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プリマステラ 〜ひとりぼっちの幼馴染を一番星にするまで〜  作者: 星澄夜


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3/18

3「水性のルミナ」

 配信、4回目の夜。


「ねえそら、今日は何するんだっけ?」


 開始5分前にそれを聞くのが、ルミナの仕様になりつつある。


「進行表、さっき渡したじゃない」

「えへへ。緊張して何回も読んだんだけど、水飲んだら全部忘れちゃった」

「どういう記憶構造なの。水性なの?」


 軽口を叩きながら、私はタブレットでルミナのミラージュを最終調整する。


 今夜重ねるのも、いつもと同じ。星屑みたいな淡い光の粒を髪のまわりに散らして、輪郭をほんの少しだけ柔らかく。それだけ。


 世間のステラたちみたいに猫耳を生やすことも、瞳の色を変えることも、顔の造作をいじることもしない。いわゆる薄ミラ。


 光の粒の量を少しずつ調整する。ミラージュを重ねても、ルミナはルミナのままだ。差はほとんどない。これでいい。というより、これがいい。


 厚く盛れば盛るほど、視聴者が見ているのは「作られた誰か」になる。もちろん、それは別に悪いことじゃない。そういう需要があることも分かってる。


 でもルミナの強みは、作りものじゃないことだ。教室では呪いだった「本物の顔」が、ここでは武器になる。だったら隠す理由がない。私の仕事は、ルミナを別の何かにすることじゃなくて、ルミナのままでいられる場所を増やすことだ。


 ……それに、俯いて生きてきたルミナに、配信で別人になれとは言いたくなかった。


 もちろんリスクはある。だから学校名も、最寄り駅も、行動範囲も話さない。そういう線引きだけは、口を酸っぱくしてルミナに言い聞かせていた。


「そら、今日もあんまり盛ってないね?」

「……盛らないって言ったでしょ。だって、これがいちばん可愛いんだから」

「〜〜〜〜っ、だからそういうのを真顔で……!」


 茹だったルミナを放置して、私は進行表に目を落とす。


 今夜はこうだ。


 ①挨拶、②先週の振り返り、③話題カード、④締めの挨拶。


 シンプル・イズ・ベスト。初回からの反省を活かし、ルミナが迷子になりにくい一本道にしてある。ルミナから見える位置にボードも設置した。これなら、多少緊張しても大丈夫。


 配信開始、5秒後。


『こんばんは! そうだ、あのね、聞いてください、今日コンビニで新作のチキン買ったんですけど!』


 大丈夫ではなかった。


 ①挨拶は、突然襲来したチキンに食われた。


 一本道とはいったい。


《どうした急にw》

《こんばんわー》

《で、チキンはうまかったのか》


『おいしかった! でもね、味よりもですね、店員さんが「あたためますか」って聞いてくれたとき、あ、これ温めるタイプのやつなんだ、って思ったんです。でも緊張して「大丈夫です」って言っちゃって。冷えたチキンを夜風の中で食べながら、私は自分の弱さと向き合いました』


《わかる》

《わかるな〜。つい反射でいっちゃったりね》

《断ってから後悔するやつ》


 コメント欄が「わかる」で埋まっていく。


 ……おかしい。進行表のどこにもチキンはいないのに、今まででいちばんコメントが流れている。


 配信後にアナリティクスを開くと、数字がはっきり示していた。同接の維持率も、コメントの密度も、ルミナが脱線している時間帯がいちばん高い。設計した道より、転んだ先のほうに、人が集まる。


 だったら、裏方のやることはひとつだ。慣れるまでは、私が全部決めるつもりだった。でも、思ったよりも早く、その時が来たらしい。私は進行表のフォーマットを書き換えて、新しい欄をひとつ作った。


 【脱線:歓迎】


「……そら、これ。脱線していいの?」

「いいよ。配信はね、ハプニングが寿命を延ばすの。台本どおりの30分より、転がった30分のほうが、ずっと長く誰かの記憶に残る。覚えときなさい」

「は、はい! えへへ。じゃあ、遠慮なく転がります」

「ルミナが楽しくやってる時が一番、見てる側も楽しいんだよ」

「う、うん。分かった……」










 5回目の配信は常連さんができた。


《こんばんは。今日も来ました》


 開始と同時に、見覚えのあるIDがコメントを打つ。【星見当番】。3回目から毎回、開始と同時に現れて、終わりまで残る視聴者さん。


『星見当番さん! こんばんは! いつも一番乗り、ありがとうございます!』


《毎日が当番なので》


『ブラック当番……!』


 同接7。固定の名前が5つ。ふらっと来る一見さんが2、3人。それが今の、ルミナの星空の全部だ。


 そして最近、その小さな星空に、たまに流れるコメントがある。


《そういえば幼馴染さんがいるんですよね》

《ミラージュの調整とかしてるっていう。あれ、結構難しいのにすごい》

《有能幼馴染さん見たい》


 私のことだ。ルミナが配信で何度か口を滑らせたせいで、「画面の外に幼馴染がいるらしい」ことだけが、視聴者の間で半分都市伝説になっている。


 出ない。映らない。私は裏方。画面の中はルミナの場所で、私の場所はこっち側。最初からそう決めてる。


 決めてるんだけど——需要を完全に無視するのも、プロデューサーとしては下策だ。


 折よく、材料はあった。










「ルミナ。次の配信、ゲームやらない?」


 昼休みの非常階段で切り出すと、ルミナはお弁当の卵焼きを落としかけた。


「え、ゲーム配信!? ほんとに!? あ、もしかして『コズミックブロウ』!?」

「そう。今いちばん流行ってるやつ」


 コズミックブロウ。惑星やら彗星やらをモチーフにしたキャラ同士が吹っ飛ばし合う、お祭り対戦アクション。発売1か月でステラ界隈を席巻していて、いま検索もタグも、このゲームの話題で埋まってる。


「流行りものに乗るのは安直だけどね。タグから一見さんが流れてくるっていう導線になるし、うちみたいな弱小は、乗れる波には乗っていこうかなって」

「はー……なるほど……。でも、対戦ゲームだよ? 相手はどうするの? 私、オンラインは怖くてできないよ?」

「それは私がやるから」


 ルミナの目が、まんまるになった。


「そらが!? 配信に出るの!?」

「出ないよ。コントローラーだけで参戦する」

「なにそれ!」

「視聴者さんが私を見たがってるけど、私は映らない。だから——姿なき対戦相手。需要には応える。顔は出さない。流行にも乗れる。一石三鳥じゃない」

「強欲だなあ……」


 そういう仕事なので。










 6回目の配信。タイトル『【コズミックブロウ】幼馴染と初対戦!』。


 タグの効果は、開始前から出ていた。待機画面の時点で同接9。始まって5分で——13。


 初の、2桁。


『み、みなさんこんばんは! 今日はなんと、対戦相手がいます! 私の幼馴染です! わー、ぱちぱち』


《きたー!》

《幼馴染さん!?》

《顔出しか!?》

《初見です》


『おー、初見さんもいらっしゃい。残念ながら、映らないし喋りません! 魂だけの参戦です!』


《幽霊かな?》

《幼馴染は概念》


 私はルミナの隣、カメラの画角のすぐ外に座って、コントローラーを握った。


 1戦目。開始3秒、ルミナのキャラが場外に消えた。


『…………え?』


《草》

《はやい》

《何が起きた》


 2戦目。ルミナが『今度こそ! 見ててください、私の本気——』と意気込みを語っている間に、撃墜。


『まだ挨拶してたのに!?』


《喋ってるからだろw》

《無慈悲》

《てか、幼馴染さん強くね?》


 3戦目から9戦目は、まとめて言うと処刑だった。ルミナが必殺技を出そうとする。出る前に潰す。逃げる、先回りする。アイテムに走る、取られる前に取る。コメント欄は途中から完全にお祭りになっていた。


《介護しろww》

《想像と違う扱いで草》

《これが幼馴染のやることか?》

《ルミナちゃんがんばえー》


『そ——……幼馴染さんっ! いつもあんなに優しいのに、なんでゲームの時だけ鬼なの!?』


 知らん。別にいつもと同じ扱いのつもりだけど。


 と思いつつ、正直に言うと、ちょっとだけ自覚はある。勝負事になると手を抜く回路が死んでるのだ。前世からずっとそう。接待プレイができた試しがない。プロデューサー失格の悪癖だと分かってはいるけど、その回路はやっぱり今夜も直っていなかった。


 10戦目。


『ぐすっ……つ、次で最後! 一矢! 一矢報いたい!』


 半泣きでべそをかきながら、コントローラーを握りなおすルミナ。その意気やよし。


 開幕、ルミナが今夜初めてまともな立ち回りをして——私の体力を、一発分だけ削った。


『当たった!! 見ました!? 今、当たっ——』


 喜んでる隙に、撃墜した。残念、パーフェクトならずか。


『なんでぇ!?』


《初ヒットおめでとう》

《からの敗北》

《草》

《10連敗達成》

《10連戦してワンパンだけって新記録では》


 KOの表示と共に床に崩れ落ちるルミナ。沸くコメント欄。最高同接13。上々だ。


 勝負の余韻のまま、私はつい、いつもの調子で言ってしまった。


「……次、いいよ」


 言ってから、固まった。


 マイクは、ルミナの声を拾う設定だ。でも私は今夜、ルミナのすぐ隣にいる。


《……ん?》

《今、声しなかった?》

《した。「次」って言った》

《幼馴染さんの声!?》

《めっちゃいい声》


 ルミナが、ものすごい勢いでこっちを見た。私は両手で口を押さえたまま、首を高速で横に振る。


『そ……空耳です! みんなの空耳! 幼馴染さんは喋りません、概念なので!』


《空耳w》

《やはり幼馴染は概念だった》

《いや聞こえたって》


 空耳。……上手いこと言ったつもりはないんだろうけど、ルミナ、それ。


 私の名前。










 配信終了後。


「もー! そらのばか! 私、明日から『10連敗でワンパンの人』だよ!」

「『初の2桁同接の人』でもあるよ。タグ流入が18、うち最後まで残ったのが6。悪くない定着率だね」

「むー……数字の話でごまかされないんだから。……ねえ、そら」


 ルミナがコントローラーを抱えたまま、こっちを睨んだ。涙目の名残で、ぜんぜん怖くないけど。


「リベンジするから。勝つまでやるから。次も、その次も、付き合うこと! いい!?」

「いいよ。何回でも」


 即答したら、ルミナはなぜか一瞬きょとんとして、それから「言ったね! 言質とったから!」と笑った。










 その夜、一人で反省会。アーカイブを見直しながら、私は今夜の収支をまとめる。


 得たもの……初の同接2桁、タグからの新規、ルミナの悔しがるかわいい


 失ったもの……声。


 《めっちゃいい声》のコメントを、私はログから消せないまま眺めた。裏方に徹するなら、この先はもっと気をつけないと。


 ……まあ、でも。


 今夜くらいは、いいことにしよう。13人の夜は、3人の夜の4倍以上にぎやかで、ルミナも楽しそうだったし。


 私は明日の進行表の端に、新しい定例コーナーの名前を書き足した。


 【幼馴染さんリベンジマッチ(通算:ルミナ0勝10敗)】


 この数字の左側が動く日は、たぶん当分、来ないだろうけど。

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