3「水性のルミナ」
配信、4回目の夜。
「ねえそら、今日は何するんだっけ?」
開始5分前にそれを聞くのが、ルミナの仕様になりつつある。
「進行表、さっき渡したじゃない」
「えへへ。緊張して何回も読んだんだけど、水飲んだら全部忘れちゃった」
「どういう記憶構造なの。水性なの?」
軽口を叩きながら、私はタブレットでルミナのミラージュを最終調整する。
今夜重ねるのも、いつもと同じ。星屑みたいな淡い光の粒を髪のまわりに散らして、輪郭をほんの少しだけ柔らかく。それだけ。
世間のステラたちみたいに猫耳を生やすことも、瞳の色を変えることも、顔の造作をいじることもしない。いわゆる薄ミラ。
光の粒の量を少しずつ調整する。ミラージュを重ねても、ルミナはルミナのままだ。差はほとんどない。これでいい。というより、これがいい。
厚く盛れば盛るほど、視聴者が見ているのは「作られた誰か」になる。もちろん、それは別に悪いことじゃない。そういう需要があることも分かってる。
でもルミナの強みは、作りものじゃないことだ。教室では呪いだった「本物の顔」が、ここでは武器になる。だったら隠す理由がない。私の仕事は、ルミナを別の何かにすることじゃなくて、ルミナのままでいられる場所を増やすことだ。
……それに、俯いて生きてきたルミナに、配信で別人になれとは言いたくなかった。
もちろんリスクはある。だから学校名も、最寄り駅も、行動範囲も話さない。そういう線引きだけは、口を酸っぱくしてルミナに言い聞かせていた。
「そら、今日もあんまり盛ってないね?」
「……盛らないって言ったでしょ。だって、これがいちばん可愛いんだから」
「〜〜〜〜っ、だからそういうのを真顔で……!」
茹だったルミナを放置して、私は進行表に目を落とす。
今夜はこうだ。
①挨拶、②先週の振り返り、③話題カード、④締めの挨拶。
シンプル・イズ・ベスト。初回からの反省を活かし、ルミナが迷子になりにくい一本道にしてある。ルミナから見える位置にボードも設置した。これなら、多少緊張しても大丈夫。
配信開始、5秒後。
『こんばんは! そうだ、あのね、聞いてください、今日コンビニで新作のチキン買ったんですけど!』
大丈夫ではなかった。
①挨拶は、突然襲来したチキンに食われた。
一本道とはいったい。
《どうした急にw》
《こんばんわー》
《で、チキンはうまかったのか》
『おいしかった! でもね、味よりもですね、店員さんが「あたためますか」って聞いてくれたとき、あ、これ温めるタイプのやつなんだ、って思ったんです。でも緊張して「大丈夫です」って言っちゃって。冷えたチキンを夜風の中で食べながら、私は自分の弱さと向き合いました』
《わかる》
《わかるな〜。つい反射でいっちゃったりね》
《断ってから後悔するやつ》
コメント欄が「わかる」で埋まっていく。
……おかしい。進行表のどこにもチキンはいないのに、今まででいちばんコメントが流れている。
配信後にアナリティクスを開くと、数字がはっきり示していた。同接の維持率も、コメントの密度も、ルミナが脱線している時間帯がいちばん高い。設計した道より、転んだ先のほうに、人が集まる。
だったら、裏方のやることはひとつだ。慣れるまでは、私が全部決めるつもりだった。でも、思ったよりも早く、その時が来たらしい。私は進行表のフォーマットを書き換えて、新しい欄をひとつ作った。
【脱線:歓迎】
「……そら、これ。脱線していいの?」
「いいよ。配信はね、ハプニングが寿命を延ばすの。台本どおりの30分より、転がった30分のほうが、ずっと長く誰かの記憶に残る。覚えときなさい」
「は、はい! えへへ。じゃあ、遠慮なく転がります」
「ルミナが楽しくやってる時が一番、見てる側も楽しいんだよ」
「う、うん。分かった……」
5回目の配信は常連さんができた。
《こんばんは。今日も来ました》
開始と同時に、見覚えのあるIDがコメントを打つ。【星見当番】。3回目から毎回、開始と同時に現れて、終わりまで残る視聴者さん。
『星見当番さん! こんばんは! いつも一番乗り、ありがとうございます!』
《毎日が当番なので》
『ブラック当番……!』
同接7。固定の名前が5つ。ふらっと来る一見さんが2、3人。それが今の、ルミナの星空の全部だ。
そして最近、その小さな星空に、たまに流れるコメントがある。
《そういえば幼馴染さんがいるんですよね》
《ミラージュの調整とかしてるっていう。あれ、結構難しいのにすごい》
《有能幼馴染さん見たい》
私のことだ。ルミナが配信で何度か口を滑らせたせいで、「画面の外に幼馴染がいるらしい」ことだけが、視聴者の間で半分都市伝説になっている。
出ない。映らない。私は裏方。画面の中はルミナの場所で、私の場所はこっち側。最初からそう決めてる。
決めてるんだけど——需要を完全に無視するのも、プロデューサーとしては下策だ。
折よく、材料はあった。
「ルミナ。次の配信、ゲームやらない?」
昼休みの非常階段で切り出すと、ルミナはお弁当の卵焼きを落としかけた。
「え、ゲーム配信!? ほんとに!? あ、もしかして『コズミックブロウ』!?」
「そう。今いちばん流行ってるやつ」
コズミックブロウ。惑星やら彗星やらをモチーフにしたキャラ同士が吹っ飛ばし合う、お祭り対戦アクション。発売1か月でステラ界隈を席巻していて、いま検索もタグも、このゲームの話題で埋まってる。
「流行りものに乗るのは安直だけどね。タグから一見さんが流れてくるっていう導線になるし、うちみたいな弱小は、乗れる波には乗っていこうかなって」
「はー……なるほど……。でも、対戦ゲームだよ? 相手はどうするの? 私、オンラインは怖くてできないよ?」
「それは私がやるから」
ルミナの目が、まんまるになった。
「そらが!? 配信に出るの!?」
「出ないよ。コントローラーだけで参戦する」
「なにそれ!」
「視聴者さんが私を見たがってるけど、私は映らない。だから——姿なき対戦相手。需要には応える。顔は出さない。流行にも乗れる。一石三鳥じゃない」
「強欲だなあ……」
そういう仕事なので。
6回目の配信。タイトル『【コズミックブロウ】幼馴染と初対戦!』。
タグの効果は、開始前から出ていた。待機画面の時点で同接9。始まって5分で——13。
初の、2桁。
『み、みなさんこんばんは! 今日はなんと、対戦相手がいます! 私の幼馴染です! わー、ぱちぱち』
《きたー!》
《幼馴染さん!?》
《顔出しか!?》
《初見です》
『おー、初見さんもいらっしゃい。残念ながら、映らないし喋りません! 魂だけの参戦です!』
《幽霊かな?》
《幼馴染は概念》
私はルミナの隣、カメラの画角のすぐ外に座って、コントローラーを握った。
1戦目。開始3秒、ルミナのキャラが場外に消えた。
『…………え?』
《草》
《はやい》
《何が起きた》
2戦目。ルミナが『今度こそ! 見ててください、私の本気——』と意気込みを語っている間に、撃墜。
『まだ挨拶してたのに!?』
《喋ってるからだろw》
《無慈悲》
《てか、幼馴染さん強くね?》
3戦目から9戦目は、まとめて言うと処刑だった。ルミナが必殺技を出そうとする。出る前に潰す。逃げる、先回りする。アイテムに走る、取られる前に取る。コメント欄は途中から完全にお祭りになっていた。
《介護しろww》
《想像と違う扱いで草》
《これが幼馴染のやることか?》
《ルミナちゃんがんばえー》
『そ——……幼馴染さんっ! いつもあんなに優しいのに、なんでゲームの時だけ鬼なの!?』
知らん。別にいつもと同じ扱いのつもりだけど。
と思いつつ、正直に言うと、ちょっとだけ自覚はある。勝負事になると手を抜く回路が死んでるのだ。前世からずっとそう。接待プレイができた試しがない。プロデューサー失格の悪癖だと分かってはいるけど、その回路はやっぱり今夜も直っていなかった。
10戦目。
『ぐすっ……つ、次で最後! 一矢! 一矢報いたい!』
半泣きでべそをかきながら、コントローラーを握りなおすルミナ。その意気やよし。
開幕、ルミナが今夜初めてまともな立ち回りをして——私の体力を、一発分だけ削った。
『当たった!! 見ました!? 今、当たっ——』
喜んでる隙に、撃墜した。残念、パーフェクトならずか。
『なんでぇ!?』
《初ヒットおめでとう》
《からの敗北》
《草》
《10連敗達成》
《10連戦してワンパンだけって新記録では》
KOの表示と共に床に崩れ落ちるルミナ。沸くコメント欄。最高同接13。上々だ。
勝負の余韻のまま、私はつい、いつもの調子で言ってしまった。
「……次、いいよ」
言ってから、固まった。
マイクは、ルミナの声を拾う設定だ。でも私は今夜、ルミナのすぐ隣にいる。
《……ん?》
《今、声しなかった?》
《した。「次」って言った》
《幼馴染さんの声!?》
《めっちゃいい声》
ルミナが、ものすごい勢いでこっちを見た。私は両手で口を押さえたまま、首を高速で横に振る。
『そ……空耳です! みんなの空耳! 幼馴染さんは喋りません、概念なので!』
《空耳w》
《やはり幼馴染は概念だった》
《いや聞こえたって》
空耳。……上手いこと言ったつもりはないんだろうけど、ルミナ、それ。
私の名前。
配信終了後。
「もー! そらのばか! 私、明日から『10連敗でワンパンの人』だよ!」
「『初の2桁同接の人』でもあるよ。タグ流入が18、うち最後まで残ったのが6。悪くない定着率だね」
「むー……数字の話でごまかされないんだから。……ねえ、そら」
ルミナがコントローラーを抱えたまま、こっちを睨んだ。涙目の名残で、ぜんぜん怖くないけど。
「リベンジするから。勝つまでやるから。次も、その次も、付き合うこと! いい!?」
「いいよ。何回でも」
即答したら、ルミナはなぜか一瞬きょとんとして、それから「言ったね! 言質とったから!」と笑った。
その夜、一人で反省会。アーカイブを見直しながら、私は今夜の収支をまとめる。
得たもの……初の同接2桁、タグからの新規、ルミナの悔しがる顔。
失ったもの……声。
《めっちゃいい声》のコメントを、私はログから消せないまま眺めた。裏方に徹するなら、この先はもっと気をつけないと。
……まあ、でも。
今夜くらいは、いいことにしよう。13人の夜は、3人の夜の4倍以上にぎやかで、ルミナも楽しそうだったし。
私は明日の進行表の端に、新しい定例コーナーの名前を書き足した。
【幼馴染さんリベンジマッチ(通算:ルミナ0勝10敗)】
この数字の左側が動く日は、たぶん当分、来ないだろうけど。




