キモい
【口は災いの元】と言います。
何気なく言ったひと言が、巡りめぐって、自身の元へ不幸となって帰ってくる……そういう事は今の時代も、何処にでも転がっている物です。
【因果応報】、そういう言い方も言えますなァ。
これは、私の先輩の怪談師の方から聞いた、ある悪口によって身を滅ぼした、そんなお話ーー
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私の先輩は、とある怪談BARで働いているのですが、その日はあまりお客様がおらず、カウンターでBARのマスターと、適当に話をしていたのだそうです。
ですが、閉店の時刻が近づき、人のいなくなった店内を見て、仕方ない、今日は早じまいだと、店を閉めようとした、その時です。
ガシャンッ!
と、店の扉が勢いよく開けられ、誰かが飛び込んできました。
驚いて見てみると、そこには大柄な、いかにも柄の悪そうな若い男性が立っていました。
「おい! ここオカルトとか怪談の店だろ!? 霊能者とかそういう奴いるだろ! 頼むから助けてくれ!!」
店に入ってくるなりそうまくし立てるものですから、これには先輩もBARのマスターも、みな面食らいました。
ですが、よく見れば男性の顔色は青く、身体はガタガタと小刻みに震えています。
「なぁ、おい!」
「落ち着いてください。とりあえず、こちらに座って……」
そう言って先輩は男性をカウンターに座らせ、マスターもお水を出して落ち着くのを待ちました。
そうして、しばらく様子を見て、落ち着いたのを確認すると、
「一体どうしたんですか?」と、優しく聞いてみました。
すると、男性ーータカシさん(仮名)は、震えながらポツポツと、語り出しました。
ーーーーー
タカシさんは、まぁ見た目の通り柄の悪い、俗にいう不良青年でございました。
体格が大きく、力も強い。
地元の不良仲間ーー特に、タカシさんと親友のシュンヤさん(仮名)や、タカシさんの彼女のアケミさん(仮名)とつるんで、ケンカやカツアゲなど、やりたい放題していたんだそうでございます。
「おい、アイツ見ろよ、キモっ!」
「ほんとだ、マジキモいんですけど!」
そんなタカシさんたちーー特に彼女のアケミさんが、よく道行く人や気に入らない人に、聞こえよがしに悪口を言っていたのだそうです。それをタカシさんもシュンヤさんも窘めるでもなく一緒になって大きな声で、わざと聞こえるように言って笑っていたのだそうです。
「キッモ!」
「うわマジキッモ!」
ええ、まぁ、ろくでもない話です。
ーーところが、そんなある日の夕方。
「キモ……」
タカシさんが一人で、駅前のスクランブル交差点をを歩いていたときの事です。
ふと、目の前を歩いていた、サラリーマン風の男が、すれ違い様に、タカシさんに向かってボソリとそう呟いた。
(あ、なんだ? 今、おれの事言ったのか?)
「ーーおいっ!」
タカシさんはカッとなって振り向き、声をあげましたが、男はもう人混みの中へ消えて、どちらへ行ったかのわからない。
いや、そもそも、どんな顔立ちだったかも、あまり覚えていません。
なんともいえない苛立ちから、思わず、タカシさんは舌打ちした。
「チッ!」
するとーー、
「キモい……」
「キモいよね……」
「あ?」
すれ違った女子高校生2人が、タカシさんを見て笑いながら、ヒソヒソと囁いた。
思わずカッとなる。
おいっ! とまた声を荒げて詰め寄ろうとした。
ところが、
「キモい……」
「……キモいわ」
今度は、すぐ側を歩いている親子連れがそう言った。そちらを向いてみる。すると今度は、また別の方向からも。
「キモい」
「……キモ」
右を向いても「キモい」、左を向いても「キモい」。
一人二人じゃない。
道行くサラリーマンや、ベビーカーを押す主婦、連れ立って歩く老夫婦や子どもに至るまで、交差点にいる何十人もの人々が、みなタカシさんに向かい、淡々と、まるで壊れた機械のように同じ言葉を繰り返してくる。
「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」
「な、なんなんだ……なんなんだよッ!!」
そのあまりに異様な光景に、普段強がっているタカシさんも思わず面食らったそうでございます。
踵を返し、全速力でその場から逃げ出した。
しかし、それでも、「キモい」という言葉は周囲から聞こえてくる。
「キモい」「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」 「キモい」
「なんなんだよォ!!」
その後、なんとか周囲に人がいない場所まで逃げ出したタカシさんは、自身のスマホに、アケミさんやシュンヤさんから連絡がきている事に気付いた。
連絡してみれば、二人もまた、自身と同じような事が起こっているらしい。
これは明らかにおかしい。そう思い、何かの病気かもしれないと、三人で病院へ行ってみたんだそうでございますが、検査は【異常なし】。その後いくつかの病院を回ってみましたが、みな結果は同じ。なんの病気でもないとされました。
……ですが、聞こえてくる声は、未だ消えず。
最後に藁にもすがる思いで、地元でも有名な、ある占い師の元を訪ねました。
薄暗い、何かの香が焚かれた小さな部屋。入って早々、占い師の老婆は、三人を見て声をあげた。
「帰れ! この口の悪いクソガキどもめ!!」
「な、いきなりなにを……!!」
「黙れ! お前たちが悪口を言ったからだろう!? “それ”に「キモい」と!! 目を付けられたのは自業自得だ! うちではどうする事も出来ない!! わかったら帰れ! 帰れぇえッッ!!」
気が狂ったように叫び続ける占い師の老婆に、タカシさんたちは気圧され、その場を退散せざるを得なかったそうでございます。
最後の頼みの綱が途絶えた、それから、わずか二日後ーー
出かけていたタカシさんの元に、警察から、シュンヤさんが亡くなったと連絡が届いた。
「ーーうるせぇ! “キモい”“キモい”って、うるせぇ、うるせぇ、うるせぇえええッ!!」
警察が言うには、シュンヤさんはそう叫びながら線路の上に飛び出し、そのまま電車に轢かれて亡くなったのだそうでございます。
警察が連絡してきたのは、最後に連絡をとり会っていたのがタカシさんたちで、何か知っているんじゃないかという、半ば、疑いのものだったそうでございます。そして、その電話の際でも……
「知りま、せん……」
「そうですか……では失礼します……“キモい”」
最後に聞こえたその言葉とシュンヤさんの死に、タカシさんは全身の血がサッと引くのを感じたそうでございます。
失意と絶望のまま、アケミさんと同棲しているアパートへと帰る。
あれ以来、家の中に引きこもっているアケミさんに、この事をなんて伝えようと考えながら、ガチャリと、玄関の扉を開けると、部屋の奥から、
ブスッ……ブスッ……
という、何かを刺すような音が聞こえてくる。
おそるおそる、タカシさんが部屋の中を覗いてみると、そこには、
「……うるさい……うるさい、うるさい……」
髪を振り乱し、お気に入りのぬいぐるみに何度も何度も鋏を突き立てながら、うるさいと呪詛のように呟く、アケミさんの姿があった。
あまりの光景に、タカシさんは思わず呆然としていましたが、すぐ正気に戻って、
「アケミ、何やってんだよ!」
と、慌てて駆け寄り、鋏を持つアケミさんの手を止めようとします。
すると、アケミさんは血走った目で、
「タカシ……みんな、みんなうるさいの……わたしの事……みんな、みんな! わたしの事『キモいキモい』って! みんなみんなうるさいのぉッ!!」
そう言って、子どものように泣き叫びながら、タカシさんに抱きついてきたんだそうでございます。
震えるアケミさんの体を、タカシさんは優しく抱きしめ、そして、宥めようとした、その時です。
「……キモい」
タカシさんの口から、ポツリとそんな言葉が出てきた。
「……え?」
アケミさんが泣くのを止め、タカシさんの目を凝視した。タカシさんもまた、自身の口から出た言葉に、驚いた。やがて、
「あ、あ、あ……あああああああーーーーッ!!!」
アケミさんが狂ったような声をあげ、タカシさんの腕を振り切り、手に持った鋏を、自身の耳へと突き刺した。
繰り返し、何度も何度も。
アケミさんが手を振る度、鋏から血が飛び散り、血がゴボゴボと耳からこぼれ落ちた。
「あッーー! あッーー! ああッーー!!」
「う、あ、うわああああああッ!!!」
それを見てタカシさん、アケミさんを置いて、そのまま一人逃げ出したのだそうでございます。
もうアイツはダメだ、助からない、次は自分だと、まるで後ろから追ってくる何かから、必死に逃げるように。
ーーーー
そうして、狂ったように街を彷徨い、最後に見つけたのが、私の先輩がいる怪談BARだったという訳で。
「アケミが……何度も何度も耳を……オレは悪くない!! オレは何にもしてない!! なぁあんた!! あんたもおかしいと思うだろ!!?」
「ええ……まぁ……」
「だいたいおかしいだろう! ちょっと悪口言ってただけだろう!? 誰だって言ってるじゃないか!! アイツはキモい、とか、コイツキモいとかなんとか!! ふざけんじゃねぇよ! そもそもキモい奴が悪いんだろうが! 第一、言ってたのはアケミで、オレは軽くノッただけだ! なんでオレがこんな目に合うんだ、おかしいだろうが!!?」
いつしかヒートアップしたのか、タカシさんは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、捲し立てるように先輩にそう叫んだそうでございます。
ですがね、私の先輩も曲がりなりにも怪談“BAR”なんてところにいる者ですから、そういった修羅場に慣れている。ですから、タカシさんの話を聞きつつ、内心はこう思っていたそうです。
(嘘くさい……大方、コイツらがヤクかなにかキメて、変な幻覚でも見たか、派手な痴話喧嘩の言い訳に、オカルトめいた大ボラ吹いてんだろう……関わり合わないのが一番だ)
と、ハナからタカシさんの話を、ウソっぱちだと疑ってかかっていた。
ちらりと視線を送れば、BARのマスターも同じ意見だったようで、警察に連絡しようと、そのまま店の奥へ行った。
「ーーなぁ、あんたもそう思うだろ!? なあ!!」
そうしていると、ますますヒートアップしたタカシさんがさらにグイッと上半身を前に屈ませ詰め寄るように近づいてきた。
「オレは悪くない、よなあ!?」
「ああ、はぁ……」
とにかく、警察がくるまでの間は時間稼ぎをしなくてはならない。とにかくこの場は穏便に済ませようと、適当に先輩が言葉をかけようとした、その時です。
なんの前触れもなく、ただ自然と、喉の奥から、ズルリと、声が出た。
「……キモい……えっ?」
それは、間違いなく、先輩の口から出た声でした。
ですが当然、先輩はそんな事を言うつもりはまったくございません。
ごく当たり前に出た言葉に、先輩は先ほど聞いた、自身がウソっぱちだと疑った怪談を思いだし、背中の奥に冷たい氷を入れられたかのように感じた。
しかし、タカシさんはそれ以上だったようでーー
「あ、あ……うあああああああっーー!!!」
顔面を恐怖に歪ませ、タカシさんは悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちた。
「な、ちょっ……」
「うわああああっ!!」
先輩が思わず駆け寄ろうとしたが、それを見てタカシさんはますます悲鳴を上げ、地面から這うようにして立ち上がった。そしてそのまま店のドアへと走り、蹴破るようにして出ていった。
騒動を聞きつけ、奥に引っ込んでいたマスターが顔を出してくるが、時すでに遅し。
タカシさんの姿はもう、夜の街へ消えていた。
その数日後、先輩の耳にあるニュースが届きました。近くのアパートで、若い女性が自身の耳に鋏を何度も突き刺して自殺しているのが発見されたというのです。
あの夜、ウソっぱちだと疑っていたタカシさんの話が、【本当にあった事】だったと知って、自身が体験した事実も合わせて、先輩は改めて血の気が引く思いだったと言います。
ーーですが、それより恐ろしかったのは、タカシさんの死因です。
そのニュースを知ってから、さらにその数日後に、警察から、タカシさんの死を伝えられたのだそうです。
なんでも彼は、郊外にある廃墟の中で亡くなっているのを、地域の人が偶然発見したそうですが……その遺体の様子が、凄惨極まるものだったそうで。
耳を抑え、全身を縮こまるようにしたタカシさんの顔からは、眼球が今にもこぼれ落ちそうなほど飛び出し、自らの耳を覆おうとした指からは爪が剥がれ落ち、頭皮に肉が食い込んでいたのだそうでございます。
死因は、いわゆる【ショック死】。何か、恐ろしい何かがあったことによるものだそうでございます。
一体、彼の身に何があったのか。占い師の言っていた「“それ”」とは何だったのかは、今となっては誰にも分かりません。
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何気なく他人に吐き捨てた悪口が巡り巡って、恐ろしい“何か”を連れて帰ってきた。そう考えるとこのお話は、口から出た“災い”そのもののお話かもしれません。
ーー皆さまは、軽はずみな気持ちで悪口を言っていませんか?
でしたら、気をつけて下さい。“災い”はあなたの口から外に出るのを、今か今かと待ち構えているのですから……。
お付き合いいただき、誠にありがとうございます。
さて、気になる第四話は、二日後の【7月4日20時10分】に更新させていただきます。
それまで皆さま、どうぞお口元から何かこぼれぬよう、お静かにお待ちくださいませ。




