幸田露伴「あがりがま」現代語勝手訳(17)
其 十七
「アア、繰り返しても果の無い愚痴、言えば言う程悲しいばかりで何の役にも立たないこと。もう止めましょう、止めましょう。夜も更けました。お前は又明日の労働もある身体、しっかり寝ておかないと毒になります。心配してくれるのは嬉しいけれど、あまり気を揉んでもらっては劫って私がお前を心配する。ナニ、訳はない、少しの金銭、私が何とか工面して、あの憎らしい勇造めの呆れた顔を見てやるつもり。ちょっと心当たりがあるので、今から手紙を書きます。お前は構わず先にお休みなさい。起きていられては劫って私の気持ちが散って困ります。……まあそう言わずに寝なさい。遠慮は要らない。そして、又いらぬ心配をしなくてもいい」と、無理に我が子を寝させて置いて、おこのは小さい燈の下で、誰へ宛てての手紙かは分からないが、筆をとりあげて書き始めた。
貧苦の中で日を送りながらも、歳以上に利発な榮太郎、今年は十三になっており、母が涙しながら語る長物語を聞いた後、どうして直ぐに眠ることなどできようか。広くもない室の隅に夜具を敷いて横にはなったが、昼間六三の女房から聞いた我が家の往時の様子、今日だけでなく、幾度となく話をされていた母の江戸に住んで居た頃の栄華の有り様を思うにつけ、今の貧しさが口惜しく、
『ああ、色々な悪い奴がいなかったなら、こんな辛い目ばかりには遭わないものを。母様があれ程お悔しがられるのも、悪い奴のせい。姉様と一緒に居られないのも他のせい。今頃、姉様はどんな苦しいことをしておられるのか、人の話では、奉公は悲しい辛いものと聞く。きっとやっぱり泣いて泣いて、母様のところへ来たい、自己にも会いたいと思っておられるのだろうが、ああ、会いたくても話をしたくても、それも出来ず。エエ、たった一人の自己の姉様とさえ一緒に居られないというのも、やっぱり金銭が無いからか。悪党に騙されて家が貧乏になったからか。勇造の畜生は大悪徒。宗安め、彼奴も悪徒だ。話に聞いた鈴鹿屋という奴は元より悪徒の大将、皆悪徒、悪い奴だ。なぜ悪徒が多いのだろう。長福寺の和尚も、ムム、あれも他の金ばかり取るから悪徒に違いない。村一番の学者の銀南、あれも法螺吹き爺だから悪徒に違いない。皆金銭のある家の子には優しくして、我のような貧乏人には、落ちた椎の実を拾ってさえ、過般も散々叱りくさった。畜生、悪徒、駄目だ駄目だ、自己は生きていても苛められるばかりだ。母様も苛められるばかり。姉様もそうだ。お父様も苛められて死んでしまったのだ。ああ、自己はいいが、母様が可哀想だ。姉様が可哀想だ。他家の奴は皆悪徒で、人を苛めて、そしていい衣類を着て美味いものを食って、吾家のものは皆善い人で、人に苛められて、そしておまけに自己なんかは悪徒の子どもにまで、ボロを着ているから汚いだの、雑食(*米に他の穀物や野菜、海藻などを混ぜて炊いた飯)だから力は無いだろうなどと笑われる。つまらない、生きていてもどうなる。死んだら死んだ先には何も無いだろう。睡たようなものなら死んだ方が好い。自己は死のう、母様はどうされる。母様も死ねば好い。姉様も死ねば好い。久兵衛爺がくれるといった今年孵化たあの綺麗な可愛い雄鶏も、もういらなくなった。可愛いけれど仕方がない。一昨日、吾家の周囲へ残らずそら豆を蒔いて、実が出来たら母様にあげてと思ったのも無益になった』と、あれやこれや訳もなく思い続けて、眼は閉じているが、心は寝ず、やがてそっと細眼を開けて、母はどうしているのかと見ていると、手紙を書き終えて静かに座を立とうとしているところであった。特に訳はないけれども見られてはいけないと、又眼を閉じると、音のしないように立ち上がって、仮の仏壇としている棚に手紙を置いて、又静かに坐られる様子。その後なんの気配もしないので、しばらくして又薄眼で見ると、仰ぎながら涙を払って、今こちらの方に向こうとされる様子。知らない振りをして、元のように眠る態を粧っていると、そんなことだとはお分かりにならず、枕ごと我が頭を抱いて、頬接などをされたのだろう、氷のように冷たいものが頬に触ると同時に、涙と思われる熱雨が注がれた。ハッとして、思わず抱きつこうとする間もなく、音を立てないようにその場を離れ、抜き足を早めて戸外の方へ行ってしまおうとされる様子。こんな夜更けにこの有り様はただ事ではないと、頭髪に猛火がつく思いがして、起きるが早いか、追い縋り、
「母様、榮も連れて行って」と。
つづく




