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金と黒の王国2  作者: 朔夜
彼女は手探りで進む
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第26話 彼女は流される②

 実際に用があるうえ、両者に存在を気付かれてしまったので、通りすがりのメイドAになることは諦めたのでしょう。

 ルーシェリカさんは緩めた歩行速度を元に戻すと、順番に目礼をしてから近づきました。


 ルーシェリカさんはジェラールではなく、シュダァ様の方に真っ直ぐ目線を向けているので、用があるのは自分だと悟られたのでしょう。

 ある程度まで距離が縮まると、シュダァ様が話しかけてきました。


「お姫様のところの、メイド長だな。俺に何か用でも?」


 そういえば。

 シュダァ様と話すのは3回目ですけど、毎回ご主人様を『お姫様』って呼んでますね。

 姪であるご主人様を名前で呼んだりしないのは、臣籍に入っているからでしょうか?


「はい、導師シュダァ。お時間よろしいでしょうか? ご用事がおありでしたら、お待ちいたしますが」


 ルーシェリカさんはジェラールを気にするように、ちらりと目を向けました。

 先程まで、シュダァ様はジェラールに向かってずっと話しかけていましたから、まだ用事が終わっていないと判断したようです。


 一方、ジェラールは期待するようにキラリと目を光らせ、話をするために立ち止まったシュダァ様を見つめます。


 遠目だから気のせいかもしれないと思いましたが、やっぱりジェラールはシュダァ様と一緒にいるの嫌がっているような感じがしますね。

 シュダァ様がルーシェリカさんの方を向いた途端、さりげなく半歩分離れましたし。


 ルーシェリカさんに気を取られているその隙をついて立ち去らないのは、シュダァ様の方が彼よりも格段に上位者であるからでしょう。

 上位者と相対する際、下位に当たる人間は受動が基本です。

 緊急事態を除き、許されていないのに断りもなく勝手に立ち去ることは出来ません。 


「ジェラールの耳に入っても問題無いなら構わない。だが、この通りジェラールを待たせているからな。手短に頼む」


 うわ。

 ほんの一瞬でしたけど、ジェラールがものすごく嫌そうな表情になりましたよ。何か――おそらく解放――を期待するような光が消えさりました。

 笑顔か無表情しか見たことなかったので、何だか新鮮です。


 何か厄介事を押し付けられかけてたんですかね?


 向けられたシュダァ様は、ルーシェリカさんと会話するために彼女の方へ体を向けていたので、ジェラールの表情は見えなかったと思いますけど。

 ジェラールに嫌がられているのには、気付いてはいるでしょう。

 気付いていて、スルーしているのだと思われます。

 公務についている王族で空気が全然読めないというのは、かなり有り得ない存在ですから。


 名門の一族ほど、公的な場や式典に出た時、好き勝手に騒いだりしないで大人しくしているよう、幼児の段階から徹底的に教育し躾けます。

 例え、いとけない子供であろうと、公式の場に出れば年齢など関係ないのです。家の看板を背負っているも同然なのですよ。

 一族の恥になるような言動をさらす人間は、上から命じられて断れない場合を除き、そもそも公的な場所に出すことをしません。


 その中でも、特に最上位である王(皇)族は、常に不特定多数の目にさらされ続ける立場です。

 なので、そんな彼等は幼い頃からスルースキルと空気読みスキルと演技力が、結果として半端なく高くなるのですよ。

 それらを無事習得するか否かで、自分を含めた周囲の人間の心理状態・環境・評判が変わりますからね。

 自分の価値を認めさせて、ある程度自由がほしいのなら、高くならざるおえないとも言いますよ。


「では手短に申し上げます。導師シュダァ、貴方の直弟子であるセルマ様を定期的に連れ出す許可をいただきたいのです」


 ジェラールはすでに協力してもらっているので、内容を聞かれても問題なしです。


 私と同じくそう判断したらしい、ルーシェリカさんの真剣そのものといった声音に。

 シュダァ様は考えるように、少しだけ沈黙しました。


「……お姫様の命令か何かに関係あることだろう? そうじゃなければ、俺の許しなんて必要ないハズだ」

「はい、ご考察の通りです。具体的には、セルマ様に私が引き受けている討伐クエストへの協力をお願いしたいと考えております」

「セルマ本人には?」

「お話いたしました。導師シュダァの御許しがあれば、引き受けても良いとのことです」

「そうか」

 

 シュダァ様は、小さく呟いて先程より長く黙り込みました。

 その蒼い瞳に浮かぶ光は静かに凪いでいて、答えを考えている沈黙ではありません。

 すでにシュダァ様の中で決定している答えを、どういう言い方で伝えようかと考え込んでいるのでしょう。


 ルーシェリカさんは息を詰め、ぎゅっと拳を握りなから、その返答を待っています。


「俺の立場は特殊だ。よっぽどのことがない限り、誰がどう動こうとも被る影響は少ない。セルマは確かに俺の直弟子で部下だが、宮廷魔導師に対する最高司令権は陛下がお持ちであられる。本来、許す許さないなど俺が決めることではないよ」


 どうもOKっぽい流れですね。

 そう思い、喜んだ私の心境が伝わったかのようなタイミングで、シュダァ様は、ただし――と、続けられました。


「――まあ、そう正論を言っても、だ。セルマが動けば、俺の指示を受けて動いていると暇を持て余している輩に思われても不思議はない。特定の誰かに肩入れしていると目されるのは、御免こうむる」


 吹き抜けるそよ風がシュダァ様の金茶色の髪を揺らした時、その口元を薄く笑みが浮かびました。

 何度か見た、不敵で恐ろしいニヤリ笑いではありません。

 穏やかであるというのに、人に自然とこうべを垂らさせる――元王族という身分に相応しく、気品と威厳に満ち溢れた微笑み。


「――だから1つ、条件をつけることにしよう。それを果たしたから、セルマを借りる許可が降りた。誰かに聞かれた時、そう言え。俺もそう答える」

「御意」


 条件反射。

 そう思えるほど即答でした。


 シュダァ様が王族オーラ出しながら命令口調だったせいもあるでしょうが、ルーシェリカさんは命令され慣れてますからね。

 否定的な返答でないというのは聞いていれば、考えずとも分かります。熟考していない気がしますよ。

 どんな条件出されるのかってことを。


「では、早速だが。ジェラールの説得を手伝ってくれ」

「説得、ですか?」

「――えぇ?」

 

 このタイミングで自分のことが話題に出てくるとは、思っていなかったのでしょう。

 黙り込み空気と化していたジェラールが、思わず――と、いった様子で驚きの声を上げました。


「以前からジェラールの錬金術師としての腕を見込んで、度々頼んでいることがあるのだがな。いつ頼んでも本職が忙しいと渋っていて、良い返事がもらえたことがないんだ」


 シュダァ様は驚くジェラールをよそに、ルーシェリカさんに説明してきます。


 ジェラールの立場で断ることが可能だということは、シュダァ様の個人的な頼みごとなのでしょう。

 そうでないのなら、断れませんからね。

 命令として無理やり押し通すまで重要ではないものの、何度か繰り返し頼んでいる――シュダァ様はそれなりに本気だということですよ。

 断られても諦めきれないんですからね。


「導師シュダァ。いったい、どのようなモノを頼んでいらっしゃるのですか?」


 確かに、ジェラールは(9割方薬作りのために学んだんでしょうけど)錬金術師としては一流の腕前です。


 本職が忙しいという彼の断り文句は、嘘でも言い訳でもないでしょう。

 休憩時間に当たる昼間の時間も、実験体モルモットを求めての散歩に費やしているようですし、薬効の向上に余念がありません。

 休日さえ、薬品原材料の在庫集めしてますしね。


 とはいえ、ジェラールに他のことには費やす時間がないかというと、そうではないのです。

 知人以上友人未満のルーシェリカさんに、自分の用事のついでとはいえ、付き合える時間的余裕があるのですからね。

 多分、引き受ける気にならない理由でもあるじゃないかと思われます。

 

「大したことじゃない。ちょっと、俺の装備品の強化をしてほしいだけだ」

「? それならば、ジェラール先生でなくとも構わないのでは?」

「そうでもない。誰の派閥でもない人間の中で、一番腕が良いのがジェラールだからな。どうせなら、一番腕の良い奴にやってほしいのが人情ってものだろう?」


 どうも、何処にも所属していない中立だという点が最も重要っぽい。

 シュダァ様よりの人間に任せられるほど腕が良い錬金術師が居ないか、居るには居ても任せていいと思うほど信用出来ないということなのかもしれませんね。

 装備品を信用出来ない人間に預けると、強化どころか弱化されかねないですし。


 身につけるモノを頼みたい。

 何度となく依頼している事実が、ジェラールはそんなことをしない――と、いうシュダァ様の信用を物語っています。


 セリガン公爵の件といい、シュダァ様といい。

 ジェラールは役職についていないただの薬師ですが、変人で通っている割に、上の方の人間からの評価がかなり高いようです。


「左様ですか……説得なさりたい理由は理解いたしました」


 ルーシェリカさんが頷いた瞬間。

 ふっと、目の前の空間にお馴染みの光る文字が浮かび上がりました。


  このまま説得を開始する

  いったん話題を変える


 うわ。また選択ですよ……!


 この選択って、どういう意味でしょう?

 ワンクッション置いて説得するか、シュダァ様と揃って説得するかですよね?


 うーん……

 シュダァ様は今まで命じないで、地道にジェラールを説得してきたんですし。

 今更、すぐに結果を出したいとは思っていないでしょう。

 急がば回れ――と、言いますし。

 ちょっと、話題を変えてみましょうか。


 私はちょんちょんと、下方の選択肢を突っつきます。


「ところで、導師シュダァ。薬師のところに魔法薬の材料を貰いに行った――と、セルマ様はおっしゃっていましたが、そちらの方はお済みになったので?」

「いや。説得の方を優先したから、まだ伝えてもいない」


 そういえばそうだった。

 なんか、そう言いそうな様子です。シュダァ様は説得に熱を入れ過ぎて、そもそもの目的を忘れかけていたようですね。


「ジェラール。ハクライ草が欲しいんだが、在庫はあるか?」

「粉末状のものと乾燥させたものならば、工房アトリエ倉庫の方にあります。それでもよろしいのでしたら、すぐにお渡し出来ますが、どの程度必要でしょうか?」


 話題が変わったからでしょう。

 先刻とは違ってハキハキとした様子のジェラールは、尋ねたシュダァ様に聞き返しました。


「それなら粉末の方が欲しい。量は……そうだな。50ギロムあれば十分だ」


 ギロム?

 今まで読み方違うだけで、私の世界にある単位と同じ規定っぽかったですし。

 多分、グラムのことでしょうかね?


「承りました、導師シュダァ。今すぐ取りに行ってまいりますので、少々お待ち下さい」

「分かった」


 一礼すると、ジェラールは足早に遠ざかっていきました。

 進むのは工房アトリエの方向ですが――話題が変わって、間髪入れず逃げましたね。

 それだけシュダァ様が苦手なのでしょうけど、これって選択肢の失敗?


「……メイド長。逃がしたな?」

「はい。御推察の通りです」


 無表情のシュダァ様に、ルーシェリカさんは首を縦に振りました。 

 口実を得たジェラールが逃亡するのって、想定の範囲内だったようです。


「おそれながら。私の目には、導師シュダァをジェラール先生が苦手としているように映りました。2人共にあって説くより、別々に行った方が効き目があるのではないか――と、愚考しまして」

「そうかな? ジェラールは、親しい人間ほど厳しい性分だと思うが。今から俺と一緒に、根を上げさせるまで延々と説得を繰り返す方が早期に頷かせる成功率高くないか?」


 ルーシェリカさんよりシュダァ様の方が、確実にジェラールと接している期間は長いです。

 恩人フィルターが掛かっていない分、客観性もあるでしょう。

 おそらく、その評価は正しいのだと思います。


「……導師シュダァのなされた考察が正しいのかもしれません。ですが、特殊任務を受けて時間に余裕がある私とは違い、お二方は職務中でございましょう?

 自主修行のお時間である導師シュダァはよろしいかもしれませんが、ジェラール先生は勤務時間です。その上、御自分の職務に殊更熱心な方。

 2人がかりで長々と説得すれば、確かに効果はあるかもしれませんが、結果的にジェラール先生の職務妨害となってしまいます。それによって気分を害し、今回限りになってしまう可能性が捨てきれぬ以上、じっくりと腰を据えて説得を繰り返す方が良いのではないかと」

「まぁ、それもそうだな」


 ルーシェリカさんの反論に。

 シュダァ様は、拍子抜けするくらいあっさりとした様子で同意しました。


「ジェラールの気を損ね過ぎて反感を買うつもりはない。だが俺は良くとも、それでは時間が掛かってそちらが困るのではないか?」

「私は急いて事を仕損じるより、確実さを重んじます。多少時間が掛かるのは、元より覚悟の上」

「……そう」


 シュダァ様は、しばらくの間考え込むように軽く目を伏せ、顎に拳を当てていましたが、ややあって顔を上げるとルーシェリカさんに目を向けました。


「じゃあ、どっちの説得であれ、ジェラールが引き受けたのなら、先程言ったように条件を果たしたことと見做みなし、セルマを貸し出そう。そちらの説得で折れた場合、俺に会いに来てくれ。大抵、塔に居る。逆の場合、セルマを向かわせる」

「は。承知いたしました」


 ……ちょっと、気になりますね。


 シュダァ様は今まで命令ではなく、じっくり時間をかけて説得してきたのです。

 望んでいる装備品強化が必要不可欠ということじゃない以上に、ジェラールの反感を買う気がなかったから、そうしていたのでしょう。

 それなのに。

 今までの方針を変えてもいいような素振りを見せた。


 そう。

 見せただけです。

 あっさり同意しましたし、元々本気でジェラールへの対応を変える気はなかったのでしょう。

 少し考え込んでいたのも、渋っていたのではない可能性大。


 だって、シュダァ様は元王族ですよ。

 演技なんてお手のもの。

 今の立場(公爵家当主)でも、本意ではないのなら上級使用人(平民)の意見なんて譲歩せず、聞き流せばいいだけですし。


 アレ?

 私が受けたシュダァ様の印象が合っていた場合。

 さっきの選択肢の『説得する』を選んでいたら、むしろシュダァ様からたしなめられた可能性が高い気がしますよ。

 多分、気のせいじゃないでしょう。

 何のために?

 それが分かりません。


「――導師シュダァ、お待たせしました。こちらが、お望みになられたものです。確認なさいますか?」


 そうやって私が考え込んでいるうちに、姿を消していたジェラールが戻ってきました。

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