一瞬で着替え完了!? 異世界の着物屋さん
私は焼き魚とご飯を頬張る。普通に美味しい。
豆腐の味噌汁はどうだろう。
食べてみると、豆腐だけではなくワカメも入っていた。これも美味しい。
味噌汁は母の味とよく聞くけれど、私の母は面倒くさがりだった。味噌汁はたいていインスタント食品。
だから、この味噌汁は母の味ではない。
(…お母さん…。もう会えないんだな)
美味しい味噌汁が少しだけほろ苦くなった。
「武田様、お茶をお持ちしましたよ。半之助さんの分も」
志乃さんはそう言って、私と半之助さんの前に湯呑を置いた。
「ご飯が終わりましたら、どうかお膳はそのままにしておいてください。私ども女中が片付けますので」
お膳って、この小さなテーブルのことかな?私は「はい」とだけ答えた。
食べ終わったら、片づけなくてもいい。
一人暮らしだった私には、ありがたい言葉だった。
結構、ご飯の後の片づけって面倒だし、全部やってくれるのは素直に嬉しい。
私は黙って、焼き魚にかぶりついた。
そして、ふと周りを見渡す。
ここにいる人たちは、私と同じ転移者だという。
半之助さんのように、お付きの人もいると聞いた。
でも、みんな和服姿だから、誰が転移者で、誰がお付きなのか区別がつかなかった。
その中で、三十代くらいの男性が私のところへやって来た。
「へ~。今回の転移者って、あんただったのか。随分と可愛らしい転移者じゃねえか」
その男は、私を値踏みするような下卑た視線を向けてくる。
正直、かなり気持ち悪い。すると、半之助さんが動いた。
「転移者様であろうとも、武田殿にそのような真似をなさるのは感心いたしません」
半之助さんに注意されても、男はまったく反省した様子を見せない。
「へえ、武田っていうんだ。君、可愛いねえ」
「……あの、初めまして。武田と申します」
とりあえず、礼儀だけは通しておこう。そう思って頭を下げる。
けれど内心では、早くこの場を離れたいという気持ちでいっぱいだった。
男はニヤニヤと笑いながら、さらに私との距離を詰めてきた。
「礼儀正しいねえ。転移者ってのは、大体態度がでかいもんだと思ってたが、あんたは違うんだな。ますます気に入った」
「……」
返す言葉が見つからず黙っていると、半之助さんが私と男の間に、すっと体を滑り込ませた。
今度は、先ほどよりもはっきりとした声で言う。
「畏れながら申し上げます。武田殿は此度の宴の客人にございます。それ以上近づかれるのであれば、拙者としても黙って見ているわけには参りません」
半之助さんの声には、はっきりと苛立ちが滲んでいた。
普段の無表情な姿からは想像もつかないほど、ぴりりとした空気が漂う。
男はその剣幕に一瞬たじろいだようだったが、すぐに肩をすくめて笑ってみせた。
「おいおい、そう睨むなよ。ちょっと挨拶しただけじゃねえか」
「挨拶にしては、些か無礼が過ぎるかと」
半之助さんはそう言い放つ。
男はしばらく半之助さんを睨みつけていたが、やがて「ちっ」と小さく舌打ちをすると、興味を失ったようにひらひらと手を振った。
「ま、いいさ。せいぜい大事にされてろよ、お姫様」
そう言い捨てて、男は人混みの中へと消えていった。
その背中が見えなくなったところで、半之助さんは小さく息を吐き、ようやく私の方を振り返った。
「……申し訳ございません、武田殿。不快な思いをさせてしまいました」
「い、いえ……。助けてくれてありがとうございます、半之助さん」
私がそう言うと、半之助さんは少し困ったように眉を下げた。
「あのような輩は、この場にも何人かおります。どうか、お一人での行動はお控えください」
そして、一瞬だけ言葉を区切る。
「拙者の及ぶ限り、傍でお守りいたします故」
その言葉には、社交辞令だけではない、確かな誠実さが込められているように感じられた。
私と半之助さんは昼食を終えると、食堂を出る。半之助さん、私に江戸の町を案内してくれるんだっけ。
「…あの…、服はこのままで大丈夫でしょうか?」
食堂も和服の人ばかりだった。洋服の人は私だけだった。
「では、江戸の町で服を買いましょう。今日はそのままの恰好で平気ですよ」
「でも…お金が…」
「拙者が出しておきますから、ご安心を」
(全然安心じゃない!)
「ありがとうございます!後で必ずお返しします!」
私はぺこりと頭を下げた。
「よぉ~!半之助!今日は見て行ってくれるのかい?」
声を掛けた人は耳が熊みたいな耳をしていた。
「三郎、今日はちと忙しい。また後で寄らせてもらう」
三郎と呼ばれた熊の耳の人は、
「きっとだぞ、半之助!その隣のお嬢さんも一緒に!」
と、威勢よく声を響かせた。
よく見ると、どうやら魚屋のようだ。
獣人……かな。
熊の耳だから、熊の獣人?
ずいぶんと威勢のいい人だ。
「服でしたら、この辺りの店になります」
私は目を丸くした。
江戸の町だというのに、ショーウィンドウがある。
そのショーウィンドウには、いかにも高級そうな振袖が飾られていた。
店の中に入ると、着物を掛けるための木製の台に、色とりどりの和服が並んでいる。
(うん……よくある着物のお店と一緒だ……)
「いらっしゃいませ」
今度は、猫耳の女性だ。
「お好きな服がありましたら、試着してみてくださいね~」
試着室まである!
でも、和服なんて簡単に試着できるようなものではなさそうなんだけど……。
私は成人式の時に振袖を着たけれど、ヘアサロンで予約して、着付けだけでも一時間くらいかかった気がする。
お気軽に試着と言われても……。
「こちらの小紋なんか、いかがでしょうか?普段着にいいですよ~」
猫耳の女性は、私に一着の着物を勧めてきた。
「じゃあ、この服をちょっと試着してみたいんですが」
私がそう言うと、猫獣人のお姉さんはにこりと笑った。
「では、試着室に入って、こちらの魔法石の前にお立ちください」
「……魔法石?」
言われるまま、私は試着室へ入り、置かれていた石の前に立つ。
その瞬間、淡い光が私の全身を包み込んだ。
「えっ!?」
次の瞬間。
私は、さっきまで着ていた服ではなく、美しい着物姿になっていた。
「……早っ!」
私がそう言うと、
「着付けの魔法でございます」
と、お姉さんが説明してくれた。
(何それ~~!!)




