↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

異世界の身支度 ―化粧品と着付け石―

 服装、服装。

 今日の服装、よ。


 今、食堂に行ったら志乃さんに会えるかな。志乃さんじゃなくてもいい。

 羅来国の常識がない私に、誰か教えてほしい。



 そう思ったら居ても立ってもいられなくなった私は、食堂に来てしまった。

あ、千代さんがいる!私は千代さんに声を掛けた。


「千代さん、私今日、『飯屋・藤』に仕事の話をしに行くんですけど、何を着て行ったらいいですか?」


 千代さんはにこやかに微笑んで、

「そうですね、特に決まりはないですけど、派手すぎない和服がいいと思いますよ」

と、答えてくれた。


「和服は昨日着ていた服しかないんですが、あれで大丈夫ですか?」

 半之助さんが買ってくれた朱色の小紋だ。私には、和服はあれしかない。まあ、洋服も昨日着ていた服しか持ち合わせていないんだけど。


「あの小紋の服なら大丈夫ですよ。武田様似合ってましたし、ばっちりです」

 千代さんは太鼓判を押してくれた。

「良かった…」

 私はホッと胸をなでおろした。


「着付けには昨日お風呂の時に差し上げました、着付けの魔法石を使ってください。一瞬で着替えられますから」


 はっ!

 そうだった、千代さんから着付けの魔法石もらってたんだった。

 私の身の回り、魔法石だらけになってきてるな。羅来国の人じゃ普通なのかな。


 時告げ石でしょ、灯りの石、それと着付けの魔法石……。小さな石ばかりだが、それぞれ特化した高性能な魔法石だ。

 羅来国の人はそれを上手く使って生活している。日本じゃ考えられない事ばかりだ。


「そういえば、志乃さんからお化粧品の話は出ましたか?」

 千代さんの言葉に、私は目を白黒させた。

「いえ…特には…」


 羅来国の人も化粧するんだ!

 江戸時代にも化粧はあったみたいだったし、あってもおかしくはないけれど。


「『飯屋・藤』に行かれるのでしたら、お化粧はしていた方がいいと思います…」

 千代さんが言ってくれたけど、私はまさか異世界に来ると思ってなかったし、すっぴんで買い物に行って、化粧道具はアパートの方に置きっぱなしだ。羅来国から帰れない以上、私に化粧品はない。


「化粧品の持ち合わせがないんですけど…」

 千代さんに素直に打ち明けたら、千代さんは、

「私が使ってるものでよかったら、お貸ししますよ。今日町に出たら自分用のを買ってきてくださいな。『飯屋・藤』で働かれるのであれば、必須ですよ」


 千代さんに念を押され、私は脳内にメモした。

(町に出たら、自分用の化粧品を買うこと…メモメモ)


「千代さんの化粧品ってどこにありますか?」

 千代さんは私の顔をじっと見つめて、こう言った。


「武田様はまだお若いから、白粉おしろいはさほど必要ないですね、口にべにだけで十分です。だったら私より若い女中のを借りた方が良さそうですね。若い女中なら今、流行りの色とかも知ってますから」


(…つまり、ファンデーション入らないけど、口紅はつけていけってことよね?)


 千代さんは、食堂の奥に声をかけた。


「はい~何でしょう~千代さん」

瑞枝みずえ、武田様に紅を貸してあげてちょうだいな。武田様は午後から『飯屋・藤』に行かれるから」


 瑞枝と呼ばれた若い女中さんは、多分、見たところ私とあまり変わらないくらいの年齢の女性だった。


「はい、喜んで!」

と、言った。


「私の化粧用品とかは女中部屋にあるので、一緒に行きましょう、武田様」

 瑞枝さんはそう言って、私の手を引っ張る。


「これこれ、瑞枝、武田様びっくりしておられるから、ゆっくり行きなさいな」

 千代さんが、そう言ってくれて助かった。


 瑞枝さんに案内され、女中部屋へと向かった。廊下を歩きながら、瑞枝さんは楽しそうに話しかけてくる。


「武田様、こちらのお屋敷にはいつからいらっしゃるんですか?」

「まだ来たばかりなんです。今日で……二日目、かな」

「そうなんですね!それじゃあ、まだ右も左も分からない感じですよね。私も最初はそうでした」


 そう言いながら、瑞枝さんは廊下の角を曲がり、小さな引き戸の前で立ち止まった。


「ここが女中部屋です。散らかってますけど、どうぞ」


 戸を開けると、六畳ほどの部屋には、畳んだ布団が積まれ、隅には鏡台がひとつ置かれていた。鏡台の上には、小さな紅の容器や、白粉の刷毛などがきちんと並べられている。


「さ、座ってください。今、良さそうな色を選びますから」


 瑞枝さんは鏡台の引き出しをがさごそと探り、いくつかの紅の容器を取り出して並べた。


「これなんてどうでしょう。今、流行っている色なんですよ。少し明るめの紅で」


 そう言って、瑞枝さんは小指の先に紅を取り、私の唇にそっと乗せようとする。


「あ、あの、自分でできます……!」


 慌てて紅の容器を受け取ろうとすると、瑞枝さんはくすくすと笑った。


「あら、遠慮しないでください。せっかくですから、私にやらせてくださいな。武田様のお顔、よく見せてください」


 有無を言わさぬ様子で、瑞枝さんは私の顎に軽く手を添えると、顔を近づけてくる。至近距離で見つめられ、なんだか落ち着かない気持ちになった。


「……武田様って、肌がお綺麗ですね。羨ましいです」

「そ、そうですか?」

「はい。千代さんが仰った通り、白粉なんて要りませんよ。この紅だけで、十分お綺麗になります」


 丁寧に紅を塗り終えると、瑞枝さんは満足そうに頷いて、鏡を差し出してきた。


「ほら、見てください」


 鏡に映った自分の唇には、上品な色の紅がのっている。いつもの自分とは、少し違って見えた。


「……ありがとうございます、瑞枝さん」

「いえいえ!お役に立てて嬉しいです。『飯屋・藤』にお出かけなんですよね?楽しんできてくださいね」

「いえ…仕事の話をしに行くだけなんですけど…」

「それでも、『飯屋・藤』は有名店ですから、色んな有名人が来ますよ!私なら、喜んで行っちゃうな~」


 瑞枝さんは楽しそうだ。


「じゃ、樹とかいう人とかも来ますか?」

 何気に気になってる有名人、『樹』。彼女なら知っているだろう。

「樹をご存知なんですね!『雪村樹』は大人気のピアノ弾き語りのスターですよ!」


 ピアノ弾き語り?

 羅来国にはピアノがあるの?

 それだけで目を丸くする私。


「『飯屋・藤』にも来てると思いますよ!樹は有名人ですからね~。私も見てみたいな~!」

 瑞枝さんはうっとりしている。私にはよくわからないが、有名人を思うってそういうことなのだろう。


(恋とは違う、憧れみたいなものかな…?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。