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幸田露伴「あがりがま」現代語勝手訳(19)

 其 十九


 どれだけ言い聞かせても、諭しても全く聞き入れない我が子の剛情さに弱り果て、次には脅迫(おど)し、叱って(とど)めようとするけれど、自分が死ねば必ず後を追って死ぬと決意している様子を顔に(あらわ)し、一毫(すこし)も言うことをきかないので、これ以上はもう、どうしようもないと、おこのは(つい)に根負けして、

「それ程お前が一緒に死ぬと、我を通すのであれば、私はもう気持ちを(かえ)しました。死にはしません。もともと私が身を捨てようとしたのは、お前を思ってのこと。そのお前に死なれては私の苦心も全く甲斐がないというもの。どんな苦労も切なさも、お前の身には代えられません。私は現世(このよ)に今もう少し残って、我が身の(ごう)が尽きるまで苦を受けようと決めました。もう、どれ程辛くても、決して私は忌まわしい考えなどを起こさないから、お前も行く末長い身をむざむざ捨てようなどとは夢にも思わずいておくれ」と言えば、ようやく安心した顔をして、

「母様さえいて下されば、榮はどこにも行きません。いくら一日働いても、また色々と苛められても辛抱し通して大人になって、きっと稼いで母様に沢山(たんと)孝行いたします」と、涙の中に悦びを少し浮かべるその様子は、時雨(しぐ)れる片手に樹間(このま)から陽射しが洩れたようであった。


 しかし、眼前(めさき)(つか)えている勇造の一件はどうするのか。死を思い(とど)まると同時に、そのことがおこのの胸を撃つ。榮太郎も同じこと。二人は一度(ひとたび)死から出て来たものの、又新たに死に入るような気持ちに襲われ、互いに言葉を出せなかった。 

 が、幼い智恵のあらん限り尽くして、榮太郎は口を開いた。

「母様、心配しないで下さい。榮が好いことを考えつきました。過般(このあいだ)(ねえ)(さん)のところから来たお手紙に、あの(ねえ)(さん)のご主人というのはお慈悲の深いごく好い方だと書いてあったとのことなら、私は明日、千住(せんじゅ)とかいうところへ行って、(ねえ)(さん)に会って訳を話し、(ねえ)(さん)と二人で一生懸命そのご主人にお願いしてお金銭(かね)を貸してもらって来ましょう。それより他に方法はありません。そうしたらきっと若干(いくら)かのお金銭(かね)(ねえ)(さん)が借りて下さることが出来るのではないかと私は思っています。母様もご心配にならないで下さい。一日かければ(いっ)(かえ)ることは簡単なところだと聞いていますので、知らないところでも尋ねて行ったら行けるでしょう。明日は早くむすびを持って私が出掛けて、帰路(かえり)には紙幣(おかね)を持って参ります」と、さも得意げに言い出せば、母はまたぞろ、我が娘に苦労を掛けることになると気は進まないが、百計尽き、これより他に道は無いので、覚束(おぼつか)ないことだとは分かっていても、万一(もしかして)ということがあるかも知れないと、『分かりました』を口にする前に、了解の意をまず(おもて)に表した。


つづく

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