第43話 彼女は招かれる③
今回、残酷描写ありです。
苦手な方、ご注意ください。
私はキラキラと浮かび上がってきた選択肢を前に、しばらく考え込ました。
状況的に、ルーファスがわざわざ訪ねてきたのは、先日の騒動に関してだと想像が容易く出来ます。
このわずかな期間で、どういった状況に発展したのか、興味が無いと言えば嘘になるどころか、すっごく気になる。
ですが。
ルーシェリカさんの身になって考えるとですよ。
長距離を競歩移動で踏破して探索。
大半はジェラールが倒したとはいえ、キラービィの巣ごと駆除した際には若干及ばなかったですけど、それに近い数の敵と遭遇して度重なる戦闘を繰り返した一日なのです。
よ~く考えなくたって、かなり疲れていますね。
それを考慮してしまうと、私の好奇心優先であっさり決断していいのでしょうか?
うーん……
この疲労が、ステータス面で何らかのマイナスな影響を及ぼす可能性が充分ありそうで不安ですけど。ルーシェリカさんだって、ご主人様の手を煩わせた某子爵の近況を知りたいと思っていますからね。
やっぱり、ここは『ルーファスから詳細を聞く』をタッチ!
「ルーファス。手伝いが必要なのは先日の子爵の件でしょう?」
「そういうこと」
「あのね。『刈り』ってだけだと分かりにくいから。詳しく話してちょうだい」
「だいたいは想像付くんじゃないか?」
ルーファスに聞き返されて。ルーシェリカさんは頷いて肯定しましたが、口を尖らせました。
「……それはそうだけどね。私が耳にしている情報は最低限で、一日以上経っているの。まだ、子爵の身柄がどういう処理をされているのかとか、分かっていないことの方が多い状態なのよ」
「まぁ、そうだな。お前はお前で自分に任された仕事の方が優先だろうし」
「……偶然ご主人様のところに顔を出さなければ、今回の事件を知るのですら随分と後になってからだったと思うわ。
いいから、さっさと最新情報を教えて。あの子爵の処分はまだ終わっていないの?」
「ハイハイ、分かったよ……今回の騒動を引き起こした当人は、とっくにカーティスの御元にいるぞ」
カーティス様の司っていらっしゃる現象を考えると、その傍に居る=既に死んでいるよということで。
「……時期的に、怪しいと思われないかしら?」
「その点は大丈夫だ。日課の乗馬中に落馬して首の骨を折った――明らかに事故死としか思われないよう処分したからな。姫様に表立って疑惑が向かうことはない」
やっぱり、某子爵の死がご主人様に都合が良いと思われて、影で少しは噂はされるということですね。
それに――落馬事故に見せかけたって、どうやったんでしょう?
事前に馬の方へ何か投与した?
ですが、馬の方に薬物で細工する場合だと、馬の異変からおかしいと考えた人間に暗殺と気付かれる可能性が高まりますし……私には想像つかないような方法でしょう。
第一、その道のプロに近いルーファスが、ドヤ顔で大丈夫だと言ってますから、相当バレないという自信がある手段を取ったのでしょうね。
具体的な方法がどんな感じだったのか気になりますけど、とりあえず納得しておきます。
「それじゃあ、当人以外の処理に私の手伝いが欲しいということ?」
「ああ。実は去年亡くなった先代の時から、子爵家とこっそり繋がりがある犯罪組織があってさ。
代替わりから数年しか経ってない若い当主が、後継者が定まらないまんま突然死んだから、今は引き継ぎ作業にやたら忙しい状況だろう?
そうやってゴタゴタしている隙に、素早くその組織を潰して、交流がある証拠を拝借する。で、それを子爵家を粛清させて没落させるのに役立てるんだよ。姫様の手を煩わせた愚者なんか育てた責任を取らせなきゃな」
微笑んでそう言うルーファスの眼は、全然笑っていませんでした。
怖っ!
「で、だ。物証であれ証言であれ、証拠を握らなきゃいけないだろ。単に潰すだけなら俺1人で十分なんだけど、そうはいかない。
こういう場合、一緒に行動すると便利なカーティスの加護を得ている人間って、ウチの陣営にはお前くらいしかいないからな」
当然、手伝ってくれるよな。
ルーファスは、ルーシェリカさんからYES以外の返事があるとカケラも思ってない様子です。
「そういうことだったの。分かったわ、今から?」
「そ。首を刈るのは早ければ早い方が良い」
ルーファスの言う『かり』は、首刈り=暗殺行動の意だったようです。
選択肢が浮かぶことなく、ルーシェリカさんはあっさりと了承しました。
ルーシェリカさんの心証からして、断るはずがありませんよね。ヤキ入れたがってましたから。
「コレを着ろ。お前は姫様にとっては表側の忠実な部下だからな。後ろ暗いことやってるのがバレると厄介だ」
ルーファスはそう言って、何処からか取り出した黒い布を、ルーシェリカさんに手渡しました。
広げてみたところ、フード付きのマントです。
北国であるこのレイニドールでは、今の季節は春とはいえ、夜は冷えるので着用している人間は少なくありません。コレを着ることで、人目を惹くことはないでしょう。
『ルーシェリカは、ミラージュマントを手に入れた』
ピローン!
効果音が鳴り響き、天の声が降ってきました。
ただのマントではなく、れっきとした装備アイテムだったようです。
変装しますか?
はい
いいえ
浮かび上がる選択肢に、速攻で私は『はい』を突っつきました。
現在所持しているアイテムのうち、変装に使えるアイテムは
ミラージュマント、謎の仮面の2つです。
使用するアイテムを2度押ししてください。
当然、私は両方のアイテムを2度押ししましたよ。変装するんですから、しっかりしないと。
……謎の仮面ってアレですよね。
最初の周、ルーファスが残していった周回引き継ぎの特殊アイテム。
入手方法を考えると釈然としないんですが、使ってこそ道具ですし。
ちょっと微妙な私がいましたが、事情を知らないルーシェリカさんは躊躇することなく変装道具を装備します。
あ、仮面はまだつけずに袋の中に入れてましたよ。
今から仮面なんてつけて移動したら、余計な注目浴びちゃいますからね。
「それじゃ、行くぞ」
ばさぁっ! と、茶色のマントを翻し、先導するように歩き出したルーファス(仮面未装着)の後を追って、ルーシェリカさんが自室から出た瞬間。
ピローン!
効果音と共に、天の声が再び響き渡りました。
『ルーファスが一時的にパーティメンバーに入ります』
なんとなく、PTインではなく同行者扱いだと勝手に思いこんでいたので、私は少しばかり驚きました。
そんな私を置いて、ステータスが浮かび上がります。
ルーファス・シリス(21)
レベル22
HP2611/2611
MP977/977
称号 ナタリー王女付き侍従長
属性・光
状態・健康
戦闘スキル 小剣A
長剣A(MAX)
暗器S(MAX)
光魔法B(MAX)
高速詠唱C
先制攻撃C
急所攻撃C
必殺攻撃B
連続攻撃B
二刀流B
隠形A
投擲B
緊急離脱B
一般スキル 侍従A
暗殺者A
薬物知識A
採取C
調合B
残りスキルポイント0P
所持金 なし
装備 鋼のショートソード+1
ミスリルソード+1
(攻撃力25%UP)
チャクラム
黒の貫頭衣
ミラージュマント+1
(俊敏25%UP)
白の仮面+1
銀のロケット+1
(魔法防御力25%UP)
仕込みブーツ+1
(消音付与)
持ち物 鋼糸
麻痺針/毒針
丸薬(致死毒)
爆薬(液体)/小型爆弾/煙玉
霧吹き香水瓶(麻痺薬入り)
匂い袋(辛子粉末/胡椒)
ルーファスは、護衛官の役割を兼ねているタイプの使用人だったようです。
エドガー様(レベル48)と比べると半分以下ですが、それだと比較対象が悪過ぎる。
ロゼやジェラールよりレベル的に上なので、充分強キャラです。
ルーファスのステータスって、称号の方に暗殺者って付かないのが不思議なくらいのものですね。
そうなった経緯を除外して素直に見てみると、ルーシェリカさんをより物理攻撃に特化させたスキル持ちです。
……急所攻撃でなく、必殺攻撃の方がスキルレベル高いってとこが、更に薄暗い背景事情を浮かび上がらせている気がひしひしと。
というか、属性が光?!
めちゃめちゃ後ろ暗い、光のイメージに合わないことを日常的にやってるようですけど、光と昼、生命の女神の教義的に大丈夫なのでしょうか?
ちょっとそこまで。
そう言ったルーファスの言葉は違わず、彼の向かった先は王都の郊外でした。
住宅街から外れていますし、周囲にヒト気はないですが、何でこんな所にと言うほど人里から離れてはいません。
こじんまりとしたセンスのいいお屋敷で、ちょっとした別荘といった感じに見えます。まさか此処が犯罪組織のアジトであるとは、一見して思えない場所ですね。
お屋敷の中はランプの光で明るく照らされ、玄関前には見張りらしき人物が2名佇んでいて、無人ではないということが見てとれます。
移動しているうちに、時間は夕方から夜へと移り変わり――犯罪組織のアジトらしき場所へ辿り着いた頃には、とっぷりと陽が落ちていて。闇にまぎれた行動をするのに、ちょうどいい感じの時間帯でした。
「待機するぞ。こっちだ」
お屋敷から見て死角になる木立の影へ、ルーファスに連れられて、そそくさと隠れました。
うっかり誰かに見つかった場合は、いちゃついているバカップルの振りをして誤魔化すそうです。
見つからないことを祈りましょう。
それから。
幸運に恵まれ、誰ひとり通行人のこない状態で、どれくらい時間が経過したことでしょうか?
お屋敷内の明かりが全て消えた時、待機中、ずっと無言だったルーファスが仮面で顔を隠し、音を立てずに歩き出しました。
無音ですが、素早いです。
その後を、仮面を被ったルーシェリカさんが、やはり静かに追いかけます。
夜の闇の中、灯りを所持することなく近づいてくる2つの人影。それに気付いた見張りの1人が声を上げようとした、その瞬間。
前方を行くルーファスの姿が、残像すら発生するほどの急激過ぎる加速をしたかと思うと、ほぼ同時に見張り2名の咽喉が掻き切られ、勢いよく鮮やかな紅い血飛沫が周囲に飛び散りました。
遅ればせながら、何か声を上げようとしたのでしょうか?
その場に崩れ落ちた見張りの片方が口を動かしていますが、声にならずにひゅうひゅうと空気の抜ける音が響くだけです。
だんだんと見張りの眼から光が消えていく様子を見ていながら、何故でしょう?
私の心に、たった今起こった殺人に対する恐怖や嫌悪といった感情が浮かぶことはありませんでした。
おそらく、最初にモンスターを倒した時と同じなのでしょう。
現実感が全然ないのです。
だから、湧き上がるはずの感情がなんら浮かばない。
冷えた夜の気温や微かな風、吐きそうになるほどの濃厚な血の匂いすら体感しておきながら、テレビごしに映画を見ているようにその光景を捉えている。
最初のモンスターの時は夢だと考えていたので、まだ衝撃がないのは納得出来たのですけど。
コレはおかしいです。
もしかすると、もしかして。
私が精神的に壊れないようにと、生き物の死に接する時などの強いストレスにさらされた場合、無慈悲にして無垢なる混沌の手によって、私の感情は封じ込められているのかもしれません。
かの存在にとって、私が壊れてしまっては憑依させた甲斐がなくなってしまいますから。
ピローン!
『ルーシェリカ達は用心棒2人との戦闘にを勝利した。
ルーシェリカは8、ルーファスは50の経験値を手に入れた』
……やっぱり、人相手でも経験値は手に入るようですね。さすがにドロップ品は無いようですけど。
ルーファスは倒れ伏した見張りを、建物の影になる茂みの中にズルズルと引きずっていき、そこへ無造作に放置すると玄関に向かいました。
どうやら、正面の扉から堂々と侵入する気のようです。
静かな屋敷の中を無音で闊歩すること、しばらく。
寝付けないのか仕事が残っていたのか、廊下を歩いていて出くわした数名は。例外なく、ルーファスの手によってカーティス神の元に送られました。
1度だけ、2人連れだったからか、ルーシェリカさんが強烈な眠気をもたらす闇魔法<招夢>を飛ばして片方を無力化させたくらいで、ほぼ出番はありません。
まぁ。
私にとっては、出番が無くて良かったのですけど。
別にルーファス1人でよかったのでは?――と、考えてしまうのは仕方がないことなのでしょう。
お屋敷の見取り図を入手していたのか、ルーファスはすいすいと進んで行き――地下室の入口に辿り着きました。
「ルーシェリカ。2秒でいい。中に居る人間を確実に無力化してくれ。情報源がほしい。確実に生け捕りにする必要があるからな」
ひそひそと。極限まで音量を落とした吐息だけの言葉で、ルーファスが提案してきました。
どうやら、私的に無くてよかったルーシェリカさんの出番が来たようです。
また断定口調。出来ないというのは通用しませんね。
ルーファスは瞬殺を得意としていても、生け捕りは苦手の様子。
生け捕るなら、<招夢>より<影縛>ですね。転倒した際、後頭部強打でうっかり死なれてはいけないパターンですし。
この内部に、いったい何人居るかは分からないですけど、今から侵入するのは地下室です。
入口を塞いだ場合、相当な大声でなければ気付かれにくいでしょうから、多少叫ばれたところで大丈夫でしょう。
「……じゃ、行くぞ」
地下室は資料倉庫でした。
倉庫番の2人だけでしたから、楽勝。
同僚が血の海に沈んでいくのを見ながら、自分は身動き出来ないことに気付いた倉庫番の中年男性の顔は、恐怖に引き攣っていました。
中年男性は、突進したルーシェリカさんに腹パンされ、崩れ落ちたところに背後に回ったルーファスのスリーパーホールドで気絶。
猿轡+鋼糸でグルグルにされた姿で床に転がされて、2人が倉庫を漁っている最中、ずっと放置されていました。
これから彼を待っている残酷描写グロ注意であろう未来を考えると、哀れでしかありません。
「よし! やっぱりあったな」
ルーファスは、黒革のファイル片手に歓声を上げました。
すっごく機嫌の良さそうな声です。
「さて。物証も手に入ったし。そろそろ帰るぞ」
そのまま帰るかと思いきや、玄関まで来るとルーファスは小脇に担いでいた証人(気絶中)を床に下ろし、立ち止まりました。
「さてと。俺は後始末が残ってるから、お前は先に帰っていいぞ。それとも、手伝ってくれるか?」
ルーファスを手伝う
先に帰る
私は選択肢を前にして、ルーファスを凝視しました。
この1時間余で複数の命を刈り取った犯人とは思えない穏やかな様子で、ルーシェリカさんの返事を待っています。
返り血すら浴びない速攻で終わらせていたので、犯人という確実な証拠はなし。
屋敷に侵入してから、ずっと仮面を被っているせいもあって、どんな表情をしているのか分かりません。
……後始末って、まさか。
嫌な予感しかしなかったので、私は『先に帰る』を連打する勢いでタッチしました。




