第20話 彼女は遭遇する①
西の塔から出ると、ルーシェリカさんは食堂で昼食を済ませ、再び着替えました。
ロゼと約束しているからか、選択肢が浮かぶこともありません。
王城から街に出て、いつもは通らない方向――貴族の邸宅が連なる地区へと足を進めます。
さすがに城はありませんが、その地区は豪邸が建ち並んでいました。
隣家との間にも一定の距離があり、狭い場所に無理やり詰め込んでいるといったような密集感はありません。
煌びやかな邸宅、広々としているもののシンプルな邸宅、素材は高級品でも派手さはない邸宅――その場所に住んでいる貴族の嗜好が出ているようで、観察し甲斐があります。
ただ。
王城を見慣れているルーシェリカさんにとって、いち貴族達の別邸に興味はないのでしょう。
ロゼのいるクエレ伯爵家の別邸を探すためか、他の邸宅に目を向けはするものの、すぐに目を離してしまうので、私が観察する時間はごくわずかしか持てません。
しばらく通りを歩き続け、ルーシェリカさんはレンガ造りのある邸宅の門に目を向けたところで、見つけた――と、小さく呟くとそちらに向けて真っ直ぐ歩き出しました。
どうやら、ようやくクエレ伯爵家の別邸が発見出来たようです。
ロゼがちゃんと話を通してくれていたのでしょう。
明らかに平民と分かる服装のルーシェリカさんを、門番の兵士は名乗っただけであっさり通してくれました。
兵士に先導を任された小間使いらしき少年の後を追って、邸宅内にお邪魔します。
「――それでは、シリス様。お嬢様が来られるまで、しばらく掛かります。申し訳ありませんが、その間ここでお寛ぎください」
通された場所は、応接室らしき場所でした。
調度品の質の様子からして、重要な賓客を通す部屋ではなさそうです。
テキパキと動くメイドさんによって、お茶とお菓子が用意されると、小間使いの少年はそう言って立ち去りました。
客を1人で放置する気はないのか、メイドさんは室内に控えています。
……また紅茶ですね。
名称は違ってもコーヒーがあるんだから、緑茶もこの世界にありそうなんですけど。
ぎぶ・みー・ぐりーんてぃ。
紙幣が流通し、小切手が存在しているのです。
19世紀後半から20世紀初めくらいの時代背景的にも、他の大陸製品とか出回っていそうなのに。
やっぱりヨーロッパ(地理・気候的に北欧)風味だから、アジア圏の嗜好品は一般的ではないのですかね?
食堂での食事でライスは一度も見かけていませんし、<青い鳥>でも米を扱っていません。
魚も1回しか食卓に出てきませんし、この際、塩焼きでもムニエルでも構わないんで食べたいです。私的に魚>肉なので。
そもそも。
この世界の食事が不味いわけではないのですけど、むしろ使用人向けとはいえ王城の食事ですから美味しいんですけど、ちょっと私にはコッテリし過ぎてるんですよね。
そのうえ、日本人に刻まれた本能と言うべきでしょうか?
ふっくら炊けたご飯を、醤油を、大豆製品を舌が求めるのです。
ああ。日本食が恋しい……私は精神だけの存在だというのに不思議ですね。
この世界が現実と自覚して、早1週間――そろそろアミノ酸欠乏症状が出て来たのでしょうか?
「待たせてごめん。ルー」
つらつらと豆腐の味噌汁に想いを馳せていた時、ロゼが姿を現しました。
格好こそ今朝見た革の鎧姿ですが、真赤な髪は香油で手入れされて艶めき、うっすらと化粧しているので印象が異なります。
アイラインが引かれて元々大きな目が更にくっきりして見えますし、マスカラで睫毛が長く見えます。パールピンクの口紅は、ロゼの肌によく似合っていますね。
どうやらルーシェリカさんの来訪を知らされて、大急ぎで服だけ着替えて来たようです。
「私は貴女の好意に甘えて、お願いしている側なのよ。待たせることくらい、気にしないでいいのに」
「でも先約はルーの方だよ。だから、待たせるの嫌」
苦笑するルーシェリカさんに対し、ロゼはそう言い切りました。
「昼食は摂ってきた? まだなら、軽食を用意させるけど」
「食べてきたから必要ないわ」
「そう? じゃあ、行こう」
そんな会話が2人の間で交わされて、ロゼを見送りに出てきた使用人達の視線を背に、クエレ伯爵邸を後にしました。
なんだか、ロゼの様子は実家から逃げ出しているような感じですね。
彼女にとって平民として暮らしてきた時間の方が長いですから、伯爵令嬢として扱われる邸宅に居づらいのかもしれません。
「それで、今日はどうするの?」
「今日も討伐依頼を手伝ってほしいのよ。標的は、ルバウルフ」
「ルバウルフ? なんでルバ草原に居るはずの狼系モンスターが、この近辺に居るの?」
なるほど。
『ルバ』と言うのは地名だったんですね。納得です。
ロゼの口振りからして、本来王都周辺に生息しているわけではない様子。
「カットバニィの異常繁殖の悪影響みたいよ。獲物がこっちの方にたくさんいるから、追いかけてきたようね」
「話には聞いていたけど、相当数増えているんだ……想定してない実害も出ているようだし、この分じゃあ近いうちに出撃かな」
アレンさんの依頼を受けたあの日から3日――騎士見習いという末端であるロゼの方にも情報が通っているということは、エドガー様が知らせたその日のうちにカットバニィの件を広めてくれたということでしょう。
大勢の人間の生活に悪影響を及ぼしかねない事態のせいか、軍部も極めて真面目に受け取ったようですね。
そんな風にロゼと話しながら王都から出て、水の4日と同じように街道周辺を探索しました。
ルバウルフは群れて行動する習性がないのか、2度遭遇しましたが、1匹ずつです。
ランクCであるのは伊達ではなく、なかなか倒すのが難しかったですよ。
今まで相手にしてきたモンスターに比べると、かなり素早いからこちらの攻撃が命中しても、クリーンヒットになりにくくて。
ジェラールに魔法一発で倒されたとはいえ、けして甘く見ていたわけではないのですが、ルーシェリカさん単独では無事に倒せるかどうか微妙ですね。
次のロゼ同行まで、王城でセルマ懐柔+ロゼ&ジェラールとの交流を深めるだけにしましょう。
目標まで、あと6匹――今回の討伐クエスト達成までは、まだまだ時間が掛かるようですね。
代わりといってはなんですが、『採取D』を会得しているおかげでしょう。
スーニ草を3束手に入れました。
知識にないので名前は分かっても、効果のほどは分かりませんよ。
王都を出発した時間が遅かったからなのか、ルーシェリカさんとロゼはさっさと王城に戻りました。
そして、さくさく時間が進んで翌日。
私はソードバニィの角を背負い袋(大)に詰めると、まずは神殿に向かいました。
今日は風の9日なので、冒険者ギルドに向かってもアレンさんと出くわさない日です。
単に、先にステータスUPを優先させたのですが……
相変わらず外見年齢性別がさっぱり不明な神官セシルさんに祝福してもらって、カーティス神に祈ってから闇神殿を出て、『冒険者ギルドに向かう』を突っつき――数歩も行かないうちのこと。
唐突に、選択肢が空中に浮かび上がりました。
何か違和感があるような気がします。
どうしますか?
気になる
気にしないで歩く
ルーシェリカさんは何を見たのでしょう?
私以外時の止まった空間で、周囲の状況を観察してみました。
早朝――とまではいかないものの、現在はまだ早い時間帯です。
営業を始めた商店がチラホラある程度。
そんな通勤通学に差し掛かっている微妙な時間帯のせいか、通行人そのものは結構多いですね。
いちいち1人1人確認したり、何か事件が発生しているかどうか確かめたりするのは、だいぶ手間取って面倒くさいことになります。
選択肢の内容的に、ルーシェリカさんは視界内に何がしかの違和感を覚えた様子。
どうしましょうかね?
その違和感を無視するか、追求するか。
う~ん……
今まで私は基本的に、2択の時は必ず肯定的な方を選択してきました。
朝っぱらの街中で、危険に巻き込まれるというのは考えにくいですし――何が起こるか予測出来ませんけど、ルーシェリカさんの違和感が気になるんで、ここは『気になる』で!
ルーシェリカさんはしばらく首を傾げていましたが、1つ頷くと歩き出しました。
進んでいるのは、先程選択した冒険者ギルドのある道です。
何度も足を運んでいるので、私にもどの方角に向かっているか分かるようになりました。
ルーシェリカさんは冒険者ギルドの方角に向かっているというより、十メートルほど前方を進む1人を真っ直ぐ見据えているので、その人間のあとをつけているようです。
あとをつけている人間は長身でかなり体格がいいため、男性だというのは分かるのですけど、衣服と同じ白地の帽子をかぶっているので髪の色が隠れて分かりません。
誰なんでしょうかね?
ルーシェリカさんは数分ほど、ストーキングを実行し続け――角を曲がった瞬間、唐突に右腕を掴まれました。
いきなりのことに驚く私を置き去りにして、そのまま勢い良く、凄い力で住宅と住宅の間にある細い脇道に引きずり込まれます。
ルーシェリカさんも驚いているのか、ろくに抵抗していません。
「…………つけてくる者が居ると思ったら、お前か」
背後から咽喉に押しあてられた冷たい刃の感触と同時に、ごく近距離で響く低い声。
ほんのかすかに、森の香りを連想させるいい匂いが漂ってきます。それくらい、ストーキング対象だった相手が至近距離に居るということですが。
正直に言いましょう。
聞き覚えのある――おそらく一度耳にしたことがあれば、人違いなど起こさない美声です。私が友人のように声ヲタだったら、喜びのあまり奇声を上げそうなほどの。
でも、こんな所に居るはずのない人の声なのです。
ルーシェリカさんも自分から動こうとしていません。
彼女もこの声の主が誰か分かっているからこそ、余計に動けないのでしょう。
「目的はなんだ? ルーシェリカ・シリス」
押し当てられた短剣の腹が、一瞬ぐっと咽喉を圧迫したせいで少し苦しいです。
黙ってないで、さっさと吐け。
言外にそう示しているのでしょう。
ルーシェリカさんはそれに対して抵抗することなく、気を取りなすように、ふぅっと1つ溜め息を吐きました。
「――私の見間違いかと思い、万が一を考え、思わず後をつけましたが……何故貴方様が、このようなところにお1人でいらっしゃるのですか? エドガー殿下」
そう。
悪役顔こと、ご主人様のライバルである第1王子エドガー様です。
ルーシェリカさんは確信があってストーキングしていたわけではありませんでしたが、この声で確定ですね。
「……事前情報を掴んで計画していたからではなく、単なる偶然だと?」
「はい。配下ではない私をお疑いになられる理由も分かりますが、まったくの偶然でございます。神殿に参拝した帰りがけに見かけた次第です」
事前情報と言っているので、エドガー様は突発的に無断で王城を抜け出してきた――と、いうわけではないようですね。
護衛の姿が見えませんけど、ちゃんとした話し合いがもたれて決まった公務的なお忍びなのでしょうか?
ルーシェリカさんの説明に、一応納得してくれたのか。
咽喉から刃物の冷たい感触が消え、ずっと掴まれていた右腕が解放されました。
ほっ。
ルーシェリカさんが振り返ると、背後に居たのはやはりエドガー様でした。
貴族街以外を散歩する可能性もある貴族にうっかりバレて騒がれないようにか、一応変装らしきモノはしていますよ。
サラサラの髪をピシッとオールバック。
あんまり変装らしい変装ではありませんが、着ている衣装も白系統明るめなので、王城で遭遇した時とは正反対。身につけている色彩がガラっと変わっただけで、かなり雰囲気が変わって見えます。
遠目では別人だと感じるほどで、ちらっと見ただけで違和感を覚えたルーシェリカさんを誉めるレベル。
エドガー様は服の色を明るくしただけで、爽やかさが倍以上にUPですが――王城で会った時との違和感がもの凄いことに。
その暗色系統+ゴージャス風味だった時よりは、威圧感が薄まっている事実が救いですね。
エドガー様、全体的に色素が薄いので、暖色寒色暗色なんでもござれで似合うのでしょうけど。
ただ……貴族ということが丸分かりの、目立つ銀髪を人目から隠すためでしょう。
帽子を深めにかぶっているのですが、やはり目力が半端ないのは変わらないので、堅気じゃない雰囲気を相変わらず放出していらっしゃいます。
真面目に、実はイタリアンマフィアの若き美形カポですと言われれば、もの凄く納得出来ますよ。
今着ていらっしゃる服、形がスーツに似てるんで。
「お1人のようにしか見えませんが、護衛はいったい何処にいるのです?」
「護衛なら、今もちゃんと何人か周囲に居るぞ」
一瞬だけ、ちらっとエドガー様は明後日の方向に目を向けました。
ルーシェリカさんはその方角に目を向けると、納得したように頷きます。
私にはまったく分からなかったのですが、本当に護衛らしいヒト達が潜んでいたようですね。
「左様ですか……釣りを邪魔してしまったようですね。申し訳ありません」
「別に構わん。小物しか簡単に引っかからない釣りだ」
あらら。
護衛が手が届く距離に居ないのは、近距離の襲撃はエドガー様本人で対処出来るのと――一見無防備に見せかけるためだったようですね。
あえて城下お忍び視察情報を事前に掴まれてもおかしくないほど緩めておいて、まんまと引っかかった襲撃者から逆に依頼者を引きずり出す予定でもあったもよう。
小物しか掛からないって分かっているのにそうするってことは――最近、王城の方で襲撃でもされたのでしょうかね?
最近、よく執筆中にこたつの魔力に負けて、まとまった文字数を書くのに時間が非常に掛かります。




