時告げ石と羅来国の朝
襖を叩く音が聞こえた。私は「はーい」と、返事をする。
「失礼いたします」
襖をあけて、お辞儀をしたのは、志乃さんだった。
「おはようございます!志乃さん!」
私は元気よく挨拶をする。
「武田様、おはようございます。お元気そうで何よりです…って、あらっ」
志乃さんは、きれいに畳まれた布団を見て驚いていた。
「私が片付けますのに……」
と、言って畳んだ布団を押し入れに仕舞っていた。
「いいんですよ。起きて何もやることなかったですし」
私は志乃さんに言う。
「働き者ですね、武田様は」
そう言って、志乃さんは笑った。
「昨日、お渡しするのを忘れてたのですが…」
そう言って、志乃さんは銀色に光る石を私に渡す。
…また、魔法石?
「これは『時告げ石』といって、指定した時間になると音で知らせてくれる道具です。武田様が指定した時間になると、音で知らせてくれる道具です」
時計みたいなものかな。
「試しに、朝七つと言ってみてください」
志乃さんに言われ、私は渡された石に向かって「朝七つ」と、言う。
カランカラン。
ベルのような音が石から聞こえてきた。しかも時間が経つにつれ、音が大きくなっていく。
「音を止める時は、手を叩いてください」
私は一回手を叩く。すると、ぴたりと音が止んだ。
…便利。目覚まし時計にぴったりだ。
「羅来国は、朝一つから十一まで、昼は零から六つまで、夜は七つから零まであるのです。詳しくは『転移者のための読本』に書いてありますから、読んでみてください」
そんな時間の呼び方なんだ。午後、午前じゃないのか。後で本読んでおこう。
「それと、この石に向かって、「今の時間は?」って言うと、石が時間を告げますよ」
志乃さんは親切に教えてくれた。私は早速試してみる。
「今の時間は?」
「朝七つ半」
「……朝七つ半ですね。八つより半刻ほど前になります」
凄い、石が喋った!さすが魔法石…。
「高級なものは、『時報石』と言って、文字盤がある魔法石です。それは裕福な方や役所等で使われています。時告げ石よりも正確な時間がわかると言いますね」
「『時告げ石』に『時報石』ですか…便利ですね」
「生活雑貨店で、時告げ石をはめ込んだ『時告げの腕輪』が売っていますよ。そんなにお高いものではなかったと思います」
そんなものがあったんだ!生活雑貨店、色々見たのに気づかなかった。見つけてたら、半之助さんに時間の事とか教えてもらえたかもしれないのにな。
「そろそろ朝食になります。私と一緒に食堂へ行きましょう」
志乃さんはそう言うと、出入り口の襖をそっと開ける。私は志乃さんの後をついていく。
初の羅来国での朝食。
今朝のメニューは何だろう。私は廊下を歩きながら、朝食のことをあれこれ考えた。
(トーストとハムエッグとかはないだろうな…)
食堂についた。志乃さんは「また後で」と、言って去っていく。女中頭だ、忙しいのだろう。
私は空いているお膳のところに行って座る。
今回のメニューは、白いご飯と納豆、焼き魚、生卵に豆腐とワカメのお味噌汁だ。夕べはコロッケを二個食べたくらいだったから、久しぶりに健康的で理想的な食事になっている。
今までのテキトーな食事が嘘のようだ。こんな生活を続けていたら、会社の健康診断ばっちりだ。
…もう帰れないけれど…。
(一緒に働いていた、同僚や先輩の顔が浮かんでくる…もう会えないんだ…)
私は首を左右に振り、雑念を払う。朝から感傷にひたっていられない。
(私は、羅来国の転移者、武田さやかとして生きていくんだ!)
そう自分に言い聞かせながら、私は朝食を食べ進めた。
「ごちそうさまでした~」
「おはようございます、田中さん!」
私は田中さんに挨拶をする。田中さんは、
「おはよう、武田さん。ねえ、ねえ…日本じゃまだSMAPとか元気に活躍してるの?」
いきなり…。
私は芸能人とか疎いからよく解らないけど…お母さんが好きだった気がする。
「もう解散しましたよ、私が小さい頃だったと思います」
そう言うと、田中さんはショックだったらしく、がっくりと肩を落としていた。
「私、キムタクのファンだったのよ…あ~…ショック……」
芸能音痴な私でも、キムタクはわかる。顔も声も浮かんでくる。
「そうなんですね。かっこいいですよね、キムタク」
って、私が言ったら、田中さんは「でしょ、でしょ!」と、迫ってきた。
私にはキムタクよりも『ヒト恋』で何回も攻略に失敗した神崎隼人の方が気になるけど…。
それにキムタクより、半之助さんの方が…って、なんで半之助さんが頭の中によぎるのよ!
ま、半之助さんは長髪イケメンなのは認めるけど。私は顔が勝手に赤くなった。
「…どうしたの武田さん?」
田中さんに言われて、私は、
「な、何でもないです!」
と、ぶるぶると首を振った。
半之助さんは私のボディガードなんだから、その辺はしっかり意識しなきゃ!
私は田中さんと食堂で別れ、部屋に戻った。
芸能人か…昨日、甘味処で会った女性二人は樹がどうとか話してたっけ。
私は興味ないな、今のところ。
まだ羅来国初心者の私には、そこまで追いつけないというのが正しいかな。時間の事も志乃さんに言われるまで知らなかったし。
もっと羅来国のこと知ったら違うのかもしれないけれど。
それには、この大きな冊子、『転移者のための読本』を読まなければ。私はたった数ページしか読んでいない。
まだ頭の中には、通貨と時間のことくらいしか入っていない。便利な魔法石には頻繁に会ったけど。
『羅来国には春夏秋冬があり、一年は365日、ないしは366日(四年に一度)』
羅来国も日本と同じように一年は365日なんだ。四年に一度のうるう年かな?きっと二月は29日あるのだろう。この部屋にカレンダーはないから確認しようもないけど。
春夏秋冬もあるというのも日本と同じだ、わかりやすい。
『羅来国の時間は朝一つ~十一、昼は零~六つ、夜は七つ~零と時間の区分が別れている。一時間は60分、半刻は30分を表す。
時告げ石は大まかな時間を把握でき、時報石は文字盤があり、細かな時刻を伝えることができる』
これは志乃さんが言っていたとおり。一時間は60分だとは初めて知ったけれど。時間感覚は日本と同様でいいのね。時告げ石と時報石の説明はだいたい志乃さんに教わったけれど、思っていたとおりだった。
『羅来国の便所は全て水洗。浄化の魔法石で処理するため、日本にあった水道、下水道ははない』
これ、地味にびっくりしたのよね…。江戸風なのに、水洗トイレ!って思った。さすがにウォシュレットとかはなかったけど、それでも水洗なのはありがたい。水道みたいなところに触るだけで水が出てくるんだから。




