拙で愚かな借問だろう。苦手は埋伏する物だ。軍人が目指すはバランス型。身体能力増進系が好求されるのはその為だ。己を補完してこそ最高地に行き届く。
そんな私の意見はケイル教官とは合わなかった。
「勿論。それは元から自由だよ。但しチームとの相談次第だね。チームの在り方や役割分担はみんなで決めるものだよ。それを極端にするのも、俺はアリだと思うね。」
教官の言葉を聞くと確かに、と肯定する部分もある。局所特化型の者は存在する。必要とされているのも確かだった。けれど今、彼に掛けるべきだっただろうか。彼は自分と向き合わず逃避しようとしているのに。
「キミ達は、ここに括られているとは言え、"自由"なんだよ。例えばそうだね、なんで毎日ユニフォームを着てるの?イリヤ先生とか見て判らないかな。式典以外は服装も自由だよ。」
「ケイル教官!」
余計な事を。規定こそ無いが、良い風潮だと思っていた。わざわざ自由に私服を着ろと伝えているみたいで残念だったが続きは飲み込んだ。ここまで大々的に場を設けているのなら主任も同意の会談なのだろう。悔しい事に。
えっ、そうなんですか。私の張り声に被せて漏らしたのはニコラス=クーヘン。色気付く気だろうか。この大切な期間に。
「先生。早く任務に出たいです。」
フェルマン=ロムベェが手を挙げる。彼は優秀だがそれを誇示したがる節がある。余り芳しく無い傾向だ。中流大家故の気質だろうか。
「それはどうもなぁ。カリキュラムにもほら、順番てもんがあるから。その内嫌でも出されるよ。辛抱だな。」
「ふっ。僕ならもうこなせるのに。」
これは珍しい。ケイル教官も引き吊った笑みを浮かべることがあるのか。見濁した澄まし方は堪えられない物があるが。
「先生。」
窓側一番後ろに着座していた少女が音を立てて立ち上がる。主席のヴェロニカだ。
「順序を踏まえないといけないのなら、ここで悠長に談話していないで、先に進めましょう。」
昔の自分が重なった。この年頃はどうしても時間を無駄にするのが惜しくて急って行動してしまう。だけど七年経った今はこの場も大事な事を理解している。そもそも彼女と自分を比べる事など畏れ多い念頭だ。
「ヴェロニカ。確かに君みたいな子にはこんなの煩わしいだけかもね。けどきっとここを出る頃にはこの話し合いの意味がわかる。」
「全く理解できません。」
「今は、ね。とりあえず我慢して参加してみてほしい。まあ平たく言うと、君は初等部生なのだから先生の言う事を聞きなさい。」
ケイル教官が窘める様にそう言うと彼女は納得はいっていないという顔で座った。私はますます教官という人間が分からなくなる。
「うーん。俺はね、班やカリキュラムの事だけじゃなくて同期全体でもっと和気あいあいとできないかって事を考えてるんだよ。せっかく縁があって出逢えたんだ。特殊能力者は貴重だしね、ここで人脈を広げるのも有意義だよ。何より今の君たちの歳には特別ななにかがある。マレインはただの訓練場じゃない。今できる事は己の武力を高める事だけじゃない。」
やはり皆が聞き入る。中には、特にヴェロニカなんか、不満げに見ているだけの者もいるが。しかしほぼすべてが耳を傾け必死に解釈していた。この男に何があるというのだろう。私はこの人から何を学べば良いのだろう。分からない。私が尊敬するのはやはりカルリーノ先輩の様な聡明な教訓者だ。
「イベントを開催するのはどうですか?季節とか課業に合わせてパーティとかゲームとかしたり…。」
「わぁー楽しそう!やりたい!」
「俺も賛成!先生、いいですよねっ?」
カイラン=タッカーの提案を皮切りに一気に場が盛り上がる。教官が望んでいたのはこういう事?一瞬うんざりしたが悪くないと思い直す。結束力が高まり士気も上がりそうだ。そきてこの子達にとっては良い思い出となるのだろうか。
「おおーさすがカイ。そういうのを待ってたんだ。企画は任せたぞ。」
「はい!」
カイラン=タッカーが居ると場が纏まるのは常の事だった。今期のリーダーとでも言おうか。明快で優しい彼は皆からの好感も高い。心惹かれている女生徒も何人かいる様だ。私が初めて講壇に立つ時には彼の居る方の講習室がいい、とも思う。
「じゃあ、オーダーマッチも近い事だし早速何か計画しようか!」
「ケイル教官。時間が近づいていますが。」
今回は我慢できなかった。この人のマイペースにはほとほと呆れる。このままではイリヤ教官の演習に差し支えてしまう。
「あーもうそんな時間か。折角良いところなのに。」
時計も見ていなかった様だ。教訓者の威厳があると感じたのは気のせいだったか。
そう溜め息をついていると教官は窓の方へ歩いていた。窓の、籠が置いてある方だ。彼は籠からピピスとシーンピピスを放つとそのまま通信させた。
「イリヤせんせーい。聞こえるー?」
[ケレイブか。何だ。]
相手はイリヤ教官の様だ。二人は割合仲が良い。本人に申し立てた事は無いが、それでも些かイリヤ教官の物言いは無作法だと思う。
「いやあ今になってね、話が盛り上がっちゃって。このまま続けたいんだよね。…君の演習は、中止。」
[…は。]
…は?私も言いたい所だった。受講席からはえええええーーっと悲鳴にも似たリージェ=リャンの叫び声が聞こえる。見遣ると落ち込む様に伏せる生徒も居た。ジゼル=ミュラーだったか。
「あっあー。怒らないでね。分かってよ、ね。」
[………。はぁ。俺の時間を選んでやってるだろ。]
「ははっそんな訳ないじゃない。ありがとう、ね。ご苦労様。」
ケイル教官は自分が喋り終えると直ぐに通信を切り上げた。イリヤ教官の反論が怖かったのだろう。それにしてもイリヤ教官の反応は意外だった。あれほどあっさり承諾するとは。教官同士の仲の良さだろうか。それとも私が理解していないだけでそれほどにこの会談に意義があるのだろうか。
「はぁっ。…さて。キリの良い所で休憩を入れようか。」
「カーイーーっ!ほら早く早くー!」
「少し待ってよヒル。ジュン、置いてくぞ?」
カイが呼び掛けてくる事は認識できるが今、口は返事できる状況にない。
「ーー向上心を見せる。第二位ウィル。無発言。傍観に徹する。第三位アーロン=ストーナー。数回ぼやく。不安が大きいと見える。第四位ーーー」
成績優秀者の観察結果を記録しているからだ。文字を書く時に読み上げてしまう癖は十五になっても治らなかった。でもしょうがない。だってーー
「イェジュン!ほんとに置いてくよ!」
「きゃはははっ。ジュンてばのーろまっ!」
「他人を見続けるから駄目なんだ。力を手にするには己を危険に晒す。自ずと打ち砕ける。」
「つか見た時書けばよかっただろ。休憩時間はクツロぐもんだ。」
ヒル、ナタ、ダグル。どうして僕のチームは馬鹿ばかりなんだ。未来は暗い。頼みの綱はカイだけだ。
「って言うかさ、盗み見するのやめた方がいいんじゃない?」
「えっ!」
盗み見じゃない、敵情視察だ。カイまで僕の味方をしてくれない。やはり自分の身は自分で守らないと。そのためにも視察はやめられない。
本当は休憩時間は前庭でゆったり、なんてのも反対なんだ。講習室に残るチームだって沢山いる。第一位のヴェロニカと第五位のローラが在籍するチームだっていつも講習室の席に座ったまんまだ。彼女らを観察する事は大いに意味がある。劣等者は優等生を見て模倣しなくちゃいけないだろ。
「見てー。冬なのにちょうちょー。」
「本当だ。マレインは冬も暖かいからね。蝶々も早く飛び回るんだね。」
まるで子供のお守りだ。ヒルとカイの幼稚な会話なんて何の意味もない何の役にも立たない。何故分からないのだろう。
「イベント、と言っていたが案はあるのか。私達まで使われるのか。」
ナタが切り出した。講習での話だ。いや今日は"会談"なんだっけ。どれだけの意義があるのかわからない。僕もヴェロニカ達に賛成だった。
「ああうん。手伝ってくれる?みんなが喜ぶと思って、一肌脱いでくれないかな。」
「それはいいけどよ、俺何もできねぇぜ?考えもねぇし。」
「そんな事ないよ。協力すれば絶対楽しくなるから。ほかのチームもやる気みたいだし。」
カイは人を扱うのが上手い。僕らを任せられたのだって、教訓者達がそれを見抜いてのことだと思う。リーダーが最上位者でないのは僕らのチームだけだ。
「あたしも手伝う!ヒルね、お花の飾り作るの上手なんだよ。」
「すごいね。じゃあお願いしようかな。ジュンも…お願いできる?」
「え、あ、ええ、うん。」
「どっちだよ!」
ダグルはうるさい声で指摘してきたが協力的でない僕を責める様子はない。威圧的な所はあるけど中身は優しいんだ。癖がありそうに見えるけど本質はまっすぐな"良い人"。ヒルもそう。
偶に思う。カイはこのチームでなければもっと格好よく活躍しただろうに。ナタだって十二位取得の実力は本物だ。実力はあるのに、伸び代は大きいのに。みんな、お互いを気にし合いながら行き詰まっていかないだろうか。"良い人"は簡単に自分を犠牲にして他人を助けようとする。チームメイトを見ていると、それがあたかも正しくて綺麗なことなのだと諭されているように感じた。"自分の事しか考えないお前は薄汚れている"。僕はこの中に溶け込めないのだと感じた。何故僕はここに居るんだろう。僕らが組まされた理由はなんなのだろう。
一体僕らに、『マレイン』で何を掴み、何を残せと言うのだろう。




