1.神様からの贈り物
「いってらっしゃい。身体に気を付けて。」
「ありがとうございます。今までお世話になりました。」
「まあ、そんな。いつでも帰ってきていいのよ。ここはあなたの家なのだから。」
世界の土地の凡そ三分の一を占める大都市コンコルディア。此処は年に一度盛大に賑わう。特殊能力者の養成機関『マレイン』への入構の祝賀祭だ。でも浮かれているのは特殊能力者じゃあない。民衆が世界に従事する特殊能力者が増えることを喜び祝うその祭りは祝迎祭とも呼ばれた。俺は蚊帳の外な気分でいる。
「『マレイン』入構候補の方はこちらへ。適性試験の後、施設内へ移動となります。」
コンコルディア随一の繁華街。その中でも一番の名所となる、マレインへの関門に通ずる広場でユニフォームを着た男が声を張る。
「繰り返します。『マレイン』入構候補の…」
「あれ、あんたも特殊能力者?マレイン入構者?」
不意に顔を覗かれた。俺と同じくらいの歳の男だった。
「え…」
「だよね?荷物、少ないんだね。いやあ俺も減らそうとはしたんだけどこんなになっちゃって。」
妙に馴れ馴れしく声を掛けてきた男は小さな荷台に私物を積んでいた。
「えっと…。そう、俺も入構者なんだけど。あの…、車の付いた私物は持ち込めないんじゃ…。」
指摘するとうえぇっ、と男は声を上げ、焦り出した。そこへ容赦ない言葉が届く。
「本日の試験は間も無く受付終了となります。繰り返します。本日の試験は間も無く受付終了となります。」
「わっ、ちょっちょっちょっと待った!あんた、ちょっと待ってくれ!」
「ではこちらの札をどうぞ。適性試験は『マレイン』関門前で行います。荷物もそちらで預けることができます。」
「いやあ、本当。悪い悪い、助かったよ。」
無事受付には間に合った。が、騒々しい男に巻き込まれ荷物の半分を持たされていた。
「…なんで俺が。」
「ほんとに感謝してるからさ。何処ぞの旅商人が手押車買い取ってくれたのもツいてたし。ほら、その分やるから。」
「いいよ、金は。」
全く面倒ごとに巻き込まれたという様に遠慮なく不満をぶつける。のにも関わらず、そいつは満悦そうに頬を綻ばせた。
「名前は?」
「は?」
「名前。この短時間であんたがいい奴だってのが凄い伝わってきた。名前教えてよ。俺はニコラス・クーヘン。ニックって呼んで。」
「…ウィルです。よろしく、クーヘンさん。」
「釣れないなあ。ねえウィルって本名?正式名称は?」
「…ただのウィルだよ。姓とか、無いから。」
「ふーん。」
納得の行かないような顔でニコラス・クーヘンが見てくる。早くこの馴れ馴れしい男と離れたい。そう思った。
「ーーー次に、マレイン入構後についての説明をします。適性試験に合格された皆様はこのガイダンスの後マレインに仮登録されます。仮登録が認められるとマレイン敷地内での生活が全保障されます。本登録は初等部修了を以て行われます。本登録された特殊能力者へは半永久的に支援金が送られます。これは中途退構後もマレイン出立後も変わりません。支援金の価額は、功績、有益な活動、生産的活動、在籍時の成績など総合的な評価で上下します。但し、初等部での修練期間中は金銭の支給はありません。また、外部との交流は書物、音声に限られます。期間中は基本的にマレインから自由に出ることはできず、行動も管理、制限されます。ですので使用、所有したい物品やアヌマルがあれば本部へ申請することになります。それが承認されると実物での支給という形で手当てされます。承認の基準も支援金と同様、個人への評価が大きく影響します。そして修練課程の内容についてですがーーー」
嗚呼。講習、というものは酷だ。一人が多数へ向けて淡々と説明をする。これを適確に掻い摘める人がどれだけいるのだろう。俺には義務で並べられた言葉をそのまま受け取れるような素直さは備えられていない。
適性試験、と言っても特殊能力者であれば誰でもマレインには入構可能だ。試験という名の能力披露の場を通過したあと、特殊能力者達は関門を潜った。関門自体が大きな建物になっていてまだそこへ留められているのだが。この建物は文字通り、関所の役割を担っている。地上六階の広間へ案内され、自由に座るように促される。三百席ある講義室のような造りの部屋で、入構に当たっての説明があるからだ。
そして開始したガイダンスは五分を過ぎた辺りから呪文にしか聞こえなくなった。取り零してばかりのそれに、もう入り込むことは叶わない。終わってくれるのをひたすら待つほか仕方なかった。
頭に残ったのは冒頭の挨拶だけ。今年の入構者は一六四名。だいたい例年通りな人数らしい。ここにいる全てが特殊能力者だなんて信じられない話だけど、マレインに世界中から総勢千二百人の特殊能力者が集められているのは紛れもない事実だ。目に触れる多様の風貌から、確かに様々な人種を集められたことが窺える。単調に行って二年間。この人達と生活を共にしながら修練に励む事になる。
「説明は以上です。手引書に詳細が記載してあるのでよく読み、熱心に励んで下さい。では、上フロアで仮登録を行います。移動を開始してください。」
その声を合図に椅子を動かす音が不規則になり始める。さて俺も行こうと、手引書を手に持つと前方から声が掛かった。
「あ、いたいた。ウィル、なんで先行っちゃった?」
「…うわ」
声の主は適性試験の申請時に遭遇した男、ニコラスだった。
「ひどっその反応!せっかくだから一緒に動こうよ、ね?」
「…なんのために」
「意味なんて無い無い。ばらばらに行動する意味も無いでしょ?さ、行こ行こ。」
「わ、おい。放せよ。」
ニコラスに腕を掴まれ、引かれる。冗談とは思えない程の力強さと、頑なに動こうとしない抵抗の見た目より激しい争いが行われた。踏ん張るのも阿呆らしい。そう思い始めた俺は劣勢に陥ってずるずると連れて行かれる。
「……え。」
そう漏らしたのはニコラスだった。視線の先、扉の方へと目を向けると戸を引いたままの女がいた。整った顔立ちをしていた。しかしそこに微笑ましい和やかさは無い。締まりの無い俺たちのやり取りを蔑んでいるのだろうか。綺麗な顔から憎悪を孕んだ視線が刺さる。
女は、感と視線を逸らして扉の外へ出た。入構日から居た堪れない気持ちを味わうとは思っていなかった。
ニコラスに文字通り引きずられながら上階へ上がる。動くに困らない程度に明かりが灯された暗い室内。空中にはいくつかのスクリーンが浮かび上がっている。二十ほどの窓口に係官がつき、その後ろにはアヌマルが行き交っている。能力を駆使したのであろうその部屋は神秘的とも言えた。
「すごい部屋。マレインってやっぱり凄まじいな。スケールが違う!わくわくっていうか、なんか、高鳴るよな、心が!」
「…語彙力がないんだな、ってよく伝わってくるよ。」
「なんだよー。これでも俺結構学あるんだぜ。まあいいや、並ぼうぜ。」
噛み合わない会話に終止符を打ったニコラスが窓口へまっすぐ歩き出すのを見届け、俺は出来るだけ離れた所を選んだ。不意を打たれた様な、何か言いたげな表情を送ってきたが流石に人を挟んで大声をあげたりなどはしなかったので視界から外した。
窓口へ並ぶ列が順に減っていく。いざ登録となると、それをする事項が少ないことに改めて気付かされた。条目は多数ある。名前、性別、生年月日、能力発生時の様な個人値や出身地、家系、続柄、家業、出身校など身分地位を表すもの。ほかにも持病や生活習慣などマレインでの生活に関わるもの、受賞歴や素養といった売り込みをする項目まであるみたいだ。
コンコルディアの名家出身ともなれば大部分が埋まり秀でた出来栄えになるのだろう。残念ながら俺は評価される様な特長は持ち合わせていない。だがこれらの条目を全て埋める必要はない。マレインには特殊能力者であれば誰でも入構可能である。正確には断獄署に登録されてない特殊能力者であれば、だが。ともかくマレインは実力至上主義であって、家柄などは重視しない。貴族出身者でも裕福な家庭の者でも庶民でも田舎者でも、孤児でも。後に身長や体重、ほか身体的特徴と能力がマレイン本部によって精査される。個人の特定はそれで可能だ。他の情報は付加価値でしかない。大袈裟に言えば名前すら書かなくても問題はないのだ。
登録が終わり出口へ向かう。出口には待ってましたと言わんばかりのニコラスがいた。想定内である。何故待っていたのかは理解できないが。
「三階から五階が宿屋で貸切だって。今日は関門止まりなんだな。試験の札を見せると一階で飯食えるってよ。」
「窓口で聞いたよ。」
「はは、ごめん。話聞かなそうだったから。」
「…部屋まで一緒にしようとか言うなよ」
「勿論。隣にしよ。」
「……はあ。」
いい加減絆されるのも慣れてきてしまったかもしれない。きっとこの調子で夕食も連れられるのだろう。とりあえず今日は早めに分かれてゆっくり休むとしよう。
【名称:nicolas=kuchen・性別:男・生年月日:896年3月15日・年齢:15・DONUM:六歳七ヶ月より発生・利き手:左・出身地:Concordia第四地区オーガスト・家系:クーヘン本家・続柄:祖母、父、姉、妹・家業:車両製造】
【名称:will・性別:男・年齢:15・DONUM:indonius】
早朝五時に地上八階へ。宿房でその指示があった。部屋から出ると関門内は昨日よりも心なしか賑わっている気がした。
「あ、おはよう。」
あ、じゃないだろ。明らかに待ち伏せていたニコラスに溜息で返す。
「さっ行こっか。」
この男は俺の態度をからきし物ともしない。同行を促す愛想良い笑顔に少し引きつつ観念した。
「あー、着かないねえ。」
「ああ。」
「よくこんな建物造ったよな。何階まであんの、ここ。」
「九階。」
「すっげ。はあー。なあウィル、ちゃんと歯あ磨いた?」
「ああ。」
「下の方朝から騒がしかったな。何してるんだろ。」
「知らない。」
「新入生多かったな。みんな何目指してんだろう、どんな能力持ってんだろう。」
「さあ。」
「なあ、可愛い女の子いっぱいいたな。」
「知らない。」
よくこの量の階段を上りながら間も置かずに話し続けられるな、と思う。ニコラスはマシンガンの様に次から次へと意味も無い話をする。関門内には幾つかの昇降機が配置してある。主に力仕事に起用される人間によく似た形状のアヌマル、フォルを応用したものだ。しかし初等部生の昇降機使用は禁止されているため俺達は今地上八階への階段と戦っているのだ。
「顔がさあ、一番可愛かったのはあの子かなって思うんだけど。どう?」
「あの子って誰だよ。」
「扉にいた子。ガイダンスの後、部屋出るときに。」
「…ああ、あのおっかない。」
「ははっ。確かに気が強そうだったよな。思いっきりこっち睨んでたの。」
「お前の所為だよ。」
「でもすごい可愛かったぜ。一応一通り見回しても、うん、一番。」
「どれだけ観察してるんだよ…。」
「あと、あと!隣に座ってた子が結構美人でな、」
ニコラスに拍車が掛かりかけたところで目的地へ着く。どうやら人体計測はここで行うらしい。
この計測値は昨日申請したデータと共に入構時の記録として保存されるらしい。そして今後の修練課程で活用されるのだとか。
身長から始まり、至る所の寸法を計測する。そして体重と体脂肪率の計測、筋力の測定。それが終わると、事の間に仕立てられたユニフォームに召し替える。それから具象画家によってポートレートが作られる。といった具合に身体計測は進められた。どれも特殊能力者である専門家によるもので、だからこそこの短い時間で終わらせられたと言える。
体脂肪率という言葉を初めて聞いた。瞬く間に作り上げられた体恰度のユニフォームに驚いた。"力"という概念的なものが数値化されるなんて事、思いもしなかった。これがコンコルディア、いやマレインの技術力なのだと愕然とした。
「只今を持って計測を終了します。食事休憩の後、初等部本拠へ移動します。そのユニフォームを目標にマレイン本入構の許可が出ます。地上階内門より城壁内に入構してください。すぐの広場にオムニバスが準備してあります。また、預かっていた荷物を同階で配りますのでお忘れなく。本拠へ移動したら当分そちらからは戻りません。注意してください。では今から百十分後、十時の出発とします。」
「ハンバーグお願いします。」
「はい。」
「え?」
「え?駄目?」
「いや、だって昨日の夜もそれだっただろ。」
「好きなんだよね。ほらウィルも頼みな。」
「ええー、なににしよう…。」
人体計測を終え、俺達は食堂に来ていた。昨夜通りニコラスと同じ料理を注文しようと思っていたが予想外の事になってしまった。しばらく狼狽えたが、結局俺もハンバーグを頼む。
「意外と優柔不断なんだな。」
笑いながらニコラスが言う。
「別にそんな事はないけど。…料理あまり知らないから。」
「へーえ。あっ、なあ。頼み事があるんだけど。」
「嫌だ。」
「聞いてよ!本当に頼む。頼まれてくれ。」
何回も懇願するニコラス気圧され、窺うように見遣る。するとぱっと晴れた顔をして照れくさそうに言いだした。
「ほら、ここ入る時に、荷物運ぶの手伝ってもらっただろ?あれをまた車まで運ぶ訳じゃないか。その、また手伝って頂けないかと…。」
「…はあ。」
こいつに会って何回目の溜息だろう。面倒だが予想はしていた事だ。
「わかったよ。俺、荷物無いし。早く食って行くぞ。」
「助かる!恩にきるよ!ウィルって本当やっさしい。」
大袈裟で軽薄な、やはり気に入らない反応だったがそれも期待していない事だ。そう考えたところでたった一日で相当に慣らされている事に気付く。厄介な男に出会ってしまったものだ。ジャガイモの味が昨日よりしょっぱく感じた。
景色が目紛しく通り抜ける。まるで自分が前だと思っている方向は実は下方で、今まさに地面へ向けて落下している最中なのだと、そんな気持ちになる。けれど前は確かに前であって、繋がれているエクウスの足は確かに地に着きそこへ進んでいる。俺は何もせずただ座っているだけなのに。"車"。なんて不思議な乗り物だろう。
「不思議だな。」
「……え。」
あやす様に微笑むニコラスにドキリとする。
「ずっと外見てるから。何をそんなに見てるんだろって思ったんだけど、確かにマレイン構内って見応えあるよな。そこの只の草むらだって、何か仕掛けでもあるみたいに怪しく見える。」
「あー、ああ…。」
「ええー、そんな事考えてる様には見えなかったけど。」
ニコラスの言葉に安堵し、適当な相槌でも返そうかと思った矢先、飛んできた言葉にそれを遮られた。
「なに、あんた。」
打つけられた言葉はニコラスの気に触った様で、俺が出逢って、初めて曇りの掛った顔を見せた。しかし発言者である向かいに座る彼は全く意に介さぬ様子で続けた。
「大半の人がね、こんな立派な乗り物に乗ったら物珍しそうに景色を眺めるものだよ。まあ車に乗り慣れたお坊ちゃんにはわかんないだろーけど?」
終始へらっと笑いながら言い切った彼の第一印象は、ニコラスのような好青年にとって"最悪"ただそれだけだろう。しかし印象など気にする者であればそもそもこんな流れにはなっていない。彼は続けた。
「君等、マレインに来て"初めまして"したんでしょ?それにしてはもう仲良しこよしだね。まあ生まれも育ちも全然違うみたいだからそれがずーっと続くかわかんないね?」
愛想良い笑顔から発せられる挑発的な言葉を受けるのは、好青年でなくても不快だった。意図が計れずに戸惑う。
「放って置いてよ。」
ニコラスは穏やかな口調で返した。だが胸中はそうは言っていないだろう。
「そう邪険にしないでよー。これから一緒に過ごすんだしさあ。俺トニー。君は?ね、そっちの彼も。あれ、男の子だよね?その割にはなよなよってしてるけど。」
「おい!」
俺への誹り口にニコラスが怒り、立ち上がる。全く厄介な男と乗り合わせたものだ。反応を楽しむ様にしてトニーは続けた。
「熱くならないでスマートに話そうよ。悪気はないんだ。」
相変わらず笑顔を崩さない彼はスマートと言うよりシニカルで。けれどその言葉の通り、打算や下心がある訳ではなさそうだった。放つ皮肉は故意ではなく、身に染み込んだものらしい。既に挑戦的な口調と、それへの周囲の人間が見せる応対を見る事が癖になっている様だった。詰まり"相手にするだけ無駄"な人間だ。
「ニコラス落ち着け。」
まず憤慨と混乱で固まるニコラスを座らせる。そしてトニーと名乗った男に向き直した。
「トニー、俺はウィルでこいつはニコラス。あまりあんたには関わりたくないと思ってるかな。」
「はははっ。よろしく、ウィル君。君意外とはっきりしてるね。そっちの子より君のが話せそう。いいねぇ。」
牽制のつもりだったのだが意外な返し方をされてしまった。俺には発言力が無いのか、と自信を失うほどにマレインに来てからと言うもの散々な扱いだ。軽く落ち込んでいるとウィル、とニコラスに名前を呼ばれた。
「こんな奴と話さなくていいからな。言うこと全部喧嘩腰だし話し方も汚いし、本当に気に入らない。」
「ははっ、お坊ちゃん。俺第一地区の平民育ちなもんで。そこは許してもらえないかなあ?仲良くしようよ。この後グループ分けがどうなるかもわからないんだし、今の内から敵視するのはお勧めしないよ?」
「お前がーー」
「落ち着けって。もう二人は話すな。」
収まり掛けたかと思われたニコラスの機嫌はトニーによっていとも簡単に悪化させられた。またも立ち上がりそうなニコラスを制止し、両者の発言を止めさせる。ニコラスは完全に臍を曲げ、トニーは相変わらず笑顔でおちゃらけた返事を寄越した。本拠地への移動の最中からこの状態では先が思いやられる。
ほかに乗り合わせた者も、二人のやり取り、主にトニーの軽口に驚いた様子で硬直している。それからのバスは到着するまでの間静寂に包まれた。
三十台のオムニバスが並ぶ。そこから少し離れた場所に二百人弱の特殊能力者が整列している。マレイン・初等部本拠一棟の庭園だ。
「これで皆です。」
引率の女性が年長らしい男性に報告する。男性は返事をせずに腰を上げた。あの女性はガイダンスからここまで担当していたみたいだが、やはり彼女も指導者なのだろうか。指導者の物らしい制服を纏っているのは彼らを入れて六人だった。先の二人の他に、長身の女性が一人。穏やかそうな細身の男と小柄な男、髭を生やした気怠げな男。
年長の男は列の真ん前に来ると、まず整列者をじっくり見渡した。自分の本質まで見抜かれている様な気疎い感覚が身体を走る。その迫力からは経験の深さが感じられる。男は首の動きを止め、声を発した。
「ここへ並ぶ一六四名、マレイン、初等部八〇六期生として入籍をする事を認める。責任者のテオバルド=ハルトリッターだ。」
張り上げる素振りなど見せないが、よく通る重い声だった。
「何よりもまず特殊能力者である皆のマレイン参入に感謝したいと思う。ここへの在籍自体が世界への貢献になる。是非本登録へ向けて励んで欲しい。」
そこまで言うとハルトリッターと名乗った男は小さく頭を下げた。慌ててほかの指導者がそれに続く。余程彼の柄でない事なのだろう。
「では説明をユリウス、頼む。」
名前を呼ばれた女性は戸惑った雰囲気を見せた。引率の女性とは別の長身の方の女性だ。適任者が別に思い当たるのだろうか。少し躊躇いながらハルトリッターと位置を替えた。
「初めまして、カルリーノ=ユリウスと言います。唐突ですがマレインの活動についてガイダンスに重ね、もう一度説明させて頂きます。既知の通り出立後の特殊能力者の大半が警総轄局、軍討衛隊そして断獄署のいずれかに就労します。なので軍人としての養成が初等部在籍時の主な活動となります。これは特殊能力者に課せられた義務、マール排斥を全うする為に必要なスキルでもあります。なので排斥能力が基準に達していると認められて、漸くマレイン本登録となります。」
ユリウスはそこまで言うとハルトリッターに目を合わせた。ハルトリッターが動じぬところを見て、問題なしと受け取ったらしい。説明を続けた。
「あなた方の初等部在籍二年間、私を含め六人の教訓者が担当します。また、本日は揃っていませんが、教訓者のほかに常に二十人、補助者が交替で配備されます。しかしながら、私達の責務はあなた方の教導ではありません。」
ユリウスは真剣な顔付きで言い捨てた。
「あなた方はこれから多岐に渡る条項から、能力、価値を数値で分析され管理されます。私達の仕事は判断材料の収集です。あなた方を育むのはあなた方自身であるという事をしっかり自覚してください。とは言っても私達も、特殊能力者のスキル向上には全力を尽くしたいと思っておりますので。これから、どうぞよろしく。」
言葉を終えると彼女は目を伏せ、その後に再びハルトリッターを見やる。彼は頷き隣に立つ男へ声を掛けた。気怠げな男から始まり、教訓者達の自己紹介が始まった。彼らはピピスティーリオという種族間で音声の送受信を行う、飛行可能な小さなアヌマルを利用して拡声を行った。残りの男性三人の番を終え、最後の紹介は引率の女性だった。
「改めまして、シェルビィ=ポップルウェルです。教訓者として八〇六期生を担任させて頂きます。担当種目は定めずに全体の補佐をします。よろしくお願いします。」
彼女は挨拶を終えると一礼し、またピピスに向かって話した。
「教訓者の紹介は以上になります。明日から能力の細やかな検診を行います。その結果は初等部時代だけでなく、将来的に影響しますので真剣に取り組んでください。今日この後は荷物整理を含め休息とします。居住スペースのある主要棟邸内を案内しますので、左端を先頭にして四列のまま付いてきてください。」
シェルビィを先頭に初等部生達が歩き出す。ほかの教訓者達はオムニバスと積荷の整理や、繋がれていたエクウスの世話などの為に、各自補助者を従えて動き出した。唯一、ハルトリッターだけはシェルビィの指示の間に既に邸内へ入って行ったが。そして初等部生の一人でしかない俺は列の中の一人として、絵の中に溶け込んだ。




