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金と黒の王国2  作者: 朔夜
彼女は手探りで進む
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第27話 彼女は流される③

 ジェラールから目的のものを受け取ったシュダァ様は、西の塔にお帰りになられました。

 今日の自力での説得は、ひとまず止めるという意思表示なのでしょう。


 ルーシェリカさんとシュダァ様の会話を知らないジェラールの訝しそうな視線が、実に痛いです。


「ルーシェリカ、貴女は移動しないのですか?」

「ここにいるのも任務活動の一環です。導師シュダァより、装備品強化の依頼を引き受けるよう、ジェラール先生の説得を任されましたので」

「……ああ。そういう話題展開だったんですか」


 どうもジェラールは、ルーシェリカさんが説得を押し付けられたと判断したもよう。

 何だか気の毒そうな目で見られました。

 実はそうではないのですが、同情して説得されてくれれば御の字だと考えたのでしょう。

 ルーシェリカさんは、シュダァ様をフォローしませんでした。


「ジェラール先生。導師シュダァの御依頼に良い返事を返さない理由は、お仕事の多忙だけが理由ではないように見受けられますが?」

「ええ、その通りです」


 ジェラールは苦笑して認めると、薬剤院の方に目を向けました。


「……ここでは何時他者が通り掛かっても、おかしくありません。移動しますよ」


 そう言って、白衣をひるがえしたジェラールが向かった先は、やっぱりというか工房アトリエでした。

 今あたりから、また勤務時間ですからね。

 他の場所に移動したりしないと思っていましたとも。


この工房アトリエの内には、食堂はありませんが厨房は存在しています。ちなみに、位置は仮眠室の隣。

 薬品の原材料を火であぶったり、ったりする工程手順を経過するモノがあるからでしょうが、仮眠用のベッドもあり、炊事洗濯可能なので、普通に住居としても使用出来るのではないかと思いますよ。

 食事用のテーブルとか、いろいろ足りていませんけど。


 ルーシェリカさんは奨められるがまま、以前座った1人掛けの椅子に座って待ち、ジェラールが淹れてくれたお茶っぽいものを受け取りました。

 色が赤っぽいので紅茶かなと思いましたが、匂いが違います。花の香りに似ていますから、花茶の類ですかね?


 ルーシェリカさんが、一口ソレを飲み――予想外の刺激に、軽く目を見張りました。

 噎せそうなほど強烈に甘酸っぱいですよ!?

 今、肉体操作が私にあったとしたら、ブハっ! と思わず噴き出していたかもしれませんね。


 ただ、この液体。

 口に含んでいる間の刺激はとっても強いですが、飲む込んでしまうと、すぅーっと消えて後にはひきません。

 このまま薄めずとも飲めないこともないので、眠気覚ましとかに良さそうです。


「――あ。飲み慣れてないと、淹れ立てそのままはキツイですね。ちょっと待ってください」


 鳩が豆鉄砲食らったような様子のルーシェリカさんに。

 気付いたようにそうこぼすと、ジェラールは再び厨房に消えていき、すぐに小さな丸い小瓶と水差しを手に戻ってきました。


「ハチミツと水。どっちで薄めますか?」

「水でお願いします」


 即答したルーシェリカさんは、差し出された金属製の水差しを受け取って、薄めました。

 確かめるように飲んで、頷きます。

 お茶にしてはぬるいですけど、先程より薄まって格段に飲みやすいです。


 一度飲んだことのあるローズヒップに似ていますが、違いますね。それよりは甘みが強いですし、匂い的にも薔薇じゃありません。 

 私の心情的に、苦手な紅茶を飲むよりは何倍も良いです。

 正体不明ですけど、温かいジュースと思えば美味しく飲めますから。


「ジェラール先生。初めて飲むのですが、これは薬草茶の一種ですか?」

「そうですよ。マリン系とフェシャ系を数種類ずつと、乾燥させた健康に良いとされる花を数種類、私の好みでブレンドした薬草茶です」


 これってハーブティだったんですか?!

 確かに後味スッキリですけど、何か違うような……

 まあ、いいです。味自体は悪くないですし。


 ジェラールは調合スペースから椅子を持ってくると、ルーシェリカさんの正面に座りました。

 猫舌なのでしょう。

 手にしていた特製ハーブティに向けて、フーフーと何度も息を吹きかけて、ちびちび舐めるように飲んでいます。


 しばらく、2人はお互い黙って、静かにハーブティを呑んでいましたが。

 ややあって、ジェラールの方が顔を上げ、口火を切りました。


「貴女の状態を考えると非常に言いにくいことなんですが……そもそも。導師シュダァの装備品強化のご依頼は、引き受けないことが大前提なんです」

「…………はい?」


 この時、私はルーシェリカさんとシンクロ率100%を超えていたと思います。

 言われたことを理解するのに、だいぶ時間が掛かりました。


 えええ~!? 何ソレ!!


「いいですか、ルーシェリカ。

 あの方は引き受けて欲しくて、あの依頼をしているのではありません。錬金術師としてのボクに依頼して、不特定多数が行き交う場所でスッパリ断られているのを、誰かに目撃されるのが目的なのです」


 ジェラールがそう言い切るからには、最初シュダァ様から依頼された際に説明を受けたか、あるいは依頼品が強化不可能な状態であるのでしょう。


 先程のシュダァ様の謎の行動が、私の脳裏に浮かび上がりました。


 あの行動。

 先程はまったく意味が分かりませんでしたが、選択肢(優先順位)の先の展開によっては、排除対象に入るハメになったのかもしれませんね。


 導師であるシュダァ様はレイニドール最強の魔導師です。

 直接戦闘になった場合、ルーシェリカさんに勝算があるとは思えません。

 そもそも シュダァ様が敵に回ったとしたら。

 その段階で、色んな意味で詰んでしまうことでしょう。

 直接対峙することすらなく、権力の行使によって手を回されて、理由も分からないまま暗殺者襲来→死亡→3週目始まりなんて事態になりかねないですよ。


「……ジェラール先生は導師シュダァの依頼を真っ向からお断りしている。あの方がそれを許しているのに、それ以下の人間が持ってくる依頼を引き受けることが出来るハズがないですね」


 そうやって、身分が上の人間と関わりを持つことによって引き起こされ、巻き込まれる悪影響から。

 庇うだけの価値があるということなのでしょう。


 ジェラールって、ルーシェリカさんが知らない部分――どれほど国家的に重大な秘密を背負っているのですかね?

 シュダァ様ほどのBIPに守られているのに、立場上は何処でもない中立って――個人的に気に入られているにしても、それ関連の事項じゃない限りは有り得ないと思いますよ。


「まして断ることで、何らかの罰を受けるいわれはない――そういうことですか?」

「ええ。煩わしい輩をそうやって牽制して、庇ってくださっているんですよ。ありがたいことです。おかげで楽なものですよ。

 あの方が依頼をしてくるのは、月の始めに一度。

 それ以外は、錬金術でしか生成出来ないモノが使われた事件が起こった直後に限ります。ですから、今回も数日以内にそれ関連の事件があったのでしょうね」


 確かに発生しています。

 発生から半日経っていませんが、シュダァ様の立場であれば情報もすぐに伝えられ、把握していることも不思議ではありません。


「――私と導師シュダァのどちらでも、ジェラール先生を説得を遂げた場合、セルマ様の同行する許可を出すとお約束いただいたのですけど……そのような事情でしたら、弟子であるセルマ様のお力を借り受けるということは、決して出来ないということになるのでしょうか?」

「まったくその気がなければ、あの方は最初から言質を取らせるような迂闊な発言をなさいません。正確には、どういう内容をおっしゃられたのです?」


 ルーシェリカさんと同様に。

 私も、てっきりセルマPTインは詰んだかと思いましたが、どうやら違ったようです。


 そうですね。

 シュダァ様は言質取らせるような、うっかりミスはしなさそう。 


 促されるまま、ルーシェリカさんはシュダァ様のおっしゃった言葉を、おそらく一字一句違わず口に出しました。

 ジェラールが頬杖をついて考え込み、ややあって頷きます。


「ああ、なるほど。要するに、ボクを説得した事実があればいいんですよ。説得内容を明確におっしゃられていませんから、何の説得だろうが構わないと思います」


 ルーシェリカさんはハッと息を飲みました。

 私もシュダァ様の言葉を思い返して、考えます。


 ……確かに。

 引き受けるようジェラールを説得をしろ、説得を手伝えと言われましたが、それがシュダァ様の装備強化の依頼とは言われていませんよ。

 以前からシュダァ様が頼んでいる依頼内容がソレだとは言われましたけど、今回もそうだとは一言も明言されてないです。


 ジェラールが指摘しないで、ルーシェリカさんが気付かずに勘違いしたままならば、それはそれで良いとシュダァ様は判断していたのでしょう。

 シュダァ様に損はありませんし。

 気付かないままなら、装備強化依頼=受諾不可と考えているジェラールに断られて、どうあっても説得出来ないですからね。


 それにしても。

 ジェラールが指摘してくれたのって、彼の友好度を地味に上げていたおかげでしょうか?


「――ジェラール先生」


 私と同じように考え込んでいたルーシェリカさんは顔を上げ、真っ直ぐジェラールを見据えました。


「私の目には、先生はあの方を苦手としているように見えたのですけど……ただの勘違いだったようですね」


 目の前にいるジェラールは、実に落ち着いた様子でシュダァ様について語っています。

 確かにあの時、シュダァ様の傍に居たくなさそうな表情と空気でしたが、嫌いだったり苦手だったりする人間を語るような感じではありません。

 声音が柔らかいです。


「ええ。感謝していますし、好ましいと思っていますね。

 ですが、あの方を苦手にしているように見えたというのも、あながち貴女の勘違いというわけではありませんよ」


 はい?

 勘違いじゃない?

 どういう意味でしょうか?


「ボクはあの方が傍にいると、反射レベルで警戒態勢を取ってしまうのです。なにせ、初めてあの方に直に接した時の状態が最悪でしたから」


 反射で警戒態勢に入るって……よっぽど初対面の時、殺伐としていたんでしょうね。

 警戒するということは、その時のシュダァ様の状態が、ジェラールの目から見て大変危険に感じたということです。


「……戦闘直後にでも出くわしたのですか?」

「ええ。正確に言うなら、その時――医療知識がある人間が近場にいなかったために、戦闘中に負傷したあの方の治療を要請されて、お会いすることになったのです」


 思い返しているのでしょう。

 ジェラールは遠くを見るような眼差しをして――ブルブルと震え出したかと思うと、音を立てそうな勢いで急激に蒼褪めました。

 震える腕の振動に、カップの中のハーブティが今にもこぼれ出しそうです。


 反芻するだけで、とっくに成人した男性がそんなに怯えるって……当時のシュダァ様、どれほど怖かったんですか?

 説明されるのが怖くなってきましたよ。


 ルーシェリカさんも、ジェラールのあまりの怯えように絶句しているようです。


 ジェラールは震える手でカップを持ち上げると、ハーブティをゆっくり啜りました。

 中身が空っぽになって、ようやく落ち着きを取り戻したのでしょう。

 小さく息を吐くと、ジェラールは口を開きました。  


「……当時、あの方は纏っている服や装備の色が乾いた血色に染まるほど、全身返り血にまみれておいででした」


 モンスターの血は、その持ち主が死んで世界に還るとゆっくりですが、跡形もなく消えていきます。

 服や武器についた血も例外ではありません。


 衣服に返り血が残ったということは、おそらく、当時のシュダァ様が相対した敵は人間なのだと思われます。


「恐ろしいことに御自身は、まったく出血していませんでしたよ。接近した敵に向けて折れるほど杖を酷使したせいで、利き腕の筋を痛めていただけです」


 暗殺は短時間で達成かつ秘密裏にするものですから、多分、暗殺者を返り討ちにしたというのも違いますね。

 そうなると――出陣でもしていたのでしょうか?


 ちらっとだけ見たレイニドール王国の歴史表にですね。

 載ってたんですよ。

 何年前か忘れましたが、先王が崩御した直後に現国王の即位に反対する貴族達の反乱が発生していて。

 更に、その何年か前にも国境で紛争がありました。


 ルーシェリカさんの年齢でメイド長になっている事実から、レイニドールの成人年齢は私の生まれた世界の日本国――20歳より下です。

 エドガー様の定期モンスター討伐初参加が、6年前。16歳の時です。

 ミハイル王子も16歳になったら、定期モンスター討伐に参加すると言っていました。

 それらのことを考えると、多分、レイニドールでの成人年齢は16歳なのではないかと思われます。


 ルーシェリカさんは王宮勤務歴が3年くらい過ぎていると思うので、幼年学校やその上の上級学校が存在すると考えても、平均的な取得の平民出身者が就職する年齢って、12~14歳なのではないでしょうか?

 貴族はもう少し年齢が上がるにしろ、似たようなものでしょう。


 ああ見えて30半ばであるシュダァ様は、反乱を起こした貴族連中の討伐と国境紛争の鎮圧、両方とも参加していたとしても全然おかしくありません。

 ジェラールも新人の頃と考えるなら、ギリギリですけど紛争の時期も王宮務めしていそうです。

 つまり、この2人の初対面は従軍中の可能性が高いということに。

 その最中の戦闘後――殺伐としても仕方ないでしょう。


「――あの方は長時間の戦闘続行状態におかれていたためか、非常に気を張りつめていらっしゃたようで……周囲に向けて、加護を持たない人間さえ可視出来るほどに濃密な魔力を撒き散らしておいででした。

 あの方に、少しでも怪しいと判断されかねない行動を取っていたら、即座に放射している魔力を攻撃転換されて、確実に殺されていたでしょう。

 あの時の恐怖が過ぎたようで、本能に刻まれてしまったようなんですよ。迂闊に傍にいたら殺される、間合いから逃げろ、視界に入るな――と」


 当時のジェラールにしてみたら、空気中に大量のチリやホコリが充満した火薬庫で、チャッカマン持っているようなものだったんでしょうね。

 カチッとやった(シュダァ様に怪しいと思われた)瞬間、粉塵大爆発(攻撃魔法発動)で死亡。

 シュダァ様が返り血で真っ赤だったことを考えると、視覚的にも恐怖感倍増ですね。

まだ終わらなかったです。

次こそは!

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