第36話 彼女は選び④
「一緒に討伐に行くの、出来れば火の日が良いな~。私の能力が一番強くなるもの」
「そう。それならそれで構わないわ。一緒に討伐しに行ってくれるだけでも有難いから」
どうやらセルマは火属性のようですね。
この世界では、個人の属性は生まれた時に決まるのです。
だから、その人物とその属性から連想されるイメージと合致しなくても全然不思議ではありません。
でも、違い過ぎるのもどうかと思いますね。
私から見て、セルマは『火』のイメージじゃあないです。違和感が凄い。逆に『水』って言われた方がしっくりくるくらいですよ。
セルマに支払われる報酬の方は、魔法薬の原料になるドロップアイテムを入手した際、セルマが倒した場合のみ譲るということで落ち着きました。
他はロゼと同じく、その日のご飯+回復アイテム支給です。
回復薬(小)の方はさっき使いましたし、一緒に行動出来る人数が増えたこともあって使う機会が増えそうですから、そろそろ買って補充しておくべきですかね。
私がそんなことを考えていると、話すべきことは話し終えたようで。ルーシェリカさんはセルマと別れの挨拶を交わすると、そのまま歩き出しました。
特に何処かへ行くといった話はしていなかったはずですし、このまま部屋に戻るのでしょう。
今日の夕飯はなんでしょうかね?
自室に辿り着き、私がぼんやりそんなことを思った時でした。
こんこんこん。
ドアからノック音が聞こえてきました。
少し夕食には時間が早いせいなのか、現在ルーシェリカさんは机の椅子に座っています。
ペンを取り出したところですので、何か書き物をしようとしていたようですね。
「――メイド長。いらっしゃいますか?」
一拍置いて響いたのは女性の声です。
『メイド長』という呼び方、敬語からして立場的にはルーシェリカさんの方が上。
はて?
誰の声でしたっけ?
確かに聞き覚えがあるのですよ。
私がそう思うってことは、今まであった中で名前が出てきている人物だということです。
度忘れしたのか、肝心の名前が思い浮かんできません。
ここまで来ているんですけど。
なんていうか、オヤシラズを引き抜いた後のへこんだ穴に食べ物のカスが詰まったかのような、微妙なイラっと感。
アレって、なかなか削った分の肉が再生しないので、結構な期間、塞がってない穴によく食べカスが詰まるんですよね。奥歯のさらに奥なので、ものすごく取りにくいですし。
その半面、上手く取れた時の爽快感といったら!
「――開いているわ、入って」
ルーシェリカさんは答えながらペンを離すと、体を完全に廊下側へ向けました。
「失礼します」
そう言いながら部屋の中に入ってきたのは、明るい茶色の髪をみつあみにしたグラマラスなメイドでした。
彼女と会うのはこれで3度目ですが、またしてもホウキを両手に持っています。
会う度にいつも持っていますけど、あのホウキに何か秘密があるんでしょうか?
「どうしたの? イリス。ご主人様のことで何か?」
そうです。イリスです。ミレイ嬢をお嬢様って呼んでいる。
ようやく名前が分かって、スッキリしました。
「いいえ。違います。ナタリー王女殿下から仰せつかっていることは、今の時点でありません」
「それじゃあ、私がルーファスと貴方に任せた仕事の中で何か問題でもあった?」
「いえ。そうではありません」
「それなら、ご主人様の御身体の調子が優れないの?」
ルーシェリカさんがそんな判断したのは、多分イリスの表情のせいでしょう。
イリスの優しげな顔が曇っているように見え、焦げ茶色の瞳にほんのりと憂うような光が浮かんでいます。
「いえ。ナタリー王女殿下は健やかであられます。本日も御公務を問題無く果たされました。そうではなくて、私が来たのは……前にも、伝えた件に関してです」
前ですか?
ええと。前にイリスと会ったのって、確かエドガー様に振り回された次の日でしたよね?
ご主人様の早く来いコール役で。
確か、あの時――
「ミレイ?」
「はい。お嬢様の件です」
そうです。そうです。
ミレイ嬢に会いにいってほしい、って言ってましたね。
今のところ、ミレイ嬢に会いに行く=支持率・好感度&友好度を確認しに行く必要性を全然感じていないので、一度も職場には行っていませんでした。
緊急性は無いとも言ってましたし。
あれから3日と少ししか経っていませんけど、こうやってわざわざイリスが来たっていうことは、会いに行かなきゃマズかったようですね。
「……そんなにミレイの様子は深刻なの?」
「はい」
イリスはこっくりと頷き、ふーっと1つ、大きな溜め息をこぼすと真っ直ぐにルーシェリカさんを見つめました。
「お嬢様にあやういところが御有りなのは、メイド長も良く知ってのことだと思います」
「そうね。ちょっと見過ごせなかったから手を貸しただけなのに……恩を感じたからって、初対面だった私の傍に長くいることが出来る立場――部下になるために、ご主人様に直談判までして所属変更して、職務上は侍女のままだけどメイドになるなんて、おかしなことをしているし」
どうやらミレイ嬢は、現在でも職務上は一応、侍女という扱いになっているもよう。
ミレイ嬢は貴族令嬢ですから、名目上はそうしておかなければいろいろ問題があるのでしょう。
でも、そんなミレイの格好はメイドと同じ服装です。
メイドと侍女の制服は違いますから、ご主人様の派閥以外からは、ミレイ嬢はメイドのコスプレをしている、あるいはさせられている――と、いう評判になっていそうですね。
「そうなのです。お嬢様は昔から思い込んだら突っ走る性格をなさっています。
メイド長。忙しいのは分かりますけど、暇を見つけてミレイお嬢様に会いに来てくれませんか。変な方向にまた突っ走らないとも限りません」
「……分かったわ。出来るだけ早く、時間が取れたら会いに行くから」
仕方がない。
そう言いたげな声でルーシェリカさんがそう答えると、イリスは目を伏せて片手を胸の上に置き、ほっとしたような安堵の吐息をこぼしました。
でも、ミレイ嬢に会いに行くの、明日は無理です。
賄賂の資金源になるジェラールとの採取の日なんですから。
1日ぐらい後でも構いませんよね?
ホウキを持って去っていくイリスの背中に、私はそう語りかけました。
その後、ルーシェリカさんは夕飯を済ませ、お風呂に入って就寝。
一瞬のブラックアウトの後は、いつも通りに夜が明けていました。
さて。
今日は大地の日ですから、お待ちかね。ジェラールとの採取の日です。
今回も冒険者ギルドに依頼が出ているか、グレーテルさんが高く買い取ってくれるようなお得アイテムが手に入ると良いんですが。
動けるようになった私は、さっさと選択肢を出すためにドアに近づきます。
誰かに会いに行く
自室で過ごす
ジェラールと出かける
街に出る
私は迷わず、浮かび上がった中から『ジェラールと出かける』を突っつきました。
ルーシェリカさんは着替えを開始。
今日のお出かけにチョイスしたのは、黒のワンピースに淡いベージュの丈の長い上着。先週の大地の日に着ていたのとは違う色の服ですね。
相変わらず服を買い足していない(メイド服以外は孤児院院長お手製のものしかない)ので、服のデザインは似通ってますけど。
単なる偶然なのか、一応ジェラールの目を気にしてのことなのか。
なんだか、ちょっとだけ気になりました。
多分、ルーシェリカさんラブなミレイ嬢を後回しにしているからでしょう。
「――おはようございます、ルーシェリカ」
食堂で朝食用のサンドイッチを受け取って、薬剤院に向かうとジェラールはもう来ていました。
前回と同じく、見た目は高そうで貴族っぽい格好です。
棍(武器)を持っていますが、そんなジェラールを傍から見ていると、探索に向かうなんて信じるものは少数派でしょう。
「おはようございます、ジェラール先生。今日もご教授よろしくお願いします」
挨拶を終えると。
穏やかに世間話をしながら歩行速度上昇アイテム装備の2人は、競歩スピードであっという間に王都の門まで辿り着きます。
「――ルーシェリカ。今日の採取で、希望している場所はありますか?」
今日もジェラールの希望に任せる
またノウェル丘陵に行きたい
ジェラールがそう尋ねてきた瞬間、私の目の前にそんな選択肢が浮かび上がりました。
今日もアイテム依頼を受けていませんから、てっきり勝手に決まると考えていたので、ちょっとびっくりしましたよ。
ノウェル丘陵は先週行った場所ですよね。
う~ん。
どうしましょうか?
ノウェル丘陵には、グレーテルさんに超高額で売れるニセフラワキノコがあります。
でも。
私としては、ジェラールの希望――ランダムにも心を惹かれるんですよね。
ゲーム好き人間としては、アイテム図鑑は今のところ無いのでコンプリートも何もないですけど、いろんなアイテムを手に入れてみたいという気持ちが少なからずあります。
……うん。
今回はこうしましょう。
「ジェラール先生の希望先で構いません」
だって、ノウェル丘陵に向かっても、確実にニセフラワキノコが入手出来るという保証はありません。
そもそもアレって養殖不可能な希少キノコですし、見つけたとしても先週も採取しましたから、根絶やしにしかねないから止めるよう、ジェラールに邪魔される可能性が結構ありそうな気がするんですよね。
恩人ジェラールが止めたら、ルーシェリカさんはあっさり従うでしょう。
そうなったら、現状必要ないアイテムのストックが溜まるだけです。
「そうですか。では、今日はアルレルン河に行きましょう」
そう宣言すると、ジェラールのステータスが浮かび上がりました。
ジェラール・ステア・ラル(27)
レベル19
称号 レイニドール王宮付き薬師
HP 847/847
MP 4688/4688
状態・健康
属性・大地
所持金 ????ギラー
戦闘スキル 棒術A(MAX)
短剣C
大地魔法B(MAX)
錬金術A
高速詠唱C
範囲攻撃C
隠密行動A(MAX)
幸運S(MAX)
緊急離脱D
一般スキル 薬師S
調合S
採取S
錬金術師A
薬学知識S
植物知識A
錬金術知識A
医学知識C
スキルポイント 残り20P
装備 ミスリル製の棍+3
(攻撃力75%UP)
ミスリルナイフ+3
(魔法攻撃力75%UP)
巨大女王蜘蛛の糸で織ったクローク+3
(異常状態/暗黒・麻痺・石化無効)
モノクル+2
(ステータス・エネミーサーチ)
火鼠の毛皮製の手袋+3
(器用度50%UP・火属性攻撃効果軽減)
鉄板入り軍用ブーツ+3
(俊敏25%UP・歩行速度上昇・疲労軽減)
所持品 魔法のリュック+3
(内部超拡張・重量軽減・指定アイテム取り出し)
あれ?
確か、ジェラールのレベルって18だったような気がしますよ。
薬師(文官)なのに、騎士(武官)であるロゼの3倍だって驚いた記憶がありますから。
で、前回レベルUPはしてません。
レベルUPしているってことは、敵を倒したってことで。
日を置かずに会いに行ってましたが、私が見た感じではいつも特に変わった様子はありませんでした。
シュダァ様に怯えてましたけど。
この1週間の間に、ジェラールに一体何があったんでしょう?
毎日訪ねて行ったわけではありませんから確実とは言えませんけど、王城から外に出ていた様子はありませんし。
余計に気になりますね。
アルレルン河に向かう途中、カットバニィ5匹と全長2メートルを超すフクロウによく似た鳥系モンスターのカウル3匹と遭遇しましたが。
今回もルーシェリカさんはアイテム回収係でした。
アルレルン河は船着き所が設置されている大きな河でした。
今日の天気が悪いせいなのか、それとも元々そういう場所なのか、うっすらとした霧が漂っています。
船着き所から真っ直ぐ100メートルほど先――河の向こう岸に、霧のせいで分かりにくいですけど建物のようなモノが見えました。
私の目には数軒立ち並んでいるように見えるので、多分、村があるのでしょう。
水の流れは緩やかですが、色は綺麗な翠――かなり深そうです。
ルーシェリカさんは泳げると良いですけど。
よほどのことがない限り、ルーシェリカさんがうっかり落ちるようなことにはならないでしょうが、泳げなかったら最悪なことになりかねませんし。
「ルーシェリカ。コレをどうぞ」
そういって、ジェラールが差し出してきたのは。
釣り竿でした。
ええ、飴色の緩やかに曲がった細い木に丈夫そうな長い巻き糸と糸の先に曲がった針のついた、まごうことなく釣り竿です。
「釣りをするので?」
「ええ。この河で採れる魚で、石を食べる珍しい性質を持っているテルブという魚がいまして。テルブはウロコも身も薬品材料として使えます。在庫が乏しいので、そろそろ釣っておきたいんですよ」
ジェラールはそう言って桟橋に腰掛けると、ひゅっと釣り竿を振り上げ、水面の中に針を落としました。
ルーシェリカさんはどうやら初めての釣りらしく、慣れない様子で釣り竿を振ります。
何処かに引っかかることもなく、ぽちゃんと針は無事に水面の中に消えて行きました。
ジェラールの『幸運S』のおかげでしょう。
釣りってこんなに簡単に獲物がかかるものなの? と、言いたくなるほど、あっさり釣れました。
ルーシェリカさんの成果はテルブ3匹、全身が白っぽいナマズにしか見えないルティンが2匹、薄ピンク色の昆布に見えるチュラ藻が15個。
ついでに、戦利品を入れるバケツ(中)とアルレルン河水8(多分ℓ)げっと!
ジェラール?
開始して十分もしないうちにテルブが10匹釣れて、釣り竿をしまっていましたよ。
その後、ルーシェリカさん待ちで暇だったのでしょう。
何やらピッケルのようなものと網を取り出し、河岸(水面内)を削っていたかと思うと、あっけなく水色の巻貝と三角形の白い貝を大量に入手していました。
キーレ貝という巻貝と白いタミア貝は、ジェラールいわく、そこまで大量に要らないので幾つか譲ってくれるということで、貰いましたよ。
他にも、微妙に光る深い緑色の苔――シャインゴケというものも採ってましたね。
その場で処理する必要があるようで、乳鉢を取り出して何やら作業してましたけど。
最終的には、処理済みのシャインゴケもくれました。
王都へ向かう途中に、再びカットバニィ2匹と出くわしましたが、やはりジェラールが片付けましたよ。
今日は採取というより、マイナスイオンに満たされながら釣りという1日でしたね。
昨日のイリスの言葉も気になりますし、明日は職場に行ってみましょう。
それに冒険者ギルドにも行って、アイテム依頼をチェックしないと。
そんな風に考えながら自室に戻り、採取したアイテムをそれぞれ保存処理を施した後、ルーシェリカさんはご飯とお風呂を済ませて、お休みなさい。
……この時、私は明日も普通に起きることが出来ると疑っていませんでした。




