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幸田露伴「あがりがま」現代語勝手訳(12)

 其 十二


 歳はと言えば十四歳、体格はと言えば太く逞しい方ではない。容貌(きりょう)は美しいけれど力は乏しく、頭脳は明晰であっても経験がないので、どれ程貧に馴れ、世に揉まれたとしても、まだ一人前とは言い難い。しかし、村第一の家柄の末裔(まつえい)であり、村第一の美女の子である。村第一の不幸(ふしあわせ)の者であり、村第一の孝行者である。又、村第一の美少年だと言われて、人々の憐れみも深く、(おもい)も厚くかかって、これで済むことなら、(あれ)に一升の米なり、一貫の銭を取らせてやれと誰からも可愛がられている。一日も遊ぶ日などない榮太郎、父親とは死別し、野良仕事のできないか弱い母と二人きりなので、幼いながら一生懸命働く甲斐甲斐しさ。素足に乱髪、どこもかしこも埃まみれとなって汗拭く間もなく()せ廻る姿を見ては、(よそ)の女でさえ、子どもがいる者はその心根がいじらしいと大抵袖を濡らすのであった。


 今日は亡き父の丁度四十九日。落ちぶれ果てていなければ、本来はこんな風にすべきなのだと昨夜(ゆうべ)母から聞いたので、(こと)(さら)未明から起き出して、野の花を幾枝か、又、木実を幾顆(いくつ)か、形だけではあるが仏壇に供えて、墓へも参って落ち葉も綺麗に(はら)い、その後は直ぐに以前から頼まれていた六三(ろくぞう)爺のところへ行っての大働き。朝から日が暮れるまで女房のお(かや)(ばば)と一緒に並んで、(いね)(こき)の前で、腰が痛くなる辛い仕事をしていた。時々、お萱婆から、自分の家は往時(むかし)栄え富んでいたこと、自分の母は往時(むかし)は天人ほど美しくて、鳳凰(ほうおう)ほどの立派な衣裳(きもの)も着たことがあったこと、母が江戸から持って来たという象牙の内裏(だいり)(びな)には、ある年の桃の節句、お萱をはじめ、村中の女達が仰天(ぎょうてん)して驚いたこと、自分の姉のお須磨も自分も五歳、六歳の頃までは美しい着物を着て、花より綺麗に、玉より光り輝いて育ったこと、自分の父は村第一の善人だったことなどを聞かされて、全部(すべて)全部(すべて)真実(ほんとう)だとは思わないが、そう聞かされると、どこか浮き浮きして往時(むかし)が恋しく、それが又、どういう訳で台所には片耳しかない鍋、(かか)(さま)の頭には端の欠けた木の櫛しかないようになってしまったのか、どうしても納得が行かなかった。しかし、それをことさらに問い(ただ)すこともせず、仕事がすべて終わり、約束通り米一升の外に、お萱から味噌漬け大根の真っ黒なのを二本もらって、躍り上がるほど悦び、(しいな)(*殻だけで、中に実のない(もみ))が散ったところだけが未だ暮れ残っている地面に頭をつけて、『又どうかお手伝いさせて下さいませ』と、言葉を残して帰って行く。帰りながら、『きっと(かか)(さま)が待っているだろう』と自然の足も早歩きとなって、家を目指し戻る道の左には庚申塚(こうしんづか)(*村境などの路傍に青面金剛(しようめんこんごう)(まつ)る塚)も見えた。ここからは畦道で僅か一町、早くも家の中も同然と、闇を探って家に着き、

「母様、ただ今帰りました」と言うが、まるで返事がない。


(かか)(さま)(えい)が戻りました。母様、母様、母様」と、段々と声を大きくして呼ぶけれども、さらに答は返ってこない。真っ暗なのに燈火(あかり)は無い。胸は(たちま)(つづみ)のように()つ。悲しい声して又一ト声、「母様」と呼ぶが、なおも答無し。付け木を探して()へ手をかざすと爐の火はすべて種も無くなっている。身体は忽ち寒さを覚えた。ようやくにしてマッチに火を点けたけれど、(へや)の中には紡車(いとぐるま)が淋しく静かに残っているだけで、仏壇に供えていた僅かな木実は、誰が食ったのか、その種やら芯やらがそこいらに散乱しているだけで、他に変わったところもない。

 茫然として燈火(あかり)を手に、振り返ってみると、そこにはただ自分の影が破れた壁に(はげ)しく震え動いているだけであった。


つづく

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