第32話 彼女は得る③
また間が空いてしまって、申し訳ありません。
前回シュダァ様といるところを探しに向かった時と違って、ジェラールはあっさり見つかりました。
そう。
慌てて逃げている文官っぽい風貌の男性が現れた方に進んでみたら、発見。
またも、通りすがりの人間を実験台にしようとしていたらしいですね。
人物図鑑の説明にあったように日常的な光景であるようで、遠巻きに様子を窺っている面々には驚いた様子はありません。
話しかけたルーシェリカさんは、ちょうどいいから――とばかりに、またしても試験薬(見た目飴玉)をジェラールに薦められました。
時間的な余裕があることもあって、迷わず『飲んでみる』を選択。
今回は筋力が1上がりました。
ジェラールは、その結果に首を傾げていましたけどね。
話を聞いてみると、なんと。
錬金術を使って異常回復薬を開発している最中、ちょっとした手順ミスで、作成途中偶発的に出来上がってしまったモノだそうです。
さすがに、まったく自分の予想外のモノが出来上がったせいでしょう。
ジェラールはまず初めに、自分自身を実験台にしたそうなのです。何が起こるか分からないから。
作成に使っている材料から、そこまでおかしな効力は出ないという予想をしていたこともあって、あまり心配してなかったそうですけど。
ちなみに。
その時の結果、ジェラールは敏捷力が1上がったとのこと。
今のところ、飲ませた全員(8名)の体に害は出ていないそうで、何故か全員薬剤効果が違っているそうですよ。
そもそもの目的である異常回復効果が出た人もいるとか。
そうなのです。
作成者すら薬剤効果が想像出来ないという、本当の意味で謎の薬でした。
そんなランダムな薬剤効力結果をノートにまとめるジェラール。
そんな彼に、ルーシェリカさんは依頼品を手渡すと、手短に会話を交わして、そのまま素早くその場を後にしました。
そして、部屋に戻ってきたことで私に体の操作権がやってきます。
早速ドアに近づいて、選択肢を出現させました。
『誰かに会いに行く』を突っつき、『シュダァに会いに行く』を少しばかり躊躇しましたが、思い切ってタッチ!
そして。
シュダァ様に会いに行くという緊張で、うっかり忘れ去ってしまっていた夕方に魔導師師弟に会いに行くと発生する不都合を体験しました。
魔導師の職場兼研究所のあるのは西の塔――夕方に向かうと、俯きがちで進んでいてもオレンジ色の西日が目に刺さります。
うう~。前回よりも天気が良いせいもあってか、本当にキツイですよ。
あぁ。ルーシェリカさんは西日を出来る限り避けているのに、チカチカする……
西日被害を忘れ去っていた私自身の馬鹿さ加減を心の中で罵っているうちに、目的地へと辿り着きました。
以前、セルマに会いに来た午前中と同じで。
相変わらず入口の戸は開け放たれているので塔の中に入ることは出来ましたが、特に何も障害なく進めるのはここまでです。
西の塔は完全な円柱型の石造りの建築物で、一階は入ってすぐロビーになっています。
中心部には一部だけ欠けたドーナツのような形の机があって、その中央部分に生真面目そうな男性が1人、椅子に座って台帳片手に、何やら忙しそうに作業をしていました。
彼が着ている服――襟元をボタンではなく紐で固定する形の藍色の衣装を着て書類を抱えた人と廊下などで偶にすれ違います。多分、文官職にある人でしょうね。
机の配置的にも明らかに受付っぽいですし、『ザガード』というネームプレートのようなモノを首にかけています。
塔内部は1階から5階部分まで、そのまま天井がぶち抜かれているので見えますよ。
あ。
先に言っておきますが、この塔は5階建てじゃありません。
西の塔は王城内で一番高い位置まである建物でして、私の推定で20階建てくらい。
毎日のように上階部まで足を運ばわなければならないのだとしたら、私の世界とは違ってエレベータやエスカレータは存在しませんし、さぞや足腰が鍛えられることでしょう。
見えている5階部分までは、どの階も扉の数は4つ。
例えば1階の場合、1つは出入り口で、1つは書類仕事をするための部屋です。
自己鍛錬の時間である夕方でも書類作業をしている人間はいるらしく、書類作業部屋の方は扉が開け放たれていて、時々人が出入りしていますよ。
他の2つは私にとって、片方は階段という可能性がありますけど、未知の領域ですね。
前にセルマに連れられて入った食堂は、塔のすぐ隣――外部にあるので違います。
ルーシェリカさんは迷いのない足取りで、ザガードさん(多分)に近づきました。
「お忙しそうなところ、申し訳ありません。少し、よろしいですか?」
「――はい。いいですよ」
ザガードさんは台帳に向けていた顔を上げ、ルーシェリカさんに目を向けると頷きました。
「導師シュダァにお会いしたいのですが、現在、あの御方は塔内部におられるでしょうか?」
「……導師シュダァですか。いらっしゃいますよ。
本日、午後の食事を終えて戻ってこられてから、御自身の研究室の方へと向かわれて、そのまま塔の外へお出掛けになられておられません。
本日お会いになる約束を交わされていますか?」
そう。シュダァ様はBIPなので、当然の確認です。
王弟で公爵家当主――身分のことを差し引いても、宮廷魔導師の頂点の地位にある御方なのです。
ごく普通に遭遇していたりしますが、本来、事前連絡も無しにホイホイ会えるような人ではありません。
「特定の日時の指定はありませんが、お会いになってくださるという御許しはいただいております」
先日、シュダァ様はジェラールの説得が出来たら会いに来てくれ――と、おっしゃっていましたから、ルーシェリカさんの言っていることは嘘じゃありません。
ザガードさんはその言葉に、何やら机の下にある箱に手を差し入れました。
そして、手のひらに余るほどの大きさの水晶玉とベルベットのような生地の台座を取り出します。
「……研究時間中にお呼び出しして申し訳ありません、導師シュダァ。
ナタリー王女殿下付きの上級メイドで、近日中、お会いになるという約束を交わされた覚えはあるでしょうか?」
水晶玉と台座を机の上に置いて固定すると、ザガードは水晶球に向かって話しかけました。
ふざけた様子ではなく、至って真面目な様子です。
もしかして、コレは無線や電話の代用になるようなアイテムなのでしょうか?
『――ああ。お姫様のメイド長と約束したな。今、そこに来ているのか?』
水晶玉の中に青白い火花のようなモノが見えたかと思うと、シュダァ様の声がしました。
「はい。どうなさいますか?」
『通していいぞ』
「――分かりました。では、失礼します」
ザガードさんは丁寧な動作で水晶球を元の位置にしまい込むと、再びルーシェリカさんに顔を向けてきます。
「聞いていましたね? 導師シュダァは今からお会いになってくださるそうです」
そう言うと、ルーシェリカさんにシュダァ様のお部屋までの行き方を教えてくれました。
ルーシェリカさんはザガードさんにお礼を言って、受付から左端にある扉を開けます。
そこには、説明されたように螺旋を描く階段がありました。
緩やかですが、その階段は非常長く。塔の内壁に沿って続いています。
『導師』という地位から予想は出来ていましたけど、シュダァ様の部屋は最上階とその下の階のフロアがそっくり全部だということでした。
煙と何とかは高いところが好きとは言いますが。
まさか宮廷魔導師の頂点の地位にあるものの部屋が、塔の最上階とは……
魔導的な条件が一番良いということも無きにしもあらずですが、他の人間が導師を務めていた場合にもそうだったとしたら、確実に嫌がらせだと思うところです。
今の導師はシュダァ様。なので、背景がいろいろ大き過ぎているために違うと分かります。
王族(現在は公爵)なんていう上位者相手に、そんな全力で自分の首を絞めかねない理由での手配は、まずしないでしょう。
自滅願望を持ち合わせていない限り。
でも、行き来するだけで疲れる場所に一番偉い人間の部屋があるっていうのは、ちょっと気にかかるところですよ。
上座にも限度というモノがありますしね。
そんなことをつらつら私が考えているうちに、螺旋階段を黙々と進んでくれていたルーシェリカさんのおかげで。
螺旋階段の終着地点まで辿り着いていました。
あの螺旋階段は最上階や屋上までは繋がっていないようです。
すぐ傍に換気のためのものらしい窓がありますが、外と通じているようなドアはありません。
何処に通じていそうなものは、複雑な紋様のようなモノが浮かび上がる様に施された扉が1つだけです。観音開きで、砕いた宝石のようなモノまで塗りこめてあるような、明らかに高級そうな印象を受ける扉。
ルーシェリカさんは此処まで登って来たことによる疲労を誤魔化すように深呼吸を何度か繰り返すと、その扉をノックしました。
「――開いているぞ、入っていい」
ノックが聞こえる位置にいたのでしょう。
シュダァ様の声が、すぐに返ってきました。
「失礼します」
ルーシェリカさんが扉を開けて、目に飛び込んできた部屋の様子は、宮廷魔導師という職業から連想されるような、頭蓋骨が転がり怪しく光る魔法陣がある――といった、いかにも儀式などを行っていそうな場所はありませんでした。
部屋の両端に並んだ本棚から溢れ、一部の床を侵食するほどの大小様々な本がある点は魔導師っぽい感じがしますが、部屋は全体的にホコリ一つなく綺麗に掃除されていますし、床に溢れている本もキチンと整頓されているので、ダラしない印象はゼロ。
磨かれた表面の木目が美しい高級感が漂う大きくて頑丈そうな書類机と、来客を座らせるためのものと思わしき2組2人掛け用のソファーとテーブルのセットがあります。
シュダァ様は、この部屋を書斎か執務室として使っているようですね。
奥の方にドアが見えますから、この階は他にも部屋があることが分かります。
部屋の主であるシュダァ様は黒い革張りの長椅子に腰掛け、机の上に乗っている書類の束を前にした状態で待っていました。
一応私室であるというのに、カソックに似た禁欲的な黒の衣装も白い肩布も銀の装身具も外したり、着崩したりはしていらっしゃいません。
ザガードさんから連絡を受けて身なりを整えたのか、それとも元々仕事中には正式な服装規定に従って保つ主義なのか。
果たして、どちらでしょう?
それはまあ、とにかく。
どうも、シュダァ様が机に乗っている書類を片付けている最中、私は押しかけてきたようです。
シュダァ様は書類から顔を上げてペンから手を離し、真っ直ぐルーシェリカさんの方に視線を向けていますが、いちいちソファーの方まで移動して話をする気は無いらしく、立ち上がる気配はありません。
と言っても、さっさと追い出そうと拒絶しているような排他的な雰囲気もまるでなく。熱烈歓迎はされていないようですが、来訪を嫌がられているというわけでも無いもよう。
「今日こちらに来たのは、セルマ関連――ジェラールの説得の件と考えて間違いないか?」
シュダァ様はルーシェリカさんの目を真っ直ぐ見つめながら、そう尋ねてきました。
ルーシェリカさんは大きく頷いて、肯定します。
「はい、導師シュダァ」
「……俺に会いに来たということはアレから二日足らずで、もうすでにジェラールを説得出来た、と言うことだな?」
「御推察の通りです。導師シュダァによる薬品製作依頼ならば引き受ける――と、条件付きで御約束して下さいました」
シュダァ様の片眉が、ほんの少しだけ上がりました。
その蒼い目が一瞬だけ細められ、へぇー、と感心したような声がその口から漏れます。
「……確かに、ジェラールを説得して来いとだけ、俺は言ったな。何に対しての説得だとは、ハッキリ言わなかった。それで? その条件は達成出来たか?」
よかった。
ジェラールのよる解釈は間違っていなかったようですね。
シュダァ様は別に不快を感じている様子は無く、ルーシェリカさんに質問してきます。
隠す必要もないので、あっさりと条件を教えるルーシェリカさんでしたが。
シュダァ様はそのまま磨かれた机の表面に目を向け、考え込むように少しの間沈黙しました。
え?
なになに?
アレって、何か引っかかるような取引条件があるのですか?
「……それが事実なら、メイド長は俺が思っていた以上に、あのジェラールから気に入られているようだな」
ああ。ナルホド。
そっちが引っかかったということですね。
ジェラールの出した条件は3つ目を除き、簡単に達成出来るモノです。その3つ目だって、運さえ良ければすぐに満たせます。
条件の難易度はそのまま、困っているルーシェリカさんに対しての助力になるわけで。
ジェラールの周囲に気を配っているフシのあるシュダァ様にとっては、お気に召さなかったということでしょうか?
そう考える私でしたが、その言葉に恐縮するルーシェリカさんをシュダァ様は一瞬、妙な目で見ていました。
多分、一瞬だったので、ルーシェリカさんはあの眼差しに気付いていないと思います。
シュダァ様の反応を窺っていたから、私は気付けた。
値踏みするような観察ではありません。
国にとって重要人物に近づく者に対しての警戒でもありません。
それはいくつかの感情が混じった複雑な眼差しでしたが、一番はっきりとシュダァ様から感じ取れたのは――哀れみに近いモノでした。
何故、気の毒そうなのでしょう?
「まあ、俺に対して偽りを報告する利は無い。無いが、条件を達成したのなら、その旨を書いた契約証明書のようなモノが一応欲しいな。形式は整えておいた方が面倒は少ない。セルマを連れ出す許可を与えるのは、それを受け取ってからだ」
不審に思う私は置いてきぼりに、シュダァ様はそんなことを言いだしました。
確かに。
ご主人様の味方をするのかと問い詰められることがあったとしたら、その際にこういう理由ですって証拠として出せますからね。
やるとは思えませんが、もしも実際シュダァ様が薬品政策依頼を持ちこんで、ジェラールに何のことだと空っとぼけられた場合にも有効ですし。
「分かりました、導師シュダァ。ジェラール先生にもその件を伝えて、御用意いたします」
そんなこんなで。
何とか無事に、この場でのシュダァ様との対面は終わりを告げました。
次話にあたる展開ばかり思いつくので、なかなか進まず。
難産な回でした。




