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プリマステラ 〜ひとりぼっちの幼馴染を一番星にするまで〜  作者: 星澄夜


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9/18

9「セレネ」

 セレネ。


 その名前は、もちろん前から知っていた。


 ステラ界隈の流れは、いつもひととおり追っている。誰が伸びていて、どういう配信が人気なのか。ルミナをプロデュースする以上、業界の地図を頭に入れておくのも、私の仕事のうちだから。


 その地図の中でも、セレネは、今いちばんホットな場所にいた。


 大手事務所所属の新人ステラ。デビューは私たちよりちょっと早いだけなのに、登録者はもう桁が違う。白銀の髪。足元には、跳ねる光の兎、おまけに兎耳。完全な厚ミラ――現実の姿を、AR(拡張現実)で根こそぎ作り替えた、月の兎をイメージした意匠をまとう配信者。界隈では、白銀の姫と呼ばれているらしい。


 新人で今いちばん勢いがあるのは、間違いなく彼女だった。


「ねえ、そら」


 その晩、私の部屋で、ルミナが神妙な顔をしていた。スマホには、セレネのチャンネルが映っている。


「この人、私のこと、配信で言ってたでしょ。それに、今いちばん伸びてる新人ステラなんだよね。だったら、ちゃんと見ておきたいなって」

「……どうして?」

「うん。私にないもの、いっぱい持ってる人だと思うから、参考にしたいんだ」


 少し、驚いた。


 名指しされて、怖がるでもなく、相手を見て学ぼうとしている。ルミナの中でなにかが着実に変わっている。


 そして、悪くない判断だ。


 視線を向けられたときは、目を逸らすより、正面から見ておくほうがいい。強さとかじゃない。逃げなかったという事実が、自分を支えてくれるから。


 ちょうど今夜、セレネの配信がある。私も、ちょうどしっかり見ておきたいところだった。


 というわけで、私たちは並んで、スマホの前に陣取った。










『みんな、こんばんは。セレネよ。今日も、うちに時間くれて、おおきに』


 第一声で、分かる。


 ……うまい。とんでもなく、うまい。観衆に聞かれることを意識している声。自分に注目を集める方法を知っている視線。とても新人の貫禄ではない。


「すごい! キラキラのミラージュだ。それに声まできれい!」


 ルミナが、無邪気に拍手している。敵情視察に来たはずなのに、もう普通にファンになっている。


 まあ、ルミナらしいっちゃらしいけどね。


 でも、私が見ているのは、別のところだった。


「……演出、すごいな」


 気づけば、口が動いていた。


「顔の陰影がいちばんきれいに出る角度に、照明が固定してある。背景の兎のエフェクトも、派手なのに、主張しすぎてない。コメントも誘導してて、たぶん全部、計算ずく」

「セレネちゃん、やっぱすごいの?」

「すごい。これだけのこと、毎回やってのけてるなら、本物だよ」


 ルミナは「やっぱり!」と無邪気に喜んでいる。


 でも、その完璧な劇場をしばらく見ていると、私は、少しだけ引っかかりを持った。


 ……隙が、ない。いや、なさすぎる。


 配信は、本当はもっと隙があっていい。噛んでもいいし、間違えてもいい。ルミナの配信が伸びたのは、その隙――生身の人間が、そこにいる感じが、好かれたからだ。


 でも、セレネの配信には、それがひとつもない。まるで、隙を見せたら全部終わる、とでも思っているようだ。


 ここまで完璧な(ミラージュ)を作り込むのは、もしかしたら、その下にある素の自分を、あまり信じていないのかもしれない。盛らないと価値がない、と、どこかで思っているのかもしれない。


 ……なんて、あくまで私の勝手な想像だけど。


 でも、もし、そうなのだとしたら。


「……手強いな」


 私は、ぽつりと言った。


 ライバルとしての手強さと、それから、この子はきっと、簡単には崩れてくれない。自分を貫き通す。そういう類の強さを持っている。


「うん! すっごく手強そう!」


 ルミナには、私の言葉の意味はたぶん伝わっていない。それでいい。私が感じた怖さは、今はまだ、私だけが持っていればいい。










 セレネの配信を見終えて、数日が過ぎた。


 チャンネルの数字は、相変わらず伸び続けていた。歌枠も、ゲーム案件も、ぜんぶがいい方向に転がっている。バズで来た人の何割かは、ちゃんと配信に残ってくれていた。波が引いたあとには、陸地が前より広がっていた。


 そんな、ある日の夜。


 配信を終えてだらだらしていたとき――私はその隣で編集作業をしていたのだけど――ルミナのチャンネルに、通知が1件、届いた。


 プラネタリアの、公式アカウントから。


「んー、何かな? ……えっ」


 画面を見たルミナが、固まった。


「そら……これ」


 おそるおそる差し出されたスマホを、覗き込む。


 通知は、洒落た書き出しで始まっていた。


 ――『あなたを、誰かの一番星(プリマステラ)へ。』


 その下に、続きがあった。本年度プリマステラの候補に、あなたが選出されました――と。


 ……来た、か。


 正直に言えば、半信半疑だった。ルミナが伸びているのは分かっていた。でも、新人賞の候補に本当に名前が挙がるかどうかは、また別の話だ。ロジックが秘密主義のプラネタリアの評価システムで絶対はない。願ってはいたけれど、期待しすぎないようにもしていた。落ちたときに、落胆する顔は見たくなかったから。


 でも、ちゃんと、届いた。


「プリマステラって……あれだよね。年に1回の」


 ルミナが信じられないといった表情で呟く。


「……うん。その年、いちばんたくさんの人に見つけてもらえた新人(ステラ)に贈られる賞。投票だけで決まる。その候補に、ルミナが入ったんだよ」


『すごいね、やったね』なんて、私が言うより早く。


 ルミナは、ぱっと顔を輝かせた。


「えへへ……すごい、なんか、すごいね! ノミネートだって! なんだか信じられないよ。私、がんばってきてよかった! あ、もちろんそらのおかげだけど……」

「そんなことない。ルミナが頑張ってたことは、知ってるから」

「……なら、2人の努力の成果だね!」

「そういうことにしておこうか」


 私が、そう言うと、ルミナがにんまりと笑った。


「でも、そっか。一番星(プリマステラ)かあ……。なれたら、いいなあ」


 私の前で見せる、いつものルミナだ。明るくて、前向きで、単純で。


 でも――そのあと、ルミナは、ふっと黙った。


 手の中のスマホを、じっと見ている。輝いていた表情から、少しずつ、明るさが引いていく。喜びが過ぎたあとに、何か別の感情が、ゆっくり追いついてくるように。


「……そら」


 しばらくして、ルミナが、小さな声で言った。


「私さ、今、すごい、嬉しかったんだよ。ほんとに。でも……やっぱり、ちょっと、怖さもあるんだ」

「怖い?」

「だって、一番星(プリマステラ)になるために頑張るってことは、もっとたくさんの人に見られるようになるってことだよね」


 ルミナの声が、細くなっていく。


「私……目立つの、ずっと怖かったんだ。目立つと、ろくなことがなかったから。最近は、見られるのって、そんなに苦しいことばかりじゃないって、ちょっとずつ分かってきたけど」


 ルミナが一呼吸置いてから、言葉をこぼす。


「でも、まだ心のどこかで、それを怖がってる、私もいるから」


 金色の髪。生まれつきの容姿。それで、この子がどれだけの目に遭ってきたか。私は、その全部を知っているわけじゃない。でも、知っている範囲だけでも、十分すぎるくらいだった。


 ルミナにとって、目立つことは、長いあいだ「傷つくこと」と、同義だった。


 私は、何も言わずに、続きを待った。


 ルミナは、膝の上で、耐えるようにぎゅっと両手を握って。


 それから、自分に言い聞かせるみたいに、ぽつぽつと続けた。


「でもね、配信始めてから、うれしいこともいっぱいあったんだ」


 ルミナが、何かを思い出すように目を閉じる。


「見つけてもらえるのって、思ってたよりずっと、あったかかったから」


 顔を上げる。


「だから、怖いけど、出来る限りやってみたい。今までの私を、変えたい……、なんて、ちょっと大げさかもしれないけど」


 その目を見て、私は、何か気の利いたことを言おうとして――やめた。


 だって、ルミナが。あの、ルミナが。少し前までは思いもしなかった、こんな前向きなことを言うなんて。


 ルミナの人生からすれば、ほんの短い配信活動。その中で少しずつ、ちょっとずつ自信をつけて。それで、自分を奮い立たせようとしている。


 正直、厳しい戦いだ。足りないものを挙げればキリがない。


 だけど、通用するものも——きっと、ある。


「……うん」


 だから、それだけ言った。


「ふふ、なにそれ。そらにしては、あっさり」

「ルミナが、もう自分で決めてるからね。私が言うこと、ないかなって」


 ルミナは、きょとんとして、それから、嬉しそうに笑った。


「……あのね、そら。一番星(プリマステラ)になれたら、いちばんに、そらにお礼言うね。ありがとうって」

「ルミナ、それはさすがに気が早いよ」

「いいの、決めたから。だから、約束だよ。――私、頑張るから。そらも全力でサポートしてよね」


 そのセリフとは裏腹に、顔には不安がありありと浮かんでいる。それでも、決めた、と言うその顔は、いつもより少しだけ、大人びて見えた。


 ここから、長い投票期間が始まる。夏から秋へ。冬を越えて、春まで。たった1つの一番星を決める、長い戦い。同じ候補の中には、あの手強い白銀の姫も、きっといる。


 その入口に、ルミナは、自分の足で立った。


 ……まあ、その足が、ちょっと震えてるのは、見なかったことにしてあげよう。


 その代わり、震える手なら、いつでも握れる場所に、私はちゃんといるから。

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