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プリマステラ ~TS転生した元Pの私が、孤独な幼馴染を一番星にするまで~  作者: 星澄夜


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6/20

6「幼馴染さん」

 六等星になった通知がきてから、二週間。


 ルミナのチャンネルは、順調に成長していた。


 同接は、いい日で50。常連の数も増えて、コメント欄は開始と同時に挨拶で埋まる。星見当番さんは相変わらず皆勤で、ルミナの拾いやすいようなコメントを毎回打ってくれる。


 伸びた理由は、たぶん2つ。


 ひとつは、六等星になったこと。等級がついたことで、ルミナは「見る候補」に入れてもらえるようになった。プラネタリアのおすすめにも前より載るし、等級でステラを探す層の目にも触れる。入口が、増えた。


 もうひとつは――そこから入ってきた人を、ちゃんと掴んだコンテンツがあったこと。つまり、ゲーム配信。


 あの「幼馴染さんに10連敗」から始まったリベンジマッチは、いつの間にか定例コーナーになっていた。だいたい週に1回、ルミナが流行りのゲームで私に挑み、そして負ける。通算成績は現在、ルミナの0勝43敗。


 ……いや、本当に1回くらい勝たせてあげたほうがいいのかもしれない。毎回コメント欄が《幼馴染さん鬼》《介護はよ》で埋まる。


 言い訳すると、ゲームは前世からの数少ない趣味だった。前世の仕事は、曲を作ったりする関係で、煮詰まると何時間でも机から動けなくなる。そんなとき、頭を空っぽにして指だけ動かせる対戦ゲームだけが、唯一の息抜きだった。締め切り前ほど腕が上がる、なんて笑えない特技も身についた。要するに、人生のかなりの時間をこれに溶かしてきた人間なのだ。生身の女子高生になった今も、その指の感覚は消えていない。


 16歳の体に、何年ぶんかの実戦の感覚が乗っている。素人のルミナが敵うはずもなかった。


 ……私がルミナには負けたくないって思っているわけじゃないよ?


 ともあれ、この負け続けるコーナーが、なぜか伸びる。


『今日こそ勝つから! 見ててよ、私の成長を! こそこそ練習したんだからぁー!』


 30秒後。


『……あ、負けた』


《知ってた》

《こそ練の成果 is どこ》

《幼馴染さん今日も平常運転》


 ルミナが本気で悔しがり、私が無言で淡々と倒し、コメント欄が笑う。その様式美が、すっかり定着していた。切り抜きも回り続けている。「幼馴染さん」は、もはやこのチャンネルの裏の主役だ。


 ……幼馴染さん、か。


 しかし、まさかここまで受けるとは思わなかった。顔も出さない存在に、こんなに需要がつくとは。


 ……本格的に、出たほうがいいんだろうか。


 いや、と一瞬考えて、すぐ打ち消す。出るって、何を。私が前に出たって、誰が得するわけでもない。ルミナの可愛さがあって、その隣にちらっといるから面白がられてるだけで、私単体に価値があるわけじゃない。出しゃばって、ルミナの見せ場を削る理由がない。


 主役はルミナ。私は裏方。それでうまく回ってるんだから、わざわざ動かすことはない。


 ……まあ、せめて呼び名くらいは、そろそろ考えてもいいかもしれないけど。「幼馴染さん」って、いつまでもなあ。ルミナもよく噛むし。たまに「そら」って言っちゃってるし。


 この前は、ゲーム配信のアーカイブに、見慣れないコメントがついていた。


《幼馴染さん、どこかのゲーム配信者の人だったりします?》

《わかる。あの立ち回り、エンジョイ勢のそれじゃない》

《幼馴染さん何者なんだ》


 何者でもない。ただの裏方だ。でも、こういうコメントが付くということは、ゲーム配信そのものが、ちゃんと「観るに値するもの」として認知されはじめている証拠だった。


 ルミナのトークと、私の――まあ、言ってしまえばそこそこの腕前。この2つが噛み合って、ゲーム配信はこのチャンネルの看板コンテンツになりつつある。数字がそう言っている。


 まあ、なんにせよ悪い話じゃない。チャンネルが育つのはいいことだ。呼び名のことは、また気が向いたら考えればいい。










 その日は、配信のない土曜だった。


 新しいゲーム配信用に、ソフトを買いたい。ルミナを誘って、隣町の大きい電気屋さんまで足を伸ばすことにした。


「ねー、そら。今日買うゲーム、二人協力プレイもあるんだよね?」


 駅前の人混みを歩きながら、ルミナが嬉しそうに言う。今日は配信じゃないので、当然ミラージュもなにもない、ただの生身のルミナだ。金色の髪が、初夏の日差しを跳ね返している。すれ違う人が、何人もルミナを振り返る。そして、その隣にいる私のことも、ついでみたいに見ていく。


 ……この感じが、いまだに私は慣れない。


 男だった頃には、なかったことだ。前世の私は、街を歩いて振り返られるような人間じゃなかった。誰の目にも留まらない側で、それが当たり前だった。それが今は、ただ歩いているだけで、知らない誰かの視線がついてくる。


 中身は、前世のまま。男として30年近く生きた記憶を抱えたまま、今は女子高生の体に入っている。生まれ直して16年、自分が女であることには、もうとっくに慣れた。鏡の中の顔も、普通に私の顔だと思える。そこに抵抗はない。


 ないんだけど――こういう瞬間に、ときどき思う。


 今この、視線を持て余している感じは、女の体になったから生まれたものなのか。それとも、中身が前世のままだから感じているものなのか。


 感情っていうのは、体に依存するんだろうか。それとも、心に。


 ……16年経っても、その答えは、まだ出せていない。


「あるよ。今度はルミナと同じチームで戦うやつ。これなら一緒にできるね」

「やった! 私、足引っ張らないようにする!」

「引っ張っていいよ。私がなんとかするから」

「……そらは、ほんとにそういうとこ」


 ルミナが何か言いかけて、もごもごと飲み込んだ。なんだ。


 ――と、そのときだった。


「ねえねえ、君たち、めっちゃ可愛いね。2人ともモデルさん?」


 横から、知らない男が二人、私たちの進路を塞ぐように立った。


 ああ、これか。


 男にこういう声のかけられ方をするたび、いまだに反応が遅れる。でも、この顔になってから何回か同じようなことはあった。慣れた、とまでは言わないけれど、対処はできる。


 問題は隣だ。


 ルミナの顔が、さっと強張る。この子は、こういうのに弱い。容姿のせいで散々な目に遭ってきたから、知らない人間に容姿を褒められること自体が、もう恐怖とワンセットになっている。


「あの、私……」

「いいじゃん少しくらい。お茶しよ、ね?」


 ルミナが、半歩、私のほうに寄った。


「すみません、急いでるので」


 私はルミナの手を取って、男たちの脇をすり抜けるように歩き出した。ただ流れを切って、その場から連れ出す。相手が次の言葉を組み立てる前に、もう背中を向けている。営業からの意味のない電話を切るのと、やることは同じだ。間を、与えない。


 角を2つ曲がってから、ようやく手を離した。


「……大丈夫だった?」

「うん……ありがと」


 ルミナは頷いたけれど、その声は小さかった。さっきまで強張っていた指が、まだ少し震えている。


「私、ああいうの、ほんとにダメで。声かけられると、頭が真っ白になっちゃって、何も言えなくなっちゃう……」

「怖いけど、最初の5秒で流れを作っちゃえば、向こうも引くから」

「そっか……やっぱりそらは、すごいね。ありがと」


 ルミナがそう言って、私の腕にぎゅっと体を押し付けてくる。まだ少し震えているけれど、その空気を変えようとしているのも分かった。


「……暑いよ、ルミナ」

「えー、幼馴染が怖がってるんだよ、ちょっとくらいいいじゃん! いじわる」


 昔なら、こういうことがあると半日くらい引きずっていた。


 嫌なことがあると落ち込んで、帰り道はずっと俯いている。そのまま解散になることも珍しくなかった。


 でも今は違う。


 怖かったのは、本当だろう。それでも、自分から空気を変えようとしている。


「……ゲーム買ったら、クレープ食べて帰ろ。新作のいちごのやつ」

「え! 行くに決まってるじゃん!」


 ルミナの返事の早さに、私は苦笑しつつ、手を引いて目的地を目指した。










 電気屋さんからの帰り道。


 夕方の空が、薄いオレンジに変わりはじめていた。クレープを片手に、ルミナが鼻歌を歌っている。今日もいい声だ。歩くたびに、金色の髪がさらさらと風に揺れる。


 ほんの数小節。歌とも言えないくらいの小さな鼻歌なのに、前を歩いていた小学生が振り返った。


 当の本人は、そんなことに気づきもしないけれど。


「ねえそら」

「なに?」

「私さ、最近、思うんだ。配信、もっといろんなことやってみたいなって」


 夕日に向かって歩きながら、ルミナが言った。


「雑談も、ゲームも、楽しいよ。楽しいんだけど……なんか、もっと、私にできることってないかなって」


 それを聞いた瞬間、来た、と思った。


 私は、ずっとこの言葉を待っていた。本人の口から出るのを。こっちから差し出すんじゃなくて、ルミナが自分で、その扉に手をかけるのを。


 思い浮かぶのは先ほどの鼻歌。何百回と聞いた、人を惹きよせる歌声。


 こちらから切り出そうかと思って、だけど少し躊躇っていた話。


 今なら、言える。


「なら……ルミナ。歌、やってみない?」


 ルミナが、きょとんとした顔で、こっちを見た。


「……歌?」

「歌枠。歌ってみた配信。ルミナ、歌うまいし」

「えー……私の歌なんて、誰か聴きたい人いるのかな」

「んー、私が聴きたい、かな」


 言ってから、自分でも思った。またこの手か、と。手癖になっている。だけど、まぎれもない本音だった。


 案の定、ルミナは耳まで赤くなって――けれど、今日は「やめてよ」とは言わなかった。


 クレープの包み紙を、両手でくしゃくしゃと握って、それから、ちょっとだけ唇を尖らせて言った。


「……そら、ずるい。そうやって言えば、私が断れないって知ってるんだ」

「何のことか分からないな。それに……、聴きたいのは、たぶん私だけじゃないよ」


 夕日が、ルミナの横顔をオレンジに縁取っていた。


 この子は、まだ知らない。自分の声が、どんな力を持っているのかを。


「……うん。じゃあ、やってみる。そらが聴きたいなら、歌う。でも……失敗しても怒らないでよ?」


 ルミナが、はにかんで頷いた。


 決まった。次の配信は、歌枠。


 選曲はもう決めてある。ルミナの声質に合わせてピックアップした、私のプレイリスト。


 あとは、世界がこの声に気づくかどうか。


 ……まあ、たぶん、気づく。


 私はそういうのを見抜くのには、少しだけ自信があるから。

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