第21話 彼女は遭遇する②
ルーシェリカさんはエドガー様に退出の挨拶を述べると、丁寧に一礼して脇道から脱出。
当初の予定通り、そのまま何事もなく、道なりに冒険者ギルドを目指しました。
――なんてことにはなりませんでしたよ。
「……あのぅ?」
ルーシェリカさんは戸惑いもあらわに、その場に立ち止まって背後を振り返りました。
先程の脇道から、おおよそ100メートルくらい歩いたところなのですが――振り向いたその先には、こちらから数メートル離れているものの、エドガー様がいらっしゃいます。
「誤解するな。お前をつけているわけじゃない。目指している方向が一緒なだけだ」
溜め息を吐きそうな、だるそうな様子でエドガー様はおっしゃいました。
ルーシェリカさんと違って、わざわざ立ち止まる気がないらしく、すぐに追いつかれて横を通過していきます。
エドガー様、普通に歩いてるのに脚長いから進むの早いですね。
ルーシェリカさんはブーツで普段より視点が高いとはいえ、素の状態だと身長差30センチくらいありますし。
そんな風な答えと共に追い抜かれたからでしょう。
気になったらしいルーシェリカさんが、思わずといった様子で早足でエドガー様の後を追いかけました。
あ、駄目だ。
完全に立ち止まっていたせいで、もうあんなに離れてる……走らないと追いつけませんね。
私と同様の判断を下したルーシェリカさんが、スピードUP。走って追いかけます。
「あ、あの、エドガー殿下」
「……街中で殿下は止めろ。市民に正体がばれたら、面倒なことになるかもしれん。エドと呼べ」
「御意。ではエド様、おそれながら申し上げますが、そちらは冒険者ギルドの関連区域です。冒険者ギルドに向かわれても、アレン・サリム殿は本日いらっしゃらない予定であると記憶していますが?」
冒険者ギルドに行くなら、アレンさんに会いに行こうしているのでしょう。
ようやく追い付いて早足に変えたルーシェリカさんも、私と同じ判断をしたらしく、そう指摘しました。
「違う。アレンに用はない」
エドガー様は追いかけるルーシェリカさんに目を向けたり、歩く速度を緩めて合わせることはしませんでしたが、完全無視はしませんでした。
さっきと一緒で、何だかだるそうな様子でしたけど、ちゃんと質問に答えてくれます。
上流階級特有『俺様偉いんだぜ!』オーラを垂れ流しにしている+目力があり過ぎる悪役系美形な外見のせいで、普通にしているだけでも傲慢そうに見えますが、その辺、律儀な性分なのでしょう。
態度はだるそうですけど、お忍び中ということもあるでしょうが、今のところ言葉では身分の差を振りかざしていませんし、王侯貴族としてはかなり付き合いやすい人間っぽい気がします。
もしかして。
エドガー様がだるそうにしてるの、現状敵でも味方でもないルーシェリカさんの相手にするの、面倒だと思われているんですかね?
「アイツがいない状態の冒険者ギルドの様子を見るために、わざわざ休みだって分かった日を狙って向かっているんだ。アレンに会うのが目的だったら、わざわざ1日視察を早めない」
「……左様ですか」
本来なら、10日が王都城下の視察の日だったもよう。
アレですか?
連絡体制の不備教えに行ったことで、副産物としてアレンさんの休日知って、色々調節して予定早めたとか?
アレンさん、ルーシェリカさんがエドガー様の配下じゃないこと知っています。
今のところ表立って敵対していませんが、将来的に敵対することも充分有りうる勢力ですよ。
定期的に冒険者ギルドに視察してた場合、遭遇しても騒がないよう注意するか、反対にその日は避けた方がいい日だって忠告してきますよね。
中立っていう立場的に、自分のテリトリーで何か揉め事が発生するのは御免でしょうし。
と、いうことは……今回の冒険者ギルド視察決定したのって、今まで私が選んできた選択肢の影響のせい?
「お前はギルドに何の用がある?」
聞かれてばかりというのも損だと思われたのでしょう。
エドガー様が、そう問いかけてきました。
質問したからには逆に質問されるのも予想していたのでしょうね。
ルーシェリカさんは戸惑うこともなく、あっさりと答えます。
「冒険者ギルドの采配する職務の一部を利用し、我が君、ナタリー様がお望みになられていらっしゃることを遂行しているためでございます」
「……ああ。あの噂は本当だったようだな。お前がそうか」
やっぱり噂になってましたか。
もう王城の方でも広まっているようですね。実行者は誰かまでは知られていないようですけど。
すでに討伐クエストを2件こなしていますし、情報漏れが早いというわけではありません。
民衆の支持率を上げるべく報酬は寄付しているのですから、広まるのが目的です。緘口令なんてモノを関連する人間にひいたりするのって、そもそもの目的の妨害になりますから。
「……お前1人で行っているのか?」
「いいえ。知人の助力を得ることが多いです」
「そうだな。お前1人じゃ、無謀……とまではいかないが効率が悪そうだ」
ええ。身辺護衛職も兼ねている職務の割に、低レベルですみません。
正直、もしもご主人様がルーシェリカさんよりレベル高かったら、もの凄くへこむと思います。
……少なくとも、エドガー様ってジェラール(文官。でもレベル18)よりも上でしょうし、有りえないと言えないところが何ともモヤモヤしますよ。
ルーシェリカさんはエドガー様に何かを言いかけ、ふと口を閉ざしました。
早足から普通の歩く速さに速度を緩め、エドガー様から前方に視線を移します。
あ。
話しているうちに冒険者ギルドにつきましたね。
ルーシェリカさんは、チラホラいる利用者の耳目を憚ったのでしょう。
ルーシェリカさんが速度を緩めたので、エドガー様の方が先に冒険者ギルド内に入りました。
施設内の説明を聞くためでしょう。真っ直ぐ受付に向かうエドガー様の後ろ姿を見送って、放っておいても大丈夫そうだと確認出来たからでしょう。
いつものように選択肢が空中に浮かびます。
受付に向かう
掲示板に向かう
冒険者ギルドの外に出る
今日は元々、『ソードバニィの角』を引き取ってもらいに来たのです。
『受付に向かう』ですね。
「確かに……2本共にソードバニィの角ですね。ところで、この2匹とは何処で遭遇しました?」
分布状況でも調べているのでしょう。
支払いカウンターのおにーさんに、そんなことを聞かれました。
「1匹目は街道、2匹目はノウェル丘陵へ向かう途中でした」
「傍にカットバニィはいませんでしたか?」
「ノウェル丘陵に向かう途中の方は、カットバニィの群れと一緒でしたので、群れごと倒しましたよ」
「なるほど……ご協力ありがとうございます」
白紙に何やらメモを取っていましたが、晴れて謝礼金げっとです。
合計1000ギラー。
1匹500ギラーですか。お弁当が1個20ギラーで買える相場を考えると、良い値段です。
ソードバニィ自体、そこまで強いモンスターではありませんから、討伐の謝礼金としてはかなり割が良いほうだと思いますね。
何としても殲滅してもらいたいんですから、割良くしてるんでしょう。
受付に向かう
掲示板に向かう
冒険者ギルドの外に出る
さて。目的は果たしました。
もう帰ってもいいのですけど、新しいアイテム依頼が入っているかもしれません。
一応、美味しい依頼がないかチェックしましょう。
そう考え、掲示板に向かったところ――またしてもエドガー様と遭遇しました。
エドガー様の傍には、サラさんがついています。
ルーシェリカさんはピキリ、とその場で硬直しました。
うん、私も自分の肉体があったら固まっていたでしょうね。
どうもサラさんは、施設を案内しながら説明しているようですね。
エドガー様の目的は視察なのですし、それ自体はおかしな光景ではありません。
……これ誰? と、思わず聞きたくなるレベルまでエドガー様が変貌していなければ。
「あら、シリス様。おはようございます」
固まっているルーシェリカさんに気付いたサラさんが、挨拶をしてきました。
サラさんにしてみれば、王宮務めのルーシェリカさんは機嫌を損ねたくない人物ですし、通りすがりに見かけたら挨拶するのは当然でしょう。
こんな風に、エドガー様に掛かりきりになっていないということは、第1王子だというのを前面に出してはいないようですね。
一般人、もしくは低位貴族の見学者という扱いでしょうか?
「……お、おはようございます」
硬直が解けたルーシェリカさんはエドガー様を凝視しました。
「あら? お知り合いですか?」
一瞬、エドガー様の眼が刃物のように鋭く光りましたが、瞬時にサラさんがいるのを思い出したのか、ふんわりとした柔らかな笑顔を保ちます。
そのまま、サラさんの問いかけにも笑顔で頷きました。
出会い頭、硬直・凝視という明らかに知人っぽいコンボを決めていますから、知らないと否定出来なかったもよう。
うわぁ。
知ってはいましたが、さすがにレディ・マクスリールと同母姉弟だけありますね。
にっこりと微笑っているだけなのに、冷徹そうで目つき鋭くてちょっとした動作が色っぽい威圧たっぷりな悪役美形が、キラキラ爽やかで神々しさすらある優しそうな美形に、華麗なるクラスチェンジを遂げていますよ。
よくよく見ると、確かにパーツも全部一緒でエドガー様と分かるのですが、全然別人に見えます。
逆説的に、レディ・マクスリールも真顔だと相当印象が変化するということですね。
人物図鑑いわく、妖艶な美女ということですが、実際はどれほどの変化なのか興味が湧いてきました。
「久しぶりだな、シリス嬢」
エドガー様に。キラキラオーラが物理的に刺さりそうなほど輝く笑顔で話しかけられて。
ひゅっ、とルーシェリカさんが戦慄もあらわに息を呑んだのは、無理からぬことでしょう。
「は、はい、お久しぶりです。エド様」
ガチガチに緊張しきって見える態度のルーシェリカさん。
エドガー様の笑っていない眼差しが、余計な事口に出すんじゃねぇーぞと無言で語っています。
怖いですよ!
どうも見学個所はここで最後だったらしく、サラさんは掲示板を興味津々で眺めるエドガー様(笑顔)に向け、丁寧な様子で仕事に戻ることを告げると、立ち去ってしまいました。
ああ、待ってぇ!
このヒト、連れてってください!
じゃなきゃ、私も一緒に立ち去らせてくださいよぉ!
「…………あの、エド様」
「何だ?」
エドガー様は、輝かしい笑顔で振り返られます。
今は突っ込むなってことでしょうか?
ごくり、とルーシェリカさんは緊迫した様子で唾を飲み込みました。
「お、おそれながら申し上げます。普段は何故今のようになされておられないのですか?」
あ。迫力負けしなかったんですね。
凄いです。ルーシェリカさん、頑張って!
怯まなかったルーシェリカさん相手に、エドガー様はふっと笑顔を消しました。
うん。こっちの方が迫力あって威圧感ありますけど、しっくりきますね。
「……笑っていると、やたら寄ってくるからな。私は姉上と違って、避けられる馬鹿の相手なんざ、必要以外ごめんこうむる」
つまり。
第1王子という身分でただでさえ寄ってくる貴族が、笑顔で居ると近寄りがたさが薄れるせいで、なおのことわらわら寄って来て、いちいち相手にするのが面倒臭いということでしょうか?
「では何故、今はそのようになされているのですか?」
「……この顔が、初対面の相手に悪印象を与えやすいのは自覚しているからな。視察先で悪印象を残す気はない」
エドガー様、自覚あったんですね。
王城ではあえて笑わないで周囲を威圧、それ以外の場所で会った一般市民には笑顔でフレンドリー。
……もしかして軍部では人気ある理由って、いっぱしの武人だからっていう尊敬だけじゃなく、定期討伐でたまに笑顔を見るからだったりして?
ギャップ萌えとか。
「ところで。お前が受けているのはここのモノか?」
「はい、エド様。主にこちらで張り出された討伐クエストの方を引き受け、依頼数を狩っています」
「ほぉ? どうやって探し出すんだ?」
興味深そうに聞かれたその時点で、私は嫌な予感がしました。
ルーシェリカさんはそうは思わなかったのか、それとも上位者の質疑には誠意を持って応じるという教育がされているのか。
討伐クエストの掲示板を背に、エドガー様へ説明を続けます。
「こちらをご覧いただけますか?
このように、依頼票に何処で標的であるモンスターが出没しやすいのか、記入されているのです。ですので、その出没しやすい場所に向かって、規定数を満たすまで標的を探し続けるのですよ」
「そうか。ならば、1日で規定数集まる可能性は低いな」
「はい。エド様のご考察の通り、難しいですね」
マンドラコラの件は1日で規定数に到達しましたけど、実際1日でクリアするのは難しいでしょう。
いくら大量発生していても、同じ場所に複数集まっていない可能性も高いですから。
「戦闘力だけではなく、体力や忍耐も必要な仕事ということか……それに耐え、なんとか上手く依頼を達成出来たことによる開放感から、無闇やたら騒ぎたてる冒険者が出てくるのは、職務内容上仕方がないことかもしれんな」
そういう見方もありますか。
冒険者って、王侯貴族から見ると全体的にそんなに良くないイメージがあるのでしょう。
要するに、何でも屋ですからね。
地方から出てきて、住所不定の者も多いようですし。
エドガー様はアレンさんという例を身近に知っていますが、若干偏見があったもよう。
「………今日は1日空けたから十分時間はある。実際に、どんなことをしているかやってみるか」
はい?
普段のエドガー。
魔王様っていったら納得される。マゾの気がある人には冷ややかに一瞥して欲しい、踏んで下さいと密かに大人気。
笑顔のエドガー。
とっても爽やか。衣装が白系統だと神々しさも足される。
威圧感がゼロなので、ふらふらと男女問わずに人が鑑賞しに集まってくる。




