無口な護衛と、月白という男
試着室だから、当然ながら姿見の鏡もある。鏡を見ると、そこには成人式以来となる和服姿の私が映っていた。
どこがどういいのかはよくわからないけれど、なんとなく朱色の色合いと模様が気に入った。
私は脱いだ覚えもないのに、なぜか手元にある、さっきまで着ていた洋服を持ち、試着室を出る。
「こんな感じになりましたが……どうですか、半之助さん……」
半之助さんは、一瞬だけ目を見開いた。
そして、すぐにいつもの表情へ戻る。
「お似合いですよ、武田殿」
そう言って、腕を組んでいた。
(半之助さん、今、無表情じゃなかったよね!?)
(私のこと、しっかり見てたよね!?)
「このままでよろしければ、お会計しちゃいますよ? 帯とか、気に入らなかったら言ってくださいね」
猫獣人のお姉さんが、明るい声で言った。
「じゃあ、このままお会計でお願いします!……でも、大丈夫ですか、半之助さん……」
「無論です」
彼は無表情のまま答えた。
猫獣人のお姉さんは、にこやかに言う。
「全部で二十五貫になります!このままお帰りいただくこともできますし、先ほどの洋服に着替えることもできますよ」
私は、ちらりと半之助さんの様子を窺った。
二十五貫って、かなりの出費ではないのだろうか?
「……できれば、このままで……」
半之助さんは、消え入りそうな声で答えた。
(半之助さん……なんか照れてる?)
私は、猫獣人のお姉さんから渡された、小さな紙のバッグに今まで着ていた洋服を詰める。
「ありがとうございました~!」
猫獣人のお姉さんは終始笑顔だった。
二十五貫もの大金を払わせてしまった。
私は申し訳なくなり、半之助さんに頭を下げる。
「二十五貫もの大金……本当にごめんなさい」
私の謝罪に、半之助さんは穏やかな声で答えた。
「武田殿が気に入ってくだされば、それで十分です。ですから、頭を上げてください」
私はゆっくりと頭を上げる。
すると、半之助さんと目が合った。
「ありがとうございます!半之助さん!」
私は明るく笑ってみせた。
すると半之助さんは、なぜか、
「……コホン」
と、小さく咳払いをした。
着物屋を離れ、私はひときわ大きな建物を見つけた。
「半之助さん、あの建物は何ですか?」
そう尋ねると、半之助さんが答える。
「あれは冒険者組合の建物です」
「冒険者組合?」
馴染みのない言葉に、頭の中が疑問符でいっぱいになる。
それを察したのか、半之助さんは説明してくれた。
「冒険者たちが集まる場所です。依頼を受けたり、報酬を受け取ったりするのも、あそこで行います」
ファンタジーでいうところの、ギルドみたいなものかな?
和風の世界に、冒険者なんて職業があるとは思わなかった。
「気のいい連中が多いですが、中には怪しい人間もおりますので、お気を付けください」
その時、その冒険者組合の建物から、狼の耳をもった銀髪の男性が出てきた。
半之助さんは顔見知りなのか、その男性に声を掛ける。
(わ、近くで見ると、この人もイケメンだ!)
「ああ、今日から相撲が始まるからな、そろそろ引き上げだ」
(相撲って、私の時代にもある、あの相撲の事?)
「お相撲好きなんですね」
私がそう言うと、彼は怪訝そうな顔をして、
「……誰だ、あんた」
と、尋ねてきた。
すると半之助さんが、
「今日来たばかりの転移者様だ。拙者が護衛をしている」
と、説明してくれた。
「あ、武田さやかです」
私は狼耳の彼に名乗る。
「……あ、そ」
彼はそれだけ言うと、背中を向け、そのまま走り去ってしまった。
(……え?)
私は呆気に取られ、走り去っていく彼の背中を見つめた。
「…私、何かしたんでしょうか?」
半之助さんは、
「いえ。変わったやつですが、仲良くなれば、いい奴ですよ」
と、彼をフォローしていた。
(「月白」…変わった人でお相撲が好き…メモメモ)
思った以上に、江戸は不思議な街だ。
江戸時代風の街並みなのに、魔法石が使われていたり、冒険者ギルドのようなものがあったりする。
お相撲もある。
魔物が出るというのも怖いけれど、少し興味がある。
「半之助さんは、魔物と戦ったりするんですか?」
興味本位で聞いてみる。
「……必要があれば、です。魔物と戦うのは本職の冒険者ですから」
半之助さんはそう答えてくれた。
「冒険者、ですか……。さっきの月白さんは、冒険者なんですか?」
気になったので聞いてみる。
「ええ。月白は冒険者ですよ。それも一流の」
半之助さんは、相変わらず無表情だ。
月白さんは一流の冒険者……。
ゲームでいうところのSS級とか、そういうことだろうか?
「それだけに、いつも危険と隣り合わせですよ。彼は」
強そうな魔物と戦っているんだ。
ゲームで言えば、中ボスくらいの魔物かな?
「凄いですね。私の世界……日本では、魔物なんていなかったので。やっぱり違う国に来たんだと実感します」
私がそう言うと、半之助さんは、
「でも、いい国ですよ。羅来国は。拙者はこの国が好きです」
と、答えた。
私は半之助さんを見て、
「私、もっとこの国を知りたいです!」
と、力強く言った。
「転移者様がそう言ってくださるのは、とても嬉しいことです」
半之助さんの口角が、わずかに上がっていた。
(喜んでくれているのかな?)




