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念話石と、最後のコロッケ

「では、旦那様、そろそろ…」

 志乃さんが言うと、続いて旦那様が言う。

「そうじゃな。また明日じゃ」

 私に手を振る。なんか旦那様親しみやすくていい人みたい。羅来国に来て良かったかも。


「武田様、お部屋の方までお送りしますよ」

 志乃さんは出入り口の襖に手を置く。私は立ち上がり、

「明日よろしくお願いします!」

と、言って旦那様にお辞儀をする。


「いい娘さんじゃな、武田様は」

 旦那様に言われ、少し私は照れる。


「では、旦那様、また後ほど」

 志乃さんはそう言って、襖を開ける。私は部屋を出る時もお辞儀をして、廊下に出る。



「武田様は本当にいいお嬢さんですね。これから来る転移者様のよきお手本になります」

 志乃さんにまで言われ、私は頭をかく。


 そうだ、気になっていた連絡の話を志乃さんに聞こう。


「半之助さんに連絡ってどうやってするんですか?」


 志乃さんは真っ黒で平らな石を持ち、

「この魔法石…『念話石ねんわいし』で連絡するんですよ。連絡したい相手を念じながら、『もしもし…』って」


 …携帯電話じゃない!

 魔法石、恐るべし。


「あの、その魔法石って私も買えますか?」

 私は、興味本位で聞いてみる。志乃さんは首を左右に振る。


「残念ながら、この念話石はかなり高価で手に入りにくいですね。役人や一部の商人、役所や冒険者組合等で持っているくらいで、なかなか一般の人には行き渡ってないです」

「じゃ、半之助さんは…?」

「あの方は移転者様を守るお役人様ですから、国が与えているのですよ」


 志乃さんの答えに、私は頷いた。

 半之助さんは公務員なんだな。

 私みたいな転移者を守るための。


(半之助さんは職業、役人で私のボディガード。なるほどね)


「国から借りている物なのですよ。転移者様の屋敷に三つある念話石のうち、一つを私が預かっているのです」


(ふむふむ、念話石は高価でなかなか買えないレアなもの…と、メモメモ)


「この石が欲しくて、危険な依頼ばかりを引き受けている冒険者になる人も居るくらいですから」

そんなお宝みたいな扱いなんだ、念話石。

 私もあったら便利かなと思ったけど、諦めよう。


 そんな話をしているうちに、私は部屋に戻ってきた。


 部屋に入るなり、志乃さんが言った。

「灯りをつけたいときは、ここにある『灯りの石』に命じてください。消したいときも同じように命じれば大丈夫ですよ」


 魔法石、電灯にもなるのね…。便利すぎて言葉が出ない。


「では、武田様。お布団を敷かせていただきますね」

 志乃さんはそう言って、部屋の押し入れに入っていた布団を出し、きれいに整えていた。

 私はずっとベッドだったから、布団で寝るのがおばあちゃん家以来だ。


 …そうか。

 私、異世界に来ちゃったからおばあちゃんとも会えないんだな…。


「武田様、どうかしましたか?」

 私がぼんやりしていたことに、志乃さんが気づいてしまった。

 私は、首を何度か横に振って、

「何でもないです!」

と、言って笑ってみせた。



 志乃さんは布団を敷き終わると、立ち上がった。


「では、そろそろ失礼しますね。武田様、おやすみなさいませ」

 そう言って、深く頭を下げる。

 女中頭らしい、凛とした佇まいだった。

 私もお辞儀をして、志乃さんを見送った。


 ……は!


 そういえば、スーパーで買ったお惣菜のコロッケがあったんだっけ。

 夕飯を食べた後だから、太るかもしれない。

 けれど、ここでコロッケを見過ごすことはできない。

 シュークリームは明日まで持ちそうだけど、コロッケは持たないかもしれない。


 私の人生で、最後のコロッケになるかもしれない。

 ここは無理にでも食べておかなくては。

 私はトートバッグからコロッケを取り出し、思い出に浸りながら食べる。


 もう、あのスーパーにも行けない。

 せっかく作ったポイントカードも使えない。

 『ひと恋』の神崎隼人の水着姿も拝めない。

 乙女ゲームを掛け持ちしてプレイしていたのに……。


 圏外と表示されているスマホの画面を見ながら、ふとセンチメンタルな気分になる。


 羅来国は思ったより楽しくて、便利で面白いところだ。

 だけど、もう戻れない現代日本のことを思い出すと、やっぱり悲しかった。


(せめて神崎隼人、落としたかったな……)



 コロッケも食べ終わったし、そろそろ寝よう。

 明日は午後から『飯屋・藤』に行く。楽しみだけど、緊張する。


 そういえば、今何時なんだろう。

 この部屋には時計がないし、スマホは使えないし…。


(ま、最悪きっと志乃さんが起こしてくれるだろう…)


 そうだ、半之助さんが買ってくれた髪飾りを明日つけていこう。きっと半之助さん無表情でも喜んでくれるよね?


 私はそんなことを考えながら、眠りに落ちていった。



 窓から朝の光が差し込む。

 私は疲れていたのか、ぐっすりと眠ってしまった。普段なら、スマホの目覚まし音で目を覚ますが、今日は普通に起きられた。


 私は布団から起き上がり背伸びをする。浴衣で寝るのはまだ慣れないが、きっと着ていくうちに慣れていくだろう。

 窓には、きっちりとガラスがはめられていた。


 …江戸風なのに、この辺現代と混ざっててカオスなことになっている。転移者が伝えた技術なのかもしれないけれど、便利といえば便利。

 そもそも日本に窓ガラスが一般化したのっていつなんだろう?スマホが使えれば、グーグルとかAIに聞けるんだけど。


 さすがにインターネットとかAIはないよね。その代わり魔法石がえぐいほど浸透してるけど。


 …羅来国って知れば知るほどおかしなことになってて、興味深い。


 正確な時間はわからないけど、朝なのだろう。

 私は、おばあちゃん家で習ったように、布団を畳む。

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