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プリマステラ 〜ひとりぼっちの幼馴染を一番星にするまで〜  作者: 星澄夜


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8/16

8「協力プレイ」

 案件の話を、私はまず一人で精査した。


 ルミナに見せる前に、契約条件を全部読む。内容、報酬、拘束時間。前世でも、人を売り出す側として似たようなやり取りは何度も経験してきたから、どこに地雷が埋まっているかくらいは、なんとなく分かる。


 ざっと読んだ感じ、この案件、条件は悪くなかった。中堅とはいえちゃんとした会社で、無茶な要求もない。支払われる金額は多くはないが、私たちみたいな駆け出しには、良い宣伝になるのも嬉しい。


 問題はひとつだけ。


 ――可能であれば、いつもご一緒されている「幼馴染さん」にも、ぜひプレイにご参加いただきたく。


 ……やっぱり、そこか。


 私は担当者に電話を入れた。メールで何往復もするより、一度会話した方が手っ取り早い。


「案件の件、ご依頼いただきありがとうございます。前向きに考えております。ただ、いくつか条件をすり合わせさせてください」


 配信には映りません。これは譲れない。妥協できるとしても手元だけ。あと、ゲームの粗を無理に褒めさせる台本は受けられない。正直に面白いと思ったところを話す形なら受ける――。


 淡々と、一個ずつ通していく。相手が渋りそうな条件には、先に「御社にもこのほうがメリットがあります」と理由を添える。気づけば、先方は「ぜひその形で」と言っていた。


 通話を切って、ひとつ息を吐く。


 ……ここまでは、仕事だ。


 問題は、ここからだった。


 顔は出さない。でも、ゲームをプレイしている手元は出したい。すると今まで曖昧な存在として通してきた幼馴染さんが、少しだけ輪郭を持つことになる。


 正直、気は進まない。


 それでも。


 ルミナにとってプラスになるなら、受けない理由はなかった。










「案件、来たよ。ゲームのやつ」


 翌日そう告げると、ルミナはポカンとした顔をした。


「あんけん? アンケン……、あああああああああ、案件!? 企業案件!? う、嘘、私なんかに!?」


「私なんか、は禁止。歌でバズって名前が広まって、前から目をつけてくれてた会社が動いたみたい。順番としては、すごく健全だよ」


「で、でも、ゲームの案件なんでしょ!? 私、ゲーム下手だよ!? 0勝43敗だよ!?」


「だから、私も一緒にやる。協力プレイの新作だから。私がゲームメインで頑張るから、ルミナはトーク頑張って」


 そこで、ルミナの目が、まんまるになった。


「……そら、出るの?」

「……手元だけ、ね。顔は出さない」


 軽く言ったつもりだった。でも、ルミナはしばらく私の顔を見ていた。たぶん、私が思っているより、この子は私の気持ちを分かっている。


「……無理しなくて、いいんだよ? わたし、1人でも大丈夫だよ?」

「無理じゃないよ。この案件、ルミナにとって大きいから。それに、もう何回かゲーム配信ではプレイしてるし。同じことでしょ」


 同じこと、ではなかった。けど、そう言っておかないと、ルミナが気にしてしまう。


 主役はルミナで、私はそのために手を動かす側。それでずっと回ってきた。今回も、必要だからやる。それだけのこと。


 ね、いつも通り。










 案件配信、当日。


『みなさんこんばんは! 今日はなんとなんとーー……、ゲームの企業案件を頂きました! しかも対戦じゃなくて協力プレイ、つまり……幼馴染さんが、味方!』


《案件までたどり着くスピード早すぎて草》

《敵じゃない幼馴染さん初めてでは》

《心強すぎる》

《今日はようやく介護される側か》

《0-43は衝撃だった》


 今日のゲームは、その会社の開発した新作だった。発売したばかりで、まだ世間に攻略情報がない。みんなが手探りで遊んでいる段階の、骨太なアクションゲーム。


 コントローラーを握る。


 ……ひさしぶりに、ちょっと本気だそうか。


 ルミナとのリベンジマッチは、どちらかと言うと配信映えを狙っている。でもこれは仕事で。しかも誰もまだ正解を知らないときた。こういうのが、いちばん血が騒ぐ。


 ゲーム開始。


『えっとえっと、このゲームはアクションゲームで、最初にファイターを選ぶんですね。それで出てくるボスを倒していくと』


 ルミナが説明をしつつ、進行する。お互いに使用するファイターは事前に決めていた。


 私が前衛で戦うソードマスターで、ルミナがヒーラー。


『これなら私も役に立てそう!』


《がんばれルミナ》

《さてどうなるか》


 早速最初のボス……、それを私はほぼノーダメージで沈めた。


『え、え~!?』


 ルミナの手が、止まっていた。


『……あれ? このボス、すっごい強いって、事前情報で聞いたんだけど。初見だとまずやられるって』


《は?》

《今ノーダメで倒した?》

《初見だよね? このゲーム出たばっかだよね?》

《幼馴染さん何者???》

《ルミナのヒール0で草》


 次のステージも、その次も、さくさくっと進んでいく。私が前に出て敵を崩し、安全地帯を作る。その後ろで、ルミナがアイテムを拾い、回復を撒く。


 一度見た攻撃は、二度目から体が勝手に避ける。前世で何百、何千、何万時間も溶かしてきた感覚が、新しいルールにあっという間に馴染んでいく。


 やっぱり、こうして新しいゲームを開拓するのはやめられない。


《これ案件のはずなのに攻略動画になってない?》

《開発が想定してない動きしてるのでは》

《幼馴染さん、絶対プロとかでしょ》


 ちらっとみた同接数はかなり多い。順調だ。


 でも、それに貢献しているのは、私の腕だけじゃなかった。


『あ、今のすごい! みんな見た!? でね、このゲーム、敵が固いぶん、倒したときの音がめちゃくちゃ気持ちいいんだよ。聴いて、ほら』


 ルミナが、私のプレイを実況する。私が黙々と倒すのを、視聴者に「どこがすごいか」「何が楽しいか」翻訳して、繋いでいる。私がプレイで魅せて、ルミナが言葉で盛り上げる。気づけば、それは見事な分業になっていた。


 当初から予定していた形だけど、かなり上手にハマっている。


 ……うまくなったな。最初の頃のあたふたが、随分前の事のようだ。


 そして、本日最後の予定の大ボス。初日にクリアした人はほぼいない、と言われていた相手。


 長い攻防の末、私はとどめの一撃を入れた。画面に、でかでかと「CLEAR」の文字が出る。


 その瞬間――こらえきれずに、言ってしまった。


「……よし、勝った」


 しまった、と思ったのは、声が出たあとだった。


 まるごと。マイクが、はっきり拾っていた。


 コメント欄が、一拍、止まって。


 爆発した。


《声!!!! 助かるーー!》

《幼馴染さんがまた喋った!!!》

《概念が実体化した》

《「よし、勝った」のドヤ感すき》


『あ――』


 ルミナが、いつものように「空耳ですよ」で誤魔化そうとした。たぶん、そうするつもりだった。


 でも、できなかった。


 大ボスを初見で沈めた興奮が、まだこの子の中で冷めていなかったのだ。誤魔化しの言葉より先に、こらえきれなかった本音のほうが、口から飛び出した。


『みんな、今の見た!? そら、すごくない!? あんな強いボス、初見で倒しちゃうんだよ!? 私のそら、ほんとに、ほんとにすごいんだから!』


 ……ルミナ。


 今、はっきり言ったぞ。私の名前。


 しまった、という顔をするより早く、コメント欄が、その2文字を捕まえていた。


《そら、っていうんだ》

《名前判明》

《「私のそら」、てぇてぇ?》

《幼馴染=プロデューサーの、そら……つまり》

《そらPか》

《そらP、いい響き》


 ……そらP。


 誰かが書いたその呼び名が、ぱらぱらと連鎖していく。ルミナがうっかり零した名前と、プロデューサーという立ち位置。それが、勝手に一つに繋がって、形になっていく。《そらP》《そらPいい声》《そらP本職説》。


『あっ……! ち、ちがっ、今のは、その……! 幼馴染のそらって意味で! 私の、じゃなくて! いや、私の幼馴染ではあるんだけど、あわわわわ』


 ルミナが、ようやく自分の口走ったことに気づいて、真っ赤になった。「どうしよう」という顔で、画角の外に座る私を見る。


 ……どうしよう、か。


 正直、まだ少し、迷いはあった。声が出て、名前まで割れて、もう「概念」では済まない。隠れていたものが、半分、表に出る。元には戻れない。


 でも――さっき、この子は、言ったんだ。「私のそら、すごいんだから」と。私を、自慢したくて仕方なかったみたいに。


 だったら、そろそろ観念しようか。


 私はマイクのスイッチを入れた。今日初めて、自分の意思で。


「……どうも。その、ルミナのプロデューサーの、そらです。よろしく」


 コメント欄が、今夜いちばんの速度で流れていった。










 配信は、大成功だった。


 案件としても文句なし。その夜のうちに、担当者から「想像以上の反響です」と弾んだメールが来た。ゲームの面白さを私のプレイとルミナの説明で証明する形になったから、嫌な宣伝臭さも出なかった。次につながるかもしれない。


 そして、「そらP」という呼び名が、一晩で定着した。


 顔も知らない、声と手しか出ていない、やたらゲームの上手い謎のプロデューサー。切り抜きが回り、《そらPの正体考察》みたいなものまで立っていた。隠れていたはずなのに、隠れたまま、名前を持ってしまった。


 まあ、ここまで来たら、ルミナと一蓮托生というのも悪くないのかもしれない。










 その、数日後。


 別のステラの配信を流していたら、ふいに、自分たちの名前が出た。


 白銀の髪に、月の兎の意匠をまとった姿。大手事務所所属の、今いちばん勢いのある新人ステラ。名前は――セレネ。


 誰かがコメントで、ルミナの名前を出したらしい。最近伸びてる新人、と。


 セレネは、ふっと笑って、こう言った。


『あー、知ってる。「薄ミラ」が売りの子やろ。……ええんちゃう。努力してるのを見せひんのも、ひとつの才能やわ』


 涼しい横顔だった。声は、優しいくらいだった。


 なのに、その一言は、なぜか、まっすぐにこちらを指しているように感じた。

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