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プリマステラ ~TS転生した元Pの私が、孤独な幼馴染を一番星にするまで~  作者: 星澄夜


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23/26

23「幻」

 大トリの二人は、同じタイミングでステージに立つ。


 もちろん、パフォーマンスは一人ずつ。最初にセレネが歌い、そのあとにルミナが続く。最後に二人そろって、観客の前に並ぶ流れだ。


 モニター越しに、二人が光の円へ歩いていくのが見えた。


 白銀の姫と、金色の新星。


 並んだだけで、会場の空気が変わった。


 なんというか、圧倒される。


 でもきっと、それは才能とか、スター性とか、そんなものじゃない。


 ルミナがここまで来るために積み重ねてきたものを、私は知っている。


 表には見えない努力や悔しさや、何度も続けてきた積み重ね。それが自信になって、今、このステージに立っている。


 そして、それはおそらくセレネも同じ。


 やり方は違う。


 けれど二人とも、自分が歩いてきた道を背負ってここにいる。


 だから、並んだだけで目を奪われるのだ。










 まず、セレネが一歩前に出た。


 白銀の月光が、彼女の輪郭をなぞる。まとっているのは、雪のように白い和装だった。袖の端には銀糸が走り、動くたびに月明かりをすくったように煌めいて揺れる。


 頭の上では、ミラージュで作られた兎耳が、彼女の動きに合わせてかすかに揺れていた。普通ならあざといはずなのに、不思議と品がある。足元では、光の兎が一羽、二羽と跳ねている。


 月の兎を連れた姫が舞台に降り立った。


 曲が始まる。


 セレネは、完璧に作り込まれた演出の中で歌い出した。


 照明、間、立ち位置、視線を送るタイミングまで、すべてが計算されている。一音の乱れもない。可憐で、美しくて、どこまでも隙がない。まるで、芸術品みたいなパフォーマンスだった。


 客席が、その完成度に息を呑む。


『……お見事』


 アルちゃんが、感心したように呟いた。


『あそこまで隅々まで演出に気を配れる子は、中々いないでしょう。彼女は、自分がどう見られているかを完全に分かっていますね。作り物だと分かっていても、それでも目を奪われる。あれは、努力で磨き上げた本物の(ミラージュ)です』


 歌い終えると、セレネは静かに前で袖を重ね、優雅に一礼した。

 

 《ふつくしい》

 《さすがにこれはセレネかなあ》

 《まあ前評判とおりか》


 今日一番の拍手の中、セレネは舞台袖には戻らず、ステージに残る。


 続けて、ルミナの番だ。


 心臓の音がうるさい。ここから先は、まばたきすら惜しい。一瞬だって見逃したくない。


 私は、食い入るようにモニターを見つめた。


 ルミナが、光の円に立つ。


 淡い光暈と、髪にきらめく艶。豪奢なセレネの隣に立つと、その姿はいっそう飾り気がなく見えた。


 けれどルミナが、にこっと笑って客席に手を振った瞬間。


 会場の空気が、ふわっとやわらいだ。


『さあ、ラスト。朱野ルミナさん。パフォーマンスお願いします!』


 ルミナが、息を吸う。


 その瞬間だった。










 最初に違和感に気づいたのは、コメント欄の視聴者だった。


 《あれ?》

 《画面ぶれてる?》

 《なにこれ》


 モニターの中で、ステージの光が一瞬だけ揺らいだ。


 会場全体の照明が、ちかちかと明滅する。


 何だろうと思う間もなく、次の瞬間。


 ――ステージ上の二人の幻影(ミラージュ)が、剥がれ落ちた。


 セレネの白銀が消える。


 月光も、兎も、衣装も。すべてが空気に溶けるように掻き消えていく。


 それと同時にルミナの淡い光もふっと、消えていった。


 あとに残ったのは、二人の女の子。


「は……?」


 思わず声が漏れた。


 会場がざわめく。配信のコメント欄も、一瞬でパニックになった。


 《は?》

 《どうした》

 《ミラージュ消えた!?》

 《これ素!?》

 《大丈夫か!?》


 ミラージュの投影機材が落ちた?


 いや、違う。


 この規模の会場なら、機材は冗長構成になっているはずだ。メイン系統が死んでも、予備系統に切り替わる。


 それに、ネットは落ちていない。照明も音響も生きている。配信画面では、解説席のアルちゃんもミラージュをまとったままだ。


 消えたのは、ステージ上のミラージュだけ。


 何かがおかしい。


 嫌な予感を覚えながら、私はモニターに映るステージへ視線を戻した。


 ……ステージの上で、セレネが凍りついていた。


 白銀の姫が立っていた場所にいるのは、黒髪を束ねただけの少女だった。


 なんとか顔を覆おうとする指先も、かすかに震えている。隙間から見える肌の色だけが、痛いほど白かった。


 悲鳴も上げず、ただその場に立ち尽くしている。たぶん、動けないのだ。


 当たり前だ。


 こんな事態、誰も想定していない。


 ステラはミラージュをまとい、自分だけの輝きを形にする。


 けれど、その幻影(ミラージュ)を無理やり剥がされたら――。


 解説席で、アルちゃんが息を呑んだ。


『これは……まずいですね』


 会場の空気が、最悪の方向へ傾きかける。


 その瞬間。


 ルミナが動いた。










 ルミナは、平気だった。


 それも当然だ。輪郭を淡くぼかす程度のミラージュが剥がれたところで、いつものルミナとほとんど変わらない。


 ルミナは、立ち尽くすセレネのもとへ迷いなく駆け寄った。


『セレちゃん!』


 そのまま、震えるセレネをぎゅっと抱き寄せる。


 自分の胸に、セレネの顔を押しつけるように。その素顔が客席から見えないように、両腕ですっぽりと覆い隠して。


 ルミナは、自分の背を客席に向けた。


 何百人の視線も、何十万人の視聴者も、ぜんぶ自分の背中で受け止める。自分が盾になる。その意思が、言葉にしなくても伝わってくる。


『……だいじょうぶ。だいじょうぶだから』


 腕の中のセレネにだけ届くくらいの声で、ルミナが囁いた。


 けれど、マイクはまだ生きていた。


 その小さな声は、会場のスピーカーを通って、客席にも、配信の向こう側にも届いてしまう。


『顔、見られてないよ。私が隠してるから。だから、安心して』


 ざわめいていた会場が、その姿に少しずつ静まっていく。


 突然、世界中に素顔を晒されかけた女の子を、もう一人の女の子が、自分の体で覆い隠している。混乱する会場の中で、ルミナだけが何をすべきか分かっていた。


 それからルミナは、顔だけをちらりと客席へ向けた。


『えっとー、トラブルです! でも、生配信ってこういうのありますよね! きっとスタッフさんたちが今なんとかしてくれるので、落ち着いて待ちましょうー! 私とお話しでもしましょうか!』


 それは、いつものルミナの声色だった。


 突然の事態に、動揺していないはずがない。それでも、それを見せないように必死に取り繕った声であることは、私だけが分かった。


 呼応するように、会場の混乱が少しずつおさまっていく。


『……なんで』


 セレネの掠れた声がした。


『なんで、うちを庇うん……?』

『そんなの』


 ルミナは、抱きしめる腕に力を込めた。


『セレちゃんが、ピンチだったから。それだけだよ』


 そのルミナの言葉に、セレネの肩がさらに震えたように見えた。


 解説席で、アルちゃんがぽつりと零した。


『……こういうのは、言葉を足すだけ野暮ですね』


 それきり、アルちゃんは何も言わなかった。


 その声を背に、私は、もう動き出していた。

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