11「ミラージュ」
オリ曲のサビがバズって、ルミナのチャンネルは、また一段と大きくなった。
気づけば登録者数も増え、五等星に上がっている。
その通知が来たとき、ルミナは信じられないという表情をしていたが、ここ最近の様子を見れば妥当だろう、というのが私の感想だ。
もちろん、トップ層と比べれば、まだまだ。数字だけ見れば、ただの伸び盛りの新人だ。
でも、勢いはあった。とにかく、話題になりがちなのだ。歌枠、案件、オリ曲のサビ。何かやるたびに切り抜きが回って、外から人が流れてくる。バズの回数だけなら、もっと上の等級のステラにも引けを取らない。
この伸び方が続けば、四等星はすぐにたどり着く。――三等星。「人気ステラ」と呼ばれる位置も、そう遠くないうちに、視界に入ってくるだろう。プロデューサーとして、私はそう踏んでいた。ノミネートの追い風もある。ルミナは今、新人ステラの中では、特に名前の挙がる一人になりつつあった。
その先には、大きな壁があるんだけどね。まあ、時が来たら、また考えようか。
五等星に上がった、その夜。
配信は休みにして、私の部屋で、ささやかなお祝いをすることにした。といっても、コンビニで買ってきたジュースと、ルミナの好きなお菓子を広げただけ。ふたりだけの、小さなおめでとう会だ。
「ルミナ、五等星おめでとう」
「えへへ……ありがとう! そらもおめでとう! なんか、実感ないけどね。半年前からは想像もつかないや」
ルミナは、炭酸の缶を両手で持って、嬉しそうに足をぱたぱたと上下させている。
「乾杯、しよっか」
「うん! かんぱーい!」
かこん、と、缶を軽く合わせる。大人ならお酒なんだろうけど、私たちはまだジュース。甘い砂糖の味が、編集で疲れた脳に沁みた。
飲みながら、今日までのことを振り返って話す。
初配信の時とか、ゲームで私がボコボコにした事とか、歌がバズった話とか。たった半年なのに、こんなに思い出が出来ている。
ひとしきり話し終わった後、ルミナが、お菓子をつまむ手を止めて、言った。
「ねえ、そら。次は、何しよっか」
「次?」
「うん。せっかく、こんなに来てくれる人が増えたんだもん。私、もっと、いろんなこと、やってみたいなって」
……お。
「いいね。何かやりたいこと、あるの?」
「あのね」
ルミナは、指を折りながら、数え始めた。
「まず、歌枠、もっとやりたい。この前のが、すっごく楽しかったから。あと、えっと……コラボ、とかも、いつかしてみたいな。ほかのステラさんと」
「うん、コラボとかいいね」
「それでね」
そこで、ルミナは、ちょっとだけ、はにかんだ。
「いちばんは……やっぱり、あの曲。そらが作ってくれてる、オリ曲。あれのフル。早く歌いたいなあ」
どきり、とした。
「……フルは、時間かかるかもだよ?」
「うん、知ってる。急かしてるわけじゃないよ? ただ……楽しみなんだ。あの曲ほんとに好きだから。そらが作った曲を、ぜんぶ私の声で歌える日が、すっごく、待ち遠しい」
まっすぐに言われて、私は、返事に詰まった。
結局あの後も、一音も書けていない。この子の「待ち遠しい」に、応えられる日が、本当に来るのか――それは、私にも、分からなかった。
でも。
「……うん。待ってて。ちゃんと、作るから」
不思議と、その言葉は、すんなり出た。
少しずつ、私の中でも何かが変わっている。そんな実感があった。
……書けるように、なるのかもしれない。たぶん、そうだとしたら、ルミナのお陰なんだろう。
「あとね、あとね」
ルミナは、まだ続ける。指は、もう全部折り終わっているのに。まだ足りないとでもいうかのように。
「うーん、思いつかないや。でも、なんでもいいから、そらと、もっといろいろ、一緒にやりたい。歌でも、ゲームでも、曲でも。なんでも。ふたりで」
「……色々やってきたじゃない」
「まだ足りないよ! だって、楽しいんだもん。そらと一緒だと」
なんてことを、言うんだ、この子は。
私は、ジュースの缶に口をつけて、顔を半分、隠した。
お菓子が半分くらいに減ったころ。ルミナが、何かを思いついた顔で、ぱっと身を起こした。
「あ! そうだ! ねえそら、この打ち上げ、ショートにしよ!」
「は?」
「五等星記念! ふたりでお祝いしてるとこ、ちょっとだけ撮って、上げるの。VLOGってやつ? みんな、絶対よろこぶよ!」
目を、きらきらさせている。
「……私は、映らないよ」
声と手は、もう解禁してしまったけど、顔は別。画面に、自分の顔を晒すのは、まだ、抵抗があった。それに私みたいな不愛想なのが映ったら、チャンネルの雰囲気が壊れてしまう。
「えー! なんで! いいじゃん、ちょっとだけ! ちょっとだけだから」
「よくない。顔は、出さない主義なの。ルミナのチャンネルのノイズになるかもだし」
「むー……そんなことないのにな。あ、じゃあさ!」
ルミナは、ぽん、と手を打った。
「ミラージュで、盛ればいいじゃん! 顔、ぜんぶ隠しちゃえば、バレないよ! なんなら、こう、頭から、もふもふの動物にしちゃうとか!」
……ミラージュ。
確かに顔が完全に隠れるくらい、思いきり盛ってしまえば、それはもう、夕凪空の顔じゃない。仏頂面も映らない。画面から見えるのはただの、もふもふだ。
……いや。だめだ。乗るな。
だけど、そのときには、もう、私の頭の中で、別の回路が勝手に動き始めていた。
――五等星記念。人気急上昇中の新人ステラと、声だけで話題の謎P。そのふたりが、初めて一緒に映る、オフショット。
悔しいけど……回る。これは、回る。
絵が、見えてしまった。バズる構図が。投稿して、何時間で、どれくらい伸びるか。タグは何をつけるか。サムネはどこで切るか。プロデューサーとしての私が、勝手に、皮算用を始めている。
……ああ、もう。
いったん見えてしまったその絵は、どうやっても、頭から振り払えなかった。これは、もう、病気だ。
「……ちょっとだけ、だよ」
「え、やった! 言ったね? 前言撤回なしだよ!」
飛び跳ねる勢いのルミナを見て、ため息をつく。
それからタブレットを取り出して、私は、自分に、思いきり厚いミラージュをかけた。顔の上に、もふもふした白い獣みたいなエフェクトを、これでもかと重ねる。我ながらひどい。原型が、一ミリも残っていない。これなら、隣に立っても、マスコットっぽく見えるだろう。
「ふふっ、なにそれ! もふもふ! かわいい!」
「うるさい。撮るなら、さっさと撮ろうよ」
私がタブレットを構える。
「じゃあ、五等星記念動画いくよ。3、2、1――」
そう言った瞬間だった。
「えいっ」
ルミナが、私の腕に抱きついてきた。
「ちょっ」
「記念なんだからいいでしょー」
私の肩に頬を寄せたまま、ルミナがカメラへ向かって手を振る。
『みんなー! 五等星になったよー!』
……まったく、仕方がない子だ。私は、もふもふの中から、小さく言う。
『……応援、ありがとうございました』
『みんなのおかげだよ。ありがとうねー!』
ルミナが、満面の笑みで声を重ねた。
反応は、予想通りであった。
いや、案の定、なんて、言いたくないけど。私の読みは、見事に、当たっていたのだった。
《でた、そらP!》
《ついに動くそらP……と思ったらもふもふで草》
《ミラ盛りすぎて何も分からん。これもう厚ミラじゃなくて極ミラだろ》
《でも、やっぱりいい声。いつかデュエットしてくれ〜》
《ふたりの空気感、尊すぎる》
《Pと仲良しすぎでしょ》
《もふもふの中身が気になって眠れない》
数時間で、いつものショートを、軽く超える勢いで回り始める。コメントもてんこ盛りだ。
……ほらね。
うれしい、というより、複雑だった。「正体不明のもふもふ」が、かえって、みんなの興味を引いている。隠せば隠すほど、見つけたくなる。知りたくなる。
……いったい、何から隠れているんだっけ。
そんなことを思って、私は、ちょっとだけ、苦笑した。
お祝いの夜が明けて、また、いつもどおりの配信の日々が戻ってくる。
ルミナが楽しそうに喋っている画面の裏で、私はコメント欄を眺めている。流れの速さ、温度、伸びそうな話題。そういうものを見ながら、たまに、ちょっと毛色の違うものを、つまみ出して捨てる。
今日も、ひとつ。
《金髪とか、いかにもチャラそう。中身も軽そう》
……はいはい。
流れるようにアカウントをブロック。コメントを非表示。十秒もかからない、いつもの作業だ。
目立てば、こういうのが出てくるのは仕方ない。千人いれば、何人かは混じる。確率の問題で、いちいち腹を立てていたらきりがない。見つけたら、消す。それだけ。
まあ、最近ちょっと、数は増えたかもしれない。チャンネルが大きくなったぶん、こういう手合いも比例して増える。当然といえば、当然だ。
でも、どれも単発で、ばらばら。まとまりはない。火がつくようなものじゃない。湿った枯れ草を、一本ずつ拾って捨てるような、地味な作業。
……まあ、これも仕事のうち、か。
私は、軽くあくびをしながら、また1つ、つまんで捨てた。
「そら、今日もありがと! 楽しかったね!」
配信を切ったあと、ルミナが、いつものように寄ってくる。
「うん。今日も、いい配信だった」
それから、ルミナは、ちょっとだけ声のトーンを落として、言った。
「……ねえ、そら。たまに、変なコメント、来てるでしょ」
手を止める。
「消してくれてるの、知ってるよ。私が見ないように」
……バレてたか。
「いつから気づいてた?」
「んー、けっこう前から? たまに、コメントの流れが一瞬だけ不自然になるの。あ、今そらが何か消したな、って」
ルミナは、えへへ、と笑った。
「私さ、ああいうの、人より浴びてきたほうだと思うんだ。だから、そういう人がいるのは、知ってるんだ」
その言い方は、思ったより、ずっと落ち着いていた。
「でも、慣れてるようで、やっぱり、慣れてはないんだよね。見たら、へこんじゃう。だから……見せないでいてくれて、ありがとう。そらが見ててくれるから、私、安心して、配信に集中できるんだ」
……まいったな。
てっきり、気づいていないとばかり思っていた。
でも、ルミナは、ちゃんと知っていた。知った上で、笑っていたのだ。
「ふふ……そらが思ってるより、私、いろいろ分かってるんだから。ねっ!」
ルミナが、ちょっと得意げに、唇を尖らせる。いつまでも守ってもらう存在じゃないよ、とでも言いたげに。
まったく、敵わないな、と思った。
「……はいはい。分かってる、分かってる」
「もー、絶対わかってないやつだ、それ!」
笑うルミナを見ながら、私は、少しだけ、肩の力が抜けるのを感じた。




