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金と黒の王国2  作者: 朔夜
彼女は手探りで進む
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第37話 そして黒の帳が降りる

今回、GL要素があります。

苦手な方、ご注意ください。

 15日目・朝・自室


「――おはようございます、お姉様」


 睡眠である、一瞬のブラックアウトが起きた次の瞬間。

 何故か、日付表示が目の前に浮かび上がって。

 聞き覚えのある愛らしい声が聞こえてきました。


 私が知る限り、ルーシェリカさんを『お姉様』と呼んでいるのは1人だけです。


「……ミレイ?」

「はい。お姉様。御気分はいかがですか?」


 ルーシェリカさんの顔を覗き込むように、金髪ツインテールの小柄な美少女が見つめていました。

 琥珀色の大きな瞳には憧憬の光が浮かんでいて、うっとりと見惚れているように見えます。

 この様子。

 間違いなく、ルーシェリカさんの部下であるミレイ嬢ですね。


 それなのに。

 ミレイ嬢はメイド服姿ではなく、パステルビンクのふんわりとして可愛らしい絹の袖のなしドレス、二の腕までの白絹の長手袋、ドレスとよく似た色の花型の髪飾りを身につけています。

 実家(メッバーグ子爵家)の用事でもあるのでしょうか?

 そもそも、ミレイ嬢が早朝ルーシェリカさんの部屋に居ること自体、おかしいことですよ。


 私と同じく、異変を感じたルーシェリカさんも起き上がろうとしたようですが、まったく力が入らない状態のようで、起き上がれません。 


「…………あなた……何か、した?」


 ルーシェリカさんも同様に考えたのでしょう。

 ミレイ嬢に詰問するような鋭い声で尋ねました。

 ですが、その声もかすれていて、非常にしゃべりにくそうに聞こえます。


「はい。お姉様。ご考察の通りですわ」


 ミレイ嬢はあっけなく自分の仕業であると認めました。

 変わらず、明るく甘えるような声で、話しかけられるだけで心底嬉しいと言いたげに、きらきらと目を煌めかせて。


「――従来の効果は十全に発揮されてはいないようですが、少しは効いているようですわね。お姉様は暗殺者訓練を受けていたとお聞きしていましたので、効き目が弱いのではないかと少し不安でしたの。

 現にスリープ・ドールは、摂取したら20時間は麻痺して全身ぴくりとも動かせず、その間眠り続けて意識がないハズですのに。瞼を上げて、こうやっておしゃべり出来ていますもの。やはり適正量の倍、投与させて正解でしたわ」


 どうやら、神経麻痺+睡眠薬が混ざったようなモノを盛られたようです。

 私が思うに、ルーシェリカさんに意識があり多少なりとも身動き出来るのは、ミレイ嬢が言っているように暗殺者訓練の賜物だけではないと思います。

 ジェラールから貰った『銀のアンクレット+2』の毒無効が、盛られた劇物の症状の大部分を中和してくれたおかげではないのでしょうか?


「……ど、やって?」

「あら。そのようなことが聞きたいのですか?

 簡単でしてよ。食堂の人間を買収して、お姉様の昨日の夕食に無味無臭で遅行性の毒物を混入した。それだけのことですわ」


 ミレイ嬢はルーシェリカさんが質問すれば、あっさりと答えてくれます。

 何でもないことを報告するように。

 れっきとした犯罪行為に何ら罪悪感というものを覚えていなさそうな様子が、私にはうすら寒く感じられました。


 そもそも、ミレイ嬢はルーシェリカさんの部下です。

 それなのにどうして、上司に毒を盛るという凶行に走ったのでしょう? 


「ああ、心配なさらないで、お姉様。明日には自由に動けますわ。わたくしが、お姉様のお体に重大な障害が残るような薬なんて扱うはずがありません」

「……なんで、こんな……?」

「――お姉様が悪いんですわ!」


 唐突に、ミレイ嬢の語気が強まりました。

 無邪気さすらも感じることが出来る、まったく詫びれの無い声音から、咎めるような詰るようなものへと。


「わたくし、お姉様のお越しをずっとずっとお待ちしておりましたのよ。

 お姉様のために、お姉様が望まれている情報を昼夜問わず収集し、真偽を確認して! でも、お姉様は! 命じたきり、一度だってわたくしのもとに会いに来てくださらなかった!」


 ふと、私は13日目の夕方にイリスが訪ねて来たのを思い出しました。

 忙しいのは分かりますけど、暇を見つけてミレイお嬢様に会いに来てくれませんか――そう、確かに言われていたのです。

 ミレイ嬢は思い込んだら突っ走る性格だ、とも。


 翌日がジェラールと一緒に採取だったこともあって、深く考えずにそちらを優先させ、イリスの言葉を放置したままでいた結果が、この状況なのでしょう。 

 おそらくは、ちゃんと次の朝辺りにミレイ嬢へ会いに職場へ行けば、このようなことにはならなかった。

 間に合わないと分かっている状態なら、忠告も警告も意味がありませんから。


「お姉様がナタリー王女殿下のために行動していらっしゃるのは、様々な人間の動向を探っていたわたくしが一番分かっていますわ。でも……でも、だからこそ、わたくしに会いに来ようと思えば、来れたことも分かってしまったんですの。

 わたくしはお姉様のお傍に少しでも長く居るために侍女を辞め、メイドになりました。お姉様のお傍に居られないのなら、メイドで居る意味がありません。もう、2週間もお姉様は会いに来てくださらない――これ以上、お姉様にお会い出来ないことに、耐えられませんでした!」


 ぽたぽたと。

 ベッドのシーツの上に、何かが落ちる音が聞こえます。

 そのうちの1つが――ミレイ嬢の流した大粒の涙が、ぽたりとルーシェリカさんの頬に落ちて弾けました。


「お姉様の身柄も、忠誠も、ナタリー王女殿下のもの。お姉様が、わたくしに少しも会わないほどお忙しいのは、ナタリー王女殿下の御命令のため。

 そう考えて……わたくし、気付いたんですの。お姉様とわたくしがずっと一緒に居るためには、ナタリー王女殿下と交渉すればいいのだと」


 ミレイ嬢はポロポロとこぼれる涙をぬぐおうとしないまま、唄うように言葉を続けます。

 ルーシェリカさんにとっては、悪夢そのものの唄を。


「――わたくしがお姉様以上にナタリー王女殿下の御役に立てれば、お姉様を譲ってくださるとお約束していただきましたの。

 ナタリー王女殿下のお望みは王位。王座に後押しするのは――最低限必要なのは、有力な貴族達の支持ですわ。

 わたくしはわたくしの持ちモノを大いに有効利用した結果、それらが提供出来ましたから望み通りの報酬を。お姉様の主の座を譲っていただけたのです」


 なるほど。

 要するに、ご主人様に売られたんですね。

 申し出てきたミレイ嬢にやらせて見せたら、ルーシェリカさんに期待していた以上の成果を上げたから。


 ミレイ嬢が取れる手で、ご主人様に対する貴族達の支持率を上げる方法は、限られています。

 ミレイ嬢自身の持ちモノで最も高い値がつけられるもの――それは、おそらく。子爵令嬢である彼女の身柄と未来、そのもの。


 ご主人様がルーシェリカさんに期待していた値は非常に高いです。

 軍部や騎士団から強烈に評価されているエドガー様を、完全に王位継承権争いから退かせるほどのことを望んでおられるのですから。


 だからこそ、ミレイ嬢は相当動き回ったはずです。何日も前から。


 大きな派閥の盟主的存在である貴族に自分を売り込んで、多分彼女自身だけでなく、未婚の親族や友人までも利用して、その派閥内数名を婚姻で結びつけて、第2王女ナタリー側に引き込んだりもしたんでしょうね。

 ミレイ嬢が1人だけたぶらすだけでは、そこまで支持率が大幅に上がらないでしょうし。

 このレイニドールは国王に3名の妃が存在しますから、法的にも重婚は認められているのです。

 ひょっとしたら、ミレイ嬢に利用されたと思わしき方々の獲得した座は、正妻的な立場ではない可能性も充分ありえます。


「……ミレイ。あなた……」

「大丈夫ですわ、お姉様。わたくしの夫となる予定の方は、とっても気前が良くて、物分かりの良い方ですの。

 誠意を見せるためにわたくしの事情をお話したら、男の愛人を囲うよりは何倍もいい――と、おっしゃって。お姉様の存在を認めてくださいましたのよ。

 どうしてもあの方の跡継ぎは生まなくてはいけませんけど、それは契約の対価ですもの。早く授かるよう頑張りますわ。

 契約の対価を支払った後は、王都に出てこないで領地の方に籠りましょう。誰にも邪魔されることもなく、わたくし達、ずっとずぅっと一緒に居られますわ」


 ……やっぱり、そういうことでしたか。

 ミレイ嬢は、予想通り政略結婚することしたようですね。

 貴族の婚約期間は長いので、王命でも出てない限り、即日結婚という展開ではないでしょう。

 今の時点では婚約止まり。


 一方、名前さえ知らないミレイ嬢と婚約中の貴族に、彼女の愛人扱いされたルーシェリカさんは。

 あまりのことにショックで言葉が出ないらしく、ひくりと顔を引き攣らせて口をパクパクさせています。


「――お嬢様。こちらの準備が整いました」


 ……この声、聞き覚えがありますね。

 嫌なことに。


「! 分かりましたわ。ちょっとお待ちなさい」


 薬の影響で動けないせいため、ルーシェリカさんからは見えない第三者から話しかけられて。

 ミレイ嬢は刺繍入りのハンカチを取り出すと、自分の目から頬へと流れて伝う涙を丁寧に拭き取りました。


「ではお姉様。少しだけ眠っていらしてね。次に目が覚めた頃には、新しいお姉様のお部屋に到着していますから」


 ハンカチの入っていた腰元のポケットから、小さな霧吹きを取り出すと。

 ミレイ嬢は小さな鼻に自らの涙で濡れたハンカチを押し当て、ルーシェリカさんに向けて、シュッシュッと吹きかけました。


 吹きつけられた霧からは甘い、甘ったるい花のような香りがして。

 それを吸い込んだ途端、糸が切れるように、ふつっ――と、私の意識が途絶えました。


 ピローン!

 お馴染みになった効果音と共に、天の声ナレーションが闇の中で浮かび上がります。


『ミレイバッドエンド②『お姉様の主』を達成しました。

 ミレイを登場させてから14日間放置、ナタリーの友好度および好感度が20以下、毒無効アイテムを装備している状態で発生する特殊な破滅エンディングです。

 登場する人物にはそれぞれ禁止事項が存在し、それに気付かず行ってしまうと破滅的結末を迎える可能性が非常に高まります。気をつけましょう。

 特殊アイテム『スリープ・ドール』を入手しました。

 これより、コンティニュー作業に入ります』


「――マジですか?」


 せっかく、ここまでミレイ嬢のこと以外は順調だったのに。

 私が呟くと同時に、光が戻り――視界いっぱいに一目で高級品と叫んでいるようなレッドカーペットが広がりました。


 ああ。また、ここからですか。


「ルーシェリカ。頭を上げよ」

「御意」


 一瞬うろたえましたが、これでループは2回目なのです。

 すぐに私は事態を把握して、なんとか冷静さを取り戻しました。


「兄上には退場してもらうことにした」

「ついに決意なされたのですね」


 そう――始まりに。

 ご主人様から密命を下された初日に戻ってきたのです。


 目の前のソファーに座って居るご主人様は、虫も殺さないような可憐なお顔と華奢な体躯をしていらっしゃいますが――役立たずを迷わず処断し、仮に落ち度がなくとも自分の利益になるのなら、あっさりと忠実な部下を売り払う非情さを持ち合わせていらっしゃいます。

 それは、上の立場にある人間には必要なことで。

 けして甘い御方ではないのだと、今の私には分かっています。


 そう。

 ルーシェリカさんはご主人様の味方であるのですが、ご主人様はルーシェリカさんの絶対的な味方ではありません。


 ルーファスはご主人様の命令ならば、同僚すら暗殺出来ます。

 1週目のルーシェリカさんの下手人は、ほぼ確実に彼ですよ。


 ミレイ嬢は、ルーシェリカさんに強く慕ってくれています。

 ですが、その想いの強さゆえに放置すれば暴走してしまいますから、注意が必要。


 イリスは二度の警告をしてくれましたが、結局は目をつぶりますよ。

 だって……ミレイ嬢に話しかけたあの声は、明らかに彼女の声だったのですから。イリスの優先順位はミレイ嬢の方が上。


 同じ陣営の味方といえる人間であっても、無条件でルーシェリカさんの味方になってくれる人間は存在しないのです。

 私はそこを勘違いしていました。

 同じ陣営の人間に対しては、特にコレといった警戒しなくていいのだと。無意識に思い込んでいたのです。

 ……確認すらしていなかったので、考えが甘かったのだと言っていいでしょう。


「わらわは王になる。ならなければいけないのだ」

「全てはご主人様のお望みのままに」


 だからこそ。

 ルーシェリカさんの安全と、幸せな善き未来のためには。

 ご主人様に対しても進んで会いに行って、その心証を良くていかなければならないようです。

 ……何かの拍子に見捨てられたり、売られたりしないためにも。

この話自体は、かなり前から出来ていました。


ちなみに。

毒無効、あるいは毒軽減アイテム装備でないと。

ミレイバットエンディング①「今日から此処で」になります。

起きたら知らない場所――少女趣味の高そうな部屋で寝ていて、同じようにミレイが傍にいて、ナタリーから身柄を譲り受けたと教えられます。

こっちではイリスもしっかり登場。

既に王城から移動しています。

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