私の存在が結界だなんて、聞いてないんですけど
「私ども羅来国の人間は、日本から来る転移者様たちのお力によって、生きながらえているのです……」
志乃さんは頭を上げないまま、そう言った。
「日本から来る転移者の力で生きている……って、どういうことですか……?」
私は涙を浮かべながら、志乃さんに問いかける。
「そのままの意味でございます。結界というものに力を注ぐ存在……それが、日本から来た転移者様なのです」
志乃さんはゆっくりと言葉を続けた。
「転移者様がこの羅来国に存在していること、そのものが結界を維持する力となっています。私たちは、その結界のおかげで生きているのです……」
私は目を丸くした。
「私たちの存在が、結界を維持する力……ですか?」
志乃さんは、静かに頷いた。
「ええ。転移者様のおかげで、羅来国は成り立っているのです。ですから羅来国側としては、せめてもの償いとして、転移者様にはこのお屋敷で生活していただき、一定のお金を賃金としてお支払いしております」
「え?!このお屋敷に居るだけで、お金がもらえるの?!」
私の言葉に、志乃さんは静かに「はい」と頷いた。
「こ、このお屋敷の賃料はどうなんですか?」
思わず聞いてしまう。
「無料ですよ。当然です」
この世界、ニート万歳な世界じゃない!
いるだけでお金ももらえて、住む場所まで確保されているなんて!
私の好奇心が、悲しさを上回ってきた。
「ええと……仕事とかは、できないんでしょうか? 私、会社で働いていたので……」
(私の性格上、ニート生活にはちょっと憧れるけど……たぶん、ずっと何もしないのはできないなあ)
志乃さんは明るい笑みを浮かべた。
「できますよ。武田様のお好きなお仕事に就いていただけます」
私は思わず、ガッツポーズをしてしまった。
「武田様が望むのであれば、お仕事の斡旋も旦那様がお引き受けいたしますよ」
「お願いします!」
私は志乃さんに頭を下げた。
「それからあと少しで昼食になります。こちらも無料ですので、お気になさらないでいっぱい食べてくださいね」
志乃さんは微笑んだ。
昼食無料…!どこまで至れり尽くせりなのだ。私が居た日本より好待遇だ。
「…あの、食事は毎日三回無料だったりします?」
気になったので、一応聞いてみる。志乃さんは明るく笑んで、
「はい。当然です。そんな贅沢なものではないですが」
日本へ帰れないと落ち込んでいた私はどこへやら。目の前のビッグウエーブに乗るしかないでしょ!
「昼食は食堂に行って食べていただきます。そちらまでご案内しますよ」
何故だろう、志乃さんが天使に見えてくる。何せ、毎日財布と計算しながら、時には切り詰めていた食費がゼロ円になるのだ。あとは、イケメンな男性がいれば…。…って、私、気が早いし!
それに現実の恋愛は苦手だ。恋愛の駆け引きとか意味が解らない。ゲームの中でなら恋愛ならいくつでも出来るんだけれど。そんなことを言っているから私は年齢=彼氏の居ない歴になっているのだ。
私、そんなに高スペックな女子じゃないし。顔=平凡、スタイル=平凡、頭脳=多分平凡…という感じだ。もう少し可愛かったら、自分に自信が持てたかもしれない。
これでも乙女ゲームでは、男性キャラ落としまくっているのにな。昨日までやっていた、乙女ゲームの『ヒト恋』で神崎隼人に何度か振られてたけれど、苦い思い出ってそれくらい。
『ヒト恋』みたいな恋愛、出来ないかな…。
志乃さんはいったん部屋を出て行った。また来てくれるのだろうか。
私は大きな本を脇にどかし、淹れてもらったお茶を飲む。
シュークリームは食べてしまったけれど、テーブルに置かれていた美味しそうなお菓子をつまんだ。
……これ、落雁じゃない?花の模様が入っていて、見た目も鮮やかだ。もしかして、高級品の落雁なのかな。
……なんだか、いつも食べているものとは味が違う気がする。
私は落雁をつまみながらお茶を飲み、先ほど脇にどかした大きな本を再び開いた。
『羅来国の通貨は、銅貨の文。一文=一円。
銀貨の貫。一貫=千円。
金貨の両。一両=十万円の価値あり』
わかりやすい!
これなら覚えやすい。
日本円に換算して書いてくれているから、すごく助かる。
信じられないくらい日本人に優しい、異世界なんだけどいいのかな?後から違いますってことはないよね。本に書かれてあるし。
その時、朝の会話が浮かんできた。
「魔物は…」
「夜になると出てきます」
「こ、怖いんですけど…」
私の言葉に、半之助さんは、
「夜に出歩かなければ、問題ありません」
…そうだ、この世界、魔物が出るんだった。そういえば半之助さんは帰ってしまったのかな?また会えたら嬉しいんだけど…。
(黒髪長髪のサムライ男子でモテる設定なんて、美味しすぎるキャラでしょ~!攻略できるとかは別で)
襖を叩く音がした。きっと志乃さんだ。私は元気よく、
「はーい!」
と、返事をした。
「武田様……随分お元気になられましたね」
志乃さんは笑みを浮かべている。
「はい~! すっかり元気です~!」
私も志乃さんに笑顔を向ける。
「では、昼食に参りましょう。武田様」
「はい!」
私が返事をすると、志乃さんは微笑んだ。
「武田様、いいお返事ですね」
そう言って、志乃さんは襖を閉めた。
板張りの廊下を歩き、三つの棟を隔てた先にある大きな部屋へやって来た。
「ここが食堂になります。転移者様や、そのお付きの方々がいらっしゃいますよ」
私は周囲をキョロキョロと見回す。
皆、小さなテーブルについて食事をしていた。ざっと見ただけでも、十人ほどはいるだろうか。
その中に、見知った顔を見つけた。
「半之助さん……!」
私が彼を見つけると、志乃さんが言った。
「半之助さんは武田様の護衛の方ですから、こちらへ入っていただきました。午後からは彼に、江戸の町を簡単に案内してもらいましょう」
そう言って、志乃さんは半之助さんの様子を窺う。
「御意」
半之助さんは短く答えた。
彼の表情は固く、相変わらず無表情だった。
「武田様、半之助さんの隣のお席にお座りください。お茶を持って参ります」
志乃さんに言われ、私は半之助さんの隣のテーブルに座る。
テーブルの上には、真っ白なご飯と焼き魚、それから豆腐の入った味噌汁が並んでいた。
半之助さんのテーブルにも、同じ昼食が並んでいる。
「半之助さん、食べないんですか?」
「……武田殿を待っていたのです」
その言葉に、私は顔が真っ赤になる。
「そ、そうですか」
そう言って、少し俯いた。
「あの、ご飯も冷めちゃいますし……食べましょう!」
私が笑顔で言うと、彼はまた無表情のまま、
「御意」
と、返してきた。
(すべての返事が『御意』なのかな……)




