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プリマステラ 〜ひとりぼっちの幼馴染を一番星にするまで〜  作者: 星澄夜


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10/18

10「オリ曲」

 その夜、ベッドに入っても、なかなか寝つけなかった。


 ルミナの言葉が、頭の中で、ずっと響いていたからだ。


 怖いまま前に出る、と決めたあの子のために、私にできることはなんだろう。編集も、運用も、案件交渉も、もうやっている。


 ——あと、私にできる事。


 と、考えつつも。


 本当は、ひとつだけ思いついていることがあった。いや、思いついていたというより、最初から分かっていた。


 なんとなく目を逸らしていただけだ。


 ――ルミナだけの曲を作る。


 カバーじゃなく、ルミナのための、オリジナル曲。歌がこれだけ人気になるなら、それはきっと武器になるはず。


「……それは分かって、いるんだけど、ね」


 私はそう小さく呟いて、暗い天井を見上げたまま、目を閉じた。


 作曲はできる。前世で、それだけはやってきた。技術はある。曲の組み立て方も、ルミナの声に何が合うかも、見えている。


 なのに、いざ「作ろう」と思うと、指が止まる。心のどこかが、嫌がる。


 ……怖いのは、私のほうか。


 あれだけルミナに偉そうに語っておいて。自分は、いちばん見たくないものに、蓋をしている。生まれてから、ずっと。










 そのメロディが、頭の中で鳴りはじめたのは、そんなことを考え始めてからだった。


 編集作業の合間。お風呂の中で湯船につかっているとき。ルミナの寝顔を見ているとき。ふとした瞬間に、ずっと昔の――しばらく思い出すこともなかった、あのメロディが、勝手に流れてくる。


 そして、気づいたら、口ずさんでいる。歌詞のない、ただの旋律を。


 ふ、ふーん、ふん――♪


 ……なんで、今さら。


 それは、前世で、最後に作りかけた曲だった。たった一人、ネットで知り合った歌い手のために書いていた、一曲。私が珍しくその声に惚れ込んで、誰かのために作ろうって思えた、初めての曲。サビのメロディを作って、これいいね、と言ってもらえて。でも、そこに歌詞をつける前に、相手が消えて、私も死んだ。


 サビの、メロディだけ。そこから先は、一音も進まなかった。歌詞をつけることも、ないまま終わった。


 ずっと、頭の奥に沈めていたはずだった。もう二度と、開けることはないと思っていた。


 なのに最近、そのメロディが、勝手に浮かんでくる。ルミナの「覚悟」を聞いてから、ずっと。


 ……まるで、この曲が、ルミナのところに行きたがっているみたいに。










 ……結局、こうなる。頭から追い出そうとしても、出ていってくれない。


 迷った末に、私はひとまず、サビだけ、形にしてみた。


 深夜、ヘッドホンをして、前世のメロディを打ち込む。ルミナの声に合うキーを探して、コードを置いて、編曲していく。十何年ぶりなのに、手順は体が覚えていた。怖いくらい、すぐに形になった。


 歌詞も、不思議と、すんなり乗った。


 ルミナのことを考えながらメロディを聴いていたら、言葉のほうから、勝手に降りてきた。まるで、最初から、そこにあったみたいに。一行、また一行。サビの分だけは、あっという間に、埋まっていった。


 ――でも。


 そこから先が、まったく書けなかった。


 Aメロも、Bメロも、二番も。その先のぜんぶ。


 キーボードの上で、私の手は、止まった。


 頭では分かっている。理屈ならいくらでも組める。どんな音を置けばいいか、どんな言葉を乗せればいいか、教科書みたいに説明だってできる。


 なのに、一音も、一文字も、進まない。


 もう一度、サビを頭から鳴らす。その終わりから、先へ、指を伸ばす。――そこで、また止まる。何度やっても、同じだった。ここまでは、来られる。でも、その先の、一歩が、どうしても踏み出せない。


 ……たぶん。


 私が、止まっているんだ。


 どこかで、ずっと。自分でも、いつからなのか、分からないくらい、昔から。


 ……結局、私は、ここから動けないのか。


 生まれ変わって、十何年経っても。


 その夜は、結局、何ひとつ増やせないまま、画面を閉じた。










「ねえ、これ、聴いてほしいんだけど。……ルミナの、曲」


 翌朝、私は、ルミナにサビのデモを聴かせた。サビだけしかないこと、フルはまだないことを、ぜんぶ正直に言った上で。


 ルミナは、イヤホンを両耳に挿して、目を閉じて、聴いた。


 一回。二回。三回。


 何も言わないまま、ルミナは、それを繰り返し聴いた。


 そして――目を開けたとき、その顔は、泣きそうになっていた。


「これ、なに。すごい。すごく、好き」

「……おおげさ。サビだけだよ?」

「いいの、サビだけで、こんなに……ねえ、これ、そらが作ったの?」

「……まあ、ね」


 前世で、とは言えなかった。


「すごいよ! こんなの作れるなんて! ねえ、これ、私が歌っていいの? 私の曲にしていいの?」


 ルミナの目が、きらきらしていた。宝物を、見つけた子供みたいに。


 ……ああ。やっぱり、この曲は、この子のところに行きたかったのかもしれない。


 私が、最後まで書けなかった曲。でも、もしかしたら、ルミナの声に乗せてなら――その先を、書けるんだろうか。


 そう思った瞬間、胸が、ぎゅっとなった。期待と、怖さで。


「フルは、これから、ちょっとずつ作る。時間、ちょうだい」

「うん! 待つ! いつまででも待つから!」


 いつまででも、なんて。私は、一瞬、返す言葉に詰まった。昔も、同じことを、言われた気がする。誰に、とは――今は、思い出さないことにした。


「……うん。ありがと」


 それだけ言って、私は、コーヒーを淹れに立った。背中を向けたのは、たぶん、顔を見られたくなかったからだ。










 その曲のことが、思いがけない形で広まったのは、その数日後の配信だった。


 雑談の流れで、ルミナが、つい口を滑らせたのだ。


『あのね、実はいま、そらが、私のためにオリジナル曲を作ってくれてるんだ!』


 ……ルミナ。それ、まだ言うつもりなかったやつ。


 画面の外で、私は頭を抱えた。サビしかできてないのに。でも、コメント欄は、もう止まらなかった。


《えっ、そらPが作曲!?》

《作曲までできるの? 多才すぎん?》

《オリ曲! 聴きたい!》

《どんな曲? ちょっとでいいから!》


『あ、えっと、まだ全然できてないんだけどね? サビが、ちょっとあるだけで……』


《それでいい!》

《お願い、ちょっとだけ!》

《気になって眠れなくなるやつ》


 コメントが、聴きたい、で埋まっていく。ルミナが、ちらっと、画面の外の私を見た。「歌っちゃ、だめ?」という顔で。


 ……まあ、いいか。


 私が小さく頷くと、ルミナは、嬉しそうにマイクに向き直った。


『じゃあ、ちょっとだけ。サビだけ、だからね』


 息を吸って、ルミナが、歌い出す。


『降り止まないスターレイン、夜空をこぼれていく――』


 私が前世から連れてきた旋律に、今の私がつけた歌詞。


 それがルミナの声に乗って、初めて世界に流れた。


 コメントが、止まった。聴き入って、手が止まる。たぶん、そんな静けさだ。


『――まだ光ってる、みんな』


 サビを歌い終えて。


 コメント欄が、わっと沸いた。


《は? 何これ、サビだけでよすぎ》

《一気に引き込まれた》

《フルはいつ!?》

《そらP天才では?》

《ルミナの声とめちゃくちゃ合ってる》

《これ絶対バズる》


『えへへ……でしょ! そらの曲、すごいでしょ!』


 自分のことみたいに、ルミナが胸を張る。


 ……まったく。そんな、得意げになって。


 でも、悪い気はしなかった。私が一人で抱えこんでいたものが、今、たくさんの「聴きたい」に囲まれている。


 まあ、同時にプレッシャーも感じるけど。だけど、ルミナとなら、その先も書けるかもしれない。前世で、書けなかった続きを。


 その夜、私はそのサビを15秒だけ切り出して、ショートにした。配信で歌ったやつの、音源版だ。《新曲、作ってます。タイトルは、まだ秘密》。そう添えて、投稿した。


 その15秒が、夜のうちに、回りはじめていた。今までで、いちばんの速度で。










 ルミナのチャンネルが爆発している一方で、私生活はいつも通りだった。


 配信のことは、学校では言っていない。ルミナとは別のクラスだし、私は私で、教室では目立たないように過ごしている――つもり。


 でも、なぜか私は、男女問わず、声をかけられることが多かった。


「夕凪さん、放課後ひま? 一緒に帰らない?」

「ごめん! 用事あるんだ。また今度さそってくれると、嬉しい」


 角を立てないように、でも、絶対に押し切られない断り方。誰も傷つけず、しれっと引いてもらう。月に何度かあるこれを、私は事務的に捌いていた。


 今まで誘いに乗った事の方が少ないと思うんだけど、なんでそれでも私に声がかかるんだろうか。


 その日も、昼休みに告白めいたことを言われ、いつものように穏便に断った――ところを、たまたま、ルミナに見られていた。


 その夜の配信。


『はぁ……今日ね、なんか、もやもやすることがあって』


《どうしたルミナ》

《珍しくトーンが低い》


『あのね、そらが、すっごくモテるの。今日も告白されてたの、見ちゃって。べつに、いいんだけどさ。いいんだけど……なんか、もやっとして』


《あー》

《わかる》

《それは、あれですね》


『え? なに? あれって、なに? ねえ、教えてよー!』


 ルミナは、自分の感情に、名前がついていないみたいだった。本人だけが、自分のもやもやの正体に、気づいていない。


 画面の外で、私は、こっそり笑ってしまった。


 孤立していた頃は、そんなもやもやを抱える余裕もなかったのだと考えると、これもまた成長か。


 なんて、相変わらず親みたいなことを考えていた。










 ただ――その何気ない配信には、ひとつだけ見えていないものがあった。


 あとから思えば、それを、面白く思わなかった人間も、きっといたのだ。


 いつも夕凪空の隣にいて、配信で「そら、そら」と、まるで自分のものみたいに呼ぶ、あの目立つ女の子。あの子さえいなければ――そんなふうに、誰かが思っていたかもしれないなんて。

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