第28話 彼女は流される④
前回、主人公が知らないハズの情報を出していて、読み返し慌てて適切になる様に文章を修正しました。
気付かれて混乱した方がいたとしたら、申し訳ありません。
「ジェラール先生。私は導師シュダァの依頼を果たし、任務を有利にしたいのです。説得されてくださりますか?
もちろん、無条件で説得されてくださいとは言いません。私に出来る範囲内でのことでしたら、引き受けさせていただきます」
シュダァ様との初対面がトラウマになっているジェラールが、落ち着きを取り戻すのを見計らっていたのでしょう。
ハーブティをゆっくり飲み干すと、ルーシェリカさんは当初の目的を実行することにしたようで、飾ることなく言いました。
「……そうですね。錬金術を用いて作る薬品の類でしたら、依頼を引き受けてもいいですよ。新薬開発や改良の材料に使うモノは失敗を考慮して大目に作るので、ついでという形に出来ますし」
「そうですか! ありがとうございます!」
ルーシェリカさんは弾んだ声でお礼を言いましたが、ちょっと待ってください。
ジェラールの表情、試験薬を押し付けてくる時とそっくりな笑顔です。
「礼には及びません。いくつか頼みたいことがあるので」
ああ。やっぱりですね。
しかも『いくつか』って……条件が1つのみじゃないようです。
「それは、私で御役に立てることで?」
「ええ。もちろんです。実現不可能なことは言いませんよ」
ジェラールは柔らかい口調でそう言って、更に笑みを深めます。
すっと空中に光の粒が揺らめき、文字の形になりました。
ジェラールの条件を引き受ける
引き受けない
また選択肢ですね。
とはいえ、この状況では考えるまでもありません。
どんな条件を突きつけられるか分かりませんが、セルマPTインのためには引き受けなくては。
ルーシェリカさん自身も等価交換を望んでいますしね。
『ジェラールの条件を引き受ける』を突っつきます。
「分かりました。ジェラール先生。その内容を教えてください」
ルーシェリカさんが了承すると、ジェラールは笑顔を保ったまま、すっと椅子から立ち上がりました。
「ルーシェリカ、少し待っていてください」
そう言って、調合室に置かれた棚の一つに近づいていくジェラール。
迷いのない動作で棚の一番上段を引き出し、中にあったモノを取り出しました。
取り出されたのは、重箱くらいの大きさの箱です。
それを籐で編んだバスケットに入れると、ジェラールはこちらへと戻ってきました。
「――貴女に頼みたいことは3つです。
1つ目は、コレを宮廷画家のカミルへ配達。
2つ目は、カミルに貸出しているボクの書籍の回収。
3つ目は――どのような方法でも構わないので、キラービィの針を30個入手してください。市場価格で買い取ります」
なるほど。
ジェラールはルーシェリカさんにお使いをさせたいようです。
確かに、実現不可能な事ではありません。
でも、わざわざ他人に頼んでやらせるようなことではないですね。ジェラール自身でも達成可能です。
多分、1つ目と2つ目は、ジェラール的に自分で実行するのは面倒なのか、単に予定が合わず実行する時間が取りにくいのでしょう。
3つ目は単純に、現時点で製作している薬品作りに必要な材料で、その在庫が心もとないのではないかと思われます。
切羽詰まるほど緊急ではないけど、補充出来るならしたいんでしょうね。
ですが……キラービィの針30個って。
<青い鳥>よりは良い値段で買ってくれるようですが、数を考えると巣ごと襲ってこい――と、言外に言われているような気がしますよ。
それにしても。
カミルとも関わりがあるんですか。
1つ目はともかく、2つ目はある程度個人的な付き合いがある証拠です。呼び捨てにしてますし。
役職的に面識があるくらい不思議はありませんし、何かのキッカケさえあれば個人的な交流も行うでしょうけど……ジェラールって、顔広いですよね。
人物相関図を書いたら、重要人物の半数以上と繋がるのではないでしょうか?
「分かりました。カミル殿への配達と回収。そして、キラービィの針30個の入手ですね。期限はありますか?」
「1つ目と2つ目は今週中がいいですね。キラービィの針については、来週いっぱいまでには持ってきて欲しいです」
ジェラールにルーシェリカさんが頷いたその時。
ピローン! と効果音が鳴り響き、天の声が降ってきました。
『ルーシェリカは、メモ帳を入手しました。
冒険者ギルドとは別に、個人から直接アイテムが関係する依頼を受けることがあります。
詳しい各依頼内容はメモ帳に記載されており、ステータス表示をすれば見ることが可能です。
ルーシェリカはキーアイテム、ジェラールのバスケットを手に入れた』
ふむ。
微妙ですね。
あった方がいいのは確かですけど、最初に討伐クエストとか引き受けた際に出現してくれていた方が、タイミング的に納得出来ました。
討伐クエストやアイテム依頼も複数受けていたら、達成まで何があとどれくらいなのか混乱する可能性が大ですし。
このタイミングでの出現理由。
……もしかすると、単に創造神が渡し忘れていたのかもしれません。
このメモ帳に記載されているのって、個人アイテム依頼だけでしょうか?
機能的に他の依頼も載っているのなら、便利さUPですよね。
後で確認してみましょう。
そんなことを私が考えているうちに、ルーシェリカさんはバスケットを受け取ってジェラールと別れ、何処かに向かって歩き出しました。
視界の端に流れていく風景を見るに、自室のある方向ではありません。
私の記憶が確かなら、中庭方面に向かっているように思えます。
まだまだ空は綺麗な夕焼けですし、夜になるまでは時間がある。
そのことと今日の経緯を考えるなら、カツラ画家ことカミルを探している可能性大ですね。
遭遇イベントでは中庭で会いましたし。
まがりにも宮廷画家ですから、王城内に部屋を貰って住むことを許されているのでしょうけど、いったい何処に居室があるのやら。
それにしても。
今日は人から人へ、タライ回しにされているような気がしますよ。
状況に流されて、2ターンで重要人物4名と会うって。
アレンさんの依頼の時は合計5名でしたが、最初以外選択肢がありませんでしたし、国家的にも一大事だったので気にならなかったんですが。
今回は度々場所も移動しているので、余計にタライ回しにされているように感じます。
ルーシェリカさんは時々、通りがかる人間に目撃情報を募りながら、カミルを捜索。
その結果。
まだ空が赤いうちに、目的人物を発見しました。
カミルはキャンバスを抱え、ルーシェリカさんから見て10メートルほど前方を、ゆっくりやや斜めに横切ろうとしています。
多分、時間的に居室に戻るところなのでしょう。
「――やや! 救い主殿ではないですか」
ルーシェリカさんが声を掛ける前に、カミルの方が彼女の存在に気付いたようです。
彼の進行方向を考えると、あの位置からなら普通に視界内へ入りますからね。
「このような場所でお会い出来るとは。なんたる偶然!」
ちょっと挨拶でも――と、思ったのでしょう。
カミルの方から近づいてきました。
相変わらず、大バッハやモーツァルトを思わせる風体です。
動作やしゃべり方が大仰で、張りがあって良く通る美声――舞台に立って、ソロパートのオペラでもしているかのようです。
「――んん? 何処かに遣わされた帰りかな?」
ルーシェリカさんが何かの反応を返す間もなく、カミルはその手のバスケットに気付きました。
ルーシェリカさんは頷いて、ようやく言葉を口に出します。
「こんばんは。カミル様。そのことで少し、お願いしたことがございます。今、お時間よろしいですか?」
「全然構わないよ。救い主殿、いったい私にどういった用件かな?」
ほとんど即答で返すカミルに、ルーシェリカさんは手に持ったバスケットを差し出しました。
「――まずはこちらです。先程薬師のジェラール様から、カミル様に渡すようにと承りました。お受け取りください」
「……ジェラール? ああ! そういえば、アレがもうすぐ無くなりかけていたね!」
心当たりがあったのでしょう。
カミルは、いそいそとバスケットを受け取りました。
ピローン!
効果音が響き渡ります。
『ルーシェリカはジェラールのバスケットを失いました』
あの中身って、そういえば何なんですかね?
ジェラールは言いませんでしたし、ルーシェリカさんも聞かなかったので分かんないまんまなんですよ。
カミル宛てですし、絵具の現材料か何かでしょうか?
運んでいて重く感じなかったので、瓶詰――薬の類ではないと思うのですけど。
「他の用件を申し上げますが、よろしいでしょうか?」
「ああ。どうぞ」
カミルはバスケットの蓋を開けて中身を確認すると、うんと大きく頷いて、大切そうな手つきでキャンパスを持っていない方の腕で持ちました。
「――同じく、ジェラール様から。カミル様に貸し出した本を回収してきてほしいとのことです」
その瞬間。
カミルの顔が、某漫画の演劇少女のように愕然とした表情に変化し、よろりと男性にしては小柄な体が傾ぎました。
はっと鋭く息を飲み、衣服の裾をバッと音を立てて揺らしながら崩れた体勢を戻すと、ルーシェリカさんに詰め寄ってきます。
「な! なんてことだ! 私としたことが! すっかり、借りていたことを忘れていたよ! 嗚呼。ジェラールは怒っていたかな?」
「私の目には、普段と変わらない様子に見えましたが……」
ええ。
私の目にも、そう見えました。
カミルがそんなに焦るってことは、貸している本ってジェラールにとって、かなり重要なモノなんですかね?
本当にそうなら、他人に頼んだりしないで自分で取り返しにいくと思うのですが。
……期日を区切ってましたから、いつまでも貸し続けていられないモノではあるんでしょうけど、カミルはもともとリアクションがオーバーですし。
うん。
多分、カミルが気にし過ぎているんでしょう。
「貴女を疑うわけではない。でも……本当にそうであるのならば、どんなに良いことだろうか?」
……気にし過ぎているんですよね?
カミル、うっすら涙目で嘆いているように見えるので、自信が無くなってきましたよ。
「――嗚呼。救い主殿。そのような顔をなさらないでください。全ての咎は、忘却の罪を犯した愚劣な私にあるのだから!」
ルーシェリカさん、どういう表情をしているのでしょうか?
憑依している私には見えません。想像するだけです。
多分、ぽかーんとした表情をしているのではないかと思われますよ。
それにしても、ジェラール。
カミルに対して、いったい、どういう接し方をしているんでしょうか?
ずっと1人劇場状態の人間と親しいとしたら――ちょっとうざいと邪険に接するか、愉快な奴だなと生温かく観察するか、こういう奴だと諦めるか。
このうち、どれかに当てはまりますかね?
「……それで。カミル様。返却してくださるのですね?」
ルーシェリカさんは、どうにか気を取り直したのでしょう。
淡々とした様子で尋ねています。
「もちろんだとも! ジェラールの怒りをこれ以上買う前に、彼の命を受けた貴女へ可及的速やかにお渡ししたい。しかし、しかしだ!……なんとも残念なことに今、この場にはないのだよ」
それは分かっていますよ。
カミル、キャンパスを始めとした画材道具しか持っていないようですし。
「私に与えられた部屋に置いてあるんだ。救い主殿、お手数を掛けるけど、そちらの方まで共に来ていただけるかな?」
「ええ、構いません。参りましょう」
そんな感じで。
カミルの部屋に向かうことになりました。
絵に専念出来るように――と、いう配慮でしょう。
宮廷貴族達の宿舎から、だいぶ離れた場所にある一戸建てでした。
一階はアトリエと、客を迎えるための応接室に分かれていて、カミルの生活スペースは2階にあるようです。
ルーシェリカさんは玄関で待機中。
ルーシェリカさんを救い主と仰ぐカミルは、普通に応接室に通そうとしましたけど、丁寧に辞退した結果、ここで待機になりました。
カミルはジェラールから借りた本を探しに、2階へと上がっています。
そして――
本を何処に置いたか忘れて探していたのでしょう。
カミルが戻ってきたのは、数十分ほど過ぎた頃でした。
「――嗚呼! これほどお待たせして、大変申し訳ない!!」
「お気になさらず。そちらがそうですか?」
「そう。コレがジェラールから借りていた本だよ」
カミルが差し出してきたのは、一抱えほどありそうな分厚い本が計三冊でした。どれも百科辞典みたいな装丁ですね。
ルーシェリカさんが受け取ると、その本は外見通り、一冊でもずっしりと腕にきます。
それが三冊。
ルーシェリカさんは普通に持てていますけど、重いですよ。
ピローン!
『ルーシェリカはキーアイテム、植物図鑑①②③を手に入れた』
あ。やっぱり図鑑系でしたね。
カミルに別れの挨拶して外に出ると、とっぷり陽が暮れていました。
すっかり夜です。
これは今日中に届けるの無理ですね。
私と同じように判断したのでしょう。
ルーシェリカさんは薬剤院のある方角ではなく、自室のある区域へ向かって歩き出しました。




