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プリマステラ 〜ひとりぼっちの幼馴染を一番星にするまで〜  作者: 星澄夜


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12/17

12「スパチャ」

 夏の名残を残した風が、いつの間にか涼しさを帯びていた。夜の空が、少しずつ透明さを取り戻しはじめるころ。


 プリマステラの投票期間が、始まった。


 今日、プラネタリアの公式から、正式に告知が出た。これからおよそ半年、秋から冬を越えて、春まで。視聴者は、自分の推しに、一人一票を投じられる。いちばん多くの票を集めた新人ステラが、その年の一番星(プリマステラ)だ。


 投票開始のページを開きながら、私は、ほんの少しだけ、感慨にひたっていた。


 半年前、ルミナの初配信は、同時接続が3人だった。私と、たまたま通りかかった2人。


 それが、どうだ。


 気づけば、年に一度の新人賞の、その候補に名前が載っている。


 半年で、ずいぶん遠くまで来たものだ。


「半年かあ……。長いね」


 投票開始の画面を覗き込みながら、ルミナがそわそわしている。


「そうだね。だから焦らず、毎日の配信をしっかりとやっていこうか」

「それだけでいいの?」

「うん。……バズで集まった人は、どうしても入れ替わりが激しいから」

「ふんふん?」

「だから、そういう人たちに、ルミナのトークと歌で『また来たい』って思ってもらおう。半年後まで残ってくれたら、それが票になる」

「むずかしいこと言うなあ」

「つまり、いつもどおり配信しようって話」

「最初からそう言ってよー」

「言ってたでしょ」

「そうだっけ?」



 そう言ってルミナがくたっと笑った。


 これは、慰めとかじゃない。人の心に何かを残すことにかけては、この子は、私が知る誰よりも上手いと思っている。


「……うんなら、私、いつもどおりがんばるね」


 ルミナは、ぎゅっと拳を握って、頷いた。










 投票期間に合わせて、私は、ひとつ、設定を変えることにした。


 スーパーチャット――いわゆる、投げ銭の機能を、オンにする。今までは、ずっと切ってあった。


「すぱちゃ? それって、視聴者さんがお金くれるやつ……だよね? え、いいよ、私、そんなの。お金とか、もらえないよ」


 案の定、ルミナは、ぶんぶんと首を振った。


「うん。だと思って、今まで切ってた」


 本当のところを言えば、私が切っていたのは、ルミナのためだった。この子は、自己評価が低い。お金なんて入ってきたら、「こんなの、もらえない」と気に病むに決まっている。数字や金額に振り回されて、配信を楽しめなくなったら、本末転倒だ。だから、余計なものは、見せないでおいた。


 ……でも。


「ルミナ。もらうかどうかは、置いといていい。使い道がないなら寄付とかでもいい。ただね」


 私は、少し考えてから、言葉を選んだ。


「投票が始まると、応援したい、って思ってくれる人が増える。その気持ちに、ちゃんと形を持たせたい人もいるんだ。一票だけじゃ足りない、もっと何かで力になりたい、っていう人がね」

「……形?」

「うん。お金は、その人の『応援したい』を、いちばん分かりやすくした形のひとつ、ってだけ」


 これは嘘ではない。ただ、綺麗な面だけを切り取った言い方でもある。


 プリマステラは投票で決まる。だから、スパチャの額そのものが票になるわけではない。


 ただ、手っ取り早く人気を広げるなら、等級を上げるのが一番早い。等級が上がれば、おすすめにも乗りやすくなるし、「見る候補」に入れてくれる人も増える。


 そしてプラネタリアの評価システムには、おそらくスパチャも含まれている。重みは分からない。でも、そこに可能性があるなら、使わない理由はない。


 綺麗事だけで勝てるなら、それが一番いい。でも、舐めプして負けました、ではお話にならない。

 

 それを聞いたルミナは、しばらく、考えていた。それから、ちょっと不安そうに、頷いた。


「……わかった。そらが、そう言うなら。でも、私、もらっても、無駄にしないからね。ちゃんとみんなのためになるようにするから」

「うん。それでいい」


 こういうところだよ。この子が伸びてるのは。


 ルミナの合意を得て、私は、スーパーチャットをオンにした。










 その解禁初日の配信で、ちょっとした事件が起きた。


 いや、事件というか――めでたい話なんだけど。


 雑談配信の途中、画面の端に見慣れない表示が、ぴょこんと現れた。色のついた、ふだんより目立つコメント。


 オンにしたばかりの、スーパーチャット。その、記念すべき第一号だった。


 送り主は、【星見当番】。


 ……その名前を見て、私は、やはりかと思った。


 星見当番は、古い常連だ。それこそ、ルミナの同接が2桁にもなっていなかった、いちばん最初の頃からずっといる。毎回、配信が始まると、まっさきに『本日も着席しました』とコメントを置いていく、皆勤賞の視聴者。ルミナが歌っても、ゲームをしても、いつも静かに、そこにいた。


 その人が、スーパーチャットを送ってきた。


 金額は――1万円。


 初スパチャで、いきなりこれか。短いメッセージが添えられていた。


《ずっと応援してます。投票も、もちろん入れました。これはほんの気持ちですが》


 ルミナが、それを見て、固まった。


『……え。えっ? えええっ!? い、いちまんっ!? いちまんえん!? う、嘘でしょ!?』


 盛大に、取り乱している。桁を見て、完全に、頭が真っ白になっている。


《出た、初スパチャ》

《記念すべき第一号》

《当番さん、やはり一番乗りはあなたか》

《ふさわしすぎる》

《ルミナの情緒が忙しい》


『ちょ、ちょっと待って、いいの!? 私、お金もらえるようなこと、してないよ!? ただ喋ってるだけだよ!?』


 画面の外で、私は、小さく笑った。そういう反応ができるのがルミナの良いところだ。


『あ、あの、星見当番さん……ほんとに、いいんですか? こんな……私なんかに』


 ルミナの声は、少し震えていた。


『当番さん、いっつも、いちばん最初に来てくれて。私が全然喋れなかった頃も、ずっといてくれて。……私、あなたがいてくれたから、続けられたんです。お金より、それが、ずっと――』


 そこで、言葉に詰まった。


 コメントが、流れた。


《当番さん、泣いてるだろこれ》

《「本日も着席しました」の人だ》

《ずっと見てたもんな》

《こっちが泣くわ》


 星見当番からの返信は、たった一行だった。


《これからも、特等席で見てます(号泣)》


 ルミナが、ぐっと、唇を噛んだ。それから、深く、頭を下げた。


『……ありがとう、ございます。大事に、します』


 その、頭を下げたルミナの画面に。


 ぴょこん、ぴょこんと、続けて、色のついた表示が、現れはじめた。


《当番さんに続けー!》——五百円。

《初スパチャ記念です》——千円。

《いつも元気もらってます》——三千円。

《私もずっと見てました!》——五百円。


 星見当番が口火を切ったのを合図に、それまで黙って見ていた常連たちが、次々と、応援を、形にしはじめたのだ。


『えっ、ちょっ、ま、まって!? みんな!? なんで!? えっ、また来た!? わーっ、止まって、止まってぇ!』


 ルミナが、画面の中で、わたわたと両手を振り回している。次から次へと現れる表示に、目が、ぐるぐるしている。


《ルミナのキャパ完全に超えた》

《あわあわしてるの可愛い》

《情緒、木っ端微塵》

《みんな優しい世界》

《一人ずつ読も? ね?》


『よ、読みます! 読みますから! ちょっとだけ、待ってください! あの、えっと、上から……ひっ、また増えた!』


 画面の外で、私は、もう、笑いをこらえきれなかった。


 半年前、同接3人の前で、ガチガチに固まっていた子が。今、こんなにも応援してくれる人たちに囲まれて、嬉しい悲鳴をあげている。


 ……よかった、ほんとに。


 ひとしきり取り乱したあと、ルミナは、ひとつ、ひとつ、丁寧に、名前を読み上げて、お礼を言っていった。涙目で、鼻をすすりながら。それでも、一人も、飛ばさずに。










 配信が終わったあと。


 ルミナは、しばらく、ぼうっとしていた。


「……そら」


「ん?」


「私さ、昔は、自分なんて、いない方がいいって、思ってたんだ」


 ぽつりと、こぼすように言った。


「教室で、誰も話しかけてくれなくて。私がいてもいなくても、世界は何も変わらないって。むしろ、いない方が、みんな気楽なんじゃないかって、ずっと」


 知っている。この子が、どれだけ長く、そう思ってきたか。私は、何も言わずに、続きを待った。


「でも……星見当番さんは、わざわざ、お金を払って、私を応援してくれて。そのあとも、たくさん……いっぱいの人が、そう言ってくれて」


 ルミナは、手の中のスマホを、そっと、両手で包んだ。


「だから、私がここにいることに、ちゃんと、意味があるって。そう言ってもらえた気が、して」


 顔を上げたルミナは、泣きながら笑っている。でも、その目は、今までで、いちばん、——強かった。覚悟の目。


「私、もう、いない方がいいなんて、言わない。決めた」

「……うん」


 頭をよぎる言葉は山ほどあったが、私はそれだけ言った。それから、もうひとつ。


「よかったね、ルミナ」

「……えへへ」


 その夜、ルミナを家に帰したあとも、私のスマホには、ルミナからのメッセージが、何度か届いた。


 《スクショ撮った!》《見て、これ、私の初スパチャ!》《何回見ても、にやけちゃう》。


 同じ画像が、何度も、送られてくる。


 ……まったく。よっぽど、嬉しかったんだな。


 誰かに必要とされた、その最初の証拠を、何度でも確かめたくなる気持ちは、まあ、分からなくもない。私は、スタンプだけ返して、そのスクショを、自分のフォルダにもこっそり保存した。










 投票も始まって、配信も好調で。ぜんぶが、追い風だった。


 秋の、終わりかけ。ルミナは、確かに、見つけてもらえていた。一人ずつ確かな手応えとともに。


 その夜も、私は、いつものようにネットの書き込みを見回っていた。


 数は増えているけど、まとまりはない。いつもと変わらない程度の悪意。半分、ルミナの初スパチャの余韻に浸りながら、私は流し見していた。


 そのときだった。


 ひとつの投稿が目に留まった。誰かが、ルミナの配信のスクリーンショットを貼っていた。笑顔のルミナが映った一枚。そこには、こう添えられていた。


 《これ、うちのクラスの朱野じゃない?》


 ……お。


 来たか、と思った。薄ミラで、しかも本名で活動しているんだから、身バレのリスクは一応想定していた。


 それにこれは他人のSNSの投稿だ。チャンネルのコメントみたいに、ぱっと消せるものじゃない。


 だけど――正直、そんなに、危険ではないと私は判断した。


 大事なのは、現実でルミナに実害が及ぶかどうかだ。そして、それについては、そこまで大事になることはないだろうと踏んでいた。


 もしこれを見た誰かが、現実のルミナにちょっかいをかけようとしたら。そのときは、私が止める。今までもそうしてきた。ナンパも、しつこい同級生も、私が間に入って対応した。


 現実の脅威なら、私の手の届く範囲だ。


 それに――そもそも、だ。


 ルミナは、学校でずっと一人だ。あの子に話しかける人間は、ほとんどいない。


 良くも悪くも、クラスの中で「触れないもの」として扱われている。


 それを見て、思うところがないわけじゃない。けれど、昔、私が余計なことをして、かえってルミナを傷つけたこともあった。


 だから今は、本人が望まない限り、無理に手を出さないことにしている。


 そんなルミナに、今さら誰かが、わざわざ踏み込んでくるとも思えなかった。


 せいぜい、ちょっとした噂話のネタになって、すぐに忘れられるだろう。


 私は、そう結論づけた。


 ただ――ひとつだけ、引っかかったこともあった。


 その身バレ投稿に、ぶら下がっていた、返信のひとつ。


 《あー、いつも夕凪さんにくっついてる子か。夕凪さんも大変だよね》


 ……夕凪さん?


 なんでここで、私の名前が出てくるんだろう。これは、ルミナの話のはずなのに。まるで、ルミナじゃなくて、私のほうを、気にしているみたいな。


 ……いや。


 考えすぎだ。たまたま、同じクラスの誰かが、ついでに名前を出しただけだろう。私は、その小さな違和感を、軽く、頭の隅に追いやった。










 念のため、それから何日か、私は、その投稿のことを、気にして見ていた。


 でも――幸い、というべきか。それは、大して拡散もされないまま、すぐに他の話題に流されていった。数件のざわつきは、伸びることも、燃え広がることもなく、ただ、静かに、過去の投稿になっていった。


 ほら、やっぱり。何も起きなかった。


 私はその投稿を閉じて、スマホを伏せた。


 ――その考えが甘かったことを。


 このときの私は、まだ知らない。

いつも読んで頂きありがとうございます。

リアクションも嬉しいです……! 感謝!

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