第40話 彼女は立ち寄る②
もうちょっと投稿する間を詰めていきたいです。
人除けのためでしょう。
ルーシェリカさんが出入り口のドアに木の閂を下ろしました。
鍵じゃなくて閂なのは、通常、貴族が立ち寄らない場所だからですかね?
「お姉様。ちょうど休憩しようとお茶を淹れたところでしたの。どうぞ、おかけになって」
現時点で何かを盛られる心配はまったく無いのですが、ミレイ嬢がお茶を淹れてくれるという言葉にざわざわと不安感が湧き上がります。
経験がある私と違って、ルーシェリカさんには何かを盛られるかもしれないという警戒心は無いのでしょう。
頷くと、朝のミーティングで使っているテーブルにつきました。
「話、長くなりそうなの?」
「いいえ。それほど長い話ではありません。根は単純なことですもの」
あ。ミレイ嬢が用意してくれたのは紅茶です。
メイド技能の基本の1つであるお茶を淹れる動作は、練習に練習を重ねたのか慣れていて、危うげなところはありませんでした。
紅茶と一緒に、木の実っぽいものを生地に混ぜて焼いた、マフィンに似た茶菓子がついてきます。
ミレイ嬢は自分の分の紅茶も用意し終えると、カップを手にしてルーシェリカさんの隣の椅子に腰を下ろしました。
「今回、起こった事件のそもそもの原因を突き詰めると、暴走した愚か者が慕っている第1王妃殿下にあるのですわ」
事件、ですか。
そこからして穏やかじゃないですね。
「第1王妃殿下が、いまだ導師シュダァを良く思っておいでではないこと、お姉様も知っておいでですね」
「ええ。ご主人様が第1王妃殿下をお嫌いな原因のひとつだもの」
シュダァ様はその体質故に、王位継承権争いの本流から外れています。
第1王妃様が、娘であるご主人様を王位につけたいと思っているかどうかは分かりませんが、もし国母となるのを切望していたとしても、シュダァ様はそれほど障害と認識されるような位置にはいらっしゃらない。
なので、ライバルとして敵視しているから――ではなさそうですね。
ミレイ嬢は『いまだに』って言ってますから、明確な理由があって敵視しているのでしょうけど。
「では導師シュダァまでも、この件に関わっているの?」
「いいえ、お姉様。導師シュダァは遠因であって、ご本人が関わっていらっしゃるわけではありませんわ」
ミレイ嬢はフルフルと首を横に振り、ふうっと1つ溜め息をつきました。
美少女の憂い顔って、非常に絵になりますね。
「簡単にいえば、とってもくだらない言いがかりが発展した事件ですのよ。
だからこそ余計に、ナタリー王女殿下の心中を察するとお労しくてなりません。そのくだらない言いがかりのために、血の海を創り出さなくてはならないような事態になってしまいましたから。畏れ多いことですけど、もし仮に、わたくしが同じような立場に置かれたのだとしたら……馬鹿馬鹿しくてやってられませんわ」
「……そんなに?」
「はい。お姉様」
ミレイ嬢は大きく頷くと、右の頬を自分の右手で添えるように触れ、また溜め息を吐きました。
その大きな琥珀色の双眸には、くっきりと同情の色が浮かんでいます。
わずかに首を傾げたルーシェリカさんに、ミレイ嬢は疲れたような声で語りました。
「……昨日の昼過ぎことですわ。
子爵位にある某貴族に命じられた文官が、ある名の通った薬師に、個人的な依頼と良い話があるから今すぐ一緒に来るようにと言伝ましたの。
休憩中とはいえ、薬師側の事情はまるっきり無視の、一方的な要求でしたからでしょう。当然ですが、薬師はその場で要求をきっぱりと断ってその文官を追い払ったそうです。これは多数目撃者がいましたので、事実であるという確認が取れています」
んん?
昨日は、12日のことですね。
ミレイ嬢の話にある名の通った薬師って、もしかしてジェラールですか?
変人って評判らしいですが、薬作りの腕は認められていますし。
実際に私、ちょっと思い当たる出来事があります。
3週目ではないので確実にそうだと言える自信はありませんけど、2週目の12日前後の昼のこと。
ちょうどジェラールに会いに行ったのがその時間帯だったのですが、その時血相を変えた文官が彼から逃げていました。
その時はてっきり、新薬の実験台を迫って逃げられたのだとばかり思っていましたが……あとでメモ帳を確認してみましょうかね。
「その結果を知らされた某子爵は、逆上したのですわ。
もともと成り上がりの三代目で、周囲からはちやほや甘やかされて育った、お世辞にも人格者とは言えない愚か者と専ら評判だった貴族でしたの。子爵当主の自分よりも身分が下であるのに――あ、相手である薬師も下級貴族出身ですのよ――従わない人間がいるということに、我慢出来なかったのでしょう。短気というのも有名でしたもの。
身の程知らずを充分に思い知らせてから連れて来いと、無頼の輩のようなことを自分の使用人に命じて――昨夜、強盗と誘拐紛いな命令を忠実に実行しようとした者が、ものの見事に返り討ちにされたのです。
最悪なことに。その現場には、絵具作成に必要な薬品を受け取りに立ち寄った、ある絵師も居合わせてしまいました」
……やっぱり、ジェラールっぽいですね。
男爵家出身ですし、二度目の採取の際には何故かレベルUPしてましたから。
ジェラールがその薬師なら、絵師はカミルでしょうか?
「……厄介なことですけど。その絵師は、第3王妃殿下のご実家――ミュシュルー伯爵家に縁ある商家の次男坊ですの。腕は確かですけど、あの若さで宮廷つきになれたのは縁故あってのことですし、個人的に付き合いもあったからでしょうね。絵師は、自分が巻き込まれかけた襲撃の背景の調査をミハイル王子殿下に申し出て……短時間で調べ上げられて、早朝、ナタリー王女殿下に伝わったということですわ」
なるほど。それで、ミハイル王子に借りを作った――と。
そういえば。
最初の遭遇イベントの時、ミハイル王子、カミル(行き倒れ中)のことを普通に名前で呼び掛けてましたね。
ミハイル王子に会った二度とも、ルーシェリカさんは名前で呼ばれてないです。つまり、役職ではなく、名前を呼ぶ程度に個人的な交流があるということ。
引き立ててくれたという恩義を感じている可能性も高いです。
ほぼ間違いなく、カミルはミハイル王子陣営に身を置いているのでしょう。
「……お姉様も重々承知していることでしょうけど、元々、王宮仕えの医師と薬師という地位にある者は、その職務上、王以外の特定の人間に従うことを原則として禁じられています。いくら身分の差があっても、今回のように断ることはまったく問題行為に当たりません。非常識は、貴族の方ですわ」
まあ、そうですね。
王宮の医療関係者が特定の貴族に良いようにされてしまうと、国王様を始めとした王家筋の人間の寿命がマッハでヤバい状況になりかねません。
だからこそ念押しするために、わざわざ定期的にシュダァ様が、自らの依頼を不特定多数の目がある場所で断らせているのでしょう。
アレ?
ということは、最初に出てきた第1王妃様の話って、もしかして。
「そこまでの強硬手段まで使って、どんな大層な目的があるのかと考えますわよね?
ですが、そうではありませんでした。腹立たしいことに、自分の依頼を引き受けさせて断られ続けているシュダァ様の面子を間接的に潰し、第1王妃殿下に誉めていただきたかった――と、いうお粗末過ぎる答えでしたの」
「…………どれだけお頭がお花畑なのよ。その貴族」
まったくもって、同感です。
仮に上手くいったとしても、面子を潰された形のシュダァ様が大人しく黙っているとでも思っていたのでしょうか?
「ええ。きっと、頭の中に法律や常識ではなく、おが屑でも詰まっているのですわ」
馬鹿貴族を扱き下ろす美少女2人の声をBGMに。
私は、あることを思いついてしまいました。
2週目のジェラールって――襲撃された翌日に襲撃相手の陣営に属するルーシェリカさんに笑顔で接して、更に翌日は2人で釣りに出かけたんですよ。
ルーシェリカさんを信用していたのか、それとも、その段階でご主人様とミハイル王子で話がついていたために、カミルから情報を受け取っていなかっただけなのか。
普段と変わりない様子だったので、全然おかしいと思わなかったのです。
私も、ルーシェリカさんも。
ジェラールが事情を知っていたとしたら、相当なポーカーフェイスですね。
その後。
ルーシェリカさんは、しばらくミレイ嬢と一緒にご主人様の心痛を憂いていましたが。
聞くべきことは聞き終わっていたからでしょう。
紅茶が温くなる前に話を終えると、職場を後にして自室に戻りました。
自由行動が出来るようになったので、メモ帳を確認してみると、やっぱりそれらしい場面に私は居合わせていました。
12日昼にジェラールへ会いに行っています。
「図鑑に載ってるかしら?」
私は呟きながら、机に近づいて『図鑑を見る』を選択しました。
まず、人物図鑑の目次をチェックします。
残念ながら、目的の人物名は載っていません。
名前を知っていても、直接あったことがないからでしょうか?
単に、サブキャラ的なポジションにもない――と、作成者である無慈悲にして無垢なる混沌が判断したせいなのかもしれませんね。
私は棚に人物図鑑を戻すと、今度は用語図鑑の方をチェックすることにしました。
パラパラとページを手繰り、『第1王妃アンジェラ』の項目を探します。
「――あ。あった」
取り上げられているのは十数行だけでしたが、ちゃんと私の知りたいことであるシュダァ様を嫌いな理由、載ってましたよ。
ミュシュルー南部戦の戦場に出たシュダァ様の配下に、イネスタ王女時代の親しかったご友人達の血縁を殺されたから――ですって。
納得は出来ますが、イマイチ王家の人間としてどうよと思ってしまう理由だと感じました。
だって、戦争中のことですよ。
シュダァ様の配下の手にかかったそのイネスタのご友人の血族だって、理由が何であれレイニドールへの侵略行為に参加して、おそらくレイニドールの兵士達を殺しているのです。
もしかして、イネスタ側の方に正義があるのかな。
そう思った私は、ミュシュルー南部戦のことを調べてみました。
結果。
そもそも、ミュシュルー南部戦が勃発したのは、鉱山資源と豊かな土地を欲しがったイネスタ側からの侵略だそうです。
不意打ちで攻め込んだイネスタは、あっという間にミュシュルー地方の半分を侵略しました。
ですが、上手く行ったのは最初だけで、すぐにミュシュルーの領主を始めとしたレイニドール軍との激突があり。じわじわと手に入れた土地も奪還され、発生から3年が経過した頃には、イネスタが支配している場所は金の鉱脈2つとその周辺の3つの市街までに削がれていたそうです。
そこに来て、イネスタは戦争の落とし所を探し出して何度か停戦の申し出を送ってきたもようですが、レイニドールは拒絶しました。
レイニドール側とすると、元々自国のものなのです。
全て取り返したいと思うでしょうから、相当な理由がない限り諦めませんよね。
膠着状態になって士気が下がり始めた頃、シュダァ様が出陣。
当時第3王子という身分的に、シュダァ様が前線に立つことは無かったでしょう。
おそらく、レイニドール王国側としてシュダァ様の出陣に踏み切った目的は、士気向上ですね。
若い直系王族で本来なら神に仕えていたはずの人物という、この上なく一般兵の士気向上に向いてそうな人選ですし。
実際、それからレイニドール側の勢いが上昇、半年後にはイネスタの完全撤退を条件に紛争が終結しているので、それはもう効果は抜群だったもよう。
紛争終結に導いた立役者としてシュダァ様の名が周辺の国々に広まった――と、書いてあります。
多分ですが、紛争で活躍した=戦争で活躍したんだから、さぞかし沢山のイネスタ人を殺したんだ=きっと○○の親戚の仇だろう――という思考になって、第1王妃はシュダァ様を嫌ったっぽいですね。
さてと。
とりあえず、知りたいことは分かりました。
夕方のターン、どうしましょうかね?
誰に会いに行きましょうか?
今回の事件の影響、気になりますね。
十中八、九、被害者であるジェラールは勿論ですけど、巻き込まれたカミルに会いに行く方が事件のことでどういう心境になったのか、場合によっては聞けるかもしれません。
ジェラールか、カミルか。
カミルに会いに行く理由って、ルーシェリカさん的には無さそうなんですよね。無くても必要とあらば作るでしょうけど。
タイミング的に、今会いに行ってもカミルは警戒してすぐ逃げるような気もしますし。
ジェラールには、シュダァ様との交渉が上手くいったという結果報告とか、明日の採取のこととか、理由には事欠きません。
事件の真相を知っているのか知らないのか。
どっちか判別つかないので、ジェラールが内心かなり警戒していたり怖いことを考えているという可能性はありますけど。
……ううむ。
よし!
決めましたよ。
ちょっと怖いけど、ジェラールに会いに行きましょうか。




