推し活、はじめました
「どうも」
のれんをくぐり、お客さんが入ってきた。
「いらっしゃい~!樹さん~!」
……樹?!
あの人がピアノ弾き語りのスター、雪村樹…なの?!それとも別人なのかな…?
梅さんは、真っ先にテーブルに行く。
「ああ、今日は梅鮭定食おねがいしようかな。君、頼むね☆」
「はい!」
梅さん、目にハートマークがついているんだけど。
「梅さん、好きよね~樹」
先輩の給仕さんたちが噂している。
……やはりピアノ弾き語りのスター樹のことだろうか。
私は梅さんの嬉しそうな姿を見て思う。
(推しの力って凄いのね)
私も推せるスターがいたらいいなあ。
昔からそういう類のこと興味なかったんだけど。
梅さんも、和恵さんも、それぞれ推しがいるって、生活楽しそう。
……推しかあ。
樹さんのCDとかレコードがあれば、すぐに聴けるのだけど。
羅来国にはないって和恵さんが言っていたし。
和恵さんの好きな俳優さんの渡瀬博についても、写真じゃなく芝居が見てみたい。
インターネットがないから、動画も見れないし。
そう考えてみると、サクッとお手軽に推しを見れる状態だった現代日本より、生でしか見られない羅来国の推し活のほうが、推しへの気持ちは強くなるのかも。
遠い国になってしまった現代日本を思いながら、私はそんなことを考えていた。
「梅鮭定食、一丁、あがり!」
厨房からの声を聞き、ふっ飛んでいく梅さん。出来上がった梅鮭定食を、推しの樹さんに届けるのだろう。
私にもあんな人がいたらいいな。
「この国で一番人気のピアノ弾き語り歌手よね、樹は」
厨房の片付けをしていた先輩の給仕さんが、洗い物の手を止めずに振り返る。
「今度の金曜の夜、花麴公会堂で、弾き語りをするの。声も指も、もう芸術品よ」
「金曜日ですか?」
「……日、月、火、水、木、金、土……の金曜日ね。今日は水曜日だから、金曜日は明後日ね。羅来国ではそうなってるわよ、武田さん」
羅来国も一週間って、日本……いや私の世界と一緒なんだ。24時間だし、一年は365日だし。一緒なのは助かる。
「明後日、一緒に行く?」
先輩の誘いに、隣で伝票をまとめていた梅さんがぱっと顔を上げた。
「行く行く!わたしも行くから、一緒に見に行きましょうよ」
二人の目が、さっきまでとは違う輝き方をしている。仕事の合間の世間話とは思えないくらい、真剣な光。
「……じゃあ、お邪魔じゃなければ」
そう答えると、二人は顔を見合わせて笑った。
「お邪魔なわけないわよ。樹さんはいいわよね~」
梅さんの言葉に、胸の奥がちょっとだけくすぐったくなる。
明後日か。
「樹さんって、こう言うのよ。『みんな、僕のライブに来てくれるんだね☆ま、僕の場合はね……』」
「キャー!!」
梅さんが高い声を上げる。
「『ま、僕の場合ね…』きましたー!!」
梅さんと先輩の給仕さんが盛り上がっている。私は何の事だかわからず、ぼうっとしている。
もう一人の先輩の給仕さんが、
「あ、あの言葉樹の決まり台詞みたいなもんなのよ。盛り上がっちゃってるけど……」
と、教えてくれた。
「……はあ……」
……推しの世界は奥が深い。
「ほら、ほら、あなたたち、仕事、仕事!」
竹子さんが苦笑しながら言う。竹子さんもこういうノリわかってるんだな。
私も勉強しなきゃ。
そう話していると、店内にいた本人の樹さんが手を挙げている。
ものすごい勢いで梅さんがテーブルに行く。
「お勘定、お願い☆」
「はい、680文になります!」
「じゃ、1貫で頼むよ☆」
「はい、320文のお返しになります!」
……確か、1貫は、日本円にすると千円くらいだったはず。
樹さんは立ち上がって、投げキッスをする。
……うわあ。
濃すぎるんですけど、キャラクター。
「ありがとうございましたー!!」
梅さんは丁寧にお辞儀をしている。
「またおいでくださいー!」
梅さんの言葉に、樹さんは手を振って去っていく。
「カッコいいよねー、樹~!」
もう一人の先輩が言っている。
「……そうですね」
人の好みは千差万別……とはいうけれど。
うーん。私には、濃すぎるキャラっていう印象しかないんだけど……。
そういえば、和恵さんが「樹さんはイケメン枠ではない」って言ってたな。
本人を目の前にして、失礼かもだけど、私には月白さんの方がカッコいいと思うんだけどな。
イケメンの寡黙な獣人キャラ、いいじゃない!
(きっと、攻略キャラなのよ、月白さんは……!)
「もう朝十一の半よ。忙しくなるわよ~!」
竹子さんが腕をたくしあげる。お昼のラッシュが始まるんだ。
「みんな、今日の日替わりは生姜焼き定食よ!」
竹子さんが給仕全員に言う。
ガラッ。
「いらっしゃいませ!」
ガラッ。
「いらっしゃいませ!」
次々に入ってくるお客さん。給仕全員で、注文取りに行く。
「今日の日替わりにして」
「はい。日替わりですね」
私も次々と、お客さんの注文を取っていく。
思った以上に忙しい。四人も給仕がいるのに、それでも追いつかない。
私が不慣れということもあるけれど。




