22「ポラリス」
最終選考ステージの会場は、プラネタリアが用意したドーム型のホールだった。
天井いっぱいに人工の星空が広がっている。そこから吊り下がっているのは、大型のミラージュ投影機材だろう。私たちが普段使っているタブレットや簡易機材とは、まるで規模が違う。一体いくらするのやら。考えるだけで少し怖い。
ステージの中央には、星が立つための光の円が描かれていた。円形の床そのものが淡く発光していて、そこに立つことでステラを星に見立てる。そういう演出だと、見ただけで分かった。
客席は、関係者と抽選で選ばれた数百人のファンで埋まっていた。倍率もすさまじいことになっていたらしい。
多すぎるわけではない。けれど、普段こんなに大勢の前に出ることがない私たちからすれば、十分すぎる数だった。
そのすべてが、配信を通して世界にも流れる。
私は、バックステージに用意された控室にいた。トップ5にはそれぞれ専用の控えスペースが割り当てられていて、プロデューサーである私もそこに入ることができた。
手元には、いつものタブレット。今回はミラージュ機能こそ使わないが、スケジュールや進行表は全部ここに入っている。それに、これがないと落ち着かない。
「緊張するね……」
横でルミナが呟く。
「まあ、そうだね。……さすがに私もちょっと緊張してるかも」
ステージに出るのはルミナだ。そう分かっていても、指先の震えは止まらなかった。
「そらも? 珍しい。……ふふ、なら一緒だね」
そう言って、ルミナが私の腕をつつく。まったく、この子は。変なところで図太くなった。でも、良い変化だ。
「もうすぐ始まります」
外からスタッフの声がかかった。
いよいよ、今年の一番星を決める最終決戦が始まる。
部屋に備え付けられたモニターにステージの映像が映り、配信のコメント欄と中継の音声が流れ始めた。
『さあ、いよいよ始まります、今年の一番星最終選考ステージ! そして今夜は、解説に、とびきりのゲストをお招きしました。北極星の称号を持つ、現役最高峰のステラ――アルちゃん事、アルテミスさんですっ!』
その名前に、客席がどっと沸いた。配信のコメントも、一気に加速する。
《アルちゃんだ!!》
《アルテミス様――!?》
《今年、豪華だな》
『どうも、アルちゃんですー。最高峰とか、やめてほしいなあ。今日は、ただのいちファンとして、楽しませてもらいに来ただけだよー』
砕けた口調に、会場がどっと笑う。月の女神のような美しい見た目と、そこからは想像もできない本人の気の抜けた喋り。そのギャップが、人気の理由だった。
アルテミス。業界の頂点を意味する北極星の称号を持つ一等星。登録者数は全ての星の中でトップ。ルミナが、昔からずっと推し続けてきた、超有名ステラ。
その人が、今夜、ルミナのステージを解説する。
『アルテミスさんは初代一番星でもあるんですよね』
『うーん、そうなんだけど。今の子たちのほうがずっとすごいよ。だって、私たちが繋いできたものの続きを、ちゃんと越えていこうとしてるんだから』
『さすが初代一番星ですね。その言葉だけで、今日のステージが楽しみになります』
アルちゃんの声を聞いた瞬間、ルミナが両手で口を覆って、声にならない悲鳴をあげていた。
……気持ちは、わかる。でも、いまは、落ち着け。
「ルミナ。アルちゃんに、最高のパフォーマンスを見せよう」
「……うん。うん! がんばる!」
と、裏返った声が返ってきた。
『——さあ、今年もっとも多くの人に見つけられた星は誰だ!? 最終選考、スタートです!!』
ステージが始まった。
最終選考のルールは単純だ。
トップ5のステラが一人ずつステージに立ち、それぞれが自分の武器を披露する。
歌でもいい。トークでもいい。企画でも、パフォーマンスでもいい。何を見せるかは自身の自由。
ただし、その時間内に、自分こそが一番星にふさわしいと証明しなければならない。
そして全員のステージが終わったあと、最後の決戦投票が行われる。
投票対象は、この五人だけ。
まさしく、一番星決める最終ラウンドだった。
まず、一人目に現れたのは、天城ノエル。
おっとりした歌姫が、その圧倒的な歌唱力で、いきなり会場を呑み込んだ。
『うわー、ノエルちゃん、一曲目から本気ですねえ』
『すごい子です。あれだけの声を、まったく力まずに出してくる。喉の使い方が、完成されてますよ。でもトップバッターで、これだと後ろがやりにくいでしょうね。さてさて、楽しみです』
アルちゃんの解説は的確だった。ただ褒めるんじゃなく、どこがどう凄いのかをちゃんと分析している。運だけでトップに立った人じゃないことを改めて思い知らされた。
《ノエルー!》
《ノエルママー!》
《開幕から強すぎる》
《歌で殴ってくるな》
《やっぱ別格だわ》
《耳が幸せ》
二人目は、蒼ヶ崎リオル。
王子様系の人気ステラだ。トップ5の中で、唯一の男ステラでもある。
軽快な音楽に合わせてステージへ飛び出すと、爽やかな笑顔のままキレのあるダンスを披露する。激しい動きの中でも表情は崩れない。客席から悲鳴のような歓声が上がった。
『リオルくん、さすがですねえ』
『華がありますね。ダンスの技術も高いですけど、それ以上に空気を掴むのが上手い。あの子が笑うと、客席のボルテージが一段上がるんですよね』
会場の熱量が、目に見えて上がっていく。
《リオル様ーー!!》
《王子ー!》
《顔が良い》
《ダンスえぐ》
《女性ファンの歓声すご。メロつきすぎだろ》
《これはアイドルだなぁ》
《人気出るのも分かる》
三人目は、宝生院ティアラ。
上品なお嬢さまキャラで知られるステラだ。
優雅な笑顔で登場し、可憐なお嬢さまトークを披露――するはずだった。
『みなさま、本日はお集まりいただき、まことにありゃっ』
盛大に噛んだ。そう、彼女の人気の秘訣は、その豪奢な見た目からは想像もつかない程の——ドジっ子属性。
一瞬静まり返った会場で、ティアラ本人が焦りながら訂正する。
『あ、あのっ、今のは忘れてくださいませ! 私としたことが、き、緊張しておりますの』
その必死なフォローに、会場中が笑いに包まれた。
『ティアラさんは平常運転ですねぇ』
『ふふ……。あ、ある意味、一番安定してますよね。この大舞台でもいつもと同じように笑いをとれるのは大物です』
アルちゃんもお腹を抱えて笑っている。
ティアラはそのまま観客を巻き込みながらトークを続け、いつの間にか会場全体を自分の味方につけてしまった。
《噛んだwww》
《安心した》
《いつものティアラ様》
《ぽん生院様ー!》
《こ、これがトップ5》
《愛され力が強すぎる》
歌、ダンス、トーク。配信者の祭典らしく、誰一人、同じ武器がない。三者三様の、見事なパフォーマンス。
そして、三人のパフォーマンスが終わったところで、アナウンスが入った。
『さあ、ここでお知らせです!』
司会の声が一段高くなる。
『最終選考の投票は、このステージをもって改めて行われます。……ですが、長い予選期間で積み上げてきた応援も、もちろん無駄にはなりません』
その言葉に、客席がざわめいた。会場の照明が少し落ちる。
『そこで今回は、予選期間中、特に大きな注目を集め、最後までほとんど並ぶ勢いを見せた二名に、特別枠をご用意いたしました』
嫌な予感がした。
ルミナの出番が最後のほうだとは聞いていた。進行表にもそう書いてある。
けれど、それが特別枠だなんて話は聞いていない。
『本日のステージ、その大トリを飾る二人です!』
巨大スクリーンに、2つの名前が映し出される。
セレネ。
そして――朱野ルミナ。
『たっぷりの持ち時間で、おふたりのステージをお届けします!』
会場が、最高潮に沸いた。
隣で、ルミナが固まる。
「……え。これ、そういう意味だったの?」
「らしいね」
私も進行表を見返した。
後半の出演であることと時間配分は事前に伝えられていた。けれど、こうして改めて見ると、確かに前の三人より持ち時間が長い。
プラネタリアの運営はサプライズ好きとは思っていたけれど、まさかここまでとは。
「……でも、やることは変わらないか」
予定していた内容が変わるわけじゃない。ルミナと私で考えてきたステージを、全力でやるだけだ。
むしろ、与えられた時間が長いなら好都合かもしれない。
「さすが、そら。冷静だね」
「ハプニングには慣れてるからね。……誰かさんのおかげで」
「だ、誰かな~」
ルミナが横を向いて口笛を吹く……真似をした。ルミナは、口笛が吹けないのだった。
『アルテミスさん、この二人、どう見ますか』
『……おもしろい組み合わせです』
アルちゃんの声が、少し、真剣になった。
『セレネは、徹底した作り込みの人。隙がない、表現の1つの極致です。今年のトップ5の中で最もステラとは何かを体現した子でしょう』
『セレネさんは、アルテミスさんの事務所の後輩でもあるんですよね?』
『はい。何度か話したことがありますが、すごく努力家……っといけない。あまり言ったら怒られてしまいますね』
アルちゃんがペロッと舌を出しておどけたように言った。
『一方のルミナさんは――まったく逆を行く子です。飾らない。ありのままの自分をさらけ出す。そのぶん、感情がまっすぐ客席に届く。……正反対のふたりが、頂点を争う。これは期待せずにはいられませんね』
『なるほど! ちなみに、ルミナさんといえば、トップ5唯一の個人勢ですよね』
『ええ。個人勢は、全部自分たちで抱えることになりますからね。大変だったと思いますよ。でもだからこそ、ルミナさんがここまで来れたのは、本人の魅力だけじゃなくて、隣で支えてきたプロデューサーさんとの積み重ねも大きいでしょう。二人で作ってきたステージ、楽しみですね』
『はい、ありがとうございます! それでは、白銀の姫と、黄金の新星のステージ、皆さん楽しみましょう!』
『いえーい! がんばれー! セレネー! ルミナー! そらPー!』
「じゃあ、そら……行ってくるね」
ルミナが、小さく息を吸った。
私はタブレットを裏返して置き、ルミナのほうを向く。
「うん。行っておいで」
「……ちゃんと見ててね」
「もちろん。最後までみてるから。……楽しんで」
そう答えると、ルミナは少しだけ笑った。
一応、連絡用のインカムはつけているが、基本的にはルミナに任せるつもりだった。だからこれがステージ前最後の会話になるかもしれない。
スタッフに案内されて、ルミナは控室を出ていく。
ルミナが一度だけ振り返った。
私は親指を立てる。
ルミナも親指を立てた。
そのまま扉の向こうへ消える。
「……がんばれ、ルミナ」
誰もいなくなった控室で、私は拳を握りしめながらぽつりとつぶやいた。




